青年座公演『時をちぎれ』は、参勤交
代を取り入れた会社の時代劇風コメデ
ィ──演出の金澤菜乃英、主演の小暮
智美、制作の紫雲幸一に聞く

劇団青年座が土田英生の新作『時をちぎれ』を上演する。室町時代フリークな社長が経営する嶺岡幕府商事が舞台。この会社では社長を将軍と呼び、総務部は侍所、経理部は政所、人事部は問注所という徹底ぶり。型破りな土田コメディに挑戦する演出の金澤菜乃英、主演の小暮智美、制作の紫雲幸一に話を聞いた。
■参勤交代をモチーフにした時代劇風な最新作
──『時をちぎれ』はどんな経緯で依頼されたんですか。
金澤 2019年にわたしが松田正隆さんの『東京ストーリー』の演出をしたときに、アフタートークで作者の松田さんに加えて、マキノノゾミさん、司会には土田さんが来てくださったんです。終わった後に京都のお三方と話していたとき、すごく光栄なことに土田さんから「金澤さんとやりたいです」と言っていただけて。土田さんの芝居は松田さんの世界観とはまったくちがうんですけど、そのころは芝居のよりナチュラルな受け応えに臨んでたんで、わたしも「土田さんの戯曲、ぜひやらせていただきたいです」とお伝えしました。その後の経緯はわからないんですが、レパートリーで土田さんがあがってきたときに、わたしとということで決まった次第です。
 それ以降、土田さんとZOOMで一対一でお話しをしたことがあって、その時期は「いま何に興味がありますか」みたいなことを雑談形式でお話しされたのですが、そのときから、土田さんの脳内には、参勤交代とかをモチーフにした時代物をやりたいという構想があり、わたしも割と時代物が好きで盛りあがりましたが、「完全な時代物は難しいかもですね」と言ったところから派生して、現代の会社物になったと思うんですけど、ことの発端はZOOMから始まったのかなと。
青年座公演『時をちぎれ』(土田英生作、金澤菜乃英演出)のチラシ。

■架空の島で用いられるオリジナルな方言
金澤 企画が具体的に進んでいき、時代物の設定を取り入れている会社の縛りがあることが、現代のいろんな問題につながるようにリンクさせて書いていただきました。まさに土田さんならではの世界観で、間抜(まぬき)島という架空の島出身のクラスメイトが登場し、そこの方言をしゃべりながら、本州と島の隔たりや、都会と地方が浮き彫りになる、オリジナリティ溢れる作品にしてくださったと思っています。
──間抜島はどのあたりにある島という設定なんでしょうか。
小暮 稽古を進めていくなかで、土田さんの世界観をわたしたちにとってリアルなものにするために話し合ったところ、愛知県の伊勢湾に日間賀(ひまが)島があるのがわかりました。ただし、架空の島という設定なので、稽古場ではオリジナルな方言を作ろうと努力している最中です。
紫雲 打ち合わせで土田さんから伺っていたのは、伊勢湾にある篠島ですが、架空の設定だから、あえて限定しなくてもいいということで、この舞台ではどこかわからないようにしています。
──名古屋や三河の人が海水浴シーズンで行くのが、篠島とか日間賀島ですから。名古屋弁をベースにしている感じがします。
小暮 稽古場に愛知県出身の新人がいるので、その人の方言をベースにして、イントネーションはそちらに寄せつつ、語尾とか間に入れるものを工夫していく。さかなクンが「ギョギョ」って言う感じで作れたらというイメージですね。
青年座公演『時をちぎれ』、間島七海を演じる小暮智美。

■青年座ならではの土田コメディ
──劇の設定は、現代の企業で、なぜか社内の部署名や行事には室町幕府の用語が用いられている設定になっています。たしかに最初に意図されたように、時代劇っぽい感じが実現している。
金澤 そうですね。ト書きには「着物風の上着」と書いてあります。会社員で着物系を出さない設定だった時期もありましたが、蓋を開けてみたら、時代物に寄っていた。そこは土田さんのオリジナルで、江戸時代や戦国時代にせず、室町時代を選択したところも面白さかなと。
──土田さんのコメディに青年座が取り組むわけですが、土田さんが主宰する劇団MONOと比べて、どのような独自性を出したいと考えていますか。
小暮 わたしは土田さんとOn7(オンナナ)でも短篇『座れ! オオガミ』をやらせていただき、その後、自主企画でも、地元である福島県の会津で、このコロナ禍のなか、今回も出演する綱島郷太郎さんとの二人芝居(『来年の今日もまた──セイムタイム・ネクストイヤー』)を土田さんに演出していただいたりと、土田さんの世界観にふれています。
 MONOさんの舞台を見せていただくと、土田さんの演技の世界観というか、作品の世界観で、みなさんがひとつの方向に向かって一糸乱れぬという感じがするんですけど……
──チームワークが抜群ですよね。
小暮 今回は(金澤)菜乃英さんの演出で、土田さんとはまたちがう視点から、本当に細かく……わたしの印象では土田さんよりもっと細かい……いい意味で、わくわくするような細かさがある。この菜乃英さんとのキャッチボールが楽しくて。稽古は、ちょっとやっては止めて「もう一回いこう」、ちょっとやっては止めて「だいじょうぶ、もう一回」みたいに地味に進んでいくんですけど、これが積み重なったときに、MONOさんとはちがう、わたしたちなりの世界ができあがるんじゃないかなと思って、楽しく稽古場にいます。
青年座公演『時をちぎれ』で、演出を手がける金澤菜乃英。

■「話し合い」が中心にある演出のしかた
──金澤さんの演出の特長は、「話し合い」が中心にある感じでしょうか。もちろん戯曲に向かわれることで、役者ひとりひとりも作品と話し合いをされると思うんですが、そのうえで、いろんな人に実際に動いてもらったり、さまざまな意見を聞きながら、作品を立体化していく。
金澤 どんなに二次元で、文字で読んで、自分の頭のなかでシミュレーションしてきても、「事件は現場で起きている」じゃないですけど、稽古がいざ始まると、予想外のことが面白いし、わたし自身も発見や気づきがたくさんある。「ここは絶対に通したい」というところは持たなければとは思っているんですが、みなさんからアイデアが出て、A案とB案、それとはぜんぜんちがうC案が稽古場でできる。とても楽しい作業だと思います。
──いっしょに稽古されていてどうですか。
小暮 さっき「話し合い」とおっしゃったんですけど、菜乃英さんの場合は、それがより具体的なんです。
──いろんなバージョンを試してみるんですね。
小暮 うまく言えないんですけど、抽象的な文言で伝えてくださる演出家もなかにはいらっしゃいますが、菜乃英さんのは積みあがりやすい。そういう面もこの作品ともマッチしてるんじゃないかなとわたしは思ってます。
金澤 たぶん余白だと思うんです。お客さんが受け取る余白をわたしたちがどれだけ作れるか。俳優さんたちが、たとえば相手に対して怒る場面にトライしているとき、感情が一色で“怒鳴る”だけだったりする。でも、日常では、もっと複雑で多面的なものがあるはずなのに、どうしても方向がひとつになっていきがちなところを……そこが土田作品の難しいところだと思うんですけど……受け手にとっては複雑に見えるものにしていく。そうすれば芝居の相手はそこから何かを受け取るし、お客さんもいろんなところを発見することができる。これがたぶん、芝居の面白いところかなって。
──そういう意味では、細かい話し合いを重ねることで、情報量を増やしているのかもしれないですね。受け取る引き出しが増えるように、演技の多様性を高めていく。
金澤 それはいまやっている作業ですね。

■『時をちぎれ』でチラシもちぎる
──今回は商事会社のお家騒動を描いているんですが、社内恋愛あり、登場人物にさまざまな過去あり、さらには、それぞれの思惑ありと、人間関係が複雑に絡み合う話になっています。
小暮 ある室町幕府風な会社の人間たちの悲喜こもごもを描いた作品……そう言うしかないなと思っているんですけど、タイトルの『時をちぎれ』ってどういうことだろうと。
 わたしは間島七海役で、みんなより歴史の知識があったり、中世フランス語を専攻している設定だから、オタク気質なところがあって、些細なことでもひっかかっていく性格なので、そのようにして考えてみて、室町時代の三代将軍(足利)義満と、鎌倉公方の(足利)氏満の時代をちぎると……
──そっちの意味の「ちぎる」なんですね。切り離す。
小暮 そうです。本当にその部分をちぎってみてください。すると、当時の封建社会の制度と現在の会社の内情の構図が似ていることに気づく。もちろん歴史を知らない人が見ても楽しいんですが、知っている人はより楽しめます。
紫雲 京都室町と鎌倉の綱引きは、歴史的事実としてあるわけだから。
小暮 そういうところも楽しんでいただけたら、二度おいしいんじゃないかなと思っています。
紫雲 ぼくたちとしては、室町時代をちぎって、時をちぎって、現代の会社にそのルール、規則、システムを持ち込んだことによって、現代社会の矛盾がより浮き彫りになるという解釈ですね。
──言われてみると、いまの会社制度は、意外に封建制度の室町時代と、上の人に従わなければならないという点であまり変わってはいません。
紫雲 そのまま時をちぎって、持ってきて……
──なるほど。「ちぎれ」はひらがななので、「契る」も連想しましたが、時と契約はしないですね。
小暮 仮チラシを作って入れてたんですけど、『時をちぎれ』なので、仮チラシでは端の方をちょっと破っていたんです。そしたら、いろんな人から「青年座の仮チラシ、破れてるよ」と指摘されて、せっかく破っていただいた労力が伝わらず、こうするには註釈が必要だったなと。
紫雲 土田さんが書きたいのは、やっぱりいまなんですよね。室町時代の設定を持ってくることによって、いまと変わらないということも見せたかっただろうし、そこから見えてくる人間関係とか、いまのハラスメントの問題……ここでは土田さんは「いじめ」という言葉を使っていますが……実際、パワハラやセクハラの問題は、彼がいちばん興味を持っているところで、会社組織や室町時代の制度を借りて、なんとか土田さん流に社会に見せていきたかったんじゃないかなと思います。

■年頭にぴったりのコメディ
──カンテレ制作のテレビドラマ『エルピス』で、副総裁の大門雄二を演じていた山路和弘さんが、チラシのように、ちょんまげ姿の社長として出てくるのも楽しい。貫禄のある山路さんとは、またちがった一面も見られますし、見どころはたくさんありますね。
小暮 『エルピス』とはぜんぜんちがう、真逆な山路さん。
金澤 小暮さんを筆頭に、みなさん真摯に取り組んでくださり、わたしもすごく楽しい。こちらからの提案に乗ってくださる人が多いし、若手代表の小暮さんにすごく引っ張っていただいています。いろいろ試してみる実験の機会が多いことが、舞台をふくよかにしていく鍵になりそうな気がしています。
 いちばん年長の山路さんも、必死に稽古されてるし。その必死なのも、つらそうな必死じゃなくて、小暮さんとのやりとりも楽しんでくださっているようで、そういうことが座組のみんなにとっても、いい刺激になっています。
紫雲 劇団のよさかもね。山路さんのようなベテランといっしょにやりながら、悩みながら、稽古する。山路さんを見ながら、みんなもいろんなことを感じてると思うんだよね。芝居のことも、生きかたもね。
小暮 感じます、いろいろ。
──本当に見てるだけで、勉強になりますね。こういうふうに試行錯誤するのかと思うし、そのとき採用しなかった演技も、どこかに息づいているので、奥行きがある舞台になる。とりわけ喜劇の場合は、自然な演技に加えて奥行きが必要とされるので、両方を兼ね備えた舞台になるのかなという……
紫雲 ハードル、あがってる(笑)。
小暮 菜乃英さん、そういうふうに常に言ってくださっているので、きっとわたしたちが重ねていけば、そうなるとわたしは確信しています。
紫雲 ざっくり言うと、土田戯曲は難しいでしょう?
小暮 難しいです。できあがったものを見ると、ぜんぜん難しいと思わないのに、いざやると、本当に余計なことをしちゃいけない。自分が身を置いてみると、こうなるまではどれくらいの緻密な稽古を重ねたんだろうと思うので、すぐにできなくて当たり前。みんなで協力して取り組むしかない戯曲ですよね。
紫雲 ウチも過去に2作品(『悔しい女』2007年、『その受話器はロバの耳』2009年)やってるけど、どちらも苦労してるもの。土田戯曲は簡単ではないよね。
──でも、細かいやりとりが稽古で積み重ねられていって、いい出汁が出ているような、おいしい舞台になりそうですね。
紫雲 いまここでは言えないこと、お楽しみはたくさん用意してあります。青年座はこの作品で、卯年だから大きく跳ねようと思っているんで。
金澤 年女です。
紫雲 本当に弾んだ舞台になれば。
小暮 年初めにぴったりのお芝居になる気がしています。わたしの目標は追加公演。この作品は青年座にいままでにない新しい風が吹くんじゃないかと、座組のメンバー、菜乃英さん、制作の紫雲さん含めて、そんな予感がしています。お客さんとともに新春盛りあがりたいので、ぜひご協力いただけたらうれしいです。
取材・文/野中広樹

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