SUIREN『Sui彩の景色』

SUIREN『Sui彩の景色』

2020年7月より活動を開始した“水彩画のように淡く儚い音を描くユニット”SUIRENのヴォーカルSuiが、ヴォーカリストSuiになるまでのエピソードを描くコラム連載。Suiを彩るエピソード、モノ、景色をフィルムカメラで切り取った写真に乗せてお届けします。

文・撮影:Sui

小堀…高校入学後に結成したバンドのベーシスト。かなりベースが巧い。

土田…同じ高校のドラマー。同じ中学出身だがドラムが叩ける事は当時知らなかった。
高校内でメンバーが見つからなかった為他校のバンドに加入し活動していたが、江崎の構想する新バンド結成の為にSuiと江崎を引き合わせる。

江崎…他校のバンドマン。他校のバンドでメインギターのパートを担当していたが自らがやりたい音楽性のバンドを構想しSui達と共に新バンド結成。

榊原...前身のバンドのギタリスト。


17という数字が僕は好きだ。
不完全で若くて荒削りで割り切れない。
17より下の素数はまだ若すぎるし、それより上の素数はもう若さを感じない。
そんな気がする。
大人と子供のちょうど狭間にいるような、大人になりたくないと抗うような。
そんな印象がある。

思えば僕等はいつから大人になったと自覚するのだろう。
いや、むしろこう言い換えることもできる。
いつから子供でいることを諦めてしまうのだろうか。

そもそも大人とはなんなのか。
勿論成人すれば、大人であると定義出来る。
でも、僕が今しているのは精神の話だ。
大人になって良い意味で少年のような目をした人もいれば、悪い意味で子どもじみた発想の大人もいる。
同じ子供っぽさなのに何かが違う。
17歳の僕はまさに人生の岐路に立っていた。
あの頃のいくつかの選択が、今の僕の人生に大きな影響を与えたことは間違いない。
18度目の春を迎え、僕は高校3年生になった。
草木の芽吹く香りと、柔らかくて暖かい風が包んでくれる。
丘の上から見下ろすとこの町の全てが目に入ってくる様な気がした。
あの頃の僕にとっては、このたった数百平方メートルの景色が世界の全てだった。
いつもの様にギターのギグバックを背負って自転車の籠にエフェクタボードを放り込み、力いっぱいペダルを踏み込んで風のように坂道を駆け下りた。
周りの同級生達が最後の部活の大会や進学に向けての動きが本格的になる中で、僕等はただただバンド活動に夢中だった。

今思えば周りからは好きなように遊んでいるだけに見えたかもしれない。
初ライブに向けて僕達は5曲のオリジナル曲を完成させていた。
ドラムの土田が中心となってイベントのブッキングを進め、学生大人問わずそれなりに市内の軽音界隈で名の知れたバンドの出演を取り決めることが出来た。
この頃になると同い年のバンド、取り分け進学校の生徒からなるバンドは積極的に活動しなくなってきていた。
一般的な軽音部に明確な大会や目標というものはない。
せいぜい最後の文化祭でライブをするのが目標になるといったところだろうか。
なので、大学受験を控えた最後の1年にわざわざライブハウスに出ようというバンドはそんなに多くないのだ。
必然的に一つ下の学年のバンドや大人のバンドと共演することになる。
ただ、正直なんでも良かった。とにかくライブがしたかった。
それも出来るだけ多くの人々の前で。

自転車を30分以上漕ぎ続けてようやく一軒の古びた黒い建物の前に辿り着いた。
入り口には夜になると照らし出されるであろう、僕らの街の名とローマ字が合わさった文字をネオンライトが型取っていた。
100人も入ればパンパンになるような、煙草の匂いがこびりついた小さなライブハウス。
ここが新生バンドの初ライブとなる会場だった。
この日は本番の会場を借りて最後のリハーサルをする日だった。
ライブハウスでリハーサルが出来るのは田舎の強みだ。
何せ田舎のライブハウスというのは基本的に平日にライブがない。
なんなら土日でさえライブが無い日もある。
ただ、スタジオも多くない。
そこに目をつけてライブハウス側もリハで使えますよという訳だ。
しかも、かなり良心的な価格でだ。
地方のライブハウスの方々は地元の音楽を盛り上げたいと思ってくれる熱い人が多い。
地元で育ったバンドやバンドマンが大きくなることは誇りだ。
楽器屋の店員さんもライブハウスのスタッフの方々も、いつだって僕達に親切にしてくれた。

本番と全く同じ環境で僕達は入念にリハーサルを行った。
1曲ずつサウンドチェックしていき、ある程度納得のいく音作りが出来たらセットリスト順に通していく。
曲と曲の繋ぎ、MC、そして、それを1周2周と繰り返して、この環境での演奏を体に染み込ませていく。
準備は万端だ。
チケットの売れ行きは順調そのものだった。
本番の衣装は江崎の意向で全員スーツ。
黒いジャケットとパンツに白いワイシャツ、それぞれ好きな色とデザインのネクタイを締めてステージに立つ事になった。
「大人になったらスーツばっか着ることになんのかな?」
誰かがそういった。
その問いには誰も答えを持ち合わせていなかった。

ライブ本番当日。
嘘みたいに晴れた天気の昼下がり。
僕達はまたこの会場に集まった。
1週間前にリハーサルで来た時よりも扉が少しだけ大きく見えた気がした。

僕達が今回のイベントのホストバンドなので当日一番早く会場に入って、リハーサルを始めた。所謂「逆リハ」だ。
程なくして僕らの前の出番のバンドが会場入りしたので音を止めて挨拶する。
リハ中に更にもう1バンドきて同じく音を止めて挨拶...とそんな事が2度程続いた。
思ったよりも他のバンドの会場入りが早い。
僕達の新生バンドは今回初ライブだったので、どんなものかとリハから見に来たのかもしれない。
正直僕達にとっては本番と同じくらい緊張する時間だった。

タイムテーブル上そろそろ次のバンドのリハの為の転換時間というタイミングで音を止め、全スタッフと共演者に向かってマイクで「本日はよろしくお願いします!」と挨拶しリハを終えた。
そうやって全バンド滞りなくリハを終えて、改めて全バンド揃ったところで顔合わせをし、あっという間に開場時間となった。

1バンド目から会場は人で埋め尽くされていた。
共演者の方々も集客に力を入れてくれたのが伝わってくる。
土田が外交を担当しているとはいえ、地元のバンドコミュニティは狭い。
前のバンド時代に何度かライブをした中で出会った人達もそれぞれのメンバーには沢山いた。
前のバンドと今のバンドの結成前に各々が遊びで単発企画者として組んでライブをしたり知り合いのライブを見に行ったり楽器屋で会ったり、全員顔見知りのようなものだ。
だから、全バンドが僕達の新生バンドの門出を祝う気持ちでライブに望んでくれたのだった。

会場は熱気に包まれていた。
2バンド目... 3バンド目...
急に音にフィルターがかかって籠ったような音になって照明の明滅がチカチカと視界の中で破裂し始めた。
フロアに響く爆音。肺の中には鉛が詰め込まれ、胃の中ではマグマが沸騰している。
そんな、奇妙な感覚に襲われた。
それは、前のバンドの時には感じた事のないような緊張感。
僕は、気分が悪くなってトイレに駆け込んだ。
何故今までそんな事も分からなかったのだろう。
コピーバンドのライブとはわけが違う。
今から演奏しようとしている曲は心血を注いで自分達で作った曲であり、自分で作った歌詞だ。
それを否定されることは自分そのものを否定されるようなものだ。
緊張は恐怖へとかわり、恐怖は僕をゆっくりと蝕んでいく。
この熱狂がもし僕らの出番で白けてしまったらどうしよう。
そんな事が頭をよぎる。

何分くらいトイレに隠れていただろう。気付くとフロアから聞こえた爆音は消え、代わりにBGMと観客がガヤガヤと雑談する音に変わっていた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせトイレから出てフロアに戻ろうとすると、フロアの扉の前に榊原が立っていた。
「緊張してるの?」
全てを見透かしたような目で僕を見つめながら榊原が問いかける。
僕は今どんな顔をしているのだろう?
どれほど怯えた不甲斐ない自分がここにいるのだろうか。
小学校時代の合唱コンクールのことを思い出した。
あの無敵感。
大舞台すら楽しいと感じていた。
あの時の僕はどこにいってしまったのだろうか。
ダメだ。あの頃の自分には戻れない。
今から立つステージは同じようで同じではない。
あの頃はただ好きなように歌っていれば良かった。
今は違う。
今から歌うのは歌であって歌ではない。
人生なのだ。

榊原は少し苦笑いをして
「楽しみにしてるよ。」
と言った。

悔しかった。
そして、同時に何かが込み上げてくるのを感じた。
全てを覆してやる。
俺たちの出番でお前の度肝を抜いてやる。
この会場全部俺たちのものにして、家に帰っても俺たちの音楽が鼓膜にこびりついて離れないようにしてやる。
何も言い返さずフロアの扉を開けた。

緊張は恐怖にかわり、恐怖は自信を食い尽くした。
そして、空っぽになってしまったその空洞に怒りが注がれ心を満たした。
必要だったのは自信ではなかった。
覚悟だ。
俺が俺であるために。
ステージに立って最高のパフォーマンスをするしかない。
それしかないのだ。

4バンド目の演奏を2曲程聴き終え自分達の出番の為に楽屋に移動した。
メンバーは一足先に集まって着替えていた。
江崎が決めたお揃いのスーツを身に纏ってネクタイを締める。
準備はしてきた。あとはやるだけだ。
メンバーと細かい部分を確認する。
4バンド目の音が止まり拍手が聞こえた。
機材を片付け楽屋と機材の溜まりに使っている部屋がある部屋に前のバンドが戻ってくるのと入れ替わり自分達の機材をステージの上に準備していく。
暗幕も何もない剥き出しのステージはセッティングする僕等を隠してはくれない。
観客の視線が突き刺さる。
心臓が高鳴っていた。
また、緊張が押し寄せてきた。
緊張は恐怖に変わる。
だが、今回は怒りがそれを押し返すのを感じた。
早く演奏したい。
見せつけてやりたい。
転換を終えて軽くサウンドチェックをし、一通り準備が終わるとメンバー全員で裏に戻った。
なんの取り決めもなかったが、なんとなく円陣を組んでいた。
一人一人の顔を見る。
悪くない。
良い感じだ。
準備していたSEがフロアから聞こえる。
江崎が何か言って僕達は手を合わせた。
内容もどんな掛け声だったかも覚えていない。
出走前の競走馬の様に扉が開いた瞬間全速力で駆け出したい。
例えるならそんな心境だったと思う。

ステージに上がると拍手が聞こえた。
歓声なのか野次なのか客席から何かも聞こえた。
でも、そんなことは最早どうでも良かった。
ただ、お前らは俺の歌を聴けば良い。
土田がカウントを取る。
最初のコードを掻き鳴らし僕は叫んだ。

僕は子供であり続ける為の一歩を踏み出した。

―――

P.S
そんな高校時代から時は過ぎ2023年…

年が明けてから光の如く時は過ぎ気付けばもう2月ですね。
近頃の我々SUIRENといえば初の自主アコースティックイベント「Naked note 01」に向けて大忙しです。
ちょうどこの文章を書いてる今日もリハしてきました。
かなりいい感じ。
早く皆んなに観てもらいたいですね。

今回のテーマが合縁奇縁という事で、SUIRENやSuiとRenそれぞれに縁のある方々をゲストにお迎えして開催させて頂く訳ですが、出会ったキッカケとか深い部分は当日会場で話せたら良いなと思います。
組み合わせは色々あれど当日はコラボなんかがあったり、SUIRENのステージでは映像作品でライブ演出したりとこの日しか観れない面白い要素が沢山あるイベントになってるんじゃないかなと。
是非皆さん会場でお待ちしております。

写真はRen君のキーボード

【ライブ情報】

『SUIREN presents「Naked Note 01」〜合縁奇縁〜』
2月22日(水) 東京・GRIT at SHIBUYA
開場18:00 開演19:00
出演:
SUIREN
nano.RIPE
上野大樹
Bucket Banquet Bis(BIGMAMA)
Opening Act:MAYA
※アコースティックライブ企画となります

<チケット>
¥5,500(税込)+Drink代
詳細:https://eplus.jp/suiren-230222/

SUIREN プロフィール

スイレン:ヴォーカルのSuiと、キーボーディスト&アレンジャーのRenによる音楽ユニット。2020年7月、最初のオリジナル楽曲「景白-kesiki-」を動画投稿サイトにて公開すると同時に突如現れ、その後カバー楽曲を含む数々の作品を公開し続けている。ヴォーカルSuiの淡く儚い歌声と、キーボーディスト&アレンジャーのRenが生み出す、重厚なロックサウンドに繊細なピアノが絡み合うサウンドで、唯一無二の世界観を構築。22年3月に初のワンマンライヴを開催し5月にTVアニメ『キングダム』の第4シリーズ・オープニングテーマ「黎-ray-」を含む自身初のCDシングルを発売。7月に配信シングル「アオイナツ」を発表し、12月に⻑編作品『アンガージュマン』の主題歌「バックライト」をStreaming Singleとしてリリースした。SUIREN オフィシャルHP

【連載】SUIREN / 『Sui彩の景色』一覧ページ
https://bit.ly/3s4CFC3

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」