那須佐代子×那須凜「お客様は親子が
演じているというバイアスがかかった
状態で見始める。いつ虚構の世界に集
中してもらえるかが勝負」〜風姿花伝
プロデュース vol.9『おやすみ、母さ
ん』

JR目白駅から徒歩15分ほどのところにある小劇場を舞台に、気鋭の演出家と手練れの俳優陣が濃密なセリフのやりとりを重ねた緊張感ある翻訳劇をつくり上げることで定評のある風姿花伝プロデュース。毎回高い評価を得ているこのシリーズに、ユニークな企画が登場する。劇場のオーナーでプロデューサーでもある女優・那須佐代子と、急成長を遂げている若手女優・那須凜の母娘が『おやすみ、母さん』という二人芝居で共演するのだ(2023年1月18日(水)〜2月6日(月)シアター風姿花伝)。『おやすみ、母さん』は娘のジェシーが母セルマに向かってピストルで自殺すると告げたことから始まる数十分のやりとりが紡がれる。この二重構造が生み出す物語に期待せずにはいられない。

――いつこういう日がやってくるのかと、楽しみにしていたんです。
凜 こういう日というのは母娘共演のことですか? 正直こんなに早くやって来るとは思っていなかったんです。
佐代子 私も俳優をしながら劇場も運営していて、プロデュースもやっているじゃないですか。そこで娘と共演するとなったら世の中にどう見えるかを考えると慎重にはなりました。でも彼女が俳優として一人前になってきたからこそ、やってもいいかなと思えるようになったというのはあるんです。
――実は共演自体はもうされているんですよね。
佐代子 そうですね、シス・カンパニーの『ザ・ウェルキン』という作品で。女性ばかり13人がずっと舞台の上にいたんですけど、ちゃんと言葉を交わすのは最後の最後、おまけみたいな感じでした。
凜 別に親子関係でも何でもないんですけど、「お産、大変でしたか」と私が聞くんですよ。すると母が「いや全然。お腹を痛めて産んだ子だから、かわいいの」と答えるんです。私たちが親子だって知っているお客様がいる回は笑いが起きていました。ちょっとサービスみたいなシーンだったね。
佐代子 そんな共演でした。おまけだなんて言ったらプロデューサーに怒られちゃう。
凜 そうですね。でも意図されていたんだろうか?
佐代子 いや、あのセリフは絶対に考えてくださっていたと思うよ。
那須凜
――今回の企画はどういうふうに決まっていったんですか?
佐代子 小川絵梨子さんの演出でということが決まっていて、絵梨ちゃんは基本的に「私がやりたい作品をやったらいい」という考え方だから、いろいろ候補を挙げていたんです。実は『おやすみ、母さん』は私が30代後半のころに企画としてやろうとしていたことがあったのですが、実現しなくてそのままずっと忘れかけていました。でも戯曲を探しているうちに、母親役がやれる歳になったなとふと思い出したんです。もともと最初に読んだときにお母さん役が面白いなと感じていたんですね。それで私が母親をやるとしたら凜を娘役にしたらどうだろうかと絵梨ちゃんに相談しました。実の親子では嫌だという可能性もあるから。そうしたら「そんなに贅沢なことはないですよね」というお返事だったので、凜に提案したという流れです。
――佐代子さんの娘役も実現していたら良かったですね。
佐代子 そこでやっておけばもう一つ物語ができましたね(笑)。
凜 でも母がやっていたとしたら、私はやりたくなかったかもしれません。だって比較されたりもするじゃないですか。
佐代子 そうなんだ、うふふふ。

――凜さんはいつごろから俳優を目指し始めたんですか。
凜 小さいころから両親の芝居を見てはいたんですけど、俳優になりたいという気持ちはありませんでした。高校の文化祭でお芝居をつくろうとなったときに「お母さんが女優だし、脚本を書いて演出して」とクラスメイトに言われて「いいよ」と言って、脚本、演出、それから主演もやって。それをみんなが見にきてくれて、すごく喜んでくれて拍手ももらえたときに「なんかいいな」と思ったんです。高校生活も退屈していてあまり学校に行ってなかったんですよ。「学校に来なさい」と私に対して怒った先生にも「こういう才能があったんだね」と言われたり、成功体験になったんです。それで母に「やってみたいかも」と言いました。なんか恥ずかしかったけど。

佐代子 たしか高3の夏だったよね。ほぼ100パーセントの生徒が大学に進学するような高校でしたけど、彼女はその流れに乗れなかったのか、みんなが受験勉強をバリバリやっているときに手持ち無沙汰でいるように見えて、「ENBUゼミ」で土田英生さん(MONO)のワークショップがあったので参加してみたらと。それが楽しかったんでしょ?
凜 すごい楽しかったんですよ。
佐代子 土田さんには私の娘だって言わずに受けていて。
――でも似ているからわかったでしょうに。
佐代子 いやいや最後の帰るときに私の娘だって言ったんだよね。
凜 そう言ったらすごく驚かれて。そのときに「娘さんだとはわからなかったけど、君は女優さんになった方がいいよと言おうと思ったんだよね」って言われて。
佐代子 うれしいよね。
凜 うん。でも芝居をやったこともないし、土田さんのワークショップだとセリフをしゃべると言っても「ねえ」「なに?」「なんでもない」みたいな本当に基礎のやり取りだったから、それを見て言ってくださったのがすごくうれしかったんです。それで研究所に入ろうと思って、母が青年座に願書を取りに行ってくれたときに、たまたま土田さんがいらして、願書の封筒に「役者は魅力が一番大事だよ。頑張って」とメッセージを書いてくださった。
那須佐代子
――青年座は選びにくかったりしませんでしたか?
凜 やっぱり母が所属していましたからね。でも何もわからないので母に全部聞いたんですよ、どういうところだったらお芝居が勉強できるのか。
佐代子 まだ18歳だったからどう進んでいくにせよ、2年間ぐらい基礎訓練をやってからでも遅くないと思ったんです。私はちょうど青年座を辞める年だったけれど、青年座研究所も悪くないと思うよと言ったんですよね。
凜 文学座とかも考えてたんですけど、筆記試験があるって聞いてあきらめたんです。私は実技しかない青年座を受けました。
――そこから快進撃が始まるわけですよね?
凜 そんなことはありません。
佐代子 『砂塵のミケ』(作・長田育恵 演出・宮田慶子)が大きかったよね。
凜 座員になって3年目で『砂塵のニケ』という、青年座劇場での最後の公演で主役をやらせていただいたんです。
佐代子 その後で栗山民也さん演出の『人形の家Part2』に抜擢されたのもたぶん『砂塵のニケ』があったからだと思いますね。
凜 だから宮田さんは私にとって恩人みたいな方なんです。そうやって外のお芝居に出させてもらえるようになると、いろいろな俳優さんと出会うじゃないですか。それこそ新劇界隈ではない、小劇場やミュージカルの方とか。そうすると見に行く芝居の幅も広がって、「こんな芝居があるんだ」というものに出会うんですよね。それまでは母親が見ているものを私も見ることが多かったんだけど、こんな世界があるんだということに驚いて、面白かったですね。
佐代子 この間も、もし子どものころに宝塚歌劇を見ていたら「宝塚に入るって言ってたと思う」と言っていたよね。
凜 うん、でも宝塚はまだ見てはないんですけど(笑)。
――誰か親子で共演されている人って現代劇の世界でいるんですかね?
佐代子 最近だと岡本健一さんと圭人さんとか、村松英子さんとえりさんとか……。でも母娘の共演で母娘役、しかも二人芝居は確かに聞かないかも。
――凜さんは戯曲を読んでどんな感想をお持ちになりましたか。
凜 母が戯曲を持っていたから前に読んでいたんですけど、そのときは自分が演じるつもりでは読んでいなかったわけですが、すごく面白いなと思いましたね。テーマは少し重く感じるかもしれません。母親と娘が自宅で日常的な話をしているんですけど、そこに暗いものが迫っている感じがとてもリアルなんです。正直、ジェシー役は自分が演じるようなタイプの役じゃないとは思っていたので、出来るかなという不安もありました。
佐代子 ジェシーは陰か陽で言ったら陰の感じのキャラクターですからね。
凜 陽のキャラクターを演じることが多かったですからね。
那須凜
――佐代子さんはジェシー役を演じようとしていたとき、どういうふうに作品のことを捉えていたのですか。今と読み方が全然違ったりするのでしょうか?
佐代子 自分が娘役をやると思って読んだときも、娘役は難しいと思っていました。感情を非常に制御しているけど、強い意志は持っている。居住まいみたいなものについて予想が付かなかったんですよね。凜に声をかけたときも今までやってきた役柄とは違うことと、年齢的な設定は少し上だということもあるから確認したんですけど、彼女は彼女で新たな挑戦になると捉えてくれたようです。母親が感情的に大きく揺れ動くのはよくわかるんですけど、自殺しようとする側の気持ちって、リアルにはなかなかわからないじゃないですか。そこを想像する作業が大変だろうと思います。
凜 ジェシーは非常に用意周到に心の準備をしてきた人なんですよ。思いつきで死ぬと言い出すわけじゃない。10年くらい考え続けて、この1年で準備をしてきた。母とは、自殺する人って本当にこれから自殺しますと話すんだろうかっていう話をすっごいしました。
佐代子 ひょっとしたら寓話的なところもあるのかなという気はするんですよ。こんなことないよねと言われるかもしれないけど、もしこの状況で語り合いが行われたら、どんなことをお互いに語るのかみたいな、それがお芝居としての面白さなんじゃないかと思うんです。
――那須さんは普段どんなお母さんですか?
凜 基本的にはおちゃめだとは思います。私としては女手一つで育ててくれたから、しっかり者の感じではあったんです。だけど『ザ・ウェルキン』で共演したときにみんなからすごく天然扱いをされていて、それにびっくりしましたね。若い俳優さんも「佐代子さん、しっかりしてくださいよ」みたいな(笑)。なにかわからないけど脱けているところがあって、それが愛される理由だったんだと。家ではわからないし、外でそんなふうに愛されているんだとは思わないじゃないですか。だからちょっと親近感が湧きました、親娘でこんな違うんだと思って。私はしっかり者扱いなんですよ、学級委員長みたいな。
佐代子 いや私だって昔は学級委員長扱いだったわよ。でも無理していたのかな。最近は見抜かれるおかげで楽になりましたけど。
凜 そのおかげで逆に芝居の話はしやすくなった気がします。なんかいろいろしゃべっているけど、稽古場では脱けているんだよなって思えるようになったので。
佐代子 そ、それは良かった。
那須佐代子
――でも戯曲を挟んで母娘の会話があるのは素晴らしいですよね。
佐代子 日ごろから芝居の話はすっごいするんです。自分たちのやっている芝居のことだけじゃなく、見にいった芝居の感想まで。
凜 ほかの話ももちろんするけれど、芝居の話が多いですね。そういう意味ではちょっと変わってるかもしれない。
佐代子 特に私がワーカホリックって言われるくらいほかに趣味がないので。3人の娘を育てるか芝居しているかみたいな人生だったから、しゃべらせると芝居のことばかり。
――どうしたって『おやすみ、母さん』にも普段の二人がにじみ出てくる部分もあるでしょう。
佐代子 『ザ・ウェルキン』のときにはなんか気恥ずかしさがあったよね
凜 そうですね。共演者がたくさんいらっしゃるのに、わざわざ母と目を合わせるのがすごく不思議な感じでした。立ち位置も二人で並んでいるのは恥ずかしいからちょっと離れようってね。
佐代子 並んでいるとお客様があの二人は似ているなとか、ほかのこと考えるんじゃないかと思って。まあでも今回はもうがっつり二人芝居だから、またちょっとそのときとは違うかなって気はしますけどね。
凜 お客様はどうしたって親子だというバイアスがかかった状態で見始めるじゃないですか。途中からは戯曲の関係として見てもらえるでしょうけど、それをどのタイミングで虚構の世界にお客さまの集中を持っていけるかが意外と勝負なんじゃないかなと思ったりします。また生々し過ぎるとちょっと引いちゃうかもしれませんしね。

那須凜

――小川さんは「贅沢な企画」だとおっしゃったというお話はありましたけど、実際に動き出していかがですか。
佐代子 ご自分で翻訳してみて、改めてこれを本当の親子同士でやり合うのは、お互いすごく傷つくんじゃないか、かなりきついんじゃないかと心配になったと言ってくれたんですよ。私は「まあ大丈夫だとは思うけど」とおっしゃってくれましたけど、たしかに30代で読んだときと、60歳に近くなって母親役をやろうと思って読むのとでは、やっぱりセルマの捉え方が変わりましたよね。60近い母親が娘にこういうことを言われることのダメージがどれだけ大きいかがわかるんですよ。たしかに不安な気持ちもあるんだけど、絵梨ちゃんがとにかく切り替えを大切にしようと言ってくれるんです。たとえば稽古の終わりにゲームをやるとか。そうやって家に持って帰らない、オンとオフをきちんと切り替えようって、俳優だけじゃなくスタッフの皆さん含めて気遣ってくれています。
凜 それはすごいありがたいです。
――お二人は一緒に住まわれているんですよね?
佐代子 本当はこれを機に引っ越そうかなんて言ってたんだけど、やめたんだよね。
凜 やめました。いろいろな人からアドバイスをもらったけれど、「いや、そこはガチンコでやりましょう」という若者の俳優仲間の意見が多かったので一緒に住んだままにしました。
――何も予定がなければ稽古場にも一緒に出かけて、一緒に帰ってくるわけですよね?
佐代子 まあね、それができる時もあればしたくない時もあると思いますけど。それは本当に成り行きで。家に持ち込まないように、空気感を周りがつくってくださるんじゃないですか。こちらも努力はしますけど。
――そういえばチラシの絵を描いているのも娘さんでしたよね。
佐代子 絵は三女の佐和子が描いています。芸大の油画科、大学院2回生で卒業制作をしているんですけど、このところ絵が売れるようになってきて。油画科に行くと聞いた瞬間は、どうなることかと思ったんですけど、今や我が家でいちばんアーティストだよね。
凜 妹がいちばんアーティスト気質。勉強家だし、芝居も見ている。この戯曲を誰々で見てみたいとか言いますね。
佐代子 私たちは「そうですか」って聞くだけなんですけど。
――公演が終わったらどこか温泉でも行こうとかあるんですか。
凜 お稽古が始まる前に行きました。もう嵐の前の静けさじゃないですけど、その前に散々仲良くしてました。
佐代子 お互い11月が芝居がなくて時間があったものだから、けっこう旅行もしました。
凜 これが最後の旅行になるかもしれないねって(笑)。
佐代子 本当にいつまでもこうやって仲良くやれるんだろうかって言いながら。
凜 不思議な感じでしたよ。
佐代子 公演が終わったら私はすぐに『エンジェルス・イン・アメリカ』の稽古なんですよ。
凜 私も終わったらすぐにコント赤信号さんの劇団、28年ぶりの公演に出させていただくんです。
――親子そろってワーカーホリックですね(笑)。
那須佐代子(左)と那須凜
取材・文:いまいこういち

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