PLAY/GROUND Creation 『CLOSER』演
出・井上裕朗に聞く「相手を傷つける
としても、あきらめずに踏み込んで関
わろうする人間を描きたい」

ストリッパーのアリスは小説家志望でジャーナリストのダンと出会い、二人は恋に落ちる。小説を出版することになったダンはフォトグラファーのアンナと出会い、二人は恋に落ちる。ダンのいたずらによってアンナと医師のラリーは水族館で出会い、二人は結婚するーー。
ロンドンで交差する真実と嘘をめぐるラブストーリー『CLOSER』が、俳優・井上裕朗率いる演劇創作ユニット「PLAY/GROUND Creation」の4作目として上演される(2022年12月10日~12月18日、シアター風姿花伝)。俳優は何者にも従属せず、遊び心を大事にするをコンセプトにした「actors’ playground(俳優たちの遊び場)」という名の勉強会から始まった「PLAY/GROUND Creation」。静かながら注目を集め始めたその取り組みを、井上に聞いた。
――俳優が台本や演出からいかに自由になれるかを目指してきたPLAY/GROUND Creationですが、どんな手応えを感じていますか?
井上 「いかに自由になれるか」というコンセプトについては実現できていると思います。自分で言うのもおこがましいけれど、過去の3作品はかなり気に入っています。知り合いから言わせると、どの作品も質感が似ているそう。それは演技の質についてだと思うんですけど、それが好きという人もいれば、好きじゃないという人もいると思うんですけど、ある目指した方向に進めている感じはありますね。
『BETRAYAL 背信』 撮影:保坂萌
――その目指すところをもう少し具体的な言葉にしていただけますか。
井上 僕自身は観客として最初はミュージカルを好きになって、その後につかこうへいさんの作品が好きになって、俳優としてのキャリアはつかさんのところからスタートしました。その後はTPTを経て小劇場の世界に行きついた。その、それぞれの影響を受けている気がします。演劇とは何かという定義を考えたとき、僕は「言葉によって生み出される想像力の芸術」だと思っていて、それはつかさんのところで培った感覚だと思います。つかさんは本当に言葉だけで景色と物語を立ち上げていく。僕は舞台上に実際に見えるものだけではなく、俳優と観客が一緒に想像する世界の中に物語が立ち上がっていってほしいと考えているんです。同時に舞台上に見えるものも美しくあってほしいというのはTPTで受けた刺激だろうと思います。あっちこっち行きながら実験的につくりたい感じは、小劇場で経験したことかもしれません。演劇はもちろんすべて虚構の世界ですが、僕は嘘だという前提で見ているうちに嘘であることを忘れてしまうようなものをつくりたい、そのくらいの本気で嘘をつくとはどういうことなのかをすごく考えています。人をだまそうと思ったら、嘘をついていないという体でいると思うんです。そうすると結果的にほとんど演技をしていないように見えてきます。それが僕のやりたい演劇なんだなと。演出も俳優の演技も限りなく透明になるためには、俳優たちはものすごくたくさんのタスクをこなさなければいけないんですけどね。
『Navy Pier 埠頭にて』 撮影:保坂萌
――それなりにさまざまな稽古場を見てきていますが、面白いと思ったのは物語のセリフを本名でやりとりしていることです。非常に生々しくセリフが響いてきます。
井上 本当にそうですよね。俳優が役を演じることを、自分を同一化するとか、自分自身という人間を封印してキャラクターになりきるとか、自分に引き寄せて演じるとか、さまざまな考え方がありますよね。僕は戯曲に書かれているのは他人の人生の一部分、行動の記録みたいなもので、その他人の人生の一部分を仮に経験してみたら、どんな自分になるだろう、どう感じるんだろうということをやってみるのが演劇であり俳優の仕事だと思うんです。言い換えれば俳優は他者の立場に身を置いて、他者のことを想像する、それをお客さんも見て一緒に登場人物の立場で想像してみる。劇場全体で考えることを僕は演劇でやりたいということなんです。
――劇場全体が一緒になって考えるというのは面白いですね。
井上 稽古でやっているのは、自分の経験、記憶や身体を使って想像してみましょうということなんです。誰かの立場に立って本気で想像するためには、一旦自分がその人として世界を見なければならない。そこにいることを信じなくてはいけない。その人がしゃべっている「僕」はちゃんと自分にとっての僕にしたいし、「君」や「あなた」を本当に目の前にいるその人にしなければいけない。そのためにまずはセリフを本名でやってみる。本名でやってみたことを役名に変えてみる。あっちにいったりこっちに行ったりしながら試している。僕の稽古ではとにかく本人としてのおしゃべりをすごくたくさんするんです。全部のシーンを雑談の延長でつくっています。自分が自分として存在している現実から、自分が誰かとして存在する虚構の世界に、少しずつずらしていきたいという感じでしょうか。
――井上裕朗という演出家を俳優・井上裕朗から見るといかがですか。
井上 こう言うと責任逃れしているみたいですが、僕はいまだに自分のことを演出家だとは思っていないんです。立場として演出をしているときは、俳優としての自分がこういう演出だったらいいな、俳優との関係性がこうだったらいいなと思うことをなるべくやろうとしている気がします。プロフェッショナルの演出家だったら、作品全体に対する解釈であったり、自分のオリジナリティに誇りみたいなものがあると思うんです。でも僕は、それがないわけじゃないけれど、そこに井上裕朗というマークを貼るつもりはなくて。俳優同士のやりとりへのこだわりの方が圧倒的に強い。先ほども言いましたが、戯曲の嘘の世界をそのまま目の前に立ち上げる際に、演出や俳優の演技みたいなものは透明であればあるほどいいと思っていて、作為とか狙いみたいなものが混じらないようにするためにはどうしたらいいかをとことん考えています。
『The Pride』 撮影:保坂萌
――『BETRAYAL 背信』『Navy Pier 埠頭にて』『The Pride』とこれまで選んでいる作品にはどんな思いがあるのでしょうか?
井上 まずものすごく小さな世界、近しい間柄の人たちの密度の濃い関係性を描きたいんです。そういう人間関係の集合が社会や組織だと思うから。
――パズルのピースみたいなものですね。
井上 そうです、そうです。全体を見ることも必要だと思いますが、それはいろいろな方がやっている。外から見たらすごく小さな物語だけど当事者にとっては非常に大きな物語を深掘りするのが、僕の好みなんです。でも心のつながりとか動きより、相手に深く関わろうとするさまに興味があります。やっぱり日常生活で我々はさまざまな問題から逃れ、避けて生きているじゃないですか。それは必要なことでもあるし、面倒臭かったり怖かったりするからですが、言い方を変えれば自分に嘘をついて、他者とちゃんと向き合わずに生きているということ。SNSが普及したり、コロナで機会が失われたりして、どんどん人と人が向き合わず、離れていく。だからこそ相手に深く踏み込んでいく、関わっていく、求めていく人たちのことを、僕はとんでもなく素敵だなって思います。
――つかさんの芝居がそうですよね。
井上 はい。つかさんは暴力的なまでに他人に関わっていきますね。僕はそれがかっこいいと思っている。海外戯曲を中心に選んでいるのは、やはり日本の作家が書く作品よりも他人との関わりが強いから。相手を結果的に傷つけるとしても、自分が求めているものに対して、あきらめずに踏み込んで関わろうとして、相手を変化させようとする、その様を描きたいんです。そして俳優にとってもその経験が大事な気がします。俳優はそれをプロフェッショナルにやれる人じゃないといけないと思います。
『CLOSER』side-A 撮影:保坂萌
『CLOSER』side-A 撮影:保坂萌
――さて『CLOSER』です。付いた離れたの物語が、セックスだ何だと直截的に描かれています。でもその向こうの物語が見えてくることが重要かと戯曲を読んで感じました。
井上 この戯曲はインターネットのこととか、男女の関係の描かれ方が少し古い時代のそれではあるんです。濃淡強弱みたいなことで言えば、男性性なるものがドンと現れていますが、僕は女性の強さが強く出せたらと思っています。たとえばアリスのストリップのシーンでラリーが「足を開け」「脱げ」と言う場面がありますが、もちろんセクシャルな要求としての言葉かもしれないけれど、演劇として立ち上げるときには相手を支配したいとか独占したいとか、そういう思いの表れだと捉えたい。酷い言葉を投げかけて追い詰めているラリーの方がどんどん負けていく、逆にアリスが巨大化していくわけです。
――今回も2つのチームの交互上演になっています。見どころを教えてください。
井上 今までつくってきた作品もそうですが、本当にチームによって違う作品になるんですよ。僕自身は同じ戯曲を同じ解釈、同じ演出でつくっている。でも関係性においては「その人」と「その人」がやることで生まれてくるものを見たい。スタートの土台は一緒でも俳優によって育っていく方向は全然違います。それがダブルキャストを積極的にやりたい理由です。今回もチームごとの年齢の差を出しつつも、大きいのはアリスの立ち位置です。side-Aは男性二人と比べるとアリスは20歳以上若い。side-Bではアリスは最年少ですがそれほど差はありません。直感的にそういう組み合わせでやった方が絶対面白いと思ったんです。もともと戯曲も、アリスと男性たちとは歳が離れていて、男が女性に対して抱く少女性や無垢なもの、庇護することによる優越感が描かれている。それを明確に表現したいからと極端なside-Aをつくりました。side-Bは逆にそれぞれの個性の差から物語を読み解いていく。ですから男女の関係性も違うし、女性同士のやりとりの見え方もだいぶ違うと思います。
――PLAY/GROUND Creationは、井上裕朗の遊び場ですね(笑)。
井上 いやいや、みんなの遊び場です(笑)。ただ自分たちのチームだからこそそういった挑戦ができるのは確かです。僕自身も、毎回やるたびに稽古の進め方を少しずつ修正し、アップデートしています。その中で今回は今までで一番遊びながらつくっている感じがします。また経験を積んだことで俳優を信じられるようにもなりました。最初のころはこちらから投げかけたものに対してフィードバックが返ってこないと不安になったし、間に合うのかと焦りもしました。でも今はフィードバックが形として返ってこなくても伝わっていると思えるし、しっかり熟成させて形になったときに表現してくださいという気持ちでいられるようになりました。勇気を持って遊べる、勇気を持って無駄な時間がつくれるようになりました。その余白が絶対あとあと肥料になることがわかってきたんです。
井上裕朗
取材・文:いまいこういち

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