フォーク・ブルースというスタイルで
今なお尊敬を集める
伝説のブルースマン、
ミシシッピー・ジョン・ハート
農作業のかたわら、
仲間のためにだけ弾き語った
ブルースが運命の扉を開く
同郷にウィリー・ナムールというフィドル / バイオリン弾きがいて、時折、パートナー(シェル・スミス)が不在の時など、J.ハートが代わりに伴奏をすることがあったそうだが、ある時、ナムールが1928年にフィドル・コンテストで優勝してオーケーレコードで録音するチャンスを得た時に、彼がオーケーレコーズのプロデューサーにそれとなくJ.ハートのことを推薦したことから、思わぬ展開がJ.ハートに訪れる。その腕前を認められてJ.ハートもまたレコーディングのチャンスを得るのだ。この時にJ.ハートの名では平凡すぎるということで、頭に「ミシシッピ」をつけることになったらしい。
この1928年というのはカントリーミュージックの当たり年「The Big Bang」と呼ばれていて、ラジオの公開オーディションをきっかけにアメリカン・フォークの祖、カーター・ファミリーやカントリーミュージックの父、ジミー・ロジャースがデビューした年である。そしてJ.ハートもまた、デビューしたのだが、先に触れたドキュメンタリー映画でJ.ハートが取り上げられたのは、この1928年がキーワードになっているわけだ。この一年がアメリカ音楽の歴史のマイルストーン的なものになっていると言っていい。
そして、この時にオーケーレコードに録音した13曲こそが、今回ピックアップしたアルバム『アヴァロン・ブルース』なのである。アルバムは過去に何度もリイシューされ、現在はサブスクリプションでも聴くことができる。もっとも、1928年の録音時にはLPなど存在せず、SP盤でバラの状態で売られていたものを、その後、一枚のコンプリート盤としてまとめられたのが、現在出回っているものだ。
ともかく、農家の小作人で、終生自分は畑の上で過ごすのだと思っていたJ.ハートにとっては、レコードデビューをきっかけに人生が好転し、もしかすると好きな音楽で身を立てられるかと胸踊らせる日々だったはずだ。ところが、翌年1929年に全米、世界中を揺るがす大恐慌が起こる。繁栄に沸いたアメリカがどん底に突き落とされ、街に失業者があふれる。人々に娯楽に回せる金などあろうはずがない。その影響でせっかく録音したものの、結果はまったく商業的に成功せずに終わる。J.ハートは音楽の道を諦めてアバロンに戻り、再び農民として働きながら、たまに地元のパーティーで演奏したりして、日々暮らすことになる。