ハイドンの歌劇『無人島 』が関西で
初上演。演出 井原広樹と出演者 大賀
真理子 内藤里美 中川正崇 西村圭市
に作品の魅力を聞く

ハイドンの歌劇『無人島』の関西初演が、2022年10月23日(日)14時、大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスで行われる。この作品は、モーツァルトの『皇帝ティートの慈悲』でお馴染みの、台本作家メタスタージオによるものだ。出演者は4人。オーケストラは舞台上で演奏。客席数756席と大き過ぎず、音響抜群のザ・カレッジ・オペラハウスで、あまりに美しいハイドンの音楽に浸って頂こう。
ザ・カレッジ・オペラハウス客席  写真提供:大阪音楽大学

かつて、この舞台で誕生した『金閣寺』や『沈黙』といった誉れ高き名演と同様に、ハイドン『無人島』という伝説のオペラ誕生の瞬間を、その目にしっかりと焼き付けて欲しい!

演出家の井原広樹と、出演者の大賀真理子(コスタンツァ)・内藤里美(シルヴィア)・中川正崇(ジェルナンド)・西村圭市(エンリーコ)に『無人島』の魅力を聞いた。

指揮者 牧村邦彦、演出家 井原広樹(左より)  写真提供:大阪音楽大学

―― 10月23日にハイドンのオペラ『無人島』の関西初演が行われます。井原さんは2003年に新国立劇場でこの作品の日本初演を演出されています。この作品について教えて頂けますか。

井原広樹:台本をピエトロ・メタスタージオが書いています。モーツァルト『皇帝ティートの慈悲』やベルゴレージの『オリンピアーデ』で有名ですが、『皇帝ティート』では40以上、『オリンピアーデ』では60を超える作曲が行われている超人気の台本作家です。当時はシェークスピアと二大台本作家として知られていました。感情的、叙情的な詩には定評があり、今回の『無人島』にも表れる、修復不可能からの復活や、人の心の不変などは、メタスタージオ作品に共通して見られるテイストです。今回の『無人島』で言うと、ハイドンが作曲している事と同じくらい、メタスタージオの台本を使用していることが重要です。
演出家 井原広樹  写真提供:大阪音楽大学
―― ナクソスで見てみると、ハイドン『無人島』の音源はそれなりにありますね。
井原:日本初演をやった20年前は、少なかったのですが、やはり見直されて来たという事でしょうね。音楽は素晴らしく美しいですから。哀しみや苦しみを吐露する場面の音楽も、すべて美しい曲です。ハイドンらしい絶対的な音楽の力を実感します。
―― 簡単にストーリーを説明して頂けますか。
井原:大賀真理子さんが演じるコスタンツァは中川正崇さんのジェルナンドと結婚して、小さな妹シルヴィアを連れて3人で新婚旅行中。船が難破し、近くの島で休んでいるところ、インドの海賊にジェルナンドは捕らわれてしまいます。その事を知らないコスタンツァは捨てられたと思い込み、以来13年間、ジェルナンドを恨み、絶望の淵で、かろうじて生きています。妹シルヴィアを思うと、自殺することも出来ません。13年経って、内藤里美さん演じるシルヴィアは美しく育ちますが、教育を受けておらず、人間と接していないので、無邪気に天真爛漫。島の動物と遊び、自然と共に暮らしています。コスタンツァは栄華を極めたかつての生活が忘れられず、ロココ調のドレスに身を包み、日傘を持って過ごしていますが、13年経つので最早ボロボロ。島の大きな岩にジェルナンドへの恨みを刻み、「私の苦しみを聴きなさい」と歌いますが、本人は鬱気味で、どこか壊れています。
妹シルヴィア 内藤里美、姉コスタンツァ 大賀真理子(左より)  (c)H.isojima
一方、ジェルナンドは囚われの身になっていても、育ちが故に、紳士的な立ち居振る舞いや勤勉な態度です。10年以上が経過し、彼のグループは特別に許されて解放されることになりました。そのグループに西村圭市さん演じるエンリーコがいたのです。一生解放されることなど無いと思っていたのに、ジェルナンドのおかげで解放された。ジェルナンド、貴方のために命を捧げますと誓い、ジェルナンドの島巡りに付き添っているのです。
ジェルナンドは、コスタンツァと生き別れた島が分からないので、次々と島を巡り、コスタンツァとシルヴィアの消息を探しています。そしていよいよ最後、この島に来たら、岩に「ジェルナンド、貴方を恨みます」と彫られていたので、この島だ!と。ここまでが1幕です。
エンリーコ 西村圭市、ジェルナンド 中川正崇(左より)  (c)H.isojima
―― 思わず聞き入ってしまいました(笑)。エンリーコが何故、島巡りに付き添っているのか良く分かりました。
井原:2幕は単純です。絡まった紐をほどくように、誤解が解けていきます。ここでエンリーコが大活躍します。「あなた達は捨てられたのではありません。あの方がどれだけ苦しんでいた事か。ずっと助けたいと言っておられました」とエンリーコが訴え、そうだったのか!と誤解が解けます。
後はパズルがハマるように、上手く収まって行きます。シルヴィアは男性というモノを見たこともありませんが、筋肉質で律儀、義侠心も有るエンリーコに次第に惹かれていきます。そしてラストでは二組のカップルが誕生。フィナーレで鳴り響く音楽が、大団円のハ長調!見事な音楽はまるでコンサートのように、オーケストラにもスポットが当たります。ボロボロの衣装は、見事なドレスに替わり、二組のカップルの帰還となります。
コスタンツァ 大賀真理子、ジェルナンド 中川正崇  (c)H.isojima

エンリーコ 西村圭市、シルヴィア 内藤里美  (c)H.isojima
―― まさにメタスタージオですね。オーケストラが舞台上にあるので、音楽もしっかり楽しめるとは思いますが、指揮者の前にキャストが立つことで、音楽はちゃんと合うものでしょうか。

井原:ハイドンがエステルハージ侯爵のために作ったオペラなので、当時のスタイルのままに舞台上にオーケストラが乗ります。牧村さんが指揮するザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団(以下、オペ管)なら、その位置で歌手に合わせる事も可能になると思います。牧村さんは、いざとなったら歌手の横まで出て行って指揮をする。そんな時はコンサートマスターの赤松由夏さんがすかさずサポート。そんな光景が見られるかもしれませんね。とにかくレチタティーヴォでもアッコンパーニャート(管弦楽をバックに歌う)が多いので、牧村・オペ管と歌手の駆け引きもお楽しみください。

演出家 井原広樹、指揮者 牧村邦彦(左より)   (c)H.isojima
続いて、出演者4人に本番会場でもあるザ・カレッジ・オペラハウスのステージ上でハナシを聞いた。

―― 大賀真理子さん、簡単に自己紹介と『無人島』に挑む決意をお願いします。
大賀真理子:大阪音楽大学を卒業してすぐに東京の音大の大学院に入り、そのまま研究員として残った後、東京二期会でデビューしました。ザ・カレッジ・オペラハウスで歌うのは卒業演奏会以来で、感無量です。
ザ・カレッジ・オペラハウス ステージ   写真提供:大阪音楽大学
ハイドンの『無人島』というオペラは、この話があるまで全く知りませんでした。私が演じるコスタンツァは、夫から捨てられたと思い込んでいます。ずっと恨みを持って13年間、生き続けているのは、小さな妹がいるので、死ぬことも出来ないという事情も有ったのかもしれません。ラストに向けて感情の変化をしっかり出していきたいです。
コスタンツァ役 大賀真理子 写真提供:大阪音楽大学
―― 内藤里美さん、お願いします。
内藤里美:大阪音楽大学出身の歌い手にとって、ザ・カレッジ・オペラハウスのステージに立つことは、皆共通の目標だと思います。今回、ハイドンのオペラ『無人島』を歌う4人のメンバーに選ばれたことは、大変名誉なことであり、頑張って来て良かったと思っています。実は今回選ばれた4人の内、大賀さんと中川君と私は同期です。西村君は意外と若くて4歳下(笑)。そして、大賀さんと西村君と私は同じ田原祥一郎先生の門下と、普段からとても懇意にしている仲間でもあります。
仲の良い同期の3人(内藤里美、大賀真理子、中川正崇、左より)  (c)H.isojima

仲の良い田原祥一郎門下の3人(内藤里美、西村圭市、大賀真理子、左より)  (c)H.isojima
―― そうですか。もしかしたら演出の井原さんは、チームワークで魅せていくことも意識して、選ばれた部分があるのかもしれませんね。

内藤:そうですね。実際に私が演じる妹のシルヴィアは、難しい役です。物心が着いた時からこの島に取り残されていて、人間は姉のコスタンツァしか知りません。ちゃんとした教育も受けていませんし、島の動物は友達のような存在。姉からは、男はひどく、憎しむべき対象だとは聞かされていますが、実際の男とは何かも知りません。13年もそんな環境で過ごすとどうなるのか、演出の井原さんの話を聞きながら、ようやく役に命が吹き込まれてきたように思います。少しずつ成長して行く様子を、丁寧に演じていこうと思っています。
シルヴィア役 内藤里美  写真提供:大阪音楽大学
―― では中川正崇さん、お願いします。
中川正崇:卒業してから、ザ・カレッジ・オペラハウスのステージには『ドン・ジョヴァンニ』『鬼娘恋首引』『ねじの回転』で立たせてもらいました。学生時代からオペラハウスは憧れであり、自慢のホールでした。このホールこそが大阪音楽大学の強みだと思っていましたし、そこで『無人島』に出られるのは本当に光栄なことです。
ジェルナンドは、たまたま訪れた島で海賊に襲われて、囚われの身となってしまうのですが、そのことを妻のコスタンツァは知りません。囚われてから10年以上が経過。ようやく解放されて、生死が分からない妻を探しに、妻と離れ離れになった島が分からないので手当たり次第に巡って行くのですが、彼にはエンリーコという仲間が同行してくれています。どうも囚われの身だった時、ジェルナンドにもの凄く世話になったと思っているようで、一生ジェルナンドを助けようと誓ってくれています。
ジェルナンド役 中川正崇  写真提供:大阪音楽大学
―― なるほど。エンリーコの助けは心強いですね。
中川:そうですね。彼の存在が、不可能を可能に変えるきっかけとなるのです。ジェルナンドは囚われてからも、1日もコスタンツァの事を忘れたことがありません。ちょっとした行き違いの二人。やはり最後はハッピーエンドになるのは当然だと思いますが、そこに至るまでをどう表現していけばいいのか。無人島の岩に刻まれたジェルナンドを呪う文字を見つけた時、どんな演技になるのか。現在、役作りの真っ只中です。
―― では西村圭市さん、お願いします。
西村圭市:入学式の日に、正門で田原祥一郎門下の先輩に勧誘されて、2か月後にザ・カレッジ・オペラハウスのステージに合唱で乗っていました。それから数えて今回の『無人島』が、オペラハウスのステージで歌う10回目になると思います。
ザ・カレッジ・オペラハウス    写真提供:大阪音楽大学
私が演じるエンリーコという役は、海賊に捕らわれる以前、何をしていたかは語られませんが、アリアを歌っている時に、剣を振り回したりしているので、どこかの国の勇者だったのかもしれません。囚われの身から解放されたのはジェルナンドのおかげだと思っていて、一生を彼のために捧げる覚悟でいます。ラストまでの献身的な活躍が、自らの幸せを呼び込む事になるのです。

エンリーコ役 西村圭市  写真提供:大阪音楽大学
―― 大賀真理子さん、このオペラのテーマは何だと思いますか。

大賀:愛だと思います。誤解があっても、真実の愛の前には問題ではありません。
中川:愛を信じていれば、何とかなるという事でしょうか。愛の強さは、美しく力強い音楽にも表現されています。

憧れのオペラハウスの舞台を使った稽古の様子   (c)H.isojima

憧れのオペラハウスの舞台を使った稽古の様子   (c)H.isojima

―― 音楽的にはどんな特徴がありますか。

西村:とにかくどの曲も美しいですね。
内藤:このオペラは、レチタティーヴォでもセッコ(通奏低音を伴奏に歌う)ではなく、アッコンパーニャート(管弦楽をバックに歌う)が多いです。オケと一緒に作り上げるという意味では、他のオペラとは違います。今回このオペラが、オペ管の定期演奏会になっているのも頷けます。
西村:セッコの時は気を抜いているという訳ではありませんが、アッコンパーニャートの時はずっと気が抜けないです。集中力をマックスで高めておかないとダメですね。
中川:今回はいつもと違い、自分たちの前に指揮者はいないので余計に大変です。ステージ上のオーケストラの前に指揮者がいて、その前にアクティング・エリアがあります。
―― では、指揮はどうやって見るのですか。モニター画面はあるのでしょうか。
中川:後方から感じるのでしょうね(笑)。やはり、オペ管だから可能になるのだと思います。コンサートマスターの赤松由夏さんは、自分でレチタティーヴォの楽譜を読んできてくださるので、本当に信頼できます。
内藤:私たちは全面的にオペ管さんと牧村さんを信じてやるしかありません。
西村:お互いに探り合って音楽を作って行く感じですね。
指揮者 牧村邦彦  写真提供:大阪音楽大学
―― 牧村マエストロとコンサートマスター赤松由夏さんの関係があって成立するという意味では、同期や同門で構成されているこの4人だから出来るというのも有るのではないでしょうか。
大賀:2019年のみつなかオペラ、チマローザ『秘密の結婚』の初日組のキャストも、この4人が揃って選ばれて出演しましたよね。
内藤:そうです。あの時のイメージが牧村さん、井原さんに有ったのかもしれませんね。
大賀:昨年のみつなかオペラ『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・エルヴィーラで、不幸オーラが出ていたから、今回私に声が掛かったのかな(笑)?
内藤:意志の強さを表現できる声が、今回のコスタンツァを呼び込んだんだと思うよ。
中川:確かに、4人の事を知っていてくださったから、声が掛かったのかもしれませんね。4つの役に4人のイメージが上手くハマったとか。
西村:まさにチームワークで見せるオペラですね。
内藤:合唱もいないですし、本当に4人だけで進んで行くのですが、実際に4人が一緒に舞台に上がるのは最後しかありません。ほとんど一人か二人で進めていかないといけないので、これは結構きついです。

コスタンツァ 大賀真理子とジェルナンド 中川正崇  (c)H.isojima
エンリーコ 西村圭市とシルヴィア 内藤里美  (c)H.isojima
―― なるほど。しかし今回のオペラ、オーケストラがピットではなくステージ上に登場するという事で、オーケストラの動きもよく見えるので、牧村さんが苦労して合わせる姿も良く見えますね。

中川:オケ好きの人にも楽しんで頂けると思います。
内藤:黛敏郎『金閣寺』や松村禎三『沈黙』、鈴木英明『鬼娘恋首引』、B.ブリテン『カーリュー・リヴァ―』といった珍しい作品を掘り出して、広めようということをずっとやって来たオペラハウスが、久しぶりにそれっぽいマイナーだけど上質のオペラという意味でハイドン『無人島』を取り上げます。オペラハウスらしさに注目して頂きたいです。
オペラハウス主催 20世紀オペラシリーズ3 「沈黙」(H15-11-07)  写真提供:大阪音楽大学

「ねじの回転」(2011.10.14.16)  写真提供:大阪音楽大学

「カーリュー・リヴァー」(2014.10.11.13)  写真提供:大阪音楽大学

「鬼娘恋首引」(2014.10.11.13)  写真提供:大阪音楽大学
―― 『無人島』の後の活動としては、皆さんどのような感じでしょうか。

中川:2週間後に、みつなかオペラの『コジ・ファン・トゥッテ』の本番です。
西村:私も中川さんと同じ組で、11月6日(日)にみつなかホールです。
大賀:11月3日に、フェニーチェ堺の小ホールで、林光さんの『あまんじゃくとうりこひめ』に出演します。
内藤:所属している神戸市混声合唱団と神戸市室内管弦楽団の合同演奏会ということで、11月13日に神戸文化ホールで、プーランクの『グローリア』と『スターバト・マーテル』を演奏します。
ザ・カレッジ・オペラハウスで、皆さんのお越しをお待ちしています   (c)H.isojima
―― 皆さま、長時間ありがとうございました。『無人島』の大成功を祈っています。
取材・文=磯島浩彰

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