坂本龍一自身が音楽そのもの、約30の
国と地域に配信されたピアノ・ソロ・
コンサートの至高の音楽体験

Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022

2022.12.11
坂本龍一自身が音楽そのもの。そう表現したくなった。ピアノの音のみならず、坂本の息づかいや指づかい、鍵盤のこすれる音、ペダル音など、演奏する動きや気配、ピアノのノイズまで、すべての音が混ざり合い、豊潤な音楽を形成していると感じたからだ。彼とピアノの織りなすシンフォニーは、かつて聴いたことのない至高の音楽体験となった。
2022年12月11日から12日にかけて、約30の国と地域に向けて配信された坂本龍一のピアノ・ソロ・コンサートは、「ライブでコンサートをやりきる体力がない」という状況の中で、1日に数曲ずつを収録した演奏と映像を時間をかけて編集し、1本のコンサートとして構成したものだ。坂本が「日本でいちばんいいスタジオ」という東京・NHK放送センターの「509スタジオ」で、数日間にわたって収録された。坂本は1981年よりNHK-FMでパーソナリティを務めており、その当時から509スタジオに思い入れを持っていたという。つまりここは彼のホーム的な場所でもあるのだろう。
コンサートは映画『リトル・ブッダ』のメインテーマを軸としたインプロビゼーションから始まった。2018年に亡くなったベルナルド・ベルトルッチ監督へのレクイエムのように響く瞬間もあった。と同時に、既存の旋律と瞬間から生まれる旋律との化学変化が、新たな息吹をもたらしていると感じた。これは最新モードの坂本の音楽でもあるだろう。続く「Lack of Love」はゲームソフトの曲。ゆったりとした演奏によって、ピアノの音が減衰していく過程までもが音楽表現の一環となっている。静寂の瞬間も音楽。そう感じさせてくれるタイム感を備えた演奏だ。世界には愛が不足している。戦乱の続く世界への憂いの調べのようにも響いてきた。
映画『トニー滝谷』の曲「Solitude」では陰影のある旋律がじわじわと染みてきた。ピアノの上の小さなライトが坂本の姿を浮かび上がらせてる。坂本の音楽的な動きについ見入ってしまう。ニューヨークから招集された撮影チームによって、演奏風景がストイックなモノクロの映像で切り取られていく。光と影、ピアノの黒鍵と白鍵、10本の指。映像も音楽同様に調和がある。明るく軽やかな音色で展開されたのは「Aubade 2020」。サイダーのCM曲として発表され、2020年4月のオンラインコンサートで初披露された曲だ。“Aubade”はフランス語で“朝の歌”という意味がある。コロナ禍や病を夜とするならば、夜明けを待つ希望の歌という解釈も成り立ちそうだ。
「Ichimei - Small Happiness」は映画『一命』のために書き下ろされたオーケストラ編成の曲だ。今回、初めてピアノソロ用のアレンジが施され披露された。前半ではピアノの優しい調べが際立っている。だが、旋律はどんどん下降して低音へと移行する。ラストのピアノの低音の鳴りがすさまじい。ピアノからこんな音が生じるか。つい映画『一命』の内容とシンクロさせて聴いてしまった。しいたげられた者の悲しみと怒りのうめき声のように響いてきたのだ。
509スタジオの内部には、さまざまな形をしたマイクが林立しており、ピアノのあちこちにもマイクが設置されていた。坂本が奏でるピアノの音はたったひとつではない。エンジニアのZAKによるミキシングによって、空間の中で鳴っているさまざまな音がキャッチされ、絶妙にミックスされている。続いて演奏されたのは、1998年発表のアルバム『BTTB』収録曲「Aqua」だ。「Ichimei - Small Happiness」との対比が際立っている。最初の音が鳴った瞬間に、まるで光が射しこむように、みずみずしい旋律が胸の中に届いてきた。坂本が慈しむようにピアノを弾いている。かけがえのない瞬間をそのまま音楽にしたかのようだ。
YMOの初期の代表曲「Tong Poo」(東風)をピアノソロで聴くのは新鮮な体験となった。風が吹き抜けるような自在な演奏が実にスリリングだ。坂本が微笑みを浮かべる瞬間があった。どんな思いが胸に去来していたのかはわからない。だが、この曲の旋律とリズムには、時空を超えていく軽やかさがある。映画『嵐が丘』のテーマ曲は作曲家としての坂本と演奏者としての坂本の魅力を堪能できる曲。坂本の10本の指はまるで魔法使いの杖のようだ。しかも杖と違って10本もある。音が鳴った瞬間に、世界が動き出した。坂本の動きに合わせて、こっちまで頭や肩を揺らしてしまった。神秘的で荘厳な世界を体全体で味わいたくなったのだ。
「20220302 - sarabande」は2023年1月17日にリリースされるアルバム『12』に収録される曲。つまり新曲ということになる。“20220302”は演奏・録音した日で、“sarabande”には“3拍子の舞曲”という意味がある。坂本はゆっくりとピアノを奏でていく。坂本の息づかいが聞こえてくる。坂本が楽器と化している。
後半は映画音楽の代表曲が並ぶ構成。映画『シェルタリング・スカイ』のテーマ曲では、美しくも物悲しい旋律が繰り返されていく。ダイナミックかつエモーショナルな演奏。『ラストエンペラー』は国家に翻弄される人間の半生を描いた映画と解釈することもできるだろう。坂本の演奏が1900年代の初頭~前半と2022年12月の今とをリンクさせていく。郷愁を誘うメロディと荘厳なメロディとの対比はあまりにも美しく、そして悲しく響く。
コンサートのハイライトとなったのは映画『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲であり、坂本の代表曲でもある「Merry Christmas Mr. Lawrence」だ。西洋と東洋を止揚したような世界観は坂本ならではだろう。密やかなメロディは、すべての困難や苦痛から解放する秘密の呪文のように響く。懐かしい日々、幸福な日々へ回帰させてくれるように甘く響く。坂本のホームとも言える509スタジオで、この曲が特別な輝きを放っていた。中盤では高揚感を備えたリズミカルな展開。祝福なのか、救済なのか、浄化なのか。聴く前と聴き終わった後とでは、体の中の成分の何かが変わったような気がする。演奏が終わった瞬間、坂本が静かに両手を合わせていた。エンドロールが流れる中での演奏となったのは「Opus - Ending」だった。端正な旋律が余韻を穏やかに包み込んでいく。坂本が509スタジオから去り、ピアノ・ソロ・コンサートは幕を閉じた。
コンサートの選曲は入念に行われたという。コロナ禍という今の時代と坂本の闘病という2つの事象の交差する部分を考慮したところもありそうだ。坂本の音楽の集大成にして、新境地という言い方もできるだろう。曲の本質を深く掘り下げ、曲の核にあるものをピアノを通じて、解き放っていくようなコンサートでもあった。
「ここに来て新境地かなという気持ちもあります」という、コンサート配信直後の映像での坂本の言葉に胸が熱くなった。なんというクリエイティビティだろうか。病魔と対峙する状況すらも創作意欲へと昇華していると感じた。音楽を探究する情熱と勇気と気概と志とが、奇跡的な時空間を生み出していた。
本編の配信コンサートに続いて、2023年1月17日にリリースされる坂本のニューアルバム『12』の全曲試聴が実施された。2017年発表の前作『async』以来、約6年ぶりのアルバムだ。坂本が闘病期間中に、「日記を書くようにスケッチを録音していった」12曲が収録されている。曲名は基本的には日付で表記されている。収録曲の中で最初に録音されたのは「20210310」、最後に録音されたのは「20220404」だ。つまり、2021年3月10日から2022年4月4日までの間に演奏され録音された12曲が収録された作品ということになる。
基本的にはピアノ、もしくはシンセサイザーで演奏されたアンビエントミュージックで構成されている。音響や音位へのこだわりが色濃く反映されている『async』に通じる部分もあるが、よりシンプルで、なおかつ抽象度が高い。“スケッチ”という言葉の持つ即興性と肉体性が反映された作品でもあるだろう。
曲順は完全な日付順ではないが、おおよそ時系列に沿って並んでいる。1曲目の「20210310」はシンセサイザーによる演奏。鳴らされるサウンドは、まるで輪郭を持たない深い霧のようでもある。聴き手の肉体と共鳴するような重低音も特徴的だ。深い霧に覆われた深い森と深い湖。そんな神秘的な光景が目に浮かぶ。2曲目の「20211130」はピアノの演奏曲。坂本の息づかいや気配も録音されている。本編のピアノ・ソロ・コンサートでも感じたことだが、坂本自身が楽器に、そして音楽になっていると感じた。ピアノの減衰していく音の美しさにいつまでも耳を傾けていたくなる。
3曲目の「20211201」はかなりリバーブが強くかかっている。呼吸音が独自のリズムとなっている。楽器のようにリズムが同期することはないが、ピアノの音とピアノの弾き手の息づかいとが、不思議な調和をもたらしている。坂本の命の証しを示すような演奏を前にすると、言葉を失ってしまう。4曲目の「20220123」はシンセサイザーのうごめくような不思議な通奏低音のもとで、ピアノの演奏が繰り広げられる。コンサートでも披露された「20220302 - sarabande」は8曲目に収録されている。収録曲の中でもっとも旋律が際立っている曲と言えそうだ。アルバムラストの「20220304」は、おそらくはクリスタルか陶器の破片のようなものを奏でる音で構成された曲だろう。繊細かつ鋭敏な音色が不思議な余韻をもたらす。音と戯れる坂本の姿をイメージしたくなる。音楽はいつでも坂本の手にある。限りなく静寂に近い透明な音色でのエンディング。
この『12』の中で、坂本はなんの縛りもない中で、ピアノやシンセサイザーを自由に鳴らしているのだろう。鳴らした音の響きが、次なる音のガイドとなっていく。いや、そんな意識すらないのかもしれない。自らが奏でる音の中でたゆたい、たゆたいながら奏でている。だから聴き手もこの音の中で自由でいられる。まどろんだり、瞑想したり、浮遊したり、回想したり。意図的でもなく、誘導するわけでもなく、あおるわけでもなく、ただただ純粋な音楽が繰り広げられている。驚くべきなのは、坂本が闘病期間中にこのような作品を作り上げたことだろう。音楽家としての才能はもちろん、音楽家としての本能や衝動や情熱を具現化したピュアで根源的で革新的な作品が『12』だ。次にどんな音楽を聴かせてくれるのか。彼はそんな期待を聴き手に抱かせてくれる音楽家である。彼から音楽の自由を奪うことなんて、できるわけがないのだ。

取材・文=長谷川誠
写真=(c)2022 KAB Inc.

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