世界で活躍するフルーティスト工藤重
典に聞いた〜今、チェンバーオーケス
トラをプロデュースする理由

世界で活躍するフルーティスト工藤重典が、室内合奏団との共演演奏会を自らプロデュースするという。意外にも初めてだそうだ。自身の師でもある巨匠ジャン=ピエール・ランパルのことや、大変お世話になったというジャン・フランソワ・パイヤールのこと、新進気鋭の2人の女性フルーティストのことなど、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。

―― 工藤さんといえば、長きに渡りクラシック音楽シーンの第一線で華やかに演奏活動をされています。フルートをソロ楽器に高めたと言われる巨匠ジャン=ピエール・ランパルに直接教わったそうですね。
ランパル先生に教えてもらうにはフランスに留学するしかありませんでした。管楽器の国と言われているフランスですが、1970年代はフランスに留学する学生はあまり多くありませんでした。私は1975年にパリ国立高等音楽院に入学。そこから一等賞の成績で卒業する79年までランパル先生に教えて頂きました。
チェンバーオーケストラをプロデュースするフルーティスト工藤重典   (c) Makoto Kamiya
―― リアルタイムに工藤さんの活躍を拝見しています。ソロ、アンサンブル、コンチェルトと、さまざまなスタイルでの演奏をご自身でもプロデュースされていますが、意外にもチェンバーオーケストラとのプロデュースは今回が初めてだとか。
そうなんです。最近は後進の指導に力を入れている事もあって、フルートのアンサンブルを企画する事が多いです。私がフランスで学んでいた70年代や80年代、90年代初め頃までは、パイヤール室内管弦楽団やイ・ムジチ合奏団、指揮者のミュンヒンガーやリヒターが伸び伸びとバロック音楽の名曲を演奏していた時代で、それらを採り上げる演奏会も多く、演奏する機会にも恵まれていました。フルートにとっていちばんの黄金時代と言われる18世紀の音楽を思う存分演奏出来たのもこの頃。90年代途中から古楽器復刻のトレンドが始まり、博物館に展示されていたようなチェンバロを修復して弾いてみたり、古楽ブームが興りました。それによって、それまで普通に耳にしていた18世紀の名曲を演奏する機会が減ったように思います。そんな事もあって、ノスタルジーに浸っている訳ではありませんが今一度、あの頃のスタイルで名曲の数々を聴いていただこうと、チェンバーオーケストラのコンサートをやろうと思ったのです。
―― パイヤール室内管弦楽団やイムジチ合奏団が、ヴィバルディの「四季」やバッハの管弦楽組曲、ブランデンブルク協奏曲などを演奏していた時代は良かったですね。古楽という言葉が出始めてから、演奏法や楽器の事が取り沙汰されるようになり、聴く前に構えてしまうというか。自由に伸び伸びとバロック音楽を聴く機会が減ったように思います。
古楽ブームによってもたらされた学術的な成果は多く、そこから学ぶ事も沢山あります。しかし、仰ることもわかります。今回、初めてチェンバーオーケストラをプロデュースして18世紀の名曲を演奏するに当たり、私も大変お世話になったジャン・フランソワ・パイヤールさんに敬意を込めて、あの頃のサウンドを皆様にお届けしたいと思いました。特に、今回演奏する曲の中でパッヘルベルの「カノン」は、パイヤールさんが世界的に広めた曲です。今でこそ知らない人はいないパッヘルベルの「カノン」ですが、パッヘルベルが書いた元の譜面に、即興的な音符を加えたパイヤールさんによる編曲版が大ヒットしたのです。この楽譜は一般的には出版されていませんが、今回はパイヤールさんへのオマージュということで、特別に自筆譜を取り寄せて演奏します。
パイヤールさんへのオマージュを込めて演奏します    (c) Makoto Kamiya
―― それは楽しみですね。今回演奏される曲の紹介をお願いします。パッヘルベルの「カノン」に次いで演奏されるのは、ヴィヴァルディのフルートとヴァイオリンのための協奏曲です。 
元の曲は二つのヴァイオリンのための協奏曲ですが、それをフルートとヴァイオリンで演奏するヴァージョンをお届けします。これはランパル先生が好んで取り上げた曲で、アイザック・スターンとよく一緒に演奏されていました。フルートとヴァイオリンはとても相性が良く、この曲は即興的で詩的なところが魅力だと思います。一緒に演奏するのは、今回のオーケストラのコンサートマスターをお願いしている森下幸路さん。彼はとても優秀なヴァイオリニストで、現在大阪交響楽団のコンサートマスターですが、私は彼が学生の頃から知っていて、何度も一緒に演奏しています。今回の弦楽器メンバーは全員彼のお墨付き。腕利きばかりです。
ヴァイオリニスト 森下幸路 (c)mick park
―― 次が、バッハの管弦楽組曲第2番。フルートが独奏楽器として協奏曲的に使われている名曲です。終曲の「バディネリ」は、聴いていて心が弾みます。
バッハはフルートをとても大切に扱ってくれていて、ありがたいです。この時代、モダンフルートはなく、音程が取りにくいフラウト・トラヴェルソですが、当時にも名手がいたのでしょうね。今回、私のほかに人気と実力を兼ね備えた女性のフルート奏者が2名出演します。皆様お待ちかねの「バディネリ」を吹くのは誰か、当日のお楽しみとさせてください(笑)。
ランパル生誕100周年を記念して行われた「工藤重典と10人のミラクル・フルーティスト」(2022.10.浜離宮朝日ホール)
―― チマローザの2本のフルートのための協奏曲は、その石井希衣さんと瀧本実里さんによる演奏ですね。この曲の魅力と、お二人のことも紹介していただけますでしょうか。
ドメニコ・チマローザはオペラ・ブッファの第一人者として知られていますが、この曲はフルート奏者の間では比較的メジャーな曲だと思います。オペラのような明るく華やかで、とても素敵な曲です。石井希衣さんと瀧本実里さんは共に、コンクールでの成績も申し分なく、この世代では断トツの№1フルート奏者です。お二人とも私が主催したフルートコンクールの最上位を分かち合っており、素晴らしい演奏をご期待ください。
フルーティスト 石井希衣 (c)Shigeto Imura
フルーティスト 瀧本実里 (c) Makoto Kamiya
―― そして最後はモーツァルトのフルート協奏曲第1番です。あまりにも有名な曲ですが、工藤さんはこの曲を何回くらい演奏したか覚えていらっしゃいますか。
モーツァルトが書いたフルートのための協奏曲は全部で3曲ありますが、それらの演奏回数は100回を超えています。ランパル先生が、現存するフルート協奏曲の中で最高峰の曲だと絶賛されていましたが、頷けます。またランパル先生は、オーケストラが存在するすべての国で、この曲を演奏しているのではないかとも仰っていました。約30分の曲ですがとても内容の濃い作品で、高い演奏技術を要する難しい曲です。モーツァルトはフルートを嫌いだったのではないかなどといわれていますが、そういった次元で片付けられるような曲ではありません。名曲中の名曲です。聴いたことが無いと言われる方は、ぜひこの機会にお聴きください。
―― 工藤さんの並々ならぬ思いを聞かせて頂きました。最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。
今回初めてチェンバーオーケストラと一緒に、選りすぐりの曲を演奏させて頂きます。フルートの黄金時代と言われる18世紀から19世紀初頭に特化した選曲です。難しい講釈は横に置いて、曲に身を任せて楽しんでいただこうというコンサートです。ぜひ会場に足を運んでいただき、生で音楽を作る過程を体験してみてください。奏者と同じ空気を吸い、奏でる音楽を聴いて頂きたいのです。紀尾井ホールで皆さまのお越しをお待ちしております。
紀尾井ホールでお待ちしています    (c)土居政則
取材・文=磯島浩彰

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