一青窈のアーティストとしての
個性を丁寧に丁寧に育んだ
デビュー作『月天心』
比類なき「もらい泣き」のメロディー
武部氏作曲のナンバーは本作では他にも、M1「あこるでぃおん」とM6「月天心」がある。オープニングとタイトルチューンというアルバムで重要な楽曲をプロデューサーが自ら手掛けているところに意気込みが感じられる。M1、M6ともに大陸的な大らかさと郷愁感を併せ持ちながら、前者は唱歌、童謡テイストが強く、後者はクラシカルでありつつ若干エスニックな香りがある。本作での一青窈のイメージを大きくぶらさずに、ちゃんと一本筋を通している印象である。プロデューサー・武部氏の的確な仕事であり、面目躍如であると言える。
武部氏作曲以外のナンバーも興味深い。M1、M2、M6のラインを踏襲したと思えるのがM9「アリガ十々」。シンプルな旋律だが、だからこそリフレインが活きているように思う。小田和正や角松敏生らのサポートベーシストを務める山内薫氏の作曲である(もちろん一青窈のバックも務めている)。富田素弘氏が作詞と編曲を手掛けたM3「sunny side up」とM4「イマドコ」は、トラックや一青窈自身の歌唱も相俟って、コンテポラリR&Bのテイストが感じられる。彼女は学生時代、ブラックミュージックに傾倒していたらしく、この辺は彼女の趣味嗜好を反映していると思われる。
森安信夫が手掛けたM5「犬」とM7「ジャングルジム」は、それぞれテンポも全体のテイストも異なるものだが、ともにロック寄りで、ここまで見て来た楽曲とは旋律も異質でもある。もっともこの辺の印象は、メロディーというよりもサウンドによるところが大きいはずで、そこは後述することになろうかと思う。M2の作曲者に連名でクレジットされているマシコタツロウ氏は、もう1曲、M8「心変わり」も手掛けている。これはBメロまでR&B的だが、サビは和風という、展開と構成がおもしろいナンバーで、この辺からも一本筋が通った本作のテーマ、コンセプトを感じるところではある。
そして、ラストに収められたM10「望春風」は台湾の民謡。彼女のルーツミュージックのひとつでもある。『月天心』はバラエティー豊かな作品ではあるものの、決してバラバラではないことが分かってもらえるのではないかと思う。R&B、ロックの要素からは、デビューアルバムらしく、その後の方向を狭め過ぎない配慮のようなものと、彼女自身の素のキャラクターを反映したところを感じさせる。だからと言って、決して取っ散らかることなく、きれいにまとめている。プロデューサー・武部氏の手腕が如何なく発揮された結果と見ていいのだろう。
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