大ヒット曲「夏色のナンシー」を
当時の空気感とともに
瞬間パックしたかのような
早見優の『Dear』
編曲、作詞も見事な仕事っぷり
M1以外でも、茂木氏は巧みにシンセを操っている。南国風サウンドのM2「可愛いサマータイム」ではスチールパン的な音を出しているし、M6「赤いサンダル」で背後のアジアンな旋律をリードしているのもシンセだろう。シャッフルビートのM4「渚のライオン」は一聴してシンプルなバンドサウンドに思えるが、よくよく聴くとピコピコとシンセが入っている。アウトロでの爆発音は正直言ってよく分からないけれど、M4はそれを含めて、デジタルの入れ方に腐心した様子をうかがうことができると言える。
M3、M7もそうで、前述の通り、それぞれハードロック調、ファンク調ではあるのだが、これらも上手い具合にデジタルを取り込んでいるように思う。共にまさしくニューウェーブの匂いがするし、M3にはニューロマっぽさもある。楽曲のテイストが異なるバラエティ感もそうだし、明確にはジャンル分けできないサウンドの作り方と、デジタルの取り込み具合。本作から微妙な感じや揺れを感じる要因はこの辺にもあるのかもしれない。
さて、『Dear』で早見優の微妙さ、揺れをはっきりとそれを感じられるのは三浦徳子の描く歌詞の世界観であろう。シングルのタイトルからしてこんな感じである。
《恋かな Yes! 恋じゃない Yes!/愛かな Yes! 愛じゃない/風が吹くたび気分も揺れる そんな年頃ね》《あなたの後を ついてくだけの/女の子からは卒業したみたい/If you love me 夏色の恋人/If you love me 夏色のナンシー/去年とはくちびるが違ってる…》(M1「夏色のナンシー」)。
《YOU ARE THE LION! 素敵なあなた/YOU ARE THE LION! わがままさせて/昨夜のうちに来なさい/両手を組んで 抱いてよ》《YOU ARE THE LION! たて髪揺らす/YOU ARE THE LION! 真夏のヒーロー/昨夜のうちに来なさい/目を閉じて 見つめていて》(M4「渚のライオン」)。
M1ではモロに《気分も揺れる》と言っているし、《女の子からは卒業したみたい》とも言っている。M4は何だかシュールな内容で、何かをずばりと語っている感じではない。両B面もそうで──。
《Tell me........あなたの瞳の中の/不安なかげり/Tell me........黙りこくる夏の日の/白い午後に二人/またひとつミゾが/深くなる感じがする.....》(M2「可愛いサマータイム」)。
《乾いたシャツに腕を通せば/あなたとひとつかも/まばたきしてる間に大人になりそう……》(M6「赤いサンダル」)。
M2ははっきりとしたシチュエーションは描かれていないし(そこがいい)、M6ではやはり《大人になりそう……》と境界を意識させるセンテンスがある。加えて言えば、M7「真夏のボクサー」はどこかシュールだったりする。
《Summer night and day/いつも二人 リングの上で/戦うのが好きなの/Summer night and day/今日も二人 ささいなこと/けんかだわ…》(M7「真夏のボクサー」)。
些細なことで喧嘩する描写は珍しいものではないだろうが、リング上の戦いに重ねるのは稀だろう。斯様に歌詞のタイプはひとつではないものの、三浦氏がひとりで手掛けているからか、一本筋が通っていると言っていい。また、全体的には幻想的でもあって、これまたやや強引に結び付けるようではあるけれど、早見優のアイドル像を上手く構築するファクターになったのではないかと思う。
TEXT:帆苅智之