湯木慧、結婚と新曲「魚の僕には」に
込めた想いを語る「大切な人ができた
ことのひとつの答えだと思います」

シンガー・ソングライター湯木慧が12月11日、10月に結婚したことを発表した。「人の吐く息には酸素も含まれていると教えてくれた人と結婚しました。今感じている事や感じている奇跡、言葉では表せない、そんな時に音楽があるので、この気持ちがなんたるかは12月21日リリースの楽曲を聴いてくれたら嬉しいです」というコメントが添えられていた。それが新曲「魚の僕には」だ。結婚発表の数日前にインタビューした彼女は、穏やかな空気を纏わせ、この曲に込めた思いをゆっくりと語ってくれた。
――2月に1stフルアルバム『W』を発表して、6月にワンマンライブを行なったり、イベントに出演したり、夏には『HAKOBUne Summer 2022』を行なって、その準備も含めて動き回っていた一年だと思います。音楽もドキュメントな湯木さんがこの「魚の僕には」という曲を作ろうと思ったきっかけは?
何も覚えていないくらい忙しかったです(笑)。ひとつ確かなのは6月にワンマンライブをやって、ひと段落ついた頃、私たちの中で結婚することを決めました。でもそこからまた個展の準備で忙しくなって…。それでスタッフに結婚しますと報告して、結婚するタイミングでパートナーと一緒に作った曲をリリースしたいとお願いをして、ゼロから作り始めました。でも結婚のタイミングで出す曲って?どういう目線から?とか、悩みに悩みました。それでふと家で育てているメダカに目がいって、メダカはいつも2人を見ているから、そこから着想してメダカ目線で考えてみようと。
――自身にとってもファンの人にとっても、大切な一曲になります。
そうですね。ゆきんこ(ファン)が、今までと違う感じを感じて、なるべく悲しくならないようにということを考えながら作りました。曲を作り始めた時点では、まだ入籍していなかったし、結婚していないのに結婚の歌を書こうとしていることで訳がわからなくなってしまって。死ぬまで結婚がなんたるかなんてわからないはずなのに、結婚の曲を私が書くって意味がわからないし、難しくて、だから逆にゆきんこのことがすごく頭に浮かんできました。悩みに悩んで結局、大切な人、命という部分に行き着きました。
――人としてとか、人と人との関わり方の根源的な部分を改めて伝えてくれる歌になっています。
確かに結婚のタイミングではあるんですけど、あまりそこを捉えすぎないで欲しいというか、そういうことももちろん関係はしているけど、いつもと同じようにこの曲を聴いて欲しいなって思います。
――湯木慧のまさに現在地を歌っている曲ではあるけど、人としての普遍的な部分を歌っている。
最初に作った曲が、幸せな人が幸せな歌を歌っているただの“ウザい”感じでした(笑)。だからそこで悩んでしまって。幸せなんだから幸せな歌を作ることは、決して嘘をついていることにはならないけど、それは全然表層的な部分で、浅はかな領域だったんです。もっと深いところにいくことができれば、人の、人と人との関係の中の根底に流れているものは同じ。別にそれが結婚していようが、幸せだろうが不幸だろうが関係なくて、根本的な答えがそこにあるというか。同じ命と繋がり。理由とかではない領域に辿り着き、この曲ができました。
――歳を重ねてきたこと、大切な人ができたことで、醸し出す空気感が変わってきました。
どんな感じで変わってますか?(笑)
――まず表情。
それは最近よく言われます。豊かになったね、とか(笑)。
――こうしてインタビューを受けている時の表情も、柔らかくなっているし、これまではいつも何かと戦っていて、モヤモヤを抱えているイメージがありました。でもそのモヤモヤを曲に昇華させ、それが共感を得ていたと思います。でも今日久しぶりにこうして向き合ってみると、空気が違います。
変わりましたね。強くなったと思います。これは人に、大切な人ができたことのひとつの答えだと思います。今までは「わからない」ことがいけないことって意識があって、その上で「わからない」自分を許してあげなきゃっていうところにいたと思います。でも「わからない」ことが当たり前だって思えて、その上でみんなに何を伝えたいか、どうしたいか、誰を大切にしてとか、それは正解なんて「わからない」、の上にあって、そこをやろうっていう感じに強くなれました。
――アルバム『W』の時もそういう感覚はあったと思います。何がきても正解なんだという思いに至っていたと感じました。
そうですね、あの時も少しそういう思いになっていました。
――正直だからそれが全部音楽に出て、嘘がつけない。
私本当に嘘つけないんですよ。ここ数年でそれをより感じていて、曲がったことできないんだなって。
――「魚の僕には」はピアノと歌、チェロ、ビオラが効いたストリングス、シンプルなサウンドで、言葉とメロディがより立ってきます。
デモがピアノでの弾き語りで、その感じを大切にしたいと思いました。でもピアノ一本では、厚みとかエモーショナルな感じというか、ストーリー性、ドラマ性の部分がピアノ一本では足りないと思ったので、アレンジの森田悠介さんに小編成のストリングスから生まれるサウンドを作っていただきました。
――歌詞はひと筆書きで?
ひと筆書きです。でもサビの<これは不確かなモノ>という部分だけは<それは不確かなモノ><君は不確かなモノ>って最後まで悩みました。2~3年前までは視野が狭くて不安が大きくて、図らずもコロナ禍で私も含めてみんな“ストップ”して落ち着く時間があったり、メジャーを辞めて落ち着く時間があったり…。その間に歳を重ね、色々なことが重なって、余裕と目標がちゃんと持てるようになって性格が変わったと思います。今までは目標、目指しているところがあまりなかったというか、そこがぼやけていたから足取りもそんな感じだったと思います。それが歌詞を書く上でも出ていると思います。
――余裕が出てきた。
そうですね。今までは音楽的な部分やライブ、その会場の装飾も含めて全部自分でやらないと気が済まなかったんです。ゆきんこもとにかく私が出てきたものを聴いたり見たりしたいはずと思って作品と向き合ってきました。でも良き相談相手もでき、頼るところは誰かに頼ってもいいんだと思えてきました。私は曲を作って歌を歌う人というだけでいいんだ、と。そこをシンプルに考えると、クリエイティブな部分を色々な人に手伝ってもらっても、最終的に「私」がいれば、それは私の作品なんだって思えるようになって、心が軽くなりました。
――すごく変わった部分ですね。
「湯木さんやりすぎですよ。それはあなたの仕事じゃない」って、みんなもっと早く教えてくれれば良かったのにって(笑)。
――でもそれは周りの人は、湯木さんのこだわりと責任感の強さを知っているから、言いたくても言えなかったのでは?(笑)
私のやることを尊重してくれていたのだと思います。だから言えなかったのだと思いますが、でも言って欲しかった(笑)。すごく大事なものと、こだわりすぎなくていいことが、相当極端なんです、私の中で。絶対決めなきゃいけない部分はわかっていて決めるんだけど、それ以外のところをやりすぎていて、そういうところはもうやらなくていいからって、やっと自分で自分に言えるようになったんです。
――より“純度”が高いものができそうです。
そういうことなんです。今までは逆だったんですよ。全部自分でやった方が純正のものになると思っていました。
――全部に血を通わせなければいけないって思っていた。
ちょっとでもいいから全てのことに触れておく、みたいな感覚で生きてたんだけど、違うなって。核の強さが全てで、最初に自分が作る核の部分の硬さが大事だから、そこだけやっていればいいんだ私は、って思えるようになりました。
――特に音楽的な部分ではより信頼できる人が近くにいて、しかも人生の相談もできると、環境が大きく変わりました。
本当にそうで、この奇跡的な出会いは言葉では説明ができなくて、しかもその奇跡的に出会った2人がちゃんと愛し合っているという、これも奇跡で。だから何も変わらずただただパワーアップした湯木慧をこれからはお見せできると思っています。でも結婚してひとつだけ怖くなったことがあって。それは死ぬことです。この曲はそこに辿り着いたから出てきました。今までは私が死んだら家族を含めて悲しむ人はたくさんいると思うけど、死ぬことは怖くなかった。でも結婚して例えば電車に乗っていても、何かあって死んじゃったらどうしようって怖くなって。それって私が死ぬのが怖いんじゃなくて、多分相手がすごく悲しむと思ったからです。そんなことを思わせたくないから、死ぬのが怖くなったんで。これが愛だって思ったんだけど、そんなこと直接的に歌えないと思って、この曲ができました。だからいつか来るその日まで、ただ死んでしまう悲しいっていうことを思いながら、手を握っておくことしかできないからっていう落ち着き方だったんです。最大限の愛の唄なんですが、それは両親や家族に対しての愛でもあると思います。
――パートナーの方はどんな方なんですか?
考え方が私と真逆なんです。性格も真逆。人は自分と全然違うタイプに惹かれるって言いますけど、それを教わりました。こういう考えを持てるようになったのもそうだと思うし、何気ないことも全部相談して、するとすごくあっけらかんと普通の答えをくれるんです。そんなことも見えなくなってたんだなっていうことを普通に言ってくれるので、心が軽くなって考え方も変わったのだと思います。
――これからの活動も変わらず音源作りとライヴと個展が中心になりますか?
今まではとにかく色々なことをやった方がいいと思っていましたが、今は曲を作って、普通にライブをやるだけでも満足かなって思っています。でもいいライブとは?ということもあまり考えすぎずに、とりあえず歌って、色々なところでみんなが歌を聴ける状況をたくさん作るということが、一番やるべきことなのかなと思っています。

取材・文=田中久勝 撮影=菊池貴裕

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