​​『BABY Q九州場所』向井秀徳、岸
田繁、ハナレグミによるガチンコ三つ
巴の凄みありすぎた夜

『NEOLAND presents BABY Q 九州場所』2022.12.23(FRI)福岡・福岡市民会館
2022年12月23日(金)、ライブイベント『BABY Q』の九州場所が、福岡市民会館で開催された。『Q』は、2019年に神戸ワールド記念ホール・両国国技館で、「CUE=素晴らしい音楽に触れる『キッカケ』に」・「休=最高の休日に」という想いを込めて立ち上げられたインドアフェス。そして、2021年に東京・大阪・広島で弾き語りメインのライブイベントとして『BABY Q』が始まり、2022年は1月に北海道で、8月に横浜、9月に大阪にて実施されている。
『NEOLAND presents BABY Q 九州場所』
この日、福岡にしては珍しい大吹雪という生憎の天候になったが、約60年前に建てられたという趣がある福岡市民会館には、向井秀徳ハナレグミ岸田繁くるり)という三つ巴の競演を楽しみにしていた多くの人が集まった。舞台後方には『Q』と描かれた大きなフラッグが飾られており、それ以外は特に装飾は無く、機材や木材が置かれた舞台裏が剥き出しになっている。この飾らない無機質な様は、逆にインパクトが強く、これから始まるライブへの緊張感と高揚感を高めてくれた。
■ハナレグミ
ハナレグミ
トップバッターはハナレグミこと永積 崇。東京からの飛行機が悪天候で揺れに揺れて心臓がぶっ壊れるかと思ったと笑いながらも、この日を本当に楽しみにしていて、自分の出番が終わった後はふたりのライブを客席から観たいと話す。実際、出番が終わった後は、ふらりと客席に現れて、一般の観客と共に普通に鑑賞していた。当事者のミュージシャンでさえ、観客目線でも楽しみたいと思うビッグマッチなのだと改めて感じた。
終始、笑顔で話す永積は自然な感じでアコギを爪弾き、ライブは「家族の風景」から歌われる。照明も自然に薄暗くなり、剥き出しの背景も先程とは違うムーディーな雰囲気を醸し出す。
ハナレグミ
「ハンキ―パンキー」「祝福」と立て続けに歌い、アコースティックギターでの弾き語りライブにとって、ハコとの相性がいかに重要かを話す。そういう意味では、福岡市民会館は芳醇に音が響く良いホールであり、2022年最後の自分へのご褒美であるとも明かした。初めて来たホールであるが、今まさにそこでライブを観られているということもあり、この永積の発言は何だか誇らしくて嬉しかった。そして、すっかり世の中が変わっている大変な御時世の中で、ずっと変わらず普遍的に持っていられるものは何かという流れから、楽曲「Smile」の紹介へ。1936年公開のチャーリー・チャップリンが監督・脚本・主演の映画『モダン・タイムス』で使用された、チャップリン作曲のメインテーマであり、ジャズのスタンダートナンバーとしても有名な楽曲。ギターが弾かれて、会場の期待度も高まった瞬間……客席から、まさかのくしゃみで演奏を中断するも、永積は「こういうの大好物なんです! あなたのくしゃみで会場がスマイルになりました!」と見事に切り返す。この明るく楽しく陽気な空気感を持つ永積によって、どんどん場の雰囲気が良くなっていく。曲終わりには、クリスマスメロディーも盛り込まれて幸せな気分になる。
「この後、侍ふたりが出てきますからね! 「手拍子をお願いします!」とか言わないと思うんですよ(笑)。だから、僕だけは手拍子をしてもらっていいですか?」
そして、「明日天気になれ」の軽快なリズムが鳴らされ、観客の手拍子によって、より盛り上がっていく。「もう1曲、手拍子をお願いします!」と「独自のLIFE」へ。ファンクナンバーが観客の手拍子で、よりグルーヴ感を増していく。ラップパートも力強く響き、トップバッターから最高潮な状態に。
ハナレグミ
「会場が温まってきましたね! 今はふたりの雪駄を温めている気分です!」
そう言って、永積は向井、そして岸田と弾き語りライブができることへの驚きと喜びを語り出した。SUPER BUTTER DOG時代から、向井のNUMBER GIRL、岸田のくるりとは同世代ながらも、現在のようにフェスが多い時代では無く対バンもなかったため、近からず遠からずな距離感だったと振り返り、尊敬しているので今でも新しいアルバムが出たら聴いていると明かす。
また、くるり「男の子と女の子」をカバーしているが、今日は本人が歌うかもしれないし、自分も岸田の歌を聴きたいので、今日は歌わないと丁寧に説明。当イベントについても、同じ主催者が毎年春に福岡で開催しているフェスティバル『CIRCLE』にも触れた上で、『BABY Q』が可能性を感じるアコースティックライブイベントだと話す。その福岡話の流れから、『CIRCLE』でも御馴染の福岡出身・クラムボン原田郁子が作詞した「発光帯」の紹介へと繋いでいく。丁寧に歌われるラストナンバーは、ただただ聴き入るのみ……。ふたりの侍にバトンを渡す為、場を見事に温めた素晴らしきトップバッターであった。
ハナレグミ
■岸田繁(くるり)

岸田繁

二番手は岸田繁。ゆっくり歩いて登場して、ゆっくり準備していくが、その首にはハーモニカもセッティングされている。ギターを爪弾き、ハーモニカを吹き、<花は霧島~>と歌われた瞬間、「きた!」と思わず興奮してしまったし、その一瞬で場の空気をガラッと変えて、自分色に染め上げて、雰囲気を持って行くのは流石でしか無かった……。九州場所ということもあり、鹿児島の民謡「鹿児島おはら節」が1曲目なのは、とても胸にくるものがあった。歌い終わって、こちらは独特の民謡節で歌われた余韻に浸る中でも、「え~ハナレグミと申します」というMCひとこと目は、まさに岸田らしい変化球で楽曲同様、堪らない気持ちになる。
岸田繁
「この曲をやるかやらないか考えていたのですが、気を遣ってやって下さらなかったので、やらして頂きます」と「男の子と女の子」へ。照明も夕暮れの様な雰囲気を演出されていて、まだ二番手にも関わらず、また今までと違う雰囲気が感じられた。「ソングライン」、「キャメル」と続けて歌っていき、その後のMCでも自身をハナレグミとまだ言い張り、次は大きくなってテレキャスターを持って現れると、向井を匂わせる茶目っ気を見せた岸田。
「おじさん三人、ピンがガチンコで福岡市民会館に現れることもないですから。貴重な機会ありがとうございます」
永積と同じく岸田も、この日を楽しみにしていたことが伝わったし、「ガチンコ」という表現にもグッときた。この日を真剣勝負と捉えていた訳であるし、本人も「僕は何やるか全然決めていないんで」と言っていたが、その場の空気で何を歌うか決めていくのは、観ているこちらも痺れるものがある。「おじさんですけど、愛の歌を書きました。おじさんだけど愛も大事ですよ」と軽く話しながら、さらりと発表前の新曲をおろしてくれるのは幸せでしか無かった。今年3月リリースの最新作「愛の太陽 EP」から表題曲「愛の太陽」が聴けたのは貴重。まさか約2ヶ月も先の新曲を聴けると思ってなかっただけに、この選曲には心から驚いた。そこから、「ハナレグミさんが英語の歌を歌ってはって、かっこいいなと思ったから、英語の歌を歌っていいですかね?」とこれまた軽く話して、oasis「champagne supernova」のカバーというのも驚きでしか無かった。弾き語りライブならではの本当に貴重なものを聴けていると、その場にいた全ての人間が思っただろう。
岸田繁
「pray」を挟み、いよいよラストへ。その前に「福岡に来たんで、福岡らしい話でも。こう見えて、鉄道マニアなんですけど」と話し出したが、ほとんどの人が「知ってるよ!」と心の中でツッコんだに違いない。それくらい3人のマニアが客席に集まっていたはずだが、3人のマニアである前にほとんどの人が福岡県人だったはずなだけに、岸田の母が昔住んでいたという井尻から大橋、平尾などの西鉄沿線話はむちゃくちゃくすぐられたことだろう。そして、ラストナンバーは「今年も色々あったと思いますけど、良い年末をお過ごし下さいという事で柔らかめの曲を」と「言葉はさんかく こころは四角」が歌われる。民謡・カバー曲返し・新曲・カバー曲と振れ幅がある選曲のラストを締め括ったのが、くるりのグッドメロディーなスタンダードナンバーなのも素敵だった。
岸田繁
■向井秀徳アコースティック&エレクトリック

向井秀徳アコースティック&エレクトリック

とうとう最後の侍の順番がまわってきた。向井自らステージに上がりエレキギターでサウンドチェックを行なう。「チェック、ワンツーハーハー」とリアルなマイクチェックも聴こえてくる中、「やりながらでいきましょうか」と、そのままライブへとなだれ込む。「Matsuri Studioからやって参りました。THIS IS向井秀徳!」という御馴染の前口上だけで、地元福岡という御膝元ということもあり、場内はこの日一番とも感じる大きな拍手に包まれた。1曲目はNUMBER GIRL「Stream Sentimental Girl's Violent Joke」。リズミカルさを感じさせながらも、エレキならではの歪むギターには固唾を呑むしかない……。続くナンバーも同じくNUMBER GIRLから「ZEGEN VS UNDERCOVER」。あのギターフレーズで、あの<ヤバイ さらにやばい バリヤバ>という歌詞が突き刺さる。再解散したばかりのNUMBER GIRLだが、バリヤバな楽曲は永久に不滅だ。

向井秀徳アコースティック&エレクトリック

ルーパーでギターリフを重ねていったノイジーさに引き込まれるしかない「SAKANA」から、エッジの鋭いポエトリーリーディング的な言葉が頭から離れないZAZEN BOYS「The Days Of NEKOMACHI」。繰り返されるギターと繰り返される諸行無常といった歌詞のリフレインにすっかりやられてしまった中、トドメとばかりにドスの効いた声で「YURERU」が鳴らされる。音と言葉の凄みは言わずもがなだが、向井の歌の凄みは頭の中で完全に再現されてしまう風景描写でもある。「KARASU」での<高速道路の帰り道 車の窓から見える 東京タワーが老いぼれて突っ立っている>という歌詞は、哀愁漂う風景描写が凄すぎてフリーズしてしまう。叙情的であり、情緒や風情が全て詰め込まれているというか、もう感情をぐっちゃぐっちゃにされてしまうという稚拙な言葉でしか表現できなくて恥ずかしいが……とにかく凄かった。
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
「さっき西鉄電車の話を耳にしましたけど、1996年頃、明け方に西鉄電車に乗っていて、その風景を歌にしましたので、その歌を歌います」
NUMBER GIRL「OMOIDE IN MY HEAD」
<ねむらずに朝が来て ふらつきながら帰る 誰もいない電車の中を朝日が白昼夢色に染める。
まさしく、この歌の、この歌詞は、向井の頭の中の思い出が、頭の中の景色が見事に描写されている。福岡で生まれた福岡の風景の歌を福岡で聴けるなんて、こんな贅沢な事は無い。そんな贅沢な余韻に浸りまくっている中、向井も「私も福岡シティで今日の様な3組で演奏できて、とても嬉しいです」と語りかけてくれる。福岡市民会館に来るのは、高校生の時にARBを観に来た時以来で、その時に須崎公園で迷ったという話も打ち明けられる。何回も同じことを書くが、それでも書かざるおえないので書くが、この福岡で、この3組を観れるのは本当に貴重としか言いようがない。
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
気付くと早いもので、もうラストナンバーの時間。ラストナンバーはZAZEN BOYS「はあとぶれいく」。<いつまでたってもやめられないのね>という言葉が、ずっと頭の中に残りリフレインしている……。いつまでもやめずに3人が音を鳴らし続けてくれたからこそ、今日というありえないくらいに貴重な日を観ることができたのだ。とんでもない三つ巴戦を観たという想いは、その場にいた全員の共通な想いであり、だからこそ終演アナウンスが流されても、誰ひとり帰ろうとしない。するとなんと、向井が永積と岸田と共に再び舞台に現れた。3人は肩を組み笑い合っている。それだけで嬉しくて言葉にならない。それが何よりのアンコールである……。こうして冬の福岡のガチンコな夜は終わった。続きの風景は春の福岡で必ず観たい。
取材・文=鈴木淳史 写真=オフィシャル提供(撮影:田中紀彦)

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