KAAT神奈川芸術劇場「2023年度ライン
アップ発表会見」レポート~メインシ
ーズンのテーマは『貌』

KAAT神奈川芸術劇場(以下、KAAT)が2023年2月7日(火)に「2023年度ラインアップ会見」を行い、KAAT館長の眞野純、同劇場で芸術監督を務める長塚圭史が出席した。
会見では、まず眞野館長から「この3年間、コロナ禍の中で色々な問題が浮かび上がってきて、今、私たちがそれらについて真剣に考えざるを得ない状況にあります。そして、この間、社会は非常に不安定化している。それに目を背けることなく、社会との関係の最前線に立たなければいけないし、立とうと思っています。2023年度のラインアップは、そのような意味も込めて大事な年に当たると考えております。さらなる飛躍の年、あるいはチャレンジの年で、これがターニングポイント。私たちが今ここで変われるか、変われないかのとても大事な年なんだろうと考えています」と思いを明かした。
その後、長塚から2022年の振り返りが語られた。その中で、長塚は、2022年に同劇場で上演された『ライカムで待っとく』が第30回読売演劇大賞の優秀作品賞、山内ケンジによる『温暖化の秋 ‐hot autumn‐』の上演台本が第74回読売文学賞を受賞したことに触れ、「おめでとうございます。作品が認められて、僕たちもとても嬉しいです」と祝福した。
そして、改めて「クルクルと変わる情勢の中で、劇場がどういう場所なのかを考え、豊かな想像を育む場所、他者のことを深く考えられる場所であるという劇場の魅力を改めて伝えていかなければいけないと思います」と力を込めた。
また、長塚は「2023年も引き続き、KAATは3つの柱の下に歩んでいきたいと思っています」と宣言。3つの柱とは、プレオープンとメインシーズンを作る「シーズン制」、アトリウムを開き、KATTツアープロジェクトなどを行うなど「劇場を開く」、発想の芽や創造の芽を育てる「開発プロジェクト」で、これを継続していく。
KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督 長塚圭史
その後、2023年度のラインナップが発表された。5月から8月に上演される〈プレシーズン〉のプログラム4作、9月以降の〈メインシーズン『貌』〉のプログラム8作を展開。それぞれの作品の演出家や劇作家からはビデオメッセージが寄せられた。
〈プレシーズン〉のスタートとなる5月中旬からは、タニノクロウによる『虹む街の果て』を上演。2021年に上演された、神奈川県民が俳優として参加した“寡黙劇”のその後を描いた作品だ。
タニノは「前回から10 年、20 年、100 年と時間が経ったら街にどんな風景や時間が流れているのかを想像して作り直します。コインランドリーや、スナック、パブ、飯屋、タバコ屋などの100 年後、それらの果て、生活の果て、人間の果てを描き、破壊的なリメイクを目論んでいます」と説明し、「今回も神奈川県民を中心とした方々と作品を作りたいと思っていますので、ぜひご応募ください!」と呼びかけた。
続いて6月下旬にラインナップされたのは、伊藤郁女によるキッズ・プログラム『さかさまの世界』。この作品は、伊藤が実際に幼稚園を回って集めた子どもたちの“秘密話”を元に欧州で制作された作品の日本版。改めて、出演者とともに神奈川県内の子どもたちにリサーチ活動を行い、そこで集めた秘密の数々を作品にオリコンで作り上げる。
伊藤は「12 月にKAAT の近くにある幼稚園に出演者の皆さんと行って、子どもたちに秘密を教えてもらいました。私は子どもの秘密や発想力が世界を逆さまに変えることができるのではないかという思いでこの作品を創っています。子どもの力を借りることで、アーティストや観客の『子どもごころ』を揺さぶり、観た方が笑って帰ることのできる作品になると思います」と思いを寄せた。
7月下旬には、同じくキッズ・プログラムの『さいごの1つ前』をラインナップ。昨年、劇作家・演出家の松井周と俳優・白石加代子という異色の顔合わせで好評を博した作品の再演となる。
松井は「これは去年の夏休みに、白石加代子さんが今まで演じたことのない役を演じ、子どもたちと一緒に何かを創れるような作品をやってみたいという想いから生まれました。コロナ禍で、できることは限られましたが、子どもたちと一緒に創っていくシーンを考えたり、ワークショップをしてできた作品を上演中にも登場させたりと、お客様、子どもたちと一緒に楽しめる、遊べる作品を創りました」と振り返り、「今年もそのことを一番大事にしたいと思っています。劇場に来てくださった方との間で生まれることをできる限り採り入れて、白石さんも遊べる、楽しい作品にしたいと思います」と意気込んだ。
8月上旬からは、根本宗子によるキッズ・プログラム『くるみ割り人形外伝』が決定。チャラン・ポ・ランタンの小春が音楽を担当し、オーディションで選んだ子役が主人公を務めるという本作は、クラシックバレエでも有名な『くるみ割り人形』を現代版に作り上げたものだ。
根本は「今回芸術監督の長塚さんからお声かけいただき、キッズ・プログラムの新作を担当することになりました。チャラン・ポ・ランタンの楽しい音楽に乗せて、舞台芸術の楽しさを子どもたちとそしてかつて子どもだった大人たちと共有できたらと思います」とコメントした。
9月からはメインシーズンがスタート。今年度は、「貌~かたち~」をタイトルに、さまざまな「かたち」を起点とした作品をラインアップする。
そのトップバッターとなるのは、9月3日(日)から10月1日(日)に開催される、二宮和也主演の映画『浅田家!』のモデルにもなった写真家・浅田政志による写真展、「浅田政志展 Yokohama Photograph‐わたし/わたしたちのいま‐」だ。
今回の展覧会について浅田は「本展覧会では、全編横浜で撮り下ろした新作をお見せします。公募で被写体の方を募り、それぞれのいまを一枚の写真に写し出し、展覧会全体でいまの横浜を感じてください」と説明した。
さらに、「横浜は日本で写真が産声を上げた街の一つで、写真家にとって特別です。当時の写真を見返すと、手軽に写真が撮れる現代とはかなり変化し、時代の流れを感じます。同時にこれからも変わらない写真の魅力を感じることが出来ます。日本で最初に写真を始めた開拓者に触発され、本展覧会がどうなるのか、自分自身もものすごく楽しみです。いまを生きる横浜の方や横浜に刻まれた時間と共に、KAAT でしか生まれない写真をお見せできるよう、楽しみながら撮影をしていきます」と思いを述べた。
続く、9月中旬には、長塚が演出を務める『アメリカの時計』を上演。本作は、アーサー・ミラーが1929年の世界恐慌を題材に描いた作品だ。
長塚は、「良かれ悪しかれ日本は大国アメリカと共にあります。アメリカ史を見つめることは日本史を見つめることです。ロシアのウクライナ侵攻によって揺れる世界均衡、経済の混沌、物価高騰、進歩という名のテクノロジーの暴走…。我々は明日をどう生きるのか。これは世界恐慌の時代を生きたある家族の物語。未曾有の貧困と価値観の転覆の中を生き抜く人々の人間ドラマでもあります。再び戦前と呼ばれ始めた現在、アーサー・ミラーの台詞が鋭く響きます」と思いを馳せた。
11月には、倉持裕の新作を杉原邦生が演出する青春群像劇。年齢も性別も違ういくつもの人生を、いくつもの顔を持って同時に生きる特異な人々が登場する摩訶不思議な世界を描く。二人は、本作が初タッグとなる。
倉持は「杉原さんはミニマルな道具をスタイリッシュに使って、演劇的興奮に満ちた演出をなさいます。僕は、自分で演出をせずに脚本のみを担当する場合、上演時には、執筆中のイメージからなるべく遠ざかったものが出来上がることを期待してしまいます。その点、杉原さんには、本当に思いもよらないほど遠くへ連れて行ってもらえる予感がして、今からわくわくしています」と期待を寄せ、杉原は「今回の作品は、誰しもそれぞれ持っている幾つもの〈顔〉とその役割についての物語であると、いまは考えています。そしてこの物語が、誰しも通過する蒼き時期(あおきとき)の只中にいる高校生の視点で描かれることで、その切実さはさらに色濃く現れるはずです。その切実さが現代社会へ投げかけるであろう“問い”はきっと大きな意味を持つんじゃないか、そんな気がしています」と話した。
11月下旬には、KAATと演出家・多田淳之介が主宰する<東京デスロック>の共同製作により初演し、好評を博した『外地の三姉妹』を再演予定。多田が、韓国の劇団<第12言語演劇スタジオ>芸術監督のソン・ギウンと共にチェーホフの三大戯曲『3人姉妹』を翻案し、舞台を朝鮮半島に置き換えて日韓俳優陣の競演で贈る。
ソン・ギウンは「『外地の三人姉妹』は、支配/被支配の関係に反省的に向き合うような作品ですので、気持ちの良い、甘い話では当然ありませんが、再演に向けて若干台本を改定し、より慎重で、興味深い作品にしたいと思っています」と述べ、多田は「今回の再演では3 年前にわなかったソン・ギウンさんの来日も実現したいと思っています。また色々な視点を持った人たちで一つの作品を作るのが楽しみですし、これからの時代を色々な人達で共に歩んでいく力になるような上演を目指します」と思いを語った。
12月には、福原充則演出による『ジャズ大名』を予定。筒井康隆の傑作小説を舞台化した本作は、音楽とダンスの狂乱と共に、日本の歴史を変える大事件を笑い飛ばすナンセンスコメディとなっている。
福島は「ジャズという言葉が生まれる前の、ジャズのような音の連なりに出会った大名と、周囲の人々の物語です。ジャズにも、大名にも興味がない方でも楽しめます。何かに没頭している時間の美しさと狂気を、バンドの生演奏と共に楽しんで頂けたらと思っています」と呼びかけた。
2024年2月には、長塚が手がけける神奈川県内巡演プロジェクト第2弾がスタート。今年度は『箱根山の美女と野獣』『三浦半島の人魚姫』の2本立てで上演する。それぞれ物語の舞台を神奈川県に移し、神奈川県各地域の伝説やエピソードを盛り込んで書き下ろす、歌あり踊りありのオリジナル作品だ。
長塚は「『箱根山の美女と野獣』は軽やかにジェンダーを超えたロマンチックコメディに、『三浦半島の人魚姫』は現代の共働き夫婦に起きる思いがけないファンタジーです」とアピールした。
2024年2月から3月には、小山ゆうながミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』で知られる劇作家リー・ホールのラジオドラマを一人芝居で見せる『スプーンフェイス・スタインバーグ』を上演する。これは、2010年に長塚がリーディング公演として演出したこともある作品だ。
小山は「2022 年の『ラビット・ホール』に続き子どもの死を扱った作品ですが、人の生き死にと向き合う事が演劇をやるということでもありますし、リー・ホールの研ぎ澄まされた感性による一人芝居は、その生きること、死ぬことが7歳の女の子を通して語られ、美しく、悲壮感漂わず現実的で素晴らしいテキストとアイディアによって構成されており、どこまでも削ぎ落とされたシンプルな作品なので、私も覚悟を決めて真っ直ぐに作品と向き合いたいと思います」と作品にかける思いを語った。
このほか、2023年度から3つの新たな取り組みもスタートする。まずは、全ての主催公演で、神奈川県在住・在勤者を対象とした「神奈川県民割引」を実施。さらに、メインシーズンの複数演目のチケットを一般発売に先駆けセットで購入できる「シーズンチケット」の販売もスタートする。そして、500円(予定)から使途の指定可能なオンライン小口寄付も始まる。こうした取り組みを通し、長塚は「自分の劇場だと思ってもらえるように模索している」と話した。
最後に、長塚は「劇場という文化がまだ多くの方に届いていないと感じています。まだまだ限られたお客さまが色々な劇場を巡っているという状況のままです。ただ、劇場は非常にポテンシャルが高いものがたくさんある。もっと皆さまの目に触れられるようにしていかなければいけないなと思っています」と改めて思いを伝え、会見を締めくくった。
取材・文=嶋田真己

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