【独断による偏愛名作Vol.1】
氷室京介、布袋寅泰、玉置浩二…
J-ROCKの巨人たちが
奥田圭子に佳作を捧げた『cresc.』

大ブレイク前のBOØWYが手掛けた楽曲

『cresc.』は、その氷室京介作曲、布袋寅泰編曲のM1「プラスティック」からスタートする。佐野元春の「アンジェリーナ」、吉川晃司の「モニカ」にも雰囲気の似たポップなイントロで、頭打ちのリズムとベースラインが何とも1980年代っぽい。ドラムのキックもひと筋縄ではいかないし、何よりも音色がニューウェイブだ。正直言っていなたさは否めないけれど、メジャー感もあって、アルバムのオープニングには相応しいだろう。この辺は布袋ワークらしいのかもしれない。興味を惹かれるのは、歌パートがマイナーに転じるところ。ハツラツと幕を開けた物語がいよいよ本編に突入していくような緊張感がある。シリアスというか若干不穏というか、この物語の本質は決してポップだけでないことを印象付けている。(M1が曲先であることを前提で書くと)作詞の秋元康は当然そのことを察したのだろう。Aメロはドライでややダークに始まる。《夜が右に傾いて遅い雨が降り出した 都会(まち)/高層ビルのコンクリが波のように打ち寄せていた》である。この時期の女性アイドルは、小泉今日子が「なんてったってアイドル」でアイドル自体を相対化したことが象徴しているように、もはや“カワイ子ちゃん”だけではなくなっていたわけだが、M1も女性アイドルの多様性を示していたとも言える。アイドルとロック、ポップスの垣根は一時期に比べて随分と低くなっていたことは間違いない(奇しくも「なんてったってアイドル」と『cresc.』は発売年月日が同じだが、これは偶然だろう)。そのAメロから抑制の効いたままにBメロへ進み、サビへ。これがどう聴いてもヒムロックのメロディーなのである。BOØWY、氷室京介のソロを全てさらえば、似たような曲のひとつやふたつは出てくるのではないだろうかと思うほどに(出てこないとは思うけど…)どうしようもなくヒムロックだ。今となっては、作曲クレジットを見るまでもなく、氷室京介が手掛けたナンバーであることがよく分かるM1である。

アレンジ面での布袋っぽさはイントロから引き続き発揮されていく。Bメロで左右から聴こえてくるシンセ(ギターシンセかもしれない)のピコピコ感が如何にもテクノポップを経た1980年代アイドル歌謡っぽくて、さり気なく良い。布袋のギタープレイは前半こそおとなしめなものの、1番終わりのギターソロから本領発揮。そのプレイの派手さもさることながら、ソロを支えるサイドギターが左右に分かれているところなども芸が細かい。いい意味でギタリストによるアレンジという匂いがプンプンする。2番のサビからは歌にギターも重なって、さらにギアが上がっている印象。しかも、単にワイルドなだけでなく、楽曲全体のメランコリックさを助長するかのように、とても雰囲気のある旋律を聴かせてくれるのは、流石に布袋寅泰であるように思う。特にアウトロで聴こえてくるフリーキーなプレイは、これもまたBOØWY、布袋寅泰のソロを全てさらえば、似たようなフレーズはあるかもしれないと思わせるほどに“ザ・布袋”だと思う。久しぶりに聴いてもやっぱりカッコ良いロックナンバーだ。奥田圭子のヴォーカリゼーションもメロディーやサウンドに合っているというか、めちゃめちゃ上手いわけでもないし、かと言って下手でもなく、アッパー過ぎずダウナー過ぎず、ちょうどいい塩梅。歌詞も含めて、一楽曲としてちゃんとしている「プラスティック」である。

もう1曲の氷室京介作曲のナンバーM4「STORMY NIGHT」にも触れておこう。こちらもM1同様にサビに“らしさ”が感じられるものの、M1に比べてキャッチーさが薄いかな…というのが個人的な感想。むしろ、Aメロ、Bメロが良質であるように感じる。とりわけBがいい感じで、それに対してサビが短いかなとは思う。そう考えると、サビ以上にA、Bのほうがヒムロックっぽいと言えるのかもしれない。派手さはないけれど佳作という言い方も出来るだろうか。サウンドはハードロック調で、イントロ、アウトロも含めて全体的にそつがないように感じられる。こちらも逆に言えば、やや新鮮味に欠けるという捉え方もできるだろうか。どうしてもM1と比較してしまうのだけれど、M4を改めて聴いて、氷室京介のメロディーを布袋寅泰のサウンドで仕上げるスタイルが自分の中ではスタンダードに近いものになっていることにも気付いた。M4のギターもソリッドでそれなりにいいし、アイドルソングとして考えた場合、M1のギターのほうが突飛だとは言える。だが、もはや筆者の耳が完全にBOØWYシフトになっていて、馴染みのいいのはM1だ。これには同意してくれる人もいるように思う。正確なデータがないのではっきりとしたことは言えないが、『cresc.』のレコーディングはアルバム『BOØWY』の録音の前後ではなかったかと想像できる。BOØWYが実質的のそのバンドとして力を見せ始めた時期である。氷室と布袋とのコラボレーションによって面白い楽曲が作られたのも当然だったと考えられる。M4についてもう一点付け加えると、歌い方が初期の菊池桃子っぽいのが少し気になるところではある。これはこれで悪くない。

OKMusic編集部

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