宮田慶子×ピンク地底人3号×松田周
が劇団青年座『燐光のイルカたち』を
語る~「状況によって人は殺す側にも
殺される側にも回ってしまう」(3号

「ピンク地底人3号? 何それ! 誰それ! 何号までいるんだ?」。前に取材したときのリードはそんな書き出しをした。そのピンク地底人3号が劇団青年座に『燐光のイルカたち』を書き下ろした(2022年9月23日~10月2日 中野ザ・ポケットで上演中)。納棺師として働いた経験をもとに書かれた戯曲『鎖骨に天使が眠っている』で第24回日本劇作家協会新人戯曲賞を受賞し、注目を集めた彼が描いたのは、南北を分断する壁が建つ架空都市に暮らす兄弟の物語。遠い世界の話を日本に置き換えた。壁の南側に位置するコーナーショップのオーナー・桐野真守の前に、北から壁を超えてやってきた及川凛が現れたことから、過酷な状況に置かれながら懸命に生きる真守、亡くなった弟・ひかるの喪失と再生の物語が浮き彫りになる。本作を、演出の宮田慶子、真守役の松田周、そしてピンク地底人3号が語る。
左から松田周、ピンク地底人3号、宮田慶子
――3号さん、青年座さんからお声がかかっていかがでしたか。
3号 あ、うれしかったです。
――青年座はご覧になったこと、あったんですか?
3号 大学が美学専攻で、卒論は演劇のことを書いたんです。築地小劇場のことから調べていくと青年座さんにもたどり着くし、もちろん今の青年座さんに先輩の瀬戸山美咲さん、長田育恵さん、中村ノブアキさんや中津留章仁さんが書いていたから、いつか僕もとは思っていました。
宮田 私は劇作家協会で新人賞を取られたときに読ませていただいて、しっかり世界が構築された面白い戯曲をお書きになる方だなと思い、その後も追いかけていました。青年座ではどの作家さんにお願いするかを合議制で決めるのですが、製作の川上英四郎が惚れ込んで推薦してくれたんです。「いい出会いになるといいね」と話していたら、演出担当が私に回ってきた、みたいな感じだったんです。とても光栄です。
ピンク地底人3号
――戯曲を書くにあたってはお話し合いはあったのですか?
3号 宮田さんと青年座さんからは「自由に」ということでした。ずっと前から壁のある世界を書こう、アメリカ同時多発テロ事件の話は必ず書こうと思っていたので、今かなと決めました。
――3号さんはどこにもない独特な死生観の戯曲を描かれますよね。
宮田 それは納棺師として死に近いところにいらしたからこそ、生の重みと大切さを感じていらっしゃったんじゃないですか。なかなか戯曲で死を描くのは難しくて、私の先輩の劇作家さんたちは「いかに人を殺さないかが腕なんだ」と言ってたくらい。かつて死は強い意味を持たなければいけなかったんだけど、だんだん変化してきて、生きること死ぬことが対で揺れ動く感じになったからこそ、3号さんのような戯曲が成立しているんだと思う。死の重みの描き方がとても今だなと思いますね。
3号 よく独特の死生観と言われるんですけど、自分ではあんまり思っていなくて。
宮田 3号さんにとっては当たり前なんだよね、きっと。
3号 生きている人と死んでいる人がシームレスというのが感覚としては一番しっくりくるんです。
宮田 そこら辺を扱う劇作家ってそんなにいないかもしれないね。井上ひさし先生は『頭痛肩こり樋口一葉』『父と暮せば』など幽霊が出てきたり、いろいろ試して描かれていたけれど。今は「リアリティが」とか言われちゃうのかな。その壁を当然切り崩していいものとして3号さんは書いていらっしゃる。
宮田慶子
――『燐光のイルカたち』は3号さんがイスラエルに行った経験から描かれたとか?
3号 僕は苦しくなると海外逃亡する癖があって。2015〜2016年くらいやったんですけど、1カ月くらいイスラエルに行ったんです。その前にアメリカに行ったときに見た9・11の跡地がものすごくショッキングで、日本人が知ってるかどうかわかりませんが、事件前よりも高い建物が建っている。周りの公園では子どもたちが遊び、慰霊碑があって、それこそ生と死が同居してるみたいな場所なんです。それが自分の中で引っかかっていて、もっと身体でそういうことを感じられる場所にとイスラエルに行ったんです。「危ないからよせ」とも言われたけど、そのときに感じたイスラエル側とパレスチナ自治区側の生活の違い、両者の紛争があったとしても庶民は普通に生活している感じを、何とか取り入れたいと思いました。戦争があっても普通に生活している、あの営みを落とし込めたらいいなと思って戯曲を書いたんです。それが成功しているかどうかは宮田さんの演出に委ねたいです。僕の書いた戯曲だけではちょっとわからない。青年座の皆さんのお力でうまいこと、壁があるけど生活があるというリアリティを表現してくださったらと思っています。
宮田 ショックを受けないように頑張らなきゃ(笑)。
3号 いやいや、全然心配していません。
松田 3号さんが描かれていることや世界の情勢について、日本人だけが知らないでいる、わからないでいることってあるじゃないですか。演じる上でそれらの実感をどれくらいベースに入れられるか。特にここには戦争、紛争が確かにあるんだという感覚を入れるのはなかなか難しい。壁やその背景を毎日忘れないように稽古をやっています。それらって3号さんが海外に行って経験しているからこそ埋め込まれているものだと思うんです。
松田周
3号 そうですね。僕は自分の身体の感覚として持たないと戯曲が書けないんです。本で読むだけでは難しいんですよ。それは日常生活でも大事なことで、やはり自分の身体で体験しないとダメで。さっきの死者と生者の話でいうと、僕は日本で一番亡くなった方に触れてきた劇作家だと思うんです。だからこそ生きていることと死んでいることがシームレスなものとして描けるのではないでしょうか。
松田 僕なんか本当に勉強不足だから、今回は地政学的なこともすごく学ぶことができた。戦争や紛争の原因は数珠つなぎじゃないですか。僕らは当たり前に守ってもらっている状況があって、日本人だけが世界のことを知らないということを昔から思っていたんです。だからこそ生きていることが、どれだけ素晴らしいか、当たり前じゃないんだと感じられる作品になったらいいなと思いますね。
劇団青年座『燐光のイルカたち』

劇団青年座『燐光のイルカたち』

――真守という存在と、シナリオを書く行為とが蝶番になって生と死の世界をつなげている感じがすごく面白いと思いました。
3号 最初から、弟のひかるは死んでしまうと決めていたんです。でも彼が生きていた証を引き継ぐものがほしくて、映画のシナリオを思いついた。ひかるは映画のシナリオを書くことを目指していたけれど、それを全然知らない子が引き継いで兄の真守と共作する、これがいいなと。その流れで言えば、真守役の周君、凛役の古谷陸君、ひかる役の君澤透君のアンサンブルがとにかく観たい。彼らのやりとりは戯曲を書く上での大きなモチベーションでしたから。すごくいいキャスティングだと思います。
宮田 3人とも実は私の演出作品でもあまり組んでないんです。周も一回しかやっていないよね? 戯曲をいただいて誰がイメージに近いかわりとまっさらな気持ちで選びましたが、座組み全体もそうですが、いつもの青年座ぽくないメンバーかも。でも実にいいアンサンブルになっている。さっきの蝶番の話じゃないけど、3号さんは真守を軸として、過去と現在、人間は両方の10年を抱えて生きていると言う。だから真守は死者も生者もいる混沌とした中をずっと生きているんですよ。平気で隣に死んだ母ちゃん父ちゃんがいたり、ひかるがいたりしながら、生きている。本人を前にして言うのはあれですけれど、周はその感覚を自然にやってくれている。
宮田慶子
3号 周くんはどうですか?
松田 「自然に」とおっしゃってくださったんですけど、自分の中ではどう自然になれるか、どこに落とし込めればお母ちゃんが離れていったり、お父ちゃんが近づいてきたりを僕自身が嘘をつかない状態でやれるかが課題というか、それを目指したいと思ってます。
3号 これは周くんのために書いたのでよろしく(笑)。本当に。
松田 頑張ります。
3号 ぜひ飛躍していただきたいです。
――松田さん、改めて伺いますが真守はどういう役ですか?
松田 そういうのを言葉にまとめる能力が、、、
宮田 難しいって言っとけばいいじゃん。
松田 難しいです。弟と家族を愛してるお兄ちゃんの役ですね。いやでもホンマ、とにかく愛してるんやなっていうのがすごくよくわかる。
宮田 真守は弟を、父ちゃん母ちゃんをどれだけ愛せて、自分がどうやって生きていくのがいいかをずっと探しているんです。奥さんに助けられながら、一つ一つに向かい合い、死者とも生者とも話し合いながら一生懸命に進もうとする。背景にあるテーマが大きすぎるので、それしかないんですよ。なまじっかな理屈は通用しないんですよね。
松田周
松田 でもそれがまたすごくいいなって。彼は立場や肩書で生きていない。ごく普通の人たちがたまたま立場が違ったり、たまたま生きてきた国の環境が違っただけというお話です。
3号 状況によって人は殺す側にも殺される側にも回っちゃう。真守が「過激だった人も最初から過激だったわけちゃうねんで」と言うんですけど、あれはいいセリフですね。
宮田 出た、自画自賛!
松田 俺も好きです。
――宮田さんは改めてどういう作品にしたいですか?
宮田 私はイスラエルには行ったことがないんですけど、3号さんとはベルリンの壁の今がどうなっているかのお話しはしたんです。私も現場に行きたい演出家なので、本当だったらどこかの壁の前に行きたかった。そういう意味では知識をたぐり寄せるしかないんだけど、なぜ線は引かれるんだろうということで言えば、それこそ今年はロシアとウクライナがそうだし、中国と台湾も、中国や韓国と日本もある。海の上にも線が引かれようとしているし、想像力の取っかかりはいっぱいある。ただ9・11の話だけど、ナインイレブンに見せたくないんです。
3号 普遍的なものとして描きたいということですよね。
宮田 そう。一番まっすぐで純粋だったひかるがあそこにまっすぐ進んでいった社会の巨大なトリックはしっかり描きたい。
3号 第7稿まで書いて、その後も2カ月に一回ぐらいzoomで打ち合わせしたんですけど、宮田さんはずっと「これは飛行機じゃなくてヘリコプターとかがいいよ」とおっしゃってたんです。その意見は理解できたし、わかっていたんですけど、僕は9・11に対して強迫観念的なところがあって、それはもう冷静ではないかもしれません。
宮田 やれるだけやってみます。
3号 期待感は高いですよ。青年座さんでブログに上がった、白河合宿の写真が本当に衝撃だったんです。その写真は舞台美術を仮組みしたものだったんですけど、僕が指定した出捌けと逆なんですよ。でもその方が演出として理にかなっていて、非常に新鮮な驚きを得ました。やっぱり自分で劇作・演出をしている人間では絶対に得られない視点やなと思いましたね。
ピンク地底人3号
宮田 良かった、見てもらって。私は戯曲と上手下手が逆になってるけど、怒られるかなと心配してたの。
3号 いえいえ、あれを見たおかげで、戯曲の見え方が全然変わったのは新鮮でした。
宮田 装置家と壁、路、バス停、コーナーショップなどパーツの模型をつくって、どこが一番いいか動かしながら考えたんだ。
――では最後に松田さん、意気込みを。
松田 頑張ります。いや、日本演劇界の隅々まで3号さんを発見してもらえる機会にしたいと思います。
劇団青年座『燐光のイルカたち』
取材・文:いまいこういち

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