串田和美×小日向文世、『スカパン』
を語る~「久しぶりの串田さんの稽古
場は相変わらず大変です」(小日向)
「90歳のスカパンも元気でやりたい」
(串田)

まつもと市民芸術館総監督の串田和美にとって『スカパン』は節目節目に上演するなど大切にしてきた作品だ。フランスの劇作家モリエールの『スカパンの悪巧み』を下敷きに、独自につくり上げてきた本作は、シアターコクーン芸術監督時代の1994年に初演、まつもと市民芸術館でもこけら落としの2004年、開館10周年の2013年、そして2015年にはシビウ国際演劇祭に招聘され、凱旋公演では野外を含む松本市内2か所でも上演してきた。そして芸術監督・総監督として締めくくりとなる今年、4度目の公演を、2022年9月30日より、まつもと市民芸術館小ホールを皮切りに各地で行う。今回の公演では、串田が率いてきたオンシアター自由劇場のメンバーで、映像に舞台にと八面六臂の活躍をしている小日向文世がジェロント役で参戦する。さらには串田の息子・十二夜と、小日向の長男・星一が共演するという話題もある。二人に話を伺った。

<STORY>
港町ナポリ。口が立って世渡り上手のスカパン、そんな彼をうらやむシルヴェストルは、それぞれ恋に夢中のオクターヴとレアンドルの従僕だ。恋人イアサントと勝手に籍を入れたオクターヴだったが、何も知らない資産家の父親ジェロントが結婚話を持ってくる。同じころ、レアンドルは大好きなゼルビネットをジプシーから取り返すため膨大な金を必要としていた。そんな時だけスカパンを頼る若い二人。「それじゃあその金はね、あんたらの親父さんからいただくことにしましょう」と引き受けたスカパンだったが……

――串田さん、松本では4度目となる『スカパン』です。
串田 『スカパン』はだいぶ前に80歳になるときにやろうと決めていて、そこまでは絶対に健康や元気をキープしなきゃと。しかも、まつもと市民芸術館での芸術監督、総監督の任期の最終年も重なって、やることを決めたわけです。
――小日向さんは『スカパン』に出演されるのは、今回が3回目ですね。
小日向 僕はオンシアター自由劇場がシアターコクーンのフランチャイズのころ、初演と再演に参加しているんですよ。
串田 僕が芸術監督をしていたシアターコクーンではレパートリーシステムとロングランシステムを混ぜたようなやり方をしていて、秋に新作をつくって評判の良いものは春にも上演していました。最初1994年に、真名胡敬二さんに演出をお願いして、若いメンバーとつくり始めて、その半年後の公演で小日向さんがシルヴェストルを、2回目のときは今息子さんがやっているオクターヴ役でした。それを持ってアヴィニョンに行きましたね。そして今回はジェロントをやってもらいます。
小日向文世 撮影:田中亜紀
――じゃあ小日向さんはいろいろな役を演じながら、串田さん演じるスカパンを舞台上からご覧になってきたんですね。
小日向 そうなりますね。串田さんはオンシアター自由劇場のころから、これからつくろうとしている舞台、表現のすべてを体現している存在でした。僕らはそれを見て「なるほど、こっちの方向に行くのか」と思いながら、自分がどうつくっていけば良いのか半分勉強みたいな感じでいました。与えられたセリフをしゃべっているだけでは成立しない、それをどうやって楽しくするか、そして楽しいだけじゃなくどうデフォルメしていくか、それを各自が見つけなきゃいけないわけです。もちろん串田さんが面白いと思ってくれるかどうかも大事じゃないですか。自分の中ではきっと大丈夫だろうと思って演じても、やっぱりつまずくんですよね。幕が開くまでに必死に、それを見つけなきゃいけない。その感覚が、久しぶりに参加したんですけど、今も相変わらずあるんです。串田さんはスカパンをすっかり楽しんでますけど。
串田 いやいや、僕だっていつも苦しんでるよ(笑)。
――節目のときに上演されているというのは、串田さんは『スカパン』には強い思い入れがおありなんですよね。
串田 そうですね。2回目の公演のときにアヴィニヨンに行ったことがすごく大きかったかなぁ。中学校の寄宿舎の横に小さな学校用の教会があって、そこに仮設の舞台をつくって公演したんですね。原作がモリエールですけど、中世のコメディアデラルテのように広場に舞台をつくって周りでみんなが見ているような世界と、まったく現代の新しい感覚とが融合するような作品にしたいとずっと思ってやってきました。『スカパン』はそれが実現しやすい。舞台の上だけで全部が完結するんじゃなく、客席と舞台が一体となってね。遠い昔はこういうふうにやったんじゃないかな。残念ながらコロナがまだ収束していないので、いろいろと制約はありますが、本来ならお客さんに舞台上に上がってもらったりするようなこともできる。だから節目というだけではなく、しょっちゅうやりたい演目でもあるんです。そして『スカパン』だけじゃなく、この作品からヒントを得て新しい芝居もたくさんつくりたいと思ってやってきたわけです。
串田和美 撮影:田中亜紀
――モリエールの原作を、どのように脚色しているんですか。
串田 つい最近ね、ネットでコメディフランセーズの若い人たちがやってるのを見たら、お洒落で軽やかなんだけど、なんか物足りない気がしたんだ。原作では、さんざん悪巧みをしたスカパンは主人たちに対して怪我したふりをして許しを乞うんですが、どうせそれも嘘だろう、でも許してやろうよとなる。でも僕らの『スカパン』ではあまりの悪さに主人たちが怒って、人を雇って懲らしめようとする。殺そうとまでは思っていなかったと思うけど、スカパンは後ろからスパナで殴られて。それでも包帯を巻いてなんとかパーティ会場まで辿り着くんだけれど、みんなは相変わらず嘘だろうって笑う。そうやってみんなが食卓について乾杯したりしている隅の方で倒れて死んでしまう、という話に変えました。21世紀になっても変わらない身分、上下関係のもと、搾取している人がいて、反対に蠢めきながら必死に生きていこうとしている人たちがいる。その全部を笑い飛ばしちゃう、言い方はへんだけど舞台そのものが笑っているような芝居にしたかったんです。
――串田さんも小日向さんも、『スカパン』を通して、自分のことも振り返られるような作品でもあるってことでしょうか?
串田 僕にとっては今回、大森博史さんもそうだけど、コヒ(小日向さんの愛称)が参加してくれて、稽古場で「串田さんのお芝居はこうなんだよ」「他にはないんだぞ」と若い人たちに助言してくれる。そうすると逆に僕の中では無自覚、あたり前だったことが、「ああ。そうなんだ」と再認識、再発見につながるんです。それはすごくうれしいですね。
小日向 僕にとっては先ほども言ったように相変わらず苦しい作品だから、その間に何をやってきたんだろうと思うと同時に、懐かしさ、楽しさを感じさせてくれるんです。
『スカパン』過去の公演より
――今回のスカパンは、役としてはどんなスカパンになりそうですか?
串田 初めてやったときは52歳。今は80歳になった。
小日向 うんうん。
串田 歌舞伎の俳優さんが、おじいさんになってもずっと同じ役をやってるでしょ。どういう気分なんだろうって思ってたわけ。でも役が一緒に年齢を重ねていくという発想もいいなって。だから今回は50代とは違って白髪になり、体力は落ちて、老いているけれど、でも働かなければ他に生きようがないんだからしょうがないと言ってる役として演じられるんじゃないかなぁ。セリフで「20歳」とか言っていると無理だけど、スカパンがいくつかなんて誰も決めていないんだから「今年のスカパンは80歳です」と堂々と言える。召使いだから贅沢に歳はとれないけど、元気でいないといけない。そうやって考えると90歳のスカパンがあっても、元気にやりたいなと思ったりもしますね。
――小日向さんはお稽古していて、改めて作品の魅力、役への想いなど、どんなふうに考えていらっしゃいますか?
小日向 これまでさまざまな舞台に立たせてもらっているけれど、演じ方とか役作りとか自由劇場時代の自分は何か独特の空気の中で動いていましたね。言葉ではうまく言えないけど。今回は新たなジェロント役だから、必死でまだまだ語れるような状態ではないんです。
――今回、お二人とも息子さんたちと共演します。小日向さんは、星一さんが串田さん的な芝居のつくり方を体験してみるのもいいんじゃないかと、以前おっしゃっていましたね。
小日向 本人にとってはすごく勉強になっていると思います。きっといろいろ苦しんでいるでしょう。側から見てるぶんには「そうじゃないんだよ、串田さんが言っているのはこういうことなんだよ」と言えるけど、自分がやる段になると、なかなかできない。本当に難しいんですよ。なんか俺、同じことばかり言ってますよね(苦笑)。
小日向文世 撮影:田中亜紀
――それくらい苦しいんですね!(笑)。串田さんは星一さんの印象はいかがですか?
串田 星一くんはとても素直です。たぶん今まで何にでも素直に向き合ってきたんだなと接していて感じるし、とても好感があるし、やっていて楽しいよ。だけどもまだ若いから、もっともっと芝居に対していろいろな考え方があるんだ、いろいろな人がいるんだぞということを知ってほしいかな。うちの十二夜はハイハイしてたころから僕の稽古場にいたんだけど、やっぱりほかの芝居は見てない。いろいろな出会いをほしいですね。星一くんの弟の春平くんが去年の『FESTA松本』に一人でやって来て、たくさんの作品を見てくれたんです。そこで十二夜とも仲良くなって、半年もたたないうちにもう一人の若い俳優と東京で自主公演を打っちゃってね。でもそうやって仲良くなった仲間と何かやるのは面白いし、今度はそこに星一くんが入ってきた感じだね。
――小日向さんに何回かインタビューさせていただいた際に、必ず自由劇場の話題をされるんですよ。
小日向 串田さんはどんな形でもいいから役者をやり続けろ、それも一つの才能だと言っていたんですよ。恋人に食わせてもらうのでもいいんだよ、とにかく何とか食いつないで芝居を続けろと。
串田 なんかスカパンみたいだよな。口癖だったんですよ。だって、みんな本当に食えないし、自分たちで舞台美術から何から全部やっていたから寝る時間もない。僕はそのころ、自分はこのやり方を生涯続けていくもんだと思っていたけれど、若い人は励まさないといけなかった。真名胡さんが「もう無理です、辞めます」と言ってきたときも、話は聞くから、まず焼肉を食おうって言って、その後にサウナに行って、何か言いたいことがあるんだろって聞くと、久々にのんびりしたものだから「もういいです、続けます」って。そんな感じだったんですよね。
小日向 ははははは! でもそれを乗り越えて、今がありますからね。
――その自由劇場のような混沌とした芝居、おもちゃ箱をひっくり返したような芝居を小日向さんは「もう一度やってみたい、そういう芝居が今はないから」ともおしゃっていましたが、ベテランになると若いころのようなことをやりたい、原点回帰を考えられたりするものなんでしょうかね。
串田 原点回帰かぁ。僕の場合はずっとそこにいるからね。劇場や予算が大きい小さいは関係ない。たとえばコクーンは立派な劇場になったけれど、芸術監督をやってくれないかと声をかけられたとき、僕は「自由劇場でやってきたことができるのならやる」と何度も話して、当時話を聞いてくれた田中珍彦さんが理解してくれたので安心してやれた。でもその時だってやっぱり徹夜したもんね。
串田和美 撮影:田中亜紀
小日向 しましたねえ。劇場が大きくなったぶんむしろ大変になっていきました。
串田 ははは! 六本木の本当に狭い狭い劇場でやっていて、僕はここでずっとやり続けられたらどんなに幸せだろうと思っていた。その六本木のまま、原点でできないことはやりたくないという気分は松本に来てからも一緒。コヒはいろいろなところでやっているけど、どう?
小日向 23歳で芝居を始めて自由劇場に19年間いたでしょ。たしかにいろいろなところでやってきたけれども、どうしても自由劇場でつくったあの世界、あの時間、それこそ徹夜作業も含めてですけど、戻りたくなるんですよ。居心地がいいのかな? 産みの苦しみはすごくあるんですよ。串田さんがつくる世界は本当に大変。だけどでき上がったときのなんとも言えないワクワク感とか、お客さんと交流できている感じとか、そういう感覚は串田さんとでしか味わえないんですよね。
串田 うれしいですよね。大森さんも小日向さんも、それこそ『スカパン』の原点にいた人たちだから、稽古場では大騒ぎしている。僕ら3人が夢中になって、脱線したりしながら、こうやって芝居をつくっていくんだよということを若い人に見せられるのは、すごく楽しい。良いものができるだろうな。今までとは全然違うっていうんじゃなくて、本質の方へ、もっとやりたかった方へ突き進んでいる気がします。
小日向 僕もきっと面白い舞台になる気がしているし、記憶に残るいい舞台にしたいなと思っています。
串田和美(右)と小日向文世 撮影:田中亜紀
取材・文:いまいこういち

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