SUIREN『Sui彩の景色』

SUIREN『Sui彩の景色』
2020年7月より活動を開始した“水彩画のように淡く儚い音を描くユニット”SUIRENのヴォーカルSuiが、ヴォーカリストSuiになるまでのエピソードを描くコラム連載。Suiを彩るエピソード、モノ、景色をフィルムカメラで切り取った写真に乗せてお届けします。

文・撮影:Sui
※登場人物

大野…中学時代文化祭で共にライブをしたバンドメンバー。別の高校に進学し現在は土田と共にバンドを組んでいる。

榊原…高校入学後に結成したバンドのギタリスト。同じ中学出身ではあるが中学時代はギターが弾ける事を知らなかった。高校生らしからぬ演奏スキルを持っておりかなりの技巧派。容姿端麗でわがまま。

小堀…高校入学後に結成したバンドのベーシスト。実はかなりベースが巧い。

土田…同じ高校のドラマー。榊原同様に同じ中学出身だがドラムが叩ける事は当時知らなかった。
高校内でメンバーが見つからなかった為大野と率いる他校のバンドに加入し現在活動している。

江崎…他校のバンドマン。大野のバンドでメインギターのパートを担当。

――

初めて買ったギターはEpiphoneのSGというエレキギターだった。
本当はGibsonのSGが欲しかったが高校生の僕が買うには廉価版のブランドが限界だった。
まぁ、でもSGはSGだ。
見た目もほぼ一緒だし気に入っていた。

バイトでコツコツ稼いだ5万円を握りしめて楽器屋でSGを受け取ると、自転車に飛び乗り白い息を吐きながら急いで家に帰った。
空気は冷たく澄んでいて木々の葉は黄色く少しずつ落ち始める。
そんな季節だった。
家でも音が出せるように買ったおもちゃの様な小さいアンプに3m程のシールド(ギターとアンプやエフェクターを繋ぐケーブル)を繋いで、Gainのツマミをあげる。
そして、とりあえず適当にコードを鳴らす。

ジャラーン
この時の歪んでいて安っぽくて、でもキラキラしていたギターの音を僕は一生忘れないだろう。今じゃもう絶対に出すことができない音。
誰にも聴かせたことのない僕だけの音。

家に実はもう一本ギターがあった。
兄が中学生の時に親にねだって買って貰ったアコースティックギターだ。
まぁ、買って割とすぐに弾かなくなっていたのだが、それを勝手に貰って自分の部屋に置いていた。
だから、最初に触ったギターはアコースティックギターということになる。
コードを抑えてみたりある程度基礎練習のようなことはメンバーには内緒で既に始めていた。

なんとなくコードを爪弾きながら適当に歌ってみる。
アコギと違って歪んだ音で弾くと自然とその音色に引っ張られてロックなメロディが内側から出てくる。
思えば初めのうちから何かをコピーしようというよりも適当にコードを鳴らしてアドリブで歌をのせていくことが多かった。
作曲というより鼻唄に近い感覚。
でも、漠然とやれる気がした。
曲として形にしていけるような、そんな感覚があった。

もし、ドラムとベース、そして、榊原のギターがのったら...
もっと歌が出てくるかもしれない。
そんな妄想に胸を踊らせた。

土田はあっさりドラムを叩く事を快諾してくれた。
但しサポートメンバーとして。
あくまでメインは大野達のバンドでの活動というスタンスだ。

「まぁ、俺は別に2つともメインで掛け持ちでも良いんだけどさ。大野達は嫌みたい。特に江崎がね...」
土田は僕たちにそう説明した。
江崎は大野バンドのメインギターだ。
彼らがそういうのなら僕等は受け入れるしかない。

土田は他校の様々なバンドとの繋がりも作っていた。
地元の高校生バンド界隈に顔が効くというのも大きな利点だ。
土田がサポートドラムとして参加してくれてからバンドの活動というのは加速度的に本格的になっていった。
まず、オリジナルでもコピーでもなんでもいいからライブハウスに出演しようという話になった。
仮に良い曲を書けたとしてもそれをお披露目するときに良いライブが出来なければ意味がない。
良いライブをするには場数を踏まなければならないということだ。

今からブッキングを組むとしたら僕たちの初ライブは年が明けてからになるだろう。
榊原も小堀も土田も高校生にしてはかなり演奏力が高いプレイヤーだった事と、榊原は難易度の高い楽曲を演奏することを好んだので必然的にそういった曲をコピーすることになった。
こういった曲をライブで披露すれば高校生のコピバンライブ程度のイベントであれば盛り上がる事は容易に想像できるので選曲に関しては異論はなかったが、
僕が目的としているのはそういうことではない。
自分たちの曲でライブをする必要性を感じていた。
だが、オリジナル曲の制作はなかなか思い通りに進まなかった。
特に榊原は全く前向きな姿勢ではなかった。

「たかが高校生が作る曲なんて誰が聴きたいの?まぁ、Sui君がかっこいい曲書いてきてくれたら良いけど。そうじゃないならやりたくないな。僕は自分で作る気がないし。」
榊原はそういうスタンスだった。

彼が自分の弾きたいギターを弾ければなんだって良かった。
ましてプロを目指すなど有り得ない。
そういう事のようだった。
榊原はリアリストだ。
でも、才能や魅力が溢れていた。
僕には理解できなかった。

まぁ、確かにこの時の僕をみてプロのミュージシャンになりたいと言ったら。
100人中100人が無理だと言うだろう。
痛い奴だという烙印を押されることは間違いない。
だが、僕はそれでも構わなかった。
誰かに馬鹿にされても、それがかっこ悪い事だとは思わなかった。

ただ、榊原は違った。
多分彼は今かっこいいと思われたい人間だったのだろう。
僕は死ぬその瞬間までに何を成し遂げたかでかっこいいと思われたい。

土田や小堀は楽曲制作に協力的だった。
3人でセッションしてなんとなく曲の原型のようなものが産まれても。
榊原は納得しなかった。
彼が弾きたくなるような曲はプロが作った曲であって高校生の僕らが作ったものではなかった。
バンド活動が加速していく中で、僕達の埋められない価値観の相違は浮き彫りになっていく一方だった。
僕は焦っていた。

結局全曲コピーでライブに臨む事になった。
初めてのライブハウスのステージ。
照明。
スピーカーから鳴り響く爆音。
ステージの上から見るフロアの景色。
そのどれもが新鮮でワクワクするのに、どこか味気なく感じた。

頑張って練習もした。
頑張って集客もした。
ライブも盛り上がった。
でも、本当にこれで良いのか?

「これじゃ、バンドごっこだ。」
心の中の誰かが呟いた気がした。

軽音あるあるだとは思うが、入学早々勢いで組んだバンドというのは大体解散する。
僕達と同じように皆それぞれ価値観や志の違いがあるからだ。
そして、数多の解散していくバンドのメンバーがそれぞれ自分の価値観や志に見合ったメンバーを探して新しいバンドが生まれる。
それが大体1年位活動してみて一斉に起こる。
多分そういう時期だったのだろう。

季節は春が目前に迫っていた。
小堀と土田が会わせたい奴がいると言ってきた。

「合わせたい奴がいるんだけどさ。でも、馬が合うかどうか...。まぁ、分かんないけどとりあえず小堀の家に来てよ。あとついでに俺の課題も手伝って。進級出来ない。そいつも呼んでおくから。ちなみに春休みの間も俺は補習で学校があるから夕方集合な。」
土田は3学期赤点を取りまくって進級するための膨大な課題を課せられていた。

その日の夕方小堀の家に行くと、大量の教科書とノートが広げられた炬燵に足を突っ込んで、黙々とノートに何かを書いている土田と小堀、そして、大野バンドのメインギターの江崎がいた。

「お前何教科で赤点だったんだよ...」
僕が土田にそう聞くと

「5…? 6…? 分からん。」
と土田。

「ほぼ全部じゃん。」
と僕。

「良いからとりあえずそこに座って。はい、お前は古典な。とりあえず教科書のこのページからこのページまで丸写しよろしく。」
土田はそう言って僕に教科書とノートとシャーペンを渡した。

「教科書をそのまま丸写しって...何の意味があんだよ。」
そう聞くと

「意味なんかない。俺を進級させたくないんだよあいつらは。」
と土田は答える。

「いや、追試あっただろ...。追試は答えほぼ分かってるんだからそこで点取ってたらこんな事にならないだろ。」
僕がそういうと

「過ぎたことは気にするな。今は黙って目の前の試練を乗り切ろう。この後本題もあるしな。」
土田の顔は凛々しかった。

溜め息をついて炬燵に足を入れると江崎が、
「よう。」
と声を掛けてくれた。

「会わせたい奴ってSuiの事だったんだな。」
江崎が土田に言うと

「そう。」
と土田。

どうやら江崎も会わせたい奴がいるとしか聞かされていなかったようだ。

「こないだのライブ良かったよ。お前ら全員上手いよな。土田が上手いのは分かってたけどさ。榊原あいつ上手すぎ。」
江崎がそう言ってくれて意外と良い奴だなと思った。

「まぁ、全部コピーだから。大野元気?」
と僕が聞くと、

「最近会ってねーな。」
と江崎が答えた。

「ふーん。」
そう言って僕はノートに目を落とした。

そして、黙々とノートに土田の馬鹿みたいな課題を写す時間が流れた。
時折他愛もない会話をして笑ったり、それぞれが土田に悪態をついてみたりしながら、ようやく今日の分の課題を終えられた。
外はすっかり暗くなり時刻は21:00を過ぎていた。

「皆お疲れ様。おかげで大分進んだ。明日もよろしくな。」
土田がそう言うと、

「ふざけんな。で、お前まさか俺達を課題やらせるために集めた訳じゃねーよな?」
江崎はちょっとヤンキーっぽいところがある。

「まさか。多少それもあるがメインはそれじゃない。新バンドの話だ。」
土田はそう応えた。

「新バンド?」
僕がそう聞くと

「そう、新バンド。俺と小堀は江崎と新しくバンドを組む。」
と土田。

「それは初耳だ。」
僕が応えると

「だから、ボーカルを探している。」
小堀がそう言うと

「で、Suiをここに呼んだわけか。」
と江崎が言った

「そう、因みに今日のこれは小堀のアイデア。」
と土田。

「いきなりスタジオとか新バンドやろうみたいな感じで会わせると、江崎が嫌がりそうだなと思って。お前だって大野と同じ中学の奴にアレルギーあるじゃん。」
と小堀。

「だって、大野もSuiも榊原も癖強くね?皆ポテンシャル高いけどさ。土田は例外だな。アホだし。」
と江崎。

「なんか心外だな。榊原程じゃない。」
と僕が言うと、

「いや、お前はお前で全然違った方向で癖強い。」
と小堀。
そう思われていたことに驚いた。

「とにかく今作り始めてる曲をSuiに聴かせてみよう。Sui適当に合わせて歌ってみて。」
小堀がそう言うと

「いや、ちょっと待てよ。なんでSuiが適当に歌うんだ。歌は一応こないだのメロがあるだろ。」
と江崎が言うと、
「セッションだよ。遊び。良いからやってみようぜ。」
小堀がそう言う。

「まぁ、やるかどうかは置いておいて...普通にその曲気になるな。リスナーとして。聴かせてよ。」
僕は江崎に言う。
素直な気持ちだった。

「まぁ、良いけどさ。」
江崎はそう言うと持ってきていたギグバックからエレキギターを取り出す。
小さなアンプにシールドを繋いで、音が小さめになるようにツマミを回す。
小堀もベースをバックから取り出して小さなベースアンプに繋いだ。
2人がチューニングを終えると。
土田がスティックでカウントを取る

カッカッカッ

イントロのギターリフを江崎が鳴らす。
かっこいい。
そう思った。
小堀もベースで合わせる。
土田が練習用のパッドを叩いてリズムを刻む。
そして、イントロ部分を弾き終えて江崎が鼻歌で歌い出す。
そして、ワンコーラス演奏仕切ってリフに戻る。

2コーラス目のAメロ。
江崎が歌う前に僕が引き取って歌い始めた。
江崎が歌ったラインとは違うメロディライン。
アドリブだから適当だ。
初めは驚いた顔をした江崎だが、そのまま歌わせてくれた。
その後、短めの間奏部分でギターソロがあって落ちサビ。
そして、ラスサビ。
王道の展開だ。

演奏し終えると少しの間沈黙が流れた。

「今の良かったな。」
江崎が言った。

「忘れないうちにもう一回やろう。」
僕が言った。

「うん。」
江崎が言った。

「次はボイスレコーダーで録ろう。」
小堀が気を利かせて用意していた。

何周かセッションして江崎が
「バンド名どうする?」
と聞いてきた。

「それは、俺をボーカルに誘ってるってこと?」
と僕が聞くと

「お前が入りたいんだろ?」
と江崎は答えた。

僕達は笑った。


P.S
そんな高校時代から時は過ぎ2022年

すっかり冬になりましたが皆さん元気に過ごしていますか?
風邪の引きやすいこの季節、健康に気をつけて健やかに年を越したいですね。

さてさて、先日12月14日に我々SUIRENのNew Digital Single「バックライト」が配信リリースとなりました。
この楽曲は「TikTokAwardsJapan2022 」にてShortfilm Creator of the Yearを受賞された映画クリエイター集団・ごっこ倶楽部さん初の縦型長編映画『アンガージュマン』の主題歌となっております。

僕達は運命に生かされてるのではない。
僕達の生き方が運命を決めているんだ。

そんなメッセージが込められた作品になってます。
アレンジ面でもサビの展開とか他で聴いたことがないような展開になっていて、
イントロからAメロまでを聴いてあのサビの展開になるとは想像出来ないんじゃないかな?
どうなんだろ。
でも、違和感全く無いよね。

映画の世界観に導かれ、メッセージ性もサウンド面も非常に聴き応えのある1曲になったと思います。
皆さん是非沢山聴いて下さい。

2022年はSUIRENにとって、新しい挑戦が沢山出来た1年になりました。
初ライブに始まり、春にはTVアニメ「キングダム」のOP曲を担当させて頂き、
夏の終わりに聖地日比谷野外音楽堂でライブをさせて頂き、
そして、冬は実写映画の主題歌を担当させて頂きました。

これも全て応援してくれる皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
もっと色んな景色をこれから沢山観たいですね。
皆でね。

2023年はどんな1年になるのだろうか。
なんとなく俺達の頭の中には描いてるものがあるんだけどね。
年末までには素敵なお知らせが出来るんじゃないかな。
楽しみにしてて下さい。

写真は思い出の地日比谷公園の紅葉。
来年は沢山ライブしたいな。
配信シングル「バックライト」2022年12月14日(水)配信

【ライブ情報】

『SUIREN presents「Naked Note 01」〜合縁奇縁〜』
[2023年]
2月22日(水) 東京・GRIT at SHIBUYA
開場18:00 開演19:00
ゲスト:上野大樹/nano.RIPE/Bucket Banquet Bis(BIGMAMA)
※アコースティックライブ企画となります

<チケット>
■オフィシャルHP先行予約受付
2022年12月21日(水)21:00〜2023年1月6日(金)23:59
https://suiren-official.com/contents/77892

SUIREN プロフィール

スイレン:ヴォーカルのSuiと、キーボーディスト&アレンジャーのRenによる音楽ユニット。2020年7月、最初のオリジナル楽曲「景白-kesiki-」を動画投稿サイトにて公開すると同時に突如現れ、その後カバー楽曲を含む数々の作品を公開し続けている。ヴォーカルSuiの淡く儚い歌声と、キーボーディスト&アレンジャーのRenが生み出す、重厚なロックサウンドに繊細なピアノが絡み合うサウンドで、唯一無二の世界観を構築。22年3月に初のワンマンライヴを開催し5月にTVアニメ『キングダム』の第4シリーズ・オープニングテーマ「黎-ray-」を含む自身初のCDシングルを発売。7月に配信シングル「アオイナツ」を発表し、12月に⻑編作品『アンガージュマン』の主題歌「バックライト」をStreaming Singleとしてリリースした。SUIREN オフィシャルHP

【連載】SUIREN / 『Sui彩の景色』一覧ページ
https://bit.ly/3s4CFC3

OKMusic編集部

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ギャラリー

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