指揮者 大友直人、音楽界の「現在」
「過去」「未来」を大いに語る〜JVS
OやMMCJ、敬愛する作曲家 三枝成彰に
ついて〜

日本を代表するオーケストラのコンサートマスターや首席クラスの演奏家によって構成されるジャパン・ヴィルトゥオーゾ・シンフォニー・オーケストラ(JVSO)のコンサートが、今年(2023年)も1月4日に兵庫県立芸術文化センターで行われた。30年前にこの壮大なオーケストラの構想を立て、1回目のコンサートからタクトを振り続けている指揮者の大友直人に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
今年のJVSOのチラシを持ってインタビューに応える大友直人  (c)H.isojima
―― JVSOのコンサート、盛り上がりましたね。チケットは早々にソールドアウト。すっかり新年のコンサートとして定着しています。
ありがたいことです。会場を兵庫県立芸術文化センターに移して、早いもので11回目となりました。「ニューイヤーコンサート」と謳い、決まって1月4日に開催して来た事が定着してきたようで、このコンサートから1年が始まると言って頂く方も沢山いらっしゃいます。頑張って続けて来た甲斐がありました。

JVSOを指揮する大友直人(2023.1.4 兵庫県立芸術文化センター)   (c)飯島隆
JVSOのコンサートで圧巻の演奏を披露したHIMARI(2023.1.4 兵庫県立芸術文化センター)    (c)飯島隆
―― イタリア語で名手を意味する“ヴィルトゥオーゾ”を冠したオーケストラを作ろうと思われたのは、どんな経緯だったのでしょうか。

作曲家の三枝成彰さんと「日本のオーケストラのトップクラスの腕利きがオーケストラの壁を越えて結集し、一つのオーケストラを作ると、どれほどすごいオーケストラが出来るのだろう?」と話していたのが直接のきっかけです。JVSOを立ち上げた1991年というと、サイトウ・キネン・オーケストラもまだ正式な活動をする前だと思います。オーケストラの首席クラスの演奏家が集まると、世界レベルのクオリティを誇るオーケストラが出来るはずと、期待に胸が弾んだ事を覚えています。
JVSOには、今年も日本を代表するオーケストラプレーヤーが集まった    (c)飯島隆
―― 実際にメンバーが集まって、最初に演奏されたのをお聴きになっていかがでしたか。
それはすごい音がしました(笑)。メンバーはオーケストラの首席、次席クラスの腕利きばかり。自分がリードをしなければ、といった意識を持つ必要がなく、全員ノーストレスで参加しているので、伸び伸びと楽しんで音楽と向き合っているからでしょうね。
2023年度JVSO。色々なオーケストラの見知った顔が並ぶ    (c)飯島隆
―― 上手い演奏家が集まると、上手い演奏が出来るものですか。誰がコンマスをやるかや、誰が何番を吹くかなど、余計な気を遣われることはありませんか?
上手い演奏家が集まれば、基本的に上手い演奏になります(笑)。それは間違いありません。演奏家は純粋に高みを目指し、良い音楽を奏でたいもの。このメンバーだからこそ狙えるクオリティの高い音楽。皆、真剣です。弦楽器のメンバーは、後ろのプルトで弾くのも新鮮なようです(笑)。これは、ひと時だけのお祭りなので、どこのポジションで演奏しても唯々楽しいのだと思います。これが一つのオーケストラとしてずっと続いていくものなら、このようにはならないかもしれませんね。しかしJVSOの結成は、クラシック業界としては大きな事件だったようで、いろいろと大変でした(笑)。
JVSOの結成はクラシック界の事件だったようです(笑)     (c)飯島隆
―― それから30年が経過。音楽界は変わりましたか。
サイトウ・キネン・オーケストラだけでなく、水戸室内管弦楽団や紀尾井ホール室内管弦楽団など、素晴らしい演奏家をそろえたドリームオーケストラは随分増えました。JVSOはそれらの先駆けです。実はこれ、クラシック音楽はヨーロッパのモノで、日本は所詮亜流だという偏った見方や考えを、オーケストラの活動を通して変えていきたいという私自身の思いがベースにはあります。
JVSOはドリームオーケストラの先駆けです     (c)飯島隆
―― その辺りの思い、大友さんが2020年に書かれた著書『クラシックへの挑戦状』でも熱く語られています。
日本でもおなじみの指揮者、ヴォルフガング・サヴァリッシュやクルト・マズアの一昔前の英語のプロフィールには、日本での活動について一切書れていませんでした。Japanの文字もなく、「His activity includes Far East」(彼の活動には極東も含まれる)と書かれているだけです。これには衝撃を受けました。世界のクラシック音楽シーンに於いて日本は軽く見られている。何とかそういった状況を変えて行きたい!この思いが、JVSOにも繋がっていますし、ミュージック・マスターズ・コース・ジャパン(MMCJ)という、指揮者のアラン・ギルバートと共に2001年に立ち上げた国際音楽セミナーにも繋がっています。
―― MMCJについて簡単に教えてください。
優れた講師と受講生を世界中から招き、少人数で密度の高い音楽創造の場を日本に作ろうと云うコンセプトで、毎夏、横浜で約3週間にわたって開催されているセミナーです。以前から日本にやって来る外国人アーチストのほとんどは、何らかの特別契約か、日本人と結婚したり、家族の関係によるものかのいずれかです。私は日本のクラシック音楽界の状況、ホール事情、オーケストラの実力、音楽教育の実情などを海外の若い人に向けてキチンと伝え、日本を正しく理解して、活動の拠点として日本も選択肢の一つとして考えて欲しい。MMCJを日本で開催するのは、そういった理由もあります。日本の音楽家には、海外の音楽家と寝食を共にし、勉強することで言葉や考え方について考え、視野を広げ、刺激を受けて欲しいと思っていました。ただ残念なことに、ここ数年はコロナで管楽器奏者の募集は行わず、日本在住の弦楽四重奏のグループでの募集となっています。
―― MMCJの成果はいかがですか。
修了生でプロのオーケストラで活躍するメンバーも多く、一定の成果は出ていると思います。なんと言っても、海外から優秀な演奏家のタマゴが、日本にセミナーを受けにやって来るというのが良いのです。彼らには、日本の茶道などの伝統文化も、体験してもらいます。

MMCJにご期待ください   (c)Rowland_Kirishima
―― JVSOのプレトークには、発足のきっかけとなった作曲家の三枝成彰さんも出演されて、毎回興味深い話を聞かせて頂けます。三枝さんと大友さんは、随分懇意にされていますね。

そうですね、若い頃から目をかけて頂いています。作曲家としても、新作オペラを何本も書かれていますし、その為の資金集めを始めとしたプロデューサー的な動きも、お一人で完璧にこなされています。純然たるクラシック音楽から、映画、ドラマ、アニメ、テレビ、ラジオの音楽まで、何でも作曲されますし、クラシック音楽の普及のためなら何処へでも脚を運び、何時間でも語られます。その熱量は凄まじく、これまでの成果を振り返っても三枝さんは紛れもなく日本の音楽史に大きく名前を残す方だと思います。
作曲家 三枝成彰  写真提供:メイ・コーポレーション
―― 三枝成彰さんのオペラは何本か拝見しています。2005年にオペラ「Jr.バタフライ」は神戸国際会館で拝見し、感銘を受けました。後に、イタリアのプッチーニ音楽祭で上演されたと伺い(2006年8月)なるほどと頷きました。オペラ「KAMIKAZEー神風ー」も素晴らしかったです。オペラ自体を観ることに慣れていない日本人には、上質な和製オペラは必要だと思います。三枝さんの果たして来られた役割は大きいのではないでしょうか。
オペラは言わば「歌芝居」です。音楽に物語とお芝居がついている分、より多くの人達が退屈せずに楽しめるはずなのに、残念ながら一般的にはオペラの方がコンサートよりも高級なものと捉えられているのではないでしょうか。究極の総合芸術で、原語上演でないと意味を成さないといった狭量な考えが幅を利かせているのも、日本に於いてなかなかオペラが広く普及しない一因かもしれません。日本にオペラを根付かせようと思うなら、やはり日本語による日本の優れた現代オペラを上演することは必須です。そこでお薦めしたいのが三枝さんのオペラ。
三枝さんは、とりわけオペラに関しては本当に造詣が深い方です。「忠臣蔵」や話題に上がった「Jr.バタフライ」や「KAMIKAZEー神風ー」には、世界の名作オペラを知り尽くした上での高度なコラージュが散りばめられています。注意深く作品を分析すればオペラの歴史を十分に消化し、それらを踏まえた上で独自の作品を作って行かれた事がよく分かります。一番直近のオペラ「狂おしき真夏の一日」は、ヴェルディの「ファルフスタッフ」へのオマージュであるとも言えるでしょう。1997年に初演された「忠臣蔵」は、今考えても革新的で洗練された美しく、大変立派な作品です。大掛かりなプロダクションで、素晴らしく上質なオペラでした。これは改めて日本だけでなく、パリやロンドン、ニューヨークでも上演するべき作品だと思います。三枝さんはもっと評価されるべき作曲家ですが、評論家や音楽関係者にその作品の真の価値を理解できる人が少ないのでしょうね。

オペラ「Jr.バタフライ」(2006.8 イタリア プッチーニ音楽祭)   写真提供:メイ・コーポレーション

オペラ「Jr.バタフライ」(2006.8 イタリア プッチーニ音楽祭)   写真提供:メイ・コーポレーション
オペラ「忠臣蔵」外伝(2010.2 Bunkamuraオーチャードホール)   (c)山本倫子

オペラ「狂おしき真夏の一日」(2017.10 東京文化会館)   (c)山本倫子
―― 三枝さんの活動の一つに「六本木男声合唱団ZIG-ZAG」がありますね。YouTubeに三枝さん作曲の「最後の手紙」がまるまる全部載っていて、一気に最後まで見入ってしまいました。YouTubeでもあれだけ感動したので、劇場で観ると凄いのだと確信しました。大友さんも合唱団に関わっておられるとお聞きしました。関西にはあまり馴染みはありませんが、どんな合唱団でしょうか。

1999年にエイズ・チャリティー・コンサートのために特別編成された20数名の著名人による「元美少年合唱団」が母体です。私もメンバーとして歌っていました(笑)。この時だけで解散するのは残念だという事で、当時使っていた練習場のある六本木を合唱団の名前にして、現在の「六本木男声合唱団ZIG-ZAG」という形で続いています。団長が三枝さんで、20代から90代まで約100名のメンバーで構成されています。三枝さんの新作を歌ったり、三枝さんのオペラにも出演。海外公演も盛んです。「最後の手紙」は三枝作品の代表作のひとつです。三枝さんは、アマチュアの合唱団だから、それに見合った易しい作品を書くような作曲家ではありません。誰が演奏するかは関係なく、自分にとって最良の作品を書かれるので、合唱団は毎回難易度の相当高い作品にチャレンジしています。ただ、細やかな練習と音取りCDなどサポート体制もしっかりしていて、三枝さんの変拍子や跳躍したメロディーに立ち向かって、しっかり成果を上げています。プロの合唱団が歌唱困難な難しい作品でも、集中して毎週練習する事で見事に自分達の手の内に入れて歌い切っています。
「最後の手紙」のアメリカ初演を成功させた六本木男声合唱団ZIG-ZAG(2018.6. カーネギーホール)     写真提供:六本木男声合唱団ZIG-ZAG
六本木男声合唱団ZIG-ZAG オペラ「Jr.バタフライ」(2016.1. Bunkamuraオーチャードホール)  写真提供:六本木男声合唱団ZIG-ZAG
―― 2月に、三枝さんの新作「愛の手紙〜恋文」を演奏されるというチラシがJVSO公演で挟み込まれていました。「最後の手紙」を受けての「愛の手紙」ということで、やはり難しい曲ですか。
実はまだスコアが手元に届いていないのでよく分かりません(笑)。最後の手紙は、第二次世界大戦の死を目前にした手紙だったので、暗い曲が多かったのですが、今回は恋文ですのでコンセプトが違います。公演のチラシに取り上げられるであろう手紙が並んでいますが、選ぶ段階から三枝さんの知識とセンスが良くわかります。川端康成と伊藤初代の往復書簡。モーツァルトからコンスタンツェへ。ナポレオン・ボナパルトからジョゼフィーヌへ。ベートーヴェンから“不滅の愛”へ。マリー・アントワネットとフェルゼン伯爵の往復書簡。といった具合に…。合唱団にはパート譜が配られて、練習は始まっていますが、なかなか難しいようです(笑)。三枝さんの80歳を記念した最新作ですので、相当チカラが入っておられる事でしょう。

「最後の手紙」の ”Dona Nobis Pacem” を歌唱する六本木男声合唱団ZIG-ZAG   オペラ「 KAMIKAZEー神風ー」(2013.1~2 東京文化会館)   (c)山本倫子
―― それは楽しみですね。

実は、昨年1月に辻井伸行さんの委嘱で書かれたピアノ協奏曲を初演しました。それが、コンテンポラリーの手法で書かれていて、大変驚きました。三枝さんは随分前に、いわゆる現代音楽とは一線を画され、純粋に御自身の感性のままに作品を書かれて来たのですが、ここに来て作風がまた更に変わられたのかもしれません。そういう意味でも新作の「愛の手紙〜恋文」は楽しみです。
―― 大友さんは、三枝作品の初演を随分手掛けておられます。三枝作品の魅力とは何でしょうか。
著書「クラシックへの挑戦状」にも書きましたが、私自身の心の琴線に触れるかどうかが、私にとって一番大切なことです。近年の三枝さんの音楽は、基本的には調性音楽で、聴きやすい部分も多いので簡単に思われるかもしれませんが、楽譜上では想像できないほど複雑です。例えば、頻繁に出て来るばかりではなく、時には延々と続く複雑な変拍子や、メトロノームの数字が200幾つとか300幾つといった速度表記など(笑)。毎回それをどうやって具体的に演奏し、三枝さんのイメージした音楽にするのかといったイマジネーションをはたらかせながらのパズルを解くような譜読みから始まります。リハーサル初日には、それをオーケストラのメンバーに説明して、三枝さんとの間で確認を取りながら具体的な音を作って行くのです。いつもなかなか大変です(笑)。三枝作品の初演時には、毎回そういった悩みは必ず起こります。それでも尚、三枝作品に関わり続けているのは、死ぬほど大変な思いをしても、その先に心を揺さぶられる感動的な音楽が有るからです。演奏していて、たとえ一ヶ所であっても心が震え、涙を抑えられないような感動に浸れる音楽にはそう滅多に出逢えるものではありませんから。
オペラ「 KAMIKAZEー神風ー」カーテンコール (2013.1~2 東京文化会館)   (c)山本倫子

オペラ「狂おしき真夏の一日」カーテンコール(2017.10 東京文化会館)   (c)山本倫子
―― 大友さんと三枝さんの、益々のご活躍を祈っています。最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。

六本木男声合唱団ZIGーZAGのコンサートに、ぜひお越しください。今の時代を駆け抜けた偉大な作曲家三枝成彰の最新作です。しかも、作曲家80歳の新作なんて、それほど遭遇できるものでは有りません。クリエイティヴィティ溢れるチャレンジングな作品になっていると思います。私も楽しみです。ぜひ一緒にサントリーホールで歴史を目撃してください。お待ちしています。
六本木男声合唱団ZIG-ZAG( 2017.11 バチカン サン・ピエトロ大聖堂)  写真提供:六本木男声合唱団ZIG-ZAG
サントリーホールでお待ちしています。   (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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