一青窈のアーティストとしての
個性を丁寧に丁寧に育んだ
デビュー作『月天心』

レイドバックではないサウンド

話は前後するが、最後に『月天心』のアレンジについて述べよう。ここまで本作収録曲を唱歌や童謡、演歌のようでもある…というような形容をしてきた。それを字義通りに捉えるならば、どこか牧歌的というか、素朴というようなイメージとなるかもしれない。ややもすると、いなたいと感じる人がいるかも…というのは少し意地悪な見方だが、あながちないとも言えないようにも思う。だが、しかし…である。M2「もらい泣き」を始め、M1「あこるでぃおん」、M6「月天心」、M9「アリガ十々」などのサウンドには、少なくともレイドバックをまったくと言っていいほど感じないのである。そこも『月天心』収録曲のポイントではないかと思う。

ガムラン風のパーカッション的な音色から始まるM2にしても、その背後にはちょっとポップな電子音を絡ませることでエスニックさに傾斜しないようにしているようだし、そもそもリズムトラックはヒップホップ的と言ってよく、全体には同時代的なシャープがある。スパニッシュなギターも聴こえてくるけれど、Bメロでエフェクトがかかったコーラスを加えることで、無国籍かつ時代を感じない雰囲気に仕上げているのだろう。

M9「アリガ十々」も同様。ピアノの旋律はまさに唱歌を思わせるもので、アナログ盤のノイズのようなエフェクトもかかっているので、そこだけで見たらあえてアナクロを狙っているようだが、終始、楽曲に寄り添っている電子音と打ち込みのリズムが、いい意味で素朴さを打ち消しているように思う。

そうかと思えば、M5「犬」では根岸孝旨氏のアレンジらしいと言うべきか、ゴリゴリのギターリフが引っ張るハードロックを見せていたり、M6「月天心」ではストリングスを前面に出しつつも、基本はバンドサウンドで固めているといった具合に、ロックなアプローチも見せている。M7「ジャングルジム」は若干サイケな匂いをさせつつ、あれはまさに2000年代のロックバンドのテイストだろう。

また、M3「sunny side up」、M4「イマドコ」はR&B的なトラックメイキングである。大らかさと郷愁感のある歌メロが本作のメインであることは間違いないだろうが、シンプルにそれに呼応しているサウンドはM1「あこるでぃおん」くらいなもので、他は意外と奔放というか、型にハマってないものばかりである。そこも本作の特徴であろうし、それは一青窈という新人シンガーの可能性、汎用性を広く持たせる意味があったのではないかと思う。そこがとてもデビュー作らしく感じる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『月天心』2002年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.あこるでぃおん
    • 2.もらい泣き
    • 3.sunny side up
    • 4.イマドコ
    • 5.犬
    • 6.月天心
    • 7.ジャングルジム
    • 8.心変わり
    • 9.アリガ十々
    • 10.望春風
『月天心』('02)/一青窈

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着