廣津留すみれ、紀平凱成らがトーク&
リサイタル 「スタクラフェス in TO
SHIMA」自由学園明日館の4公演をレポ
ート

2022年11月13日(日)、3年ぶりとなる『イープラス presents STAND UP! CLASSIC FESTIVAL』が開催された。前回(2019)は横浜赤レンガ倉庫特設会場で行われたが、今回は、株式会社イープラスと豊島区との共同開催で、豊島区制施行90周年記念事業の一環として開催。「in TOSHIMA」を掲げ、GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)、東京芸術劇場コンサートホール、自由学園明日館を会場に催された。
SPICEでは、当日の模様を3つのレポートで紹介する。ここでは、廣津留すみれ(ヴァイオリン)、紀平凱成、髙木竜馬、石井琢磨(以上、ピアノ)が登場した、自由学園明日館(みょうにちかん)での4公演を紹介。それぞれ、40分~1時間のトークとリサイタルを行なった。
自由学園明日館
自由学園明日館は、池袋駅から歩いて5~6分ほどのところにある。
1921年に自由学園の校舎として開校した明日館は、アメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトの助手であった遠藤新による設計で1927年(昭和2年)に完成した。明日館の講堂では、いまではさまざまな催しが行われ、クラシック音楽のコンサートも頻繁に開かれている。
【1】廣津留すみれのトーク&ヴァイオリンリサイタル @ 自由学園明日館 11:30~
廣津留すみれ
ヴァイオリニストの廣津留すみれは、高校卒業までを地元の大分市で過ごした。その後、ハーバード大学を卒業し、ジュリアード音楽院の修士課程も修了。2020年に帰国してからは、ヴァイオリニストにとどまらず、テレビのコメンテーターや講師など多岐にわたる活動にたずさわる。
廣津留のトーク&ヴァイオリンリサイタルは、午前11時30分に開演した。自由学園明日館での演奏は、初めてとのこと。彼女は高校時代、イタリアのIBLA国際ヴァイオリンコンクールでグランプリを受賞。この講堂の木の造りを見て、当時のコンクールのホールを思い出したそうだ。
いつもは、「講演・演奏会」として、15分の講演ののちに演奏し、10分の休憩をはさんで再び演奏することが多いという。今回は60分公演で、冒頭にトークを置いた。
廣津留すみれ
プログラム冒頭は、エルガーの「愛の挨拶」。しなやかな音楽の流れのなかで、ロマンティックなメロディを紡ぎ上げていく。彼女の音楽の勢いはとても心地よい。クライスラーの「美しきロスマリン」も、歌心に満ちた演奏を聴かせてくれた。
「前奏曲とアレグロ」もクライスラーの作品。廣津留はこの「前奏曲」に、“ミシミシ”と名前をつけているという。「前奏曲」冒頭のヴァイオリンパートのフレーズは、ミとシの音で作られている。その冒頭部分から、廣津留は高い集中力を発揮し、あふれんばかりのパッションを音楽に注ぎ込んでいく。「アレグロ」でも、典雅な趣のテーマをたっぷりと歌い上げていた。
廣津留のトークは実に興味深い。父親がたくさんCDを持っていて、彼女は好きなのはパールマンのCDで、そのなかにクライスラー作品も収められていたという。ジュリアード時代、エレベータのなかで偶然にパールマンに遭遇したエピソードも披露。その彼を題材とした絵本『イツァーク ヴァイオリンを愛した少年』(音楽之友社)の翻訳を依頼され、今年9月に出版された。
廣津留すみれ
メキシコ出身のポンセの作品「エストレリータ」も弾いた。タイトルはスペイン語で「小さな星」を意味する。ピアノの多彩なハーモニーに支えられ、ヴァイオリンは繊細な息遣いを通してしっとりとした音でメロディを奏でていく。内面の情熱を手繰り寄せるように丁寧に表わしていたのが印象的だ。
プログラムの最後を飾ったのは、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」。この曲を、廣津留は高校時代に文化祭で演奏した。その文化祭を訪れていた南こうせつが彼女の演奏を聴いていたことを、のちに南と共演したときに知ったそうだ。
冒頭からラプソディックな雰囲気を漂わせ、艶やかなポルタメントを聴かせる。振幅の大きな感情表出のヴァイオリンに、ピアノも大胆な息遣いでそれに応える。
河野紘子
共演したピアニストの河野紘子は、幅広いジャンルのアーティストから厚い信頼を得ている。廣津留も彼女と何度も共演しており、「本番で、“こうやってみよう”と急にやっても応じてくれる、信頼を寄せているピアニスト」だと言う。
アンコールは「花は咲く」。
リサイタル終盤、演奏中以外は「写真を撮っていただいても良いですよ」と客席に気さくに話しかけていた。廣津留の日本人離れした情熱みなぎるヴァイオリンと、河野の高度なアンサンブル能力を存分に堪能できたリサイタルであった。
廣津留すみれ
>(NEXT)紀平凱成
【2】紀平凱成@自由学園明日館 13:30~
紀平凱成
2019年にリサイタルとCDのデビューを果たした紀平凱成は、現在21歳。幼少のころから非凡な音楽の才能を示し、2015年に東京大学と日本財団の「異才発掘プロジェクト」第1期ホーム・スカラーに選ばれる。ホームページによると、発達障害がありながら、17歳で英国のトリニティ・カレッジ・ロンドンのディプロマ(学士資格)を取得。ピアノの演奏にとどまらず、作曲も得意とし、2022年3月には自作によるピアノ楽譜を初めて出版した。
紀平のリサイタルは、午後1時30分に始まった。プログラムは、彼のオリジナルやアレンジとともに、カプースチンなどの作品で構成された。
舞台に登場した紀平は、手を振って会場の拍手に応え、自作の「Winds Send Love」を弾き始めた。しっかりとした手の持ち主のようで、音の芯は重みを帯び、しなやかな弾力を感じる。流麗な楽想の作品で、丸みのある音で清々しくメロディを歌い上げていく。
紀平凱成
弾き終えると、舞台袖に下がり、マイクでトークを始めた。「(スタクラフェスは)17歳から出演していて、毎年ワクワクでいっぱいです。皆さんも楽しんでいってください。この曲は、初録音で入れた大切な曲です」と「Winds Send Love」について説明した。次に、日本古謡の「さくらさくら」の紀平によるアレンジが披露された。調の鮮やかな変化が豊かなファンタジーを生み出す。
紀平は、カプースチン作品を得意としている。彼自身も「キラキラしていて大好き!音符は多いけれど、楽譜はとてもきれい」と述べる。演奏する前に、両手を振り上げ、大きく呼吸をして鍵盤に指を触れた。
「24の前奏曲」から第5番と第23番。メロディをしっとりと歌い上げる。リズミックな楽想では、彼の持ち味である弾力に富んだ音で、生き生きと音楽を描き出していく。そして、「トッカティーナ」では、紀平の個性がいかんなく発揮された。彼は楽譜の隅々まで端正に表わし、その音楽は豊かな響きに彩られていた。
紀平凱成
弾き終えた後、再び手を振って舞台袖に入っていく。紀平によると、続く「No Tears Forever」はコロナ禍に作曲。悲しみや怒りなどさまざまな感情がこみ上げ、でも頑張ろう……とその時の気持ちを込めて書き上げたという。
「みんなのおかげでこうやって作曲できる」との言葉が心に残る。ひと筋のメロディにさまざまな表現を織り込み、多様な情感があふれ出てくるような音楽であった。
シューマン=リスト《献呈》の演奏については、多様な解釈が存在する。紀平は、デュナーミクの幅を極端に広げることなく、歌曲のような趣を漂わせていた。主部の再現の場面で感情を昂らせるが、基本的にはメロディにハーモニーを寄り添わせるような演奏で、一貫してメロディを尊重していた。
紀平凱成
その後は、カプースチン「24の前奏曲」より第1番。動き続ける右手のパッセージも難なく弾きこなし、この作曲家の作品を自分の言葉のように自在に語っていく。
最後は、紀平のアレンジによるチックコリア「スペイン」。ジャズやクラシック音楽のテイストを織り交ぜ、彼の音楽の流れやその勢いも心地よい。アンコールは自作の「Fields」。最後は、舞台上で「ありがとうございました!」と客席に感謝の気持ちを述べてリサイタルを閉じた。
紀平凱成
>(NEXT)髙木竜馬
【3】髙木竜馬@自由学園明日館 15:30~
髙木竜馬
髙木竜馬は、こどもの頃から注目を集めてきたピアニストである。そのころから海外のさまざまなコンクールで優勝し、世界的に著名な演奏家らから指導を受けている。高校在学中にウィーン国立音楽大学に合格。同大学院を修了し、ポストグラデュエート課程で研鑽を積む。アニメ『ピアノの森』でピアノ演奏を担当し、幅広い人気を得ている。直近では、グリーグ国際ピアノコンクールで優勝。
古楽や指揮も学び、多角的に音楽を追求する姿勢は、彼の個性豊かなピアノ演奏にも反映している。
この日のプログラムは、8月~9月にかけて行われた「『ピアノの森』ピアノコンサート」ツアーのプログラムからの選曲。冒頭は、「エリーゼのために」の名で知られるベートーヴェンのバガテル。淡い感傷を静かに映し出すような、心憎い演奏である。髙木の指先からゆっくりと紡ぎ出される音の一つひとつには、ベートーヴェンの心の翳りがほのかに漂う。
髙木は弾き終えると、マイクを手にした。午後3時30分開演のこのリサイタルは、彼にとっては当日3公演めの出演で、「アドレナリンでまくりの状態」だったそうだ。
髙木竜馬
また、今夏訪れたノルウェーのホールを思い出したそうで、「日本離れした建物ですね」と、感慨深げに講堂を見渡す。そして、「肩肘張らずにリラックスして楽しんでください」と客席に語りかけていた。
続いて、ショパンの2曲のワルツを披露した。まず、「別れのワルツ」の愛称で知られる「ワルツ第9番」。音の言葉が零れ落ちるような詩情豊かなメロディの表現は圧巻だ。この作品では淡くセンチメンタルな演奏が多いが、髙木の奏でるメロディは濃密で、聴く者の心の奥底まで響きわたっていく。また、彼の細やかな息遣いを通して、微細な緩急を施したメロディとワルツのリズムとを絶妙に融合させ、叙情性に富んだ音楽を作り上げた。「小犬のワルツ」(ワルツ第6番)では、右手のタッチを巧みにコントロールし、粒立ちの美しい音を生み出し、音楽の流れを生き生きと表わす。
髙木竜馬
拍手をはさみ、「24のプレリュード」から第24番を披露した。変幻自在な音の表現も髙木の魅力だ。効果的に楽器を鳴らして重厚な音の響きを醸し出し、ほの暗い情熱を喚起する。ショパンの心情を重ね合わせるようにハーモニーをデリケートに変化させ、最後はハンマーのように鍵盤を打ち鳴らし、ドラマティックに音楽を結んだ。
「スケルツォ 第2番」も、このジャンル特有の諧謔性をたんに主張するのではなく、作品のもつ劇的な側面をしっかりと汲みとり、濃密な音物語をくり広げていく。メロディラインの表現が絶妙であり、同時に内声部を巧みに抑制して、作曲家の心の陰と陽を鮮やかに描き上げた。
「英雄ポロネーズ」(ポロネーズ第6番)においても、目くるめくドラマが展開される。繰り返されるテーマやモティーフに、新たな息吹を注ぎ込んでいく。
髙木竜馬
アンコールは、グリーグ「夏の調べ」。
この日は、髙木の30歳の誕生日であった。
「こんな日にベルトを忘れ、スタッフに借りて」ステージに臨んだそうだ。人生の早い時期からステージに立ち、世界を駆け巡ってきた髙木。深い音楽解釈と高い演奏技術を備えた稀有な存在だけに、今後の活動が注目される。
>(NEXT)石井琢磨
【4】石井琢磨@自由学園明日館 17:00~
石井琢磨
YouTubeチャンネルやストリートピアノで爆発的な人気を誇る石井琢磨は、クラシック音楽を軸として多彩な活動を展開する。東京藝術大学とウィーン国立音楽大学修士課程を修了し、ポストグラデュアーレコースに学ぶ。2016年ジョルジュ・エネスク国際コンクールピアノ部門で第2位を受賞するなど、着実に成長を遂げているピアニストだ。
午後5時開演の40分間のリサイタルでは、今年9月にリリースされたばかりのセカンド・アルバム『TANZ』に収録された曲を中心にプログラミングされた。
舞台に登場した石井は、「猫のワルツ」とも呼ばれるショパン「ワルツ第4番」を披露。ワルツのステップを大胆に表わしながら、くるくると回るような右手のメロディを生き生きと奏でる。
石井琢磨
ここで初めて石井のトークが入る。午前中に野外劇場の会場でも演奏したと言い、「ここまできて、1つの笑いもとれないですが(略)リラックスして聴いていただきたいのが僕の気持ちです」と語る。石井のトークは独特で、丁寧な語り口とともに彼の素直さも伝わり、それも彼の大きな魅力だ。
続いて、リスト「愛の夢第3番」では、ショパンとは音質をがらりと変え、メロディをしっとりと歌い上げ、そこに絡み合うアルペジオを丁寧に奏でていく。石井の冷静な眼差しを通して内なる情熱が美しく表わされた。
ここで再びトークが入る。「トーク……もう少しうまくなっていきますので、その成長も見守っていただけますか」と客席に語りかけると、拍手が沸き起こる。
石井琢磨
その流れで演奏したファリャ「火祭りの踊り」は、会場の心地よいノリが石井の演奏にも作用し、音楽に強い推進力をもたらす。一期一会の、まさにライヴの醍醐味であろう。彼は、感情を精妙にコントロールし、重みのある音でメロディを丹念に表出していく。
このホールについて、「皆さんの視線を感じることができる」と石井は述べた。
続いて、「僕の好きな作品」というシューマン=リスト「献呈」。以前にこの曲をレッスンで弾いたところ、師から「嚙みしめなさい」と言われたエピソードを披露した。石井は、曲を落ち着いたテンポで、繊細な感情の起伏を表わしていく。心が高揚する場面でも、情熱を爆発させるのではなく、エネルギーを蓄積させていくようにじっくりと音楽を構築していった。
石井琢磨
ツェルニーの「ベートーヴェン幻想曲《私を思い出して》」は、2020年2月に大学修了時に演奏した、石井にとっては運命の1曲。
さまざまな書法が作品にとり入れられた作品であるが、音楽の骨格を明確に示し、ひとつの大きな流れのなかに巧みにまとめ上げ、同時に豊かな音楽の表情を描き上げる。説得力の強い演奏であった。
水分補給を終えて舞台に戻ってきた石井は、十八番のグリュンフェルド「ウィーンの夜会」を弾いた。小粋なリズムや自在なテンポの緩急、メロディの歌いまわしなど、さり気ない仕草や典雅な趣を巧みに醸し出していた。
アンコールはサティ「ピカデリー」。時間をオーバーしていたが、石井は何度も舞台に呼び戻された。コロナ禍から生まれたクラシック音楽界の新星を、あたたかく見守る聴衆の気持ちが伝わってきた。
石井琢磨
取材・文=道下京子 撮影=荒川潤(廣津留、紀平)、安西美樹(髙木、石井)

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