中村鴈治郎&松本幸四郎、男女二役で
魅せる『祇園恋づくし』の魅力を語る
~『芸術祭十月大歌舞伎』第二部

今年七月、大阪松竹座の『七月大歌舞伎』にて中村鴈治郎と松本幸四郎の顔合わせで上演され、好評を博した『祇園恋づくし』が、歌舞伎座の『芸術祭十月大歌舞伎』第二部で上演される。古典落語の「祇園会」を題材にして1926年に初演された『祇園祭禮人山鉾』をもとに、小幡欣治が新たに脚本を書き下ろし、1997年に四世坂田藤十郎と十八世中村勘三郎の顔合わせで京都・南座で初演した作品だ。京都で茶道具屋を商う大津屋次郎八と指物師で江戸っ子の留五郎を中心に、「祇園祭」を背景に繰り広げられる物語で、鴈治郎が次郎八と大津屋女房おつぎ、幸四郎が留五郎と芸妓染香とそれぞれ男女二役早替りを見せ、京者と江戸っ子のお国自慢も飛び出す。先日開かれた合同取材会では、二人が作品の魅力を笑いのうちに語ってくれた。
祇園祭の風情を伝える作品
鴈治郎:父(坂田藤十郎)と勘三郎の兄さんの初演に出させてもらって、こんなに面白い芝居があるなら何かのときにやらせてもらえたらなと。勘三郎の兄さんとやらせてもらえたらと思っているうち、亡くなってしまって。それで、あーちゃん(幸四郎)と芝居しているときに、あーちゃんは芝居が好きで関西のものでも何でも手を出す人だから(笑)、知っているだろうと思って聞いたら、珍しく「知りません」と。それで、ちょっと見てみてよとビデオを見せた。そのときから一緒にやろうと言っていたのが、今年やっと実現したんですが、まさかそれがすぐ東京でできるとは思わなくて。父がやっていたものとはいえ、今回、新鮮に新しく作ったという気があるから、それが再演になるのは本当にうれしいことです。歌舞伎座はやはり舞台の大きさが違う。この作品に限らず、上方のものを歌舞伎座でやる際、空間を埋めていかなきゃならないんですね。でも、やる限り皆さんに楽しんでいただける作品にしたいと思います。ただただ楽しんでいただければという作品なので。
中村鴈治郎 /(c)松竹
幸四郎:七月の公演が終わる前に今回の歌舞伎座でのお話をいただいて、本当に何よりうれしい限りで。それまで知らなかった芝居で、(97年の)南座初演のビデオを観たんですが、面白い楽しいは当然なんですけれど、芸術的な笑いだなと感激したんですね。二人の二役の芸の見せ合いといいますか、その醍醐味がとんでもなくて、とても刺激的な芝居で。そこを目指したい、ぜひ出たいと思ってから随分年月が経ちましたが、大阪でチャンスが回ってきて。今回は歌舞伎座に合わせて演出の大場正昭さん(新派文芸部)も少し手を入れてくださいますし、ここ東京で、それぞれの言葉でどれだけ皆様の気持ちをあっちこっちへ揺さぶることができるか、そこを目標に勤めたいと思っています。
鴈治郎:今年、三年ぶりに山鉾巡行も開催された祇園祭ですが、七月の公演のときはまさにオンタイムでした。今回、祇園祭の風情が東京の方にも少しでも伝わればいいなと思っています。自分も、京都生まれと言いながら、実は祇園祭をそんなには見ていないんです。子供のころに見たっきりで、すごい人出だなってテレビで見るばかりで。でも、今年、中継を見ていて、京都にとってやっぱり大きな意味がある祭なんだなと感じたんです。町の風情として、習慣として。その間、きゅうりを食べないとか、本当に町に息づいている祭なんだなと思います。
台本上はない「見せ場」の誕生秘話
鴈治郎:(幸四郎とこの芝居をやりたいと思ったのは)女も男もできるから。それと、どう出るかがわかるわけじゃないけれど何となくわかるというか、気心知れているというのかな。大真面目でやる女方がいいんですよ。女方、きれいですよ。
幸四郎:すごくきれいだと思い込んでやってます(笑)。立役は男の気持ちで、女方は女だと思ってやるのが大事じゃないかと思っているので。もちろん、立役の人がやる女方の役もありますけれど、この役に関しては早替りというよりむしろ演じ分けというお芝居じゃないかなと思うので、そこはしっかり切り替えてと思っています。
松本幸四郎 /(c)松竹
鴈治郎:だから面白いんだと思う。お互いが二役やることで成り立つ芝居だと思うしね。私は、おつぎという役に関しては、父のようにやっているつもりのような、ないような。私は私です(笑)。旦那のことが好きなんでしょうね、それでやきもち焼くっていう。はっきり物を言いそうで言わないみたいな、ちょっと控えていながら、実は言いたいことがある、みたいな京女で。
幸四郎:京都の人と江戸の人の言い合いがあるんですが、京都の人は京都が一番好きで、江戸の人は江戸が一番好きで、互いに一番好きだから一番なんだという郷土自慢。お互い本当に京都が、江戸が好きという気持ちにあふれているからこそ、食い違いになってしまう。けなし合いのお芝居になると後味が悪くなってしまうけど、このお芝居はそうではないので。最終的には、京都って素敵なところだね、行ってみたいねと思っていただけるお芝居になればいいなと思っています。
鴈治郎:そういう意味では今回の歌舞伎座では、こちらがアウェイですからね(笑)。父がやったときも、けっこう好き勝手にやっていて。見ていて、楽しんでいるなと思ったので、自分もそういう雰囲気にできればいいなと。ただ、思っていても、こればっかりは、幕を開けてみなきゃわからない。七月の公演では自分でも本当に楽しめたなと思ったし、お客様にも楽しんでいただけたんじゃないかなと思っているので、歌舞伎座でもそういう風に伝わればうれしいですね。
幸四郎:(鴈治郎は)僕に対して何か考えてるだろう、何かするだろうっていう警戒を感じている気がするので(笑)、それならば何か考えなきゃと。思いついたことを躊躇しないでやってみる、その緊張と勇気を与えてくれる先輩ですね。投げてしまったらもう責任は取らないですから、お願いしますという感じです(笑)。
鴈治郎:ひとつだけお願いがあって。私から逃げようとする場面があるんですけど、逃げる前からリードしないで欲しい。そうされるとね、歌舞伎座広いんでね、つかまえられないから。
中村鴈治郎 /(c)松竹
幸四郎:七月はだんだんエスカレートしましたね。見せ場じゃなかったんですけどね。台本にも何も書いてないですし。役を掘り下げていったら、ひとつの見せ場になったと。ただ、今回は第二部の最初の作品なので、やり過ぎると次の『釣女』の時間に響いてしまうので気をつけないと(笑)。
鴈治郎:(笑)。いい意味での、本気と本気のぶつかり合い。よく『東男と京女』なんて言いますけれど、その逆、京男と東女は何なんだという。京男ってはっきり物を言っているような言っていないような、つかみにくいみたいなところ、裏で何考えてるかわからないみたいな不思議さがあるかもしれない。そんなところに、恋とかそういうものがしがらんでくる。それが、東京の方にも、こういうことあるあるという風にさらっと楽しんでいただければ。それぞれの郷土自慢が嫌らしくなく聞こえる、そこを楽しんでいただければと思いますね。
幸四郎:郷土愛がまずあって、その上で、自信をもって生きている人たちの話だと思うんです。お互いやり合うことになったりもしますけれど、常に人と接しながら前に進んでいる人たちばかりなので、生きる力、生きている強さを感じていただけるんじゃないかなと。駆け落ちしたいとまで思い合っている若い二人(坂東巳之助演じる手代文七と、片岡千之助演じるおつぎの妹おその)がいて、その二人が行動を起こしているということもある意味、生き方として力強いですよね。筋だけ読むととても切羽詰まった話なんですけれど、それが芝居全体として楽しい世界観になっている、笑いに作り上げられていくところが、この芝居の魅力だと思います。
東京での再演を祝して作られたうちわ、今後の展開もあり?
鴈治郎:今年七月の大阪松竹座の歌舞伎公演自体、すごく盛り上がっていたことは確かでしょうね。船乗り込みも久々にあったし、皆さんが待ち望んだような公演が大阪で久々にできたということもあって、実にいい盛り上がり方をしていたと思うんです。ただ、東京の歌舞伎座は、コロナがあろうと今は毎月公演をやっている。大阪での歌舞伎公演は年に何回かしかなくて、一緒にはできない。少しでもいい方向になってほしいと思うし、これから十三代目市川團十郎白猿襲名公演もあるし、今までどおりに戻らなくては。十月のこの公演もいい盛り上がり方になったらいいなと思いますね。
幸四郎:コロナ禍では最初、全部の公演ができなくなりましたが、2020年の8月から再開することができました。僕自身、この状況でできるやり方で知恵を絞ってとにかくやる、ご覧になる方が歌舞伎を観に行ってみようかなというときに必ずどこかでやっている、ということが大事だと思ってやってきました。こうして公演が続き、十月は新作(第一部『荒川十太夫』)も生まれ、お客様も少しずつ増えてきています。七月にやった作品をすぐ十月にというのも、決して経費削減じゃないので(笑)。道具は歌舞伎座のためにすべて新たに作りますし。でも、七月の作品が多くの方に観ていただけて、喜んでいただけたことで、それを違う場所ですぐ出すということもやり方としてあるのではないか。僕は舞台に立つ方なので、皆さんが舞台を絶対必要とするときがある、来るはずだと信じて舞台に立ち続けるしかないので。
松本幸四郎 /(c)松竹
鴈治郎:もっと古典をとおっしゃる方もいるわけだし、皆様のご要望というのはいろいろあると思います。それでも、お芝居を楽しんでいただくということが一番だと思ってますから、その点、この作品はよかったんじゃないかな。
幸四郎:思いっきり泣けるお芝居をやるのもいいし、ひたすら意味なく笑える芝居をやるのもいいし、すごく社会性、テーマ性がある芝居をやるのもよいでしょうし。何かひとつでも、皆様に喜んでいただくのはこれですというものがあれば。そもそも歌舞伎の作品にはテーマとか社会性とかってないはずで、後付けで出てくるものだと思うんです。毎回、しっかり作ってお芝居を提供していくことで、特に歌舞伎座は一年十二カ月開いているので、毎月のカラーも違ってくると思います。
鴈治郎:八月には『東海道中膝栗毛 弥次喜多流離譚』等いろいろな作品があって、九月は秀山祭で、歌舞伎座自体、いろいろなものをやるという方向になってきていて、それでお客様が喜んでいらっしゃるということがある。松竹さんもいろいろ考えて模索していらっしゃる中で、毎月歌舞伎座を開けるという状態を続けられているということ自体が驚異なのかもしれないし、その観点では、僕らも、どうやったら皆様に楽しんでいただけるだろうということを常に考えています。
幸四郎:先月、(尾上)松緑さんと久しぶりに一緒に歌舞伎座に出て、十月、十一月と共演が続くんですけれど、九月は『寺子屋』で十月は『釣女』ですから(笑)。それだけ役者としての振り幅を要求されているところがあるので、戸惑うのではなく、積極的にそれを楽しんでいこうという感じでいます。生で観ていただくというのはそういう面白さがあると思いますね。
(左から)松本幸四郎、中村鴈治郎 /(c)松竹
ちなみに、二人が手にしているうちわは、東京での上演が決まり、幸四郎が自前で作ったもの。「今いただきました。今月ちゃんと岡持ちに入れます。もしまた再演があったら、お互いの紋で僕が作ります」と語る鴈治郎だった。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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