チャーミング&エレガントに ピアニ
スト・石井琢磨、堂々デビュー!~新
アルバム『TANZ』発売記念コンサート
をレポート

東京・港区の浜離宮朝日ホールで開催されたピアニスト石井琢磨の新アルバム発売記念リサイタル。メジャー・デビューとなった新アルバム『TANZ』(2022年9月21日リリース)はオリコン、Amazon、楽天等のクラシック部門にて第1位を独占。ポップス、アニソン等も含むオリコン総合部門においてクラシックCDとしては異例の第11位にランクインしている。
台風接近中の不安定な天候にもかかわらず、ホールは満場の大入り。二階バルコニーのステージに近い席までも埋まるほどの大盛況だ。約1時間30分に凝縮された濃密なリサイタルの模様をレポートする。
会場ではCDの即売会も行われ、多くの観客が列をなした
当日の演奏曲目は、ほぼ全曲が先日9月末にリリースされた自身の新アルバム『TANZ』に収められた作品で構成されていた。“TANZ” とは、ドイツ語で “踊り” を意味する。石井にとって今年は東京芸大を卒業後、ウィーンに移り住んで10年という節目の年だという。「ウィーンが誇り、また自分自身も愛してやまないワルツを中心に “踊り” をテーマにした作品集を録音することで、自分らしいアルバムにできるのではないかと考えました」と、新アルバムに込めた思いを語っている。
ラインナップの第一曲目はショパンの「ワルツ 作品34」から三作品全曲。14時の開演とともにステージに石井が登場。ピアノに向かうと、若干、緊張の様子が見られたが、その思いを裏切るように一曲目の冒頭から力強く華やかなファンファーレを響かせる。
蝶々のように軽やかに舞う手の動きから繰り出される音は、その一音一音に芯があり煌びやかだ。粒のそろった音が大きな音のアーチとともに力強い歌を描き出していた。舞踊好きの石井らしく、身体からにじみ出る躍動感が導き出すテンポの緩急も印象深いアクセントを生み出していた。
ワルツ二曲目 (作品34-2) もまた、一つの骨太なストーリーが決然と、しかし格調高く歌い上げられていた。一つひとつの旋律を丁寧に手繰り寄せるように心を込めて歌い綴る真摯な姿勢が美しい。ショパン独特の複雑な、そして、刹那的ともいえる和声感を細やかに捉えることで生まれるたゆたうような情感も秀逸だ。
センチメンタルな二曲目からほぼアタッカ (間髪を入れず続けて) で三曲目の “猫のワルツ(34-3)” へ。石井の演奏は目を見張るほどのスピード感や軽やかさを狙うスタイルのものではないが(少なくともこの日の演奏は)、右手が繰り出す絶妙な “遊び” が何とも鮮やかだ。実際に猫が鍵盤の上でステップを踏んでいるかと思わせるような技巧の妙、そして、そこから生まれるユニークな音の表現力とセンスの良さを感じさせた。
ワルツ演奏が終わると、マイクを持ち客席に向かって挨拶。新アルバム『TANZ』制作にあたっての経緯を語りつつ、「僕はトークに関しては得意ではないですが、音で語ります」という締めの一言に客席から大いに笑いを誘っていた。(石井が展開するYouTubeチャンネル ~たくおんチャンネル~ では、演奏の他にも、レビューでのどんでん返し的な展開を巧みに誘導する石井の如才ないトークが人気を呼んでいる!)
続いて二作品目はバルトーク「ルーマニア民俗舞曲」全曲。5分ほどの尺の中でトランシルバニア地方に伝わる多彩な民俗舞踊の数々が繰り広げられる。石井は各曲に散りばめられた民俗性の強い舞曲のリズムやアクセントの面白さ、そしてエキゾチックな一面を瞬時に表情を変化させながら巧みに鮮やかに描き出し、全体を詩的に歌い上げた。最後の二曲(ルーマニア風ポルカ/速い踊り)は、舞踊好きの石井らしく体感からあふれでるキレの良い音楽づくりで華を添えた。
前半最後を飾ったのは自他ともに認める石井の18番。グリュンフェルト「ウィーンの夜会 ~ヨハン・シュトラウスのワルツ主題による演奏会用パラフレーズ~」。この作品は、ヨハン・シュトラウスII世のオペレッタ『こうもり』の二幕後半で演奏されるワルツをはじめ、同作曲家の代表的なワルツ作品数曲からフレーズ数曲の一端を用いて、スタイル的にも曲想的にも自由に昇華させた作品だ。“演奏会用パラフレーズ” と題されているだけにピアニスティックな華やかさもカッコいい。
石井は終始、鮮やかに音色を操り、巧みなテンポ感の駆け引きでウィーンならではの粋で紳士的なエスプリを聴かせる。映画音楽からジャズまでも幅広くカバーする石井の日頃の音楽活動の姿勢がこのような作品で見事に生かされているように感じられた。
休憩後の後半では、演奏前にマイクを持って「ただいま~」と一言。ここでも会場から笑いを誘う。後半一作品目は シューベルト=リスト ウィーンの夜会 第6番。「シューベルトの舞曲の三作品 (高雅なワルツ集/34の感傷的なワルツ/16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ) から導き出された旋律がリストの編曲によって一曲にまとめられていて、お得セット感のある作品になっています」と、石井らしい言葉で解説した。
かつて、シューベルトが仲間達と開催していた“シューベルティアーデ (シューベルトによるサロンコンサート)” を盛り上げるために作曲家自らによって演奏されていたこれらの舞曲集。その打ち解けた雰囲気を彷彿とさせる格調の高さや親密さに満ちた箇所では優雅に伸び伸びと歌い上げる。そして、時折リストらしい華やかな技巧が出てくる箇所では、それをあからさまにひけらかすことなく、さりげなく鮮やかに弾きあげる。
続いてはスペインの作曲家フェデリコ・モンポウの「歌と踊り 第6番」。前半部分のメランコリックな “歌” と、サンバなどの南米の民俗音楽・舞踊を彷彿とさせる陽気なリズムが特徴の後半部分の “踊り” から構成される曲だ。この作品を好んで演奏した名匠アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリにインスパイアされて、石井はミケランジェリが残している映像と同じ画角で、しかもミケランジェリの時代を感じさせるセピア色でYouTubeを制作している。それほど思い入れが強く、この作品を一度CDやオフィシャルなコンサートなどで演奏したいと前々から思っていたそうだ。
どちらかというと、いつもほのぼのと笑いを誘うイメージの石井だが、前半の “歌” では、驚くほどにメランコリックな大人の情感をしっとりと歌い上げる。ポルトガルの民衆歌謡 “ファド” を思わせる哀愁漂う節回しと歌心で、陽気なラテン人が持つ “影” の部分のようなものを濃密な語りで描き出した。後半の “踊り” では、陽気なリズム感を、石井流に終始、流麗な音でエレガントに美的に聴かせた。
続いてもスペインの作曲家マヌエル=ファリャのバレエ作品『恋は魔術師』から有名な「火祭りの踊り」。本来はオーケストラ用の厚みのある作品をピアノソロで力強く弾き上げた。「僕は女性っぽいと思われているところがあるので、僕も男なんだ!というところをこの一曲でお聴かせしたいと思い選びました」と演奏前に自ら語る姿が微笑ましい(!)。
しかし、石井流はやはりエレンガントさが真骨頂だ。美音から繰り出される旋律がバレエ音楽らしい洗練された世界観を描き出していた。と言っても、鮮やかで力強い連打などのスリリング感も秀逸で “男性らしさ(!)” もしっかりと打ち出されていたことを加えておきたい。
プログラム最後を飾るのは グノー=リスト「ファウストのワルツ」。グノーのオペラ『ファウスト』の第二幕で演奏される有名なワルツの旋律が巧みに生かされている大作。石井の解説によると、「この作品にはファウスト博士に代表する人間の感情のすべてが込められています。ワッと一つのストーリーが広がってゆく様を感じて頂けたらと思います」とのこと。
冒頭からリスト作品らしい大胆な華やかさを聴かせる。その後に続くオクターブの連打で紡がれる感情的な高まりも高雅にして華麗。鮮やかで技巧的なパッセージと、丁寧に鷹揚に歌い上げる部分との対照的な表現も巧みだ。しかし、全体を通して最も印象的だったのは、リスト作品が持つピアニズム的枠組みを完璧な様式で表現しながらも、細密な技巧表現が織りなす心の襞のあり様が自由闊達に、しかし繊細に描き出されていたことだ。演奏前の解説にもあったように、人間が持つ様々な内面の感情世界が、一つの物語が語られるかのごとく石井の等身大の言葉で、しかし詩的に細やかに語られていた。
さらなる技巧の応酬に裏打ちされたフィナーレに向かっては、息の長いパースペクティブで、理知的にダイナミクス(音の増進)を表現し、品格良く盛り上げてゆくあたりはこのピアニストの持ち味をいかんなく発揮していた。
全曲を弾き終えると石井は惜しみない拍手を贈る満場の客席三方向に向かって丁寧に挨拶を重ねる。そして、再びステージに戻ると間髪を置かずアンコールピースのサティ「ピカデ(ィ)リー」を演奏。本プログラムで聴かせた音楽とはまた一味違う、コケティッシュな面をリラックスした演奏で聴かせ会場を沸かせた。
続いてアンコール二曲目は シューマン=リスト「献呈」。以前インタビューした際に「器楽的には速いテンポを取りたくなるのですが、歌詞を勉強すると、それではいけないと思ったんです。歌がわかるとおのずと表現が生まれてくるんです」 と語ってくれたが、まさに当日の演奏も、歌い手の息づかい、息継ぎまでもが聴こえてくるかのようだった。特に(原曲の歌曲では後奏部分と呼ばれる)最後の数小節のくだりでは、石井のこの日の思いのすべてが込められているかのように一つの完成した世界へと昇華されていた。
鳴りやまぬ拍手にもう一度ピアノに向かって演奏するそぶりを見せたが、鍵盤の蓋を閉めて会場に笑顔を見せる石井。最後までお茶目にユニークな姿が微笑ましい。「人を喜ばせることが大好き。演奏を聴いて、僕もみんなもハッピーでいて欲しいとつねに願っています」という石井ならではのあたたかな思いに満ちたデビューリサイタルだった。
取材・文=朝岡久美子 撮影=荒川潤

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