夏川椎菜のジャンヌ・ダルクは深作健
太が誰よりも観たいと思ったから実現
した 『オルレアンの少女-ジャンヌ
・ダルク-』インタビュー

昨年、『火の顔』『ブリキの太鼓』『ドン・カルロス』の〈ドイツ三部作〉を上演した深作健太率いる〈深作組〉が、この度〈新・ドイツ三部作〉を始動。その幕開けを飾る『オルレアンの少女-ジャンヌ・ダルク-』は、声優・アーティストとして活躍する夏川椎菜を迎えての作品となる。過去に、深作演出の朗読劇に多く出演してきた夏川にとって、本格的な舞台で主演を務めるのは本作が初。稽古前に実施したこのインタビューでは、夏川と深作、それぞれの印象や上演に向けての意気込みなどをじっくりと話してもらった。
ーー今回の『オルレアンの少女』は、〈新・ドイツ三部作〉の初回と伺っていますが、まずは深作さんがこの作品を選んだ理由を教えて頂けますか?
深作:昨年上演した〈ドイツ三部作〉(『火の顔』『ブリキの太鼓』『ドン・カルロス』)は、〈父親殺し〉の物語をテーマに、親と子の葛藤で苦しむ十代の心情を描いて来ました。その後、ジェンダーの問題が問われる時代の中で、次は〈戦争と女性〉をテーマに作りたいなと考えるようになって。そんな時に、夏川さんにジャンヌ・ダルクを演じていただきたいと思いつきまして。なので、今回はオーダーメイドと言いますか、彼女ありきでの企画なんです。夏川椎菜の初舞台・初主演を『オルレアンの少女』で、まず誰よりも僕が一番観たい!という(笑)。
夏川:ありがとうございます。嬉しいです。いままで深作さんとご一緒した作品では、悲劇のヒロインや薄幸の美人といったキャラクターが多かったので、ジャンヌ・ダルク役は思わぬところからのオファーでした。でも、深作さんのお話や台本を通じてジャンヌ・ダルクを理解していく中で、だんだんと私を選んで頂けた理由や、深作さんが見たい! と思ってくださる私流のジャンル・ダルクみたいなものが、少しずつ見えてきているので、あまり気負わずにやろうと思っています。
ーー夏川さんは情報解禁コメントですごく緊張されている様子でしたが、そこから気持ちの変化はありましたか?
夏川:だいぶ変わりました。コメントを書いた時は台本の準備稿しか頂いていなくて、深作さんと話していない段階だったので、世間が持つジャンヌ・ダルクのパブリック・イメージに怖じ怖じしながら書いていたんです。私も当初、ジャンヌ・ダルクは強くて物怖じせず、神聖な雰囲気がある気高い戦士のようなイメージがあったんですが、彼女を知れば知るほど、どちらかというと弱い人間だったのかもって。彼女が本当に神の啓示を受けたのかは分からないけれど、弱いからこそ信じてしまったんじゃないかと思うんです。台本の中では、ライオネルに一目惚れしたり、そこから感情を露にして女性的な発言も増えたりするところが、凄く印象に残っています。もしかしたら、弱いからこそ迷ったりブレが生じたり……、本当はそういうところがたくさんある女の子なのかなと思っています。
深作:ジャンヌが生きた時代に、彼女がフランスの英雄となれたのは、国がイングランドの侵攻で危機的状況にあったからで。彼女の死後も、大きな戦争があるたびに、ジャンヌの物語は文学や演劇、映画で取り上げられて来たんですが、そのほとんどのクライマックスは〈処刑裁判〉。しかし原作者のシラーだけは、『オルレアンの少女』であえてそこを描かなかった。歴史学者でもあったのに、シラーはあえて史実を改変して〈ロマン主義的悲劇〉と名づけ、奇想天外なクライマックスを作り上げてしまった。それはいったい何故だろうと。お客さんも一緒に参加して感じ、考えていただく事で、現代にも通じる等身大のジャンヌ像が浮かび上がると思うんです。
ーーなるほど。
深作:今みたいにブームになる以前から、数多く手がけて来た〈朗読劇〉を通じて、多くの声優さん達と現場を御一緒して来たんですが、その中で夏川さんの演技力は突出していました。演技の振り幅がとにかく強いのが夏川さんの魅力で、今回は〈演劇〉の現場での彼女の可能性に賭けてみたい。今は映像も朗読劇も、なかなか充実した制作期間がとれないんですが、〈演劇〉だけは、ひと月の稽古期間を贅沢に使えます。だからいろいろ試して、ブレて、間違えながら、みんなで一緒に作ってゆけたら。この幸福な時間を大切に、夏川さんにとって、次の10年に繋がってゆくきっかけのひとつになれたら嬉しいです。
ーーこれまでに夏川さんに出演頂いていた朗読劇と舞台の稽古はまったく異なるものだと思うのですが、その違いを深作さんはどうお考えになりますか?
深作:〈朗読劇〉の現場って映画の撮影に似ているんですよね。撮影や声優さんの収録現場は、その瞬間にOKを出す事が目的で、むしろ再現性は少なく、声優さんたちはそのOKを取る〈瞬発力〉がものすごい。一方で夏川さんは、キャラクターを決め過ぎず、柔軟に膨らませる事ができる人なんです。だから何本かご一緒してすごく楽しくて……夏川さんはアーティストとしてライブもやられてるから、二時間ひとりきりでステージに立つ意味も厳しさもわかっているし、そこを今回は〈演劇〉という形で楽しんで、おおいに迷子になって欲しいですね。
ーー夏川さんは、普段声優として、歌手として活動をされていますが、舞台の上でお芝居をするということと、その普段の活動で気持ちの違いはありますか?
夏川:(このインタビューの段階では)まだ稽古が始まっていないので、これから確信に変わる部分もあると思うんですけど、普段私が行っているアニメやゲームのお芝居よりも、アーティスト活動のライブのリハ、本番のほうが近いのかな? って。声優の仕事って、キャラクターやキャラクターの見た目といった縛りや、セリフも決まっているし、アニメだとキャラクターの動きに合わせないといけないとか、タイミングもあるし、様々な決め事があるなかで、自分の表現も出しつつ、求められているものを出していく。そういったお芝居なんです。その点、舞台は(台本の段階では)決まっているものが少なくて、声優の仕事とお芝居という部分では共通しているけど、より技巧派なテクニックが必要な声優の仕事と、テクニックよりは自分の心や体の動きが重要な舞台でのお芝居は、使う頭が違う気がしています。だから、本当に新人の気持ちです。逆に、アーティスト活動は割と自由度が高いなかで、歌の中でこう決めていても日によってブレがあって、それも正解として楽しめる。なので、アーティスト活動の方の手応えや気持ちの持っていき方を、舞台にも活かせたらと思っています。
ーー今のお話を聞いて、深作さんはいかがですか?
深作:もうおっしゃる通り。初めての本読みの時に、夏川さんは〈演劇〉という未知の現場に初めて踏み込んで、気合いと緊張感をもって役をすでに仕上げて来ていて、それは他の役者さんの誰よりも凄かったんです。しかし一方で〈演劇〉の役者は、ひと月の稽古の間に試行錯誤して、時間をかけて〈役〉と〈劇〉をハラに落とし込んでゆく。これがおそらく〈俳優〉と〈声優〉という仕事の一番の違いなんです。夏川さんにはあせってジャンヌという〈キャラクター〉を決めつけず、ゆっくりと稽古場で試行錯誤しながら、自分の経験と思考を大切に、夏川さんだけの〈人間〉を創り上げて欲しい。だけど、最初の本読みの瞬発力と完成度は凄すぎて、本当に役者として尊敬しています。
夏川:ありがとうございます。嬉しいです。確かに、自分から間違えていくっていう感覚は声優の仕事にはないですね。間違えられる期間が1か月あるのは初めてだし、ちゃんと自分がその間違いを楽しめるのかはありますね。その日その日で全然違うものを作ろう! ぐらいの気持ちでいきたいです。
深作:演出家のいうことも毎日変わりますからね(笑)。お客さんを前に立ったら見つかることも、変わることもあるじゃないですか。自由に変わり続けてゆく、というのが今回のルールでいきましょう(笑)。
『オルレアンの少女-ジャンヌ・ダルク-』
ーー夏川さんからご覧になった、深作作品の魅力を教えてください。
夏川:深作さんは、ご自身が考えていることを稽古で全て役者に共有してくださるし、それがすごく分かりやすくて具体的なので、演出から汲み取れる情報がすごく多いんです。でも、それを押し付けすぎない方なんですね。朗読劇でも、読み方について話すのではなく、シーンの流れを説明して、そこを理解してくださいっていう伝え方が多いんです。それって役者さんを信じているからこそのディレクションだと思うので、考えさせてもらえる現場だなって思っています。だから、その物語の核となるテーマ、伝えたい感情や言葉を、役者もスタッフも全員が共有した上でお客様に届けることができるところが、印象的ですごく好きな部分ですね。
深作:ありがとうございます。演出家っていろんなタイプがいると思うんですけど、僕自身は父・深作欣二の仕事の仕方、キャメラの一番近く、つまり俳優さんに一番近い場所に立つ背中を見て育って来たので、僕もまた、最前線にいたいタイプなんです。役者さんと同じか、それ以上の熱を発していたいという気持ちはあります。あとは、役者さんが一番自分らしい戦い方で戦うのが一番なので、シラーのテーマじゃないけれど、〈自由〉ってものすごく大切ですよね。稽古場ではその〈自由〉の意味を考え続けてゆきたい。
ーー今回、台本上では近代の戦争の話も入っていて、情報解禁時に深作さんは〈戦争について皆さんと一緒に考える演劇です〉とコメントを出されていましたが、その部分についてもお伺いしたいです。
深作:日本の〈演劇〉は英米の影響が強くて、役者さんも観客も、役や物語に没入する作り方が主流なんですが、一方でドイツ演劇はかつてヒトラーの言葉に国民みんなが熱くなり間違えてしまった過去を反省して、批評的に思考する傾向が強いんです。フィクションは、必ずどこかで〈現実〉と繋がっている。たとえ政治的すぎるといわれても、僕は確信犯として、現実とフィクションを作品の中で結びつけてゆきたい。それはデビュー作の映画「バトル・ロワイアル」(2000年)の頃から変わらなくて。原作では架空の国だった設定を、僕と父は近未来の日本に改変した。そうする事で、デスゲームをフィクションではなく、戦後史の延長として、観客にリアルに体感して欲しかったんです。だから観客に思考を強制するドイツ演劇と出逢った時の衝撃は大きかった。今回の『オルレアンの少女』も、ドイツ人のシラーがフランスと戦争をしている頃に書いた戯曲で、ジャンヌの史実より、リアルタイムの戦争を連想させる狙いがある。今でいえば、ロシアのウクライナ侵攻です。今ここにある問題を、演劇を通じて僕たちはどう考えるか。だからあまり当時のフランスをリアルに作るとか、夏川さんがジャンヌになりきるところには興味がなくて、この劇を通じて、夏川さん自身がメッセージを体現する事を大切に作ってゆきたい。劇を現実につなげたいんです。
ーー過去を振り返って何かを作るような台本ではないというか。
深作:はい。だからキャッチコピーも「ジャンヌは、生きている」。
夏川:今の社会って、みんなが共感を求めていて、共感できるものに感動するような風潮がありますよね。その中で、憧れの存在であり強い女性の象徴のようなジャンヌ・ダルクをいま演じることに、すごく意味があると思っています。憧れられる女性として演じるのではなく、いまの時代に合わせて共感できるジャンヌを作っていくのが私らしいし、現代らしい。そうすると、見にきてくださる方にも伝わりやすくて受け入れてもらいやすいのかなと思っていて、その上で、この物語を一緒に考えてもらいやすくなるんじゃないかなと。
深作:多分、違和感と生きることが大切なんです。共感を他人に求めすぎると、SNSで炎上が起きるように、違う意見や存在に対してヘイトな感情が生まれてしまう。人間はみんな違うんだ、違うから苦しいし、面白いんだって思うことですかね。みんな違うんだから、当然〈正義〉も〈悪〉も存在しない。
ーー強いと思っていたジャンヌが、実はそうではなかったのかもしれない、という違和感や彼女が抱くブレみたいな部分も含めて、この作品ならではですよね。
深作:それを200年も前にシラーが描いていることがすごいですよね。
ーー深作さんの考える、シラーの魅力を教えてください。
深作:シラーが生涯をかけて求め続けた〈自由〉を、いま僕たちは本当に実現できているんでしょうか? 当時のシラーは最先端のコスモポリタン、世界市民主義者でした。だから彼が作詞して、ベートーヴェンの第九の歌詞にもなった「歓喜の歌」は永遠に普遍的なんです。しかし21世紀になった今でも、ナショナリズムや民族主義の亡霊は、あちこちで息を吹き返します。本当の〈自由〉なんか、たぶん絶対に実現できないんですけど、求め続けることにこそ意味がある。それを今回の作品では、大切に伝えてゆきたいと思います。
ーーありがとうございます。それでは最後に、舞台を楽しみにしてくださっている方へ、メッセージをお願いします。
深作:まずは、夏川さんが演じるジャンヌ・ダルクを誰よりも僕が見たいです(笑)。これから大好きな俳優陣、スタッフと作品を作り上げてゆきますが、〈演劇〉の最後のパーツはお客さんですから、皆さんが参加して、この作品を一緒に育てていただけると嬉しいです。
夏川:お話をいただいた時には遠いと思っていたジャンヌ・ダルクという存在が、本を受け取ったり、読み込んだりする中で、どんどん身近な存在になっています。きっと、みなさんにお届けする時には胸を張って、これが夏川が一か月かけて理解したジャンヌ・ダルクです、そして『オルレアンの少女』です、というものを見せられると思っているので、稽古場でたくさん失敗して、事件事故を起こして(笑)、このタイミング、このキャストでしか作れない「オルレアンの少女」を伝えていけたらなと思います。

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