ハンブルク・バレエ団プリンシパル菅
井円加に聞く~芸術監督ノイマイヤー
最後の日本公演

ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が5年振りに来日し、東京文化会館(上野)にて2週にわたる公演を行う。
まず、2023年3月2日(木)~3月5日(日)には、ノイマイヤー作品のハイライトを一挙鑑賞できる〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉が、バレエ団総出演で上演される。Edition2023として、『シルヴィア』やコロナ下で制作された『ゴースト・ライト』が新たに加わり、ますます充実のプログラムとなる予定だ。
翌週3月10日(金)~3月12日(日)には、現代的な視点で古典に新たな命を吹き込むノイマイヤーの手腕が光る『シルヴィア』の全幕が日本初演される。
日本人として初めて同バレエ団最高位のプリンシパルとなり、今回の公演では『シルヴィア』のタイトルロールを踊る菅井円加(すがいまどか)に、現在のバレエ団の様子や上演作品の魅力について聞いた。
ハンブルク・バレエ団『シルヴィア』  (c) Kiran West

■ノイマイヤーと共に歩んできたハンブルク・バレエ団
2022年9月、「ジョン・ノイマイヤーによるハンブルク・バレエ団50周年」と銘打たれた記念シーズンが開幕した。1973年より50年間ノイマイヤーが芸術監督を務めてきた同バレエ団だが、2024年夏からデミス・ヴォルピによる新体制に移行することが決定している。
—— バレエ団内は今、どのような雰囲気でしょうか?
ジョン(・ノイマイヤー)のような振付家と働くことができる機会は、なかなかあるものではありません。50年間のうちの何年かをご一緒することができて、とても貴重な体験をさせていただいていると思います。ジョンの退任と同じタイミングでバレエ団を卒業して次のキャリアに進もうかと考えるダンサーは多く、私もそのうちの一人でした。
新しいディレクターが発表された時に、ジョンの方から私たちに「もう1シーズン、あなたたちと一緒に仕事ができるから」という話があって、カンパニー中がざわめきました。様々な事情による任期延長(註)とのことでしたが、私のように次の段階を考え出していたダンサーにとっては驚きで。それで、ジョンがいるなら私もあと1年残ろうという人と、もともと考えていたことだから関係なく次に行くという人と、次のディレクターとお仕事したいからこのまま残るという人に、きっぱりと分かれました。
今シーズンが終わったら、たぶん色々な人が辞めていってしまうと思います。カンパニー自体が大きく動いている中、私自身もちょっと考えないと、という感じです。
※註:次期芸術監督ヴォルピへの円滑な移譲のため、ノイマイヤーの芸術監督としての任期は当初の予定から1年延長された。
—— ノイマイヤーが総監督を務めるナショナル・ユース・バレエに入団されたのが2012年。その後2014年にハンブルク・バレエ団に入団され、現在9年目となります。出会ってから現在に至るまでに、彼に対する印象は変化しましたか?
ドイツに渡る前はジョンの作品にあまり触れたことがなかったのですが、唯一『椿姫』だけは観たことがあり、もう当時からこの作品が大好きでした。ジュニアカンパニーであるナショナル・ユース・バレエで働いていた2年の間には、2回ほどジョン本人がクリエーションをしてくださる機会があって、その際に1ヶ月くらいの期間、深く関わることができました。人間味溢れる人だなというのが、最初に得た印象です。
彼の作品をたくさん観るようになって、カンパニーダンサーは皆とても感情表現が豊かであること、後ろの方から観ていてもブワッと鳥肌が立つくらい迫力のある方々が揃っていることに気づきました。やはりそれは、ジョンのもとで培われたものなのだろうと思います。というのは、彼は結構エモーショナルと言いますか、例えばリハーサル中に私たちに表現してほしいことを説明する時に、感極まって涙ぐんだり泣き出したりしてしまうことがあるんですよ。今でもたまにそうなのですが、そのくらい発する一言一言に感情がこもっていて、重みがあります。そんなジョンの言葉を受けて、私はどう思うかをイチから考えて踊りに活かしてみよう、自分自身の色を乗せた表現を次回彼に見せてみようという気持ちが湧いてきます。
カンパニーに入団してからは、彼とのリハーサルや新しいクリエーションが増え、この印象も気持ちも一層強まっていきました。ジョンとのリハーサルはいつだって濃いです。彼は本当に、アーティストとして生まれてきた人なんだなと感じますね。
ハンブルク・バレエ団『シルヴィア』  (c) Kiran West

■ 強い女性たちが活躍する『シルヴィア』 その魅力と見どころ
『シルヴィア』は、女神ディアナに仕えるニンフのシルヴィアと羊飼いのアミンタの恋を描いたバレエである。ノイマイヤーは、レオ・ドリーブの音楽の魅力はそのままに、思春期の少女の揺れ動く内面と成長に焦点を当てることで、19世紀の古典を現代の観客の共感を呼ぶ物語へと仕立て上げた。
—— ノイマイヤー版『シルヴィア』の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
主人公のシルヴィアは、ハンターとして女だけの世界で育ってきた負けず嫌いの少女です。リスペクトする女神ディアナに、自分がどれだけ強くて出来るのかを見せ、認めてもらいたいと常に思っています。一方で外の世界を全く知らなくて、男の人のことも、セクシャルな感じや恋に落ちる感覚もわからない。アミンタという異性に初めて出会ったことで生まれたどうにもできない感情に、彼女は「この変な感情は何だろう」「こんな自分情けない」と己の中で葛藤します。そこに現れた愛の神アムールが、シルヴィアを外の世界、いわば大人の世界へと連れ出すという興味深いストーリーです。
私自身シルヴィアの性格と似ているところがあり、感情移入しやすいんです。負けず嫌いなところもそうですし、自分で言うのもなんですけれども、あまり女性らしくはないので……(笑)。自分に嘘をつかずにいられるので、踊っていて本当に楽しく、一番気に入っている役柄のひとつです。
また、前に出ていく強い女性を見せられる作品でもあることも魅力ですね。登場する女性が皆かっこよくて、今の時代に合っているバレエだと思います。
—— 菅井さんが演じられるシルヴィアは、第1幕では勇ましく弓を引いていたかと思えば、初めての感情に戸惑う姿を見せ、第2幕第1場では一転ドレスアップして淑やかなダンスを、第2幕第2場では長い年月を経たからこその情趣に満ちたパ・ド・ドゥを踊ります。繊細で立体的な人物造形は、ノイマイヤー版の特徴のひとつですね。
ひとつひとつのキャラクターがとても大事な作品ですね。私自身シルヴィアを演じてきて実感しているのが、違いを出すことの難しさです。第1幕は力強さを見せることが大事で、テクニックの面でもジャンプがたくさんあるなど、スタミナが問われます。加えてその時その時の感情も繊細に表していかなくてはいけないので、最初のうちは苦労しました。そして第2幕になると、情景も服装もガラッと変わります。ほとんど舞台袖にはけることなく、状況の変化やストーリーの展開を表していかなくてはいけなくて……この部分は、ぜひ実際の舞台でご覧いただきたいです。
これまで何回か踊らせていただいてきましたが、まだいくつか自分の中で疑問を抱いているシーンや表現に迷っているシーンがあります。今度の日本ツアーではそれを乗り越え、今までとは一味違うシルヴィアをお見せできたらと思っています!
—— 気に入っていらっしゃるシーンはありますか?
『シルヴィア』の音楽が大好きで、なかでも最初の登場シーンの曲はアドレナリンがぶわーっと出てきて、踊っていても最高です。
あとは、終盤のアミンタとのパ・ド・ドゥでしょうか。私にとっては、もう何も考えないで踊れるパ・ド・ドゥで……もちろんそんなに簡単ではないので、テクニック的なことは考えなくてはいけないのですが、美しい音楽が私たちを踊らせるような感覚があります。最後のシーンということで感情も高まっているので、毎回踊りながらウルッときてしまいます。
ハンブルク・バレエ団『シルヴィア』  (c) Kiran West

■ コロナ禍によるキャンセルから2年 満を持して実現した来日公演
—— 〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉の方では、『シルヴィア』に加えて、『マーラー交響曲第三番』と『キャンディード序曲』を踊られる予定ですね。
『マーラー交響曲第三番』のパ・ド・ドゥはずっと踊ってみたかった作品で、今シーズン入って初めての公演でデビューさせていただきました。『シルヴィア』とは違ってストーリーがないので、それこそ音楽と踊る感じですね。衣裳も非常にシンプルで、舞台上のセッティングも何もないのですが、それがまた良い味を出しているんです。ジョンの作品の中でもトップ5に入るくらい、このパ・ド・ドゥが好きです。
—— 今回の日本公演では、菅井さんイチオシの作品の数々が観られるのですね。
私もびっくりしています、こんなに良いものを踊らせていただいていいのかなと。とても嬉しいですね。
—— 最後に、公演を楽しみにしているお客様に向けてメッセージをお願いいたします。
ハンブルク・バレエ団一同、日本で踊れることを本当に心待ちにしています。2021年の日本公演が中止になった時は皆大きなショックを受けました。だからこそ今回のツアーでは、大成功を収めたいと強く願っています。ぜひ楽しみにしていてください!

取材・文=呉宮百合香

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