神戸文化ホール開館50周年記念ガラ・
コンサートを指揮する山田和樹に聞い

神戸の芸術文化を支えてきた神戸文化ホールが、2023年10月に開館50周年を迎える。記念すべきオープニングのガラ・コンサート(2023年5月19日)を指揮するのは、国内外を問わず活躍が目覚ましい山田和樹だ。彼がこの日のために用意したプログラムは、オール邦人作曲家によるオリジナリティ溢れるもの。
4月からバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼アーティスティックアドバイザー就任を控えるなど、多忙を極める山田和樹に、今回のプログラムに込めた思いや、聴きどころなどを聞いた。
―― 神戸文化ホール開館50周年のガラ・コンサートにご出演されます。山田さんと神戸の街の関りを教えてください。
小学生の時にファミコンが好きで、「ポートピア連続殺人事件」というのをよくやっていました。今回お話をいただいて、あれは確か神戸が舞台だったなぁと懐かしく思い出しました。家族旅行で六甲山に行った記憶もあります。世界有数の港町で、新しいものを進んで取り入れる先進的な街。文化的に進んだおしゃれな印象です。神戸文化ホールには2019年に東京混声合唱団と共に、神戸市混声合唱団との合同公演でお邪魔しました。神戸の音楽文化の歴史を形作って来たホールだけあって、風格や気品を感じました。開館50周年事業のオープニングガラ・コンサートを指揮させて頂くのは、大変光栄です。
50年に渡り、神戸の芸術文化を支えてきた 神戸文化ホール 

音響に定評のある神戸文化ホール 大ホール
―― ガラ・コンサートは「神戸から未来へ」と銘打って行われます。プログラムがオール邦人作品なのに驚きました。
こういった記念のコンサートでは、邦人作品を一部取り上げたとしても、メインはベートーヴェンの「第九」など西洋の大掛かりな作品を持って来がちです。しかし、先取性、先進性に優れた神戸の文化芸術を支えてきたホールの50周年をお祝いするのであれば、日本の音楽文化そのものを問う場にするのも一興と思って邦人作品ばかりを並べたオリジナリティ溢れるものになりました。ちょうど神戸出身の作曲家 大澤壽人さんの没後70年のアニバーサリーイヤーでもあるので、復活初演となる「ベネディクトゥス幻想曲」を中心に据えてプログラムを考えてみました。
神戸市室内管弦楽団、神戸市混声合唱団 合同演奏会 ヘンデル「メサイア」(2021.12.12 神戸文化ホール)  (c)小澤秀之
作曲家 大澤壽人   神戸女学院所蔵資料「大澤壽人遺作コレクション」
―― プログラムを説明していただけますでしょうか。
プログラムは武満徹さんの「系図ー若い人たちのための音楽詩ー」から始まります。10年前に広島交響楽団の定期演奏会で初めて指揮した曲ですが、武満さんの曲の中でも特に親しみやすい作品だと思います。谷川俊太郎さんの詩と抒情性溢れる武満さんの音楽が相まった「系図」を聴いて感動しない日本人はいないのではないでしょうか。少女が語る家族の話は、決してハッピーではありません。おじいちゃんはアルツハイマーのようで、おばあちゃんは目の前で死んでしまう。お母さんはお酒に依存気味ですし、お父さんは仕事ばかりで振り向いてくれない。社会問題にもリンクする家族模様で、さすが谷川さんといった感じです。語りを担当する宇田琴音さんとお会いしました。真っ直ぐな目が印象的な少女でした。この作品の朗読はまだ聞いていませんが、成功を確信しました。
語り 宇田琴音
 アコーデオン奏者 太田智美  (c)Jumpei Tanaka
―― 2曲目が、大澤壽人さんの「ベネディクトゥス幻想曲」の復活初演です。この曲は主催者サイドであらかじめ決まっていたそうですね。
神戸出身の大澤壽人さんですから、没後70年のアニバーサリーイヤーということであれば、打って付けだ!と決まったのでしょうね。ミサの典礼文とファンタジーの結び付きが興味を惹きますが、大澤さんが新しいスタイルの音楽を書こうとした事は譜面から見ても明らかです。大澤さんの膨大な数の作品の中に未発表モノが多いのは、委嘱を受けて発表の場が決まっているものを作曲しているのではなく、書きたい衝動に駆られて書いているからなんですね。そのクリエイティヴなパワーには圧倒されます。2017年のサントリー財団サマーフェスティバルで、片山杜秀さんの企画「忘れられた作曲家 大澤壽人」を指揮しました。全3曲、大澤作品だけでコンサートを行いましたが、私自身はそれ以前から大澤壽人さんは気になる存在でした。この曲の特徴はオーケストラと合唱に加え、ソロヴァイオリンが活躍するところ。どうして幻想曲と銘打っているのかなど、スコアを読み解いていくのがとても楽しみです。
神戸市室内管弦楽団   (c)SHIMOKOSHI HARUKI
ヴァイオリン 高木和弘  (c)八木毅
―― 続いて、武満徹さんの「うた」シリーズより、数曲採り上げられます。
合唱界では有名な武満さんの「うた」シリーズですが、一般にはまだまだ知られてないかもしれません。ここには日本でも有数の素晴らしいプロフェッショナルの神戸市混声合唱団がある訳ですから、ぜひ彼らの歌声を単独でも楽しんでいただければと思いました。
神戸市混声合唱団   (c)SHIMOKOSHI HARUKI
―― 4曲目は神戸出身の作曲家で、現在大変にご活躍の神本真理さんに、ホールから委嘱をしたという新作「暁光のタペストリー」の世界初演です。神本さんとはお会いになりましたか。
はい。お話しした時に、子供が聴いても楽しめ、未来に向けたメッセージがあり、再演に繋がるような曲をお願いしました。現代音楽はややもすると聴き手が不在になってしまうので。21世紀の今では、再演を望まれるような作品を生み出すことが重要だと考えています。
作曲家 神本真理  (c)Ayane Shindo
―― そしてコンサートの締めくくりが、この日のための特別編成の児童合唱団による、山本直純さんの「えんそく」です。
今の時代は、1曲目の「系図」のような大家族ではなく核家族による生活になっています。おまけにコロナの影響で、少人数での会食や小さな声で話せといった具合に、何かと窮屈な昨今、髭を生やして赤いタキシードを着て、指揮棒を振り回しながら「大きいことはイイことだ!」と叫んでいた山本直純さんの作品を皆さんに紹介したいと思いました。児童合唱団が歌う「えんそく」をプログラムの最後にしたのは、公演のタイトルが「神戸から未来へ」となっている事からも、未来を担っていくのは子供たちであり、子供は希望の象徴だからです。

指揮者・作曲家 山本直純  写真提供:ミリオンコンサート協会
―― 山田さんご自身の話を聞かせてください。この4月に英国のバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼アーティスティックアドバイザーに就任されます。サイモン・ラトルやアンドリス・ネルソンスで実績を積んで来た世界有数のオーケストラです。6月には来日公演も決まっています。

まさか自分が指名されるとは思いもせず、決まった時は飛び上がって喜びました。大変光栄なことです。バーミンガム市交響楽団は、心から音楽を楽しむことに長けている素晴らしいオーケストラです。当初から相性の良さは感じていましたが、イギリスは基本的に1日だけのリハーサルで、翌日にはもう本番というスケジュールがほとんどで、それではなかなか関係性を温める時間がありません。しかし2016年にちょうどタイミング良く日本ツアーがあって、2週間行動を共にしたことで急速に関係が深まりました。我々は「指揮者とオーケストラ」という従属関係ではなく、まったく対等な立場で音楽に向き合える“パートナー”という感じです。
4月に英国のバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼アーティスティックアドバイザーに就任する山田和樹  (c)Zuzanna Specjal
―― 日本におられる時間は限られていると思いますが、昨年、大阪4つのプロのオーケストラ(大阪フィル、関西フィル、大阪響、日本センチュリー響)を相手にシューベルトの交響曲全曲を指揮する大掛かりな企画で、抜群に存在感を示されました。この間、コロナで外国人指揮者が来日できないこともあって、彼らの代役などは限られた日本人指揮者に仕事が集中していたように思います。その代表がスリーコンダクターズです。山田さん同様に、鈴木優人さんも原田慶太楼さんも、大車輪のご活躍ですね。
鈴木さんも原田さんも、本当にすごいと思います。彼らにしか出来ないことをやっていますね。二人を尊敬しています。
シューベルトの企画は私にとっては大変刺激的でしたし、お客様にも満足いただけたようなのでとても嬉しかったです。コンサートの企画について、お褒めの言葉を頂くことも多いのですが、実はすべて勘なんです。私の中のもう一人の私が、それはイイと私に囁きます(笑)。私はそんな風に閃くもう一人の私を冷静に見ています。企画というのはスタッフの協力が必要不可欠ですが、そこに音楽のチカラが加わった時にどれだけ世界を広げられるかというのは、こちらの責任になってくる訳です。言ってみれば、企画は足し算で、音楽は掛け算です。最後は掛け算に持って行って、一気に昇華させることが出来れば成功です。私の場合は、企画するのも音楽を奏でるのも私自身であることが多く、その幸せをいつも噛みしめています。
「大阪4オケ相手のシューベルトの企画は評判が良かったようで、嬉しいです」  (c)Marco Borggreve
―― 興味深いハナシを有難うございます。さらにもう一つ、山田さんの素晴らしい文章力や文学的センスは、どこから来るものでしょうか。圧倒的な読書量でしょうか。
本は1日1ページしか読めません。すぐに眠くなってしまうんです(笑)。自分で文章が上手いと思ったことはありませんが、専門誌などに連載を抱えていて、必要に迫られて文章を書く機会が多いというのはあるかもしれませんね。好き勝手に書くのではなく、出来るだけ構成や起承転結を考えて書くようには心掛けています。例えば、音楽をわかりやすく伝えるには、どうすれば良いか。音楽用語を使わないで文章を書けないか。そういうことは常に考えています。実はそういったことは、リハーサルの進め方にも通じるのです。なるべく楽譜に書いてあることを言わないでリハーサルをしようとか、はっきり言わずに仄かに匂わせられないかなど。いろいろと考えて臨むところは、共通点があります。
2023年10月に開館50周年を迎える神戸文化ホール
―― 最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
ずらっと並んだ邦人作品。これらの作曲家のことを皆さんはご存知ないかも知れません。しかしこのコンサートはそういう方にこそ、ぜひ聴いて頂きたいのです。新しい曲との出会いが、新しい人との出会いにもなり、その人を知ることが、その時代を知る事にもなる。例えば、大澤さんが生きたあの時代、アメリカに行くだけでも大変なのに、彼はヨーロッパにも行って勉強をした。そのバイタリティを知ってほしい。そのことで新しいエネルギーが生まれ、新たなスタートが切れるかも知れない。その原動力が神戸文化ホールであり、このガラ・コンサートがその一つの場になれば嬉しく思います。邦人作品を並べることでしか生まれないファンタジーがきっとあるはず。そのファンタジーを皆さんと共有して、音楽という名の大きな虹を未来に向けて架けられればと思っています。  
「開館50周年を迎える神戸文化ホールにお越しください」  (c)Yoshinori Tsuru

取材・文=磯島浩彰

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