文学座『欲望という名の電車』座談会
〜山本郁子・鍛治直人・渋谷はるか「
35年ぶりに上演する意義を感じつつ、
今のお客様たちに届く作品に」

水谷良重、岸田今日子、東恵美子、栗原小巻、樋口可南子、大竹しのぶ、高畑淳子、秋山菜津子、篠井英介etc なかなか、すごい。なんの顔ぶれかと言えば、テネシー・ウィリアムズの名作『欲望という名の電車』で主人公ブランチを演じてきた面々。日本で初めて上演したのが文学座で、以来、故・杉村春子の当たり役となった。アメリカ南部の大農園、上流階級に育ったブランチがその財を失い、ニューオーリンズのフレンチクォーターに暮らす妹ステラと夫スタンリーの貧しいアパートで共同生活が始めるという物語。文学座では35年ぶりの上演となる(2022年10月29日~11月6日 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA。訳:小田島恒志 演出:高橋正徳)。2代目のブランチを演じるのは、やはり杉村の代表作『女の一生』の布引けい役を引き継いだ山本郁子。山本に加え、ブランチと衝突するスタンリー役の鍛治直人、ふたりの間で引き裂かれるような思いになるステラ役の渋谷はるかに話を聞いた。

――やっぱり山本さんからお話を伺わねばなりません。またまた大変な作品、大変な役を引き継ぎますが、お気持ちはいかがですか。
山本 もう日々いっぱいいっぱいです。『女の一生』のときは、学生時代に観て、この役をやりたいと思って文学座に入った作品でしたから想いも強かったですし、布引けいは大好きな役でしたから、演じることがすごく幸せでした。でも『欲望〜』は今まで何回も観ているのですが、物語にも登場人物にもどうしても共感ができなかった。この作品の面白味はどこにあるんだろうと思ってるような状況でブランチだと聞いたときは、本当にできるのかしらという気持ちばかりでした。それが台本を読み始めたらどんどん面白くなってきて、今ではブランチの気持ちがわかるわかると寄り添えているんです(笑)。気持ちの照り降りが激しい彼女のことがものすごく好きになりました。
山本郁子
――山本さんに鍛治さんと渋谷さんをご紹介していただきたいと思います。
山本 鍛治くんは私と10期違いですね。早稲田大学ラグビー部出身で。
鍛治 遠い過去の話です。
山本 がたいに見合わず、ものすごく優しいんです。
鍛治 大きい人は優しいんですよ。
山本 ブランチを抱かえてベッドに放るシーンがあるんですけど、いつも丁寧に置いてくれるんですよ。
渋谷 ふふふ
山本 渋谷さんはいつもにこやかな、声のかわいい素敵な女性です。親子として共演したことがありますが、今回は姉妹になります。はるかちゃんは私が「こう思う、こう思う」と言うことを全部聞いてくれる。あと役づくりの方向性が似てるのかな? 誰々のイメージを決めましょうとか、このセリフはどういう意味なんだろうとか、ブランチとステラの家族はどんな生活してたのかとか、細かいことをよく話し合っていますね。
鍛治 僕は4年半ぶりの劇団公演なんです。前回の『真実』では(渋谷さんとは)愛人同士だったよね。
渋谷 不倫関係だったんですよ。今回は晴れて夫婦になりました(笑)。
――鍛治さん、スタンリーを今どんな役だと考えていらっしゃいますか?
鍛治 本番まであと2週間、まだ通し稽古もしていないので、その場その場をどう演じるかに集中しています。全体としてスタンリーがどういう役なのか正直まだつかみきれていません。でも僕は「まだ2週間もある」と考えるタイプなので、いろいろ試行錯誤していきたいです。僕は35年前、最後に杉村春子、北村和夫さんが演じられた舞台はもちろん、ほかのプロダクションも観ていないので、幸いと言いますか、いかにして自分のスタンリーをつくるかを考えています。
渋谷はるか
――渋谷さん、ステラは?
渋谷 ステラはラテン語で「星」を意味するんですって。演出の(高橋)正徳さんから、ステラがブランチに再会して、いろいろ驚くような大変なことが次々に起こる中で、星や太陽のように輝く存在でいてほしいと言われたんです。姉妹がすごく大事にしていた美しい夢という名前の大農園を失ったことで、ブランチは心が壊れていくけれど、ステラはその地を離れてスタンリーがいるニューオーリンズに移って生活していく。いろいろ苦しいこともあるけれど、地に足をつけて生きていかなければという明るさ、逞しさを表現できたらと思っています。お姉さんのこともスタンリーのこともとにかく大好きで、大好きがゆえにいろいろな葛藤も生まれる。だから稽古の中で、郁子さんのブランチ、鍛治さんのスタンリーの大好きなところをいっぱい見つけたいと思います。
――おふたりにとって『欲望という名の電車』はどんなイメージですか?
鍛治 僕は『花咲くチェリー』のチェリー役を北村さんが当たり役にされて、渡辺徹さんが引き継がれたのですが体調不良で降板されたときに代役でやったんです。今回も横田栄司さんの代役で入った。スタンリーに関しては最初から僕じゃなかったのかという思いもあったし、ぜひやってみたかった役なので非常に光栄だし、35年ぶりということで責任重大だと思ってやっています。あとは『女の一生』の栄二役をやれば、北村和夫さんの当たり役をすべてやることになるんです。
鍛治直人
山本 わ、コンプリート!
鍛治 先輩方が体調を崩しての代役なので手放しで喜べない部分はありますが、何かのご縁だと思ってやっています。北村さんにやれと言われているのかなと。僕は杉村さんが亡くなった年に劇団に入っているので、実際に動いている姿を拝見したことはありません。でも北村さんとは僕の2本目の舞台だった『峠の雲』でご一緒したことがあって。僕は旅の博徒、やくざの役で、台本に何も書いてないから、偉そうなことをぎゃーぎゃー言っていて、お腹が痛くなってうんちを漏らしてしまうという芝居を勝手にやっていたんです。そうしたらあるとき、北村さんから「おい、鍛治。人はそういうふうにはうんこを漏らさない」と言われ、流れで教えてくださった。それから毎朝早く稽古に来いと言われて1週間ぐらいずっと続いたんです。「これがうわさの北村塾か!」とうれしかったですね。また「お前はセリフを言った後に下を向く癖があるから直しなさい」と言われたんです。その後に娘さんの北村由里さんと勉強会で共演したときに、北村さんが観てくださって、「お前、下を向かなくなったな」とニコッとされたんです。わずかなんですけど、北村さんとのエピソードをすごく覚えていて、勝手にご縁を感じています。
渋谷 台本を読んだ印象はすごくカラフルだということを感じました。戯曲の中にも服をはじめ、いろいろなものへの色指定があるし、音も色鮮やか。極彩色にあふれているんです。この作品の真ん中に欲望がドンとあるわけですが、それぞれの人の欲望がいろいろな色で噴き出してくる、そんな印象です。
鍛治 匂いもだよね。
渋谷 そう。だから五感を刺激されるところが面白い。あと好きなセリフがいっぱい。稽古の最初のころに、大先輩の小林勝也さんが「テネシー・ウィリアムズのセリフをしゃべれる喜びを感じてやれたら」とおっしゃったんです。そういう先輩の一言が私たちの中に残ったりするのが劇団のいいところ。稽古がうまくいかないこともあるけれど、でも何か一つでもこの言葉をしゃべれる楽しみや喜びを感じながらやろうと思えると心が弾むんです。稽古で必死なので、今、話しながら思い出しました(笑)。
渋谷はるか
――ブランチはやられていていかがですか。
山本 さまざまな女優さんがこの役をやりたいという理由が最近、ちょっとわかるような気がして。かわいらしさやピュアな部分だけじゃなく、駆け引きみたいなこと、憎らしさ、醜さ、局面局面で全然違う女性のいろいろな部分を出さなければいけない。それは大変なことですが、きっと非常にやりがいがあるんだと思います。
鍛治 しかも誰もができるわけではないですからね。郁子さんは劇団で言えば2代目のブランチ、ちなみに僕は江守徹さんに続いて3代目のスタンリーです。
山本 そうだ! 日生劇場の公演でも本当は北村さんはスタンリーをやりたかったらしいんですけど、そのときの北村さんのミッチがむちゃくちゃ良かったんですって。
渋谷 その焼きもち気分もきっとミッチを演じるのにプラスに働いたのかもしれませんね。
山本 そうだね。あと杉村先生のことが大好きでいらしたし、先生の愛も見えたのかもね。
――ブランチは精神を病んでいる役です。普段はそうは見えないわけですが、どこかでスイッチが入ったりするんでしょうか?
山本 おっしゃる通りセリフの中でふっとスイッチが入る瞬間があって「キー」っとなってしまうんです。でも今の世の中、誰でもいつそうなるかわからない危うさをはらんでいますよね。ブランチに関しても精神を病んでいる人を表現するというより、何かの瞬間に誰もがやむなく壊れていくんだなみたいな感じで演じられたらと思っているんです。ほかに色情的な部分もあまり演出では見せていなくて。それは人に依存することや精神の弱さからきているものという解釈なんです。そうした資質もあるかもしれませんが、その部分を膨らますよりは、いろいろなことが重なってブランチはこうなっていると考えています。
山本郁子
――スタンリーはブランチの感情を逆撫でするというか、ちょっとスイッチを押すようなところがありますね。
鍛治 お互いに押して、押されてということですよね。
山本 かなり言い合いますからね。高橋くんは戦争によるPTSDで、ただの暴力男ではないと。当時はそういう症状を表す言葉はなかったでしょうから、お酒を飲んでわけがわからなくなると愛する奥さんでも殴ってしまう、キレると暴力を振るってしまうと考えられていたかもしれません。でも何かのギアが入ると変わってしまうところは、ふたりの共通点かも。似たもの同士は反発し合いますものね。
鍛治 自分で認めたくないイヤなところが見えたりしますから。郁子さんが言ったように当時だったらわからなかったことが、現代ではいろいろ病名が付いたりする。今までスタンリーを演じてきた役者さんたちがどうされてきたかはわからないけれど、字面だけ見ると、外見がマッチョだから、確かに乱暴で暴力的な印象になってしまいます。でも、どうにかしてそうじゃない部分を台本の中から発見したいし、稽古していても発見がある。演出家が「いいね」と言えば、どんどんいろいろなことを採用していって強さだけじゃなく、弱さも表現できればと思います。それがうまい具合に見えてきたり、感じてもらえることで、芝居もスタンリーもすごく深くなっていくと思うんです。
――乱暴者の印象があってか、なかなかスタンリーには共感しづらいですよね。
鍛治 そうなんです。でも彼には彼の正義があって。これから子どもも生まれるし、やっと手に入れた家族の生活を守りたい。そう思い始めたときにブランチが現れる。理屈としては間違ってることも言ってないと思うんです。ただやり方には問題もある。とは言え彼もポーランド人ということで、すごく差別され、受け入れてもらうために戦争に志願して激戦区にもいった。それらを経てのPTSDだから浮き沈みもあるでしょう。なるべく役を表面的ではなく深く深く捉えていきたいんです。
鍛治直人
――イライラさせるという意味では、観客をそういう気持ちにさせてしまうのがステラです。なかなかブランチとスタンリーの間に割って入ってくれない。
渋谷 そうですよね。
山本 なぜ肝心なときに外に出て行っちゃうのって(笑)。
渋谷 本当ですよね。スタンリーに「お姉さんにそんなことしてないで」と言えばいいんだけれど。でも人間ってそういうところがありますよね。
鍛治 だからこそエンディングにつながるんだけどね、物語的には。
山本 最終的にはね。
渋谷 お稽古はセリフは入って、動きもだいぶ付いてきましたが、私自身はもっと自由に、相手をもっとよく見て、セリフを聞いて、全身で感じて、自分が伝えるべきところを伝えながら、でも舞台に入ったらすべてを忘れて、初めてしゃべるような感じになれればと思います。それが難しいんですけど。
――改めて文学座で上演されるのは35年ぶりなんですね。
山本 私が本科に入った年。私は杉村さんの『欲望という名の電車』は2回観ているけれど、鍛治くんや渋谷さんはもちろん、座内には杉村先生や北村さんを知らない世代が増えているんですよね。皆さんもおっしゃってくださいましたけど、やっぱり35年ぶりに文学座で、杉村春子さんが持ち役と言われてやってきた『欲望という名の電車』をやるということの意義を感じつつ、もちろん当時ご覧になった方がどう感じてくださるかも楽しみですし、今の方たちに観ていただく、『欲望という名の電車』をつくっていきたいと思っています。
■聖と俗の衝突から生まれる永遠
テネシー・ウィリアムズの代表作であり、アメリカ現代演劇の不朽の名作『欲望という名の電車』。3年前に文学座で『ガラスの動物園』を演出して以来、2作目のウィリアムズ作品です。『ガラス』がウィリアムズ自身の罪の告白と贖罪の芝居だとすると、『欲望』は告白し贖罪されたと思い込み、生き残ってしまったウィリアムズ自身の強烈なる葛藤が描かれている気がしてならない。ブランチ・デュボアとスタンリーという背反し衝突するふたりもまた内側にアンビバレントを抱えている。そして同時にブランチ・デュボアという存在が、スタンリーやステラが住むエリージャン・フィールドの住人たとの中に強烈なハレーションを引き起こしていく。それはポーカーと酒、ボーリングとセックスに明け暮れつつ、一方で「最後の審判」で裁きを待つ人間の姿にも重なる。テネシー・ウィリアムズの圧倒的に美しく詩的であり、それでいてリアリズムのセリフの先にある、聖と俗の衝突から生まれる永遠……といった神話的な世界への到達を目指しております。ご期待ください!! (演出・高橋正徳)
高橋正徳(右)と山本郁子 撮影:宮川舞子
取材・文:いまいこういち

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