クジラ夜の街 バンドのテンプレを覆
す4人組、メジャーデビューも発表し
たツアーファイナルをレポート

夜景大操作“夢をえるワンマンツアー”

2022.12.19 渋谷WWW X
クジラ夜の街が11月にリリースしたニューアルバム『夢を叶える旅』を携えた全国4ヵ所を巡るツアーファイナルを満員御礼の渋谷WWW Xで開催した。
フロアに入る前からこれまでのアートワークが飾られていたり、ファンの寄せ書き用のフラッグが飾られていたり、世界観を感じられるプロセスが楽しい。実は私自身はライブは初見だ。“ファンタジーを創るバンド”というキャッチフレーズを持つ彼らは別に現実逃避しているわけでもおとぎ話を描いているわけでもなく、リアルな現実に拮抗できるほど、彼らの音楽にしかない現実を創り上げていることは音源からも分かっていた。だが、ライブを見て、それが決して内側に向かうことなく、あらゆる世代にエンタテイメントとして開かれていることに強く感銘を受けたのだ。こんな凄まじい意欲と才能とスキルを持ったバンドをこのキャパシティで確認できる機会を得られて良かった。
暗転と同時に、メンバーの登場とおなじぐらいフロントのマイクスタンドにクリスマスイルミネーションのような電飾が飾られていることにも歓声が上がる。全員白い衣装がさらにシーズンムードを高める。宮崎一晴(Vo/Gt)が「皆さまよくお越しくださいました。ファンタジーを創るバンド、クジラ夜の街です」と挨拶し、新作の中から「ここにいるよ」でスタート。音の抜けがよく、吟味されたフレーズだからかライブでも宮崎のボーカルは一語一句明快に聴こえる。朗読も曲の一部として表現する独特のスタイルは冗長なMCよりよほど気が利いているし、物語を役者のように歌と身振りで表現する宮崎の肝の据わり方も見ていて気持ちがいい。共依存の魔法使いの歌である「詠唱~ラフマジック」の音楽劇を見ているような情報量の多さに早くも圧倒される。
さらに新作から「あばよ大泥棒」「EDEN」と、ジャンル感にとらわれることのない楽曲が続く。特に「EDEN」はサポートの高田真路(Key)が弾くピアノジャズやフュージョン感さえ漂う。山本薫(Gt)の一つの型にはまらないフレキシビリティが耳を惹く。若干21歳、というとむしろリスナーとしては雑食なのは理解できる。だが演奏したり歌えるか?というと話は別だ。恐ろしく貪欲に音楽を吸収して身につけてきたバンドであることを理解する。
宮崎の曲紹介の語りの流暢さも見事で、「インカーネーション」の設定は“不幸な女性がいて、でもそれは彼女の美しさなどを女神が嫉妬しているからだ”というもの。そこから始まる演奏は意外にも青春パンクかと聴きまごう元気な1曲。何が何でも君を救いに行くぞという意思表明をユニークな設定で描くのだ。さらには佐伯隼也(Ba)のベースソロの山場もある「BOOGIE MAN RADIO」、サーカスっぽい三拍子に乗せてサスペンスフルな物語を綴る「Holmes」と飽きさせない。多彩な楽曲を聴かせながらも、一貫して常識を疑い、いわゆる当たり前の振る舞いができない主人公ばかりが登場することが、クジラ夜の街を聴く上で一つの信用要素なのだろう。物語というより、リアルな本音が歌われる「言葉より」が前半の山場になっていた印象だ。
プレイも巧みだが喋りも突き抜けて面白いのが秦愛翔(Dr)で、メンバーのモノマネでメンバー紹介するという技で笑わせる。そういえば宮崎も秦もお笑い芸人に近い鋭いワードセンスとタイム感を持っている。これは強い。一渡り笑ったあとは「すき家」CMでもおなじみの「踊ろう命ある限り」の軽快なカントリータッチがいい流れでハマる。声出しがおおっぴらに認められるようになったら、シンガロングしたい1曲だ。
宮崎の「ドラムス、タイムトラベラー・ビート!」という司令(?)で秦がソロを決め、まさにタイムリープの感覚で「時間旅行」が披露され、続いてアイリッシュ風のフレーズやリズムを持った「オロカモノ美学」へ。フォークロアな曲調で山本が何食わぬ顔でタッピングしているのも頼もしい。宮崎の「会場が割れるぐらいのクラップお願いします!」という声に応えて誰もが精一杯手を叩く。続いてはある日突然、音楽をやめてしまった人をテーマにした自分なりのラブソングであることを話し、「歌姫は海で」の意味を反芻してしまった。
そこからつながるような「無しの礫と走馬灯」へ。ハチロクの堂々としたリズムに乗り、珍しく、終わってしまった恋の後悔が綴られる。だが、そこに聴き手の共感を狙うような意図は感じない。クジラ夜の街のステージはいい意味でもっとスタイリッシュに削ぎ落とされている。あくまでも1曲の完成度で感情も音楽的な欲求にもコネクトしてくる。
終盤はこれまた素晴らしい設定だと思った「再会の街」。会えなくなった人が再会できる街が存在するようだが、貧乏な少年はお城にいるプリンセスに会えない。そこから《メロディがあればなんとかなるさ》とか《おんなじ月を見てると思えばずいぶん楽だ》という主人公の心情が歌われ、聴いているこちらも思いを重ねることになる。「再会の街」は音源通り「ヨエツアルカイハ1番街の時計塔」につながり、山本のシューゲイズなギターが街に嵐を起こすようだ。アウトロで、少年がプリンセスに見つけられたのは小さな少年の背中に大きな翼を見つけたから、という結末が語られた。音楽だから、そうした起こってほしい奇跡を素直に受け入れられるのかもしれないと、この曲で感じた。
「王女誘拐」というタイトルを持ちながら新宿が舞台の歌詞がユニークな曲を経て、本編ラストはアルバムの中でも次の扉を開けて少年が飛び出していくさまを体感できるような、ここまでの登場人物がみんな出てくるような「夜間飛行」から「夜間飛行少年」へ。秦の凄まじい連打、前方に出てきて笑顔で透明な轟音を鳴らす山本と、全力かつ安定したプレイで曲の世界を立体化する。別々の場所にいる君と僕が《透明な狼煙》を上げるというフレーズはなんてロマンチックで強いのだろう。ライブバンドとしての強さと、ショーとして完結させる潔さが相まった独自の世界にこのバンドの矜持を見た思いだ。「夢見た景色を見せてくれて本当にありがとう。Thank You Everyone.」と告げて、渾身の本編は終了した。
アンコールでは宮崎がメンバー宛の手紙を読み、佐伯は思わず涙してしまうほど、本気の感謝と誰よりもメンバーの良いところを教えてくれた手紙。改まって宮崎がこんなことをしたのは来春、メジャーデビューすることをこのあと、発表する節目だったからではないだろうか。「時代の超新星になるんです!」と、演奏した「超新星」、バンドは第二章を終えて次の扉を開けますと、最後に選んだのは《世界はたまに美しい》と今日もそんな日だったと曲振りした「Golden Night」。これからも彼らがバンドを続ける理由になりそうな輝く夜が訪れることは間違いないだろう。明確に武道館でのライブも視野に入れた抱負も話していたが、イメージができるのだ。このバンドでなら、音楽でなら、言いたいことも物語も綴れる。その真実を胸にクジラ夜の街はいろんな状況を突破していくはずだ。

取材・文=石角友香 撮影=Ryohey

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