【イエス来日公演】非公式レポート~
渋谷で、同志と夢の出来事の危機!/
金属恵比須・高木大地の<青少年のた
めのプログレ入門> 第32回

金属恵比須・高木大地の<青少年のためのプログレ入門>

第32回 【イエス来日公演】非公式レポート~渋谷で、同志と夢の出来事の危機!

2022年5月28日の新聞朝刊に衝撃的な訃報が。
「アラン・ホワイト氏(英ロックバンド「イエス」のドラマー)5月26日、米シアトルの自宅で死去、72歳」(日本経済新聞)
イエスの来日が決まっていただけに呆然とした。たしかに前回の2016年の来日でも一部の参加であり、個人的にも健康不安を感じていたがまさか……。
筆者は91年の「8人イエス」がリアルタイムの世代。全盛期の姿を体感したことがないゆえ、往年の演奏を求めて『イエスソングス』を聴く。そして再結成のライヴにはそれを求めるが再現できるわけがない。よって筆者は「テンポが遅い」「ノリが悪い」「あのフレーズが弾けていない」などと批判していた生意気な小学生だった。
しかし冷静に考えてみよう。自分が20代の頃と同じことができるか? 100歩譲って1人だったらできたとしても、5人集まって同じことができるか?
同窓会に行けばわかるだろう。「お前、丸くなったなぁ」という言葉が飛び交う。人は変わる。筆者も金属恵比須の演奏者として思うが、気持ちが変われば弾くフレーズも変わってくるものなのだ。
それに気づいたのが2014年11月の後楽園、『こわれもの』『危機』再現ライヴの後である。東京公演の7ヶ月後、オリジナル・メンバーのベーシストであるクリス・スクワイア(以下クリス)が逝去。そんなことがあるのかと。おいおい、筆者の大好きな名曲「スターシップ・トゥルーパー」をまだ聴いてないよ! と悲嘆に暮れた。
であれば、往年の演奏を求めても仕方ない。名曲のアーカイブ事業と考えればいいのだ。昔の曲を昔のメンバーが演奏していることを「ロックがクラシック化した」という意見もあるが、クラシック化して何が悪いのだ。
人は変わる。時も変わる。そして老いる。良い楽曲を保存(アーカイブ)し、継承していくことがロック文化、プログレ文化にとって最も大切なのである。このような考え方に変わったことでライヴを見る目も変わった。2016年『海洋地形学の物語』『ドラマ』完全再現ライヴは満足のいくものだった。複雑怪奇な『海洋地形学の物語』からの楽曲を見事に再現している姿はいまだに忘れない。
そのような意気込みで、2022年9月6日、「YES『危機』50周年記念ジャパンツアー」の会場、渋谷のオーチャードホールに向かった。
定刻通りにブザーが鳴り、暗転。「世紀の曲がり角」が流れる中、スクリーンには先日逝去されたアラン・ホワイト(以下アラン)の写真が浮かび上がる。そうか、クリスもアランももういないのか。“50周年”という言葉の重みを感じる。続いてストラヴィンスキー作曲「火の鳥」が流れメンバーが登場。徐々に音圧が上がってくるクレッシェンドは無条件に高揚させる。
1曲目は「自由の翼」。まさかの『トーマト』のラスト・ナンバー。原曲はクリスのベース・ソロが印象的だが、後任のビリー・シャーウッド(以下ビリー)が見事に再現。若干24歳でイエスにヴォーカルとして関わり、キーボード、ギターのサポートを経て、亡くなったクリスの後任としてベーシストとして加入。クリスの片腕だけあって瓜二つの音を出す。アクションもそっくりだ。エフェクターのオートワウがさらに雰囲気を醸し出す。ビリーはクリスの後継者としての威厳を持ち似せようと努力しているのがわかる。現在のリーダーであるスティーヴ・ハウ(以下スティーヴ)は愛機のフルアコースティック・ギターGibson ES-175Dであの時と変わらないスペイシーな音を紡ぐ。複雑なキメもバッチリ。これぞイエスの真骨頂。
『トーマト』
続いて「ユアズ・ノー・ディスグレイス」。『サード・アルバム』からの選曲で、ライヴのレパートリーとしてはお馴染み。アランの後任としてサポートを務めるジェイ・シェレン(以下ジェイ)のドラムはアランを彷彿とさせるフレーズばかりだけでなく、手首の動きまでも再現。コの字型のキーボードの要塞に囲まれたジェフ・ダウンズ(以下ジェフ)はオリジナルのトニー・ケイのプレイを意識したフレーズが多く、スタジオ盤とライヴ盤が融合した不思議なアレンジとなった。スティーヴのギター・ソロは控えめだが、途中、左右に広がるエフェクトを駆使し、相変わらずトリッキーなプレイを見せてくれた。
『サード・アルバム』
ここでスティーヴがテレキャスターに持ち替える。短いMCの後に演奏されたのは「夢の出来事」。『ドラマ』収録のジェフをフィーチャーしたナンバー。ジェフ在籍時の曲だけあって、気合十分。後半のキーボード・ソロはまさにオリジナルそのまま。耳をつん裂くような鋭いシンセ・リードが会場に鳴り響く。続くベース・ソロはビリーにクリスが憑依したようだ。ぐるっと回るビリーのアクションもクリスそのまま。
『ドラマ』
ここでスティーヴのギター・ソロ・コーナー。メンバー1人がステージに残って演奏するというスタイルはイエスの歴史50年、変わっていない。椅子に座りながらアコースティック・ギターを抱え「クラップ」を。カントリー調のノリのいいサウンドに乗せられオーディエンスが一斉に“クラップ”を。プログレ・バンドでこんなに底抜けに明るいコーナーを設けられるのはスティーヴしかいない。
ジョン・デイヴィソン(以下ジョン)がアコギを持って始まるのは「不思議なお話を」。『究極』収録のキャッチーでフォーキーなナンバーだ。ジョンが加入して10年、イエスの顔としてすっかり定着した感がある。ジョン・アンダーソン(以下アンダーソン)よりも澄んだ声で耳に心地よく響く。ビリーがクリスを意識して真似ているのに対し、ジョンの場合は結果的に似ているような印象がある。天真爛漫なヒッピー感というのが個人的見解。滝のイメージ動画がさらにすがすがしさを演出。オリジナルではリック・ウェイクマンによるポリフォニック・シンセサイザー(ポリモーグ)をジェフが再現。さすがポリ・シンセのセンスは秀逸である。
『究極』
続いて最新作『ザ・クエスト』からオープニング曲「ジ・アイス・ブリッジ」。スティーヴはエイジアで多用するセミ・アコースティック・ギターでいつもよりディストーションの効いた伸びやかな音でキーボードとのソロ回しを展開。ジェフのシンセ・ブラスの音が80年代を彷彿とさせ気持ち良い。
『ザ・クエスト』
ベスト・アルバム『クラシック・イエス』のジャケットが浮かび上がり奏でられるのは「燃える朝焼け」。ジェイ・シェレンの叩くイントロのドラミングはビル・ブラッフォード(以下ビル)を意識していたが後半からは『イエスソングス』のアランのドラミングそのままのフレーズも。ハイブリッド型の演奏だ。
『クラシック・イエス』
『イエスソングス』
そして、会場には水流の音や小鳥のさえずりが鳴り響く。立体感を出さずにモノラルでまっすぐな音が印象的。とうとう「危機」の始まりだ。50年前、この曲がプログレの歴史を変えた。筆者の人生も変わった。
『危機』
筆者がこのようにプログレのコラムを担当させていただいているのも、元を正せば「危機」と出会ったことが始まりである。連載でも書いているが小5の時に親が聴いていたディープ・パープルにハマったことがロックの入口だった。その後レッド・ツェッペリンにもハマったのまでは親の影響。親からは「プログレはいいよ。キング・クリムゾンとかピンク・フロイドとか」とプログレは勧められてはいた。しかし小5といえば自我が目覚める第一歩。どうしても自分からアーティストを探したかった。1988年の「アトランティック40周年コンサート」のビデオで物色した中で、イエスとジェネシスが気になった。が、ジェネシスはヒット曲のメドレーで良さがわからなかったが(この7年後ハマることになるのだが)、イエスの「ラウンドアバウト」に衝撃を受けた。
早速図書館でベスト盤『イエスストーリー』を聴いてみる。そこに「危機」が収録されていた。休日の昼に大音量で聴いていたら、父親に「なんだか荘厳な音楽を聴いてるねぇ」といわれた。「iii. 盛衰」のパイプ・オルガン・パートだった。父親はプログレ第1世代(1951年生まれ)だがイエスは苦手であまり聴いたことがなかったようで、こんな音かと驚嘆したようだった。それから12歳の誕生日に祖母にねだって『危機』を買ってもらう。初めて手に入れたイエスのアルバムがこれだった。それから味をしめて祖母にせびり5月には『海洋地形学の物語』、7月には『リレイヤー』と『イエスソングス』、8月には『ヘンリー八世の六人の妻』とビデオ『イエスソングス』、9月には『サード・アルバム』を買ってもらう。年金を毟(むし)ってしまいごめんなさい。かくして今はなき祖母のおかげで立派な「プログレッシヴ文化人」となれた。
筆者(高木大地) Bunkamuraオーチャードホール前で
閑話休題。
そんなことを思い出しながら、混沌のオープニングが進む。Gibson ES-345に持ち替えたスティーヴによるアドリブは全開で鳥肌もの。キメの後にくるメイン・テーマではついつい涙が。まさにカタルシス。「ii. 全体保持」での印象的なメロトロンのフェイドインのフレーズはジェフがペダルで操作。パントマイムのように手を動かしていたが、おそらく足での操作だろう。「iii. 盛衰」では静謐なジョンによる歌声とビリーとスティーヴによるコーラスが心地よい。「iv. 人の四季」の幕を開けるファンファーレ、そしてその後のオルガンはジェフによるオリジナルのフレーズ連発。うん、別にリック・ウェイクマン(以下リック)の真似をしなくていい。彼はこのままでいいのだ。夕日の絵やサイケな幾何学模様がバックに映し出され、まるで50年前のアート感にタイムスリップしながら終了。うん、いいものを見た。
アルバムの曲順に進んでいく。続いては「同志」。アルバムのうちジャケットの滝の絵が映し出され、イエスの清澄なイメージにぴったりな曲。ジョンはアコギを持ち、牧歌的なフォークを奏でる。ジェフは「危機」とは裏腹に、リックのモーグによるメロディを音色を含め完全再現。自我を出す部分、曲をリスペクトする部分、それぞれの使い分けが素晴らしい。「ii. 失墜」のメロトロンとスチール・ギターとベース・ペダルによるアンサンブルは本ライヴによるハイライト。“泣ける”を通り越して“美しい”。「iii. 牧師と教師」ではビリーがブルース・ハープを披露。クリスの再現、ここまでするとは痛み入る。音程が完璧なスチール・ギターによる鋭利なグリッサンドにより終了。いいものを見た(2回目)。
「シベリアン・カートゥル」に。スティーヴによるイントロのリフは若干テンポが遅れていようとも、スティーヴにしか出せない唯一無二の音色ゆえ、これでいいのだ。ジェイのドラミングは、これもまたアランを強く意識している。フレーズだけでなく、腕の角度まで似せた形態模写はファンにとっては本当に嬉しい。延々と続くギター・ソロではやはりスティーヴがキレッキレ。いいものを見た(3回目)。スタンディング・オベーションで本編終了。
鳴り止まぬアンコールで再登場のメンバー。演奏されるのは当然「ラウンドアバウト」。オーディエンス総立ちでノリノリに。プログレといえどもこうやってのれるというのがやはりレジェンド。小難しいことばかりをしない、この緩急のつけ具合がイエスのいいところだ。ジェイの甲高いスネア・ドラムはビルを彷彿とさせるが、あまりに力強く叩きすぎたためか最後にヘッドが破れるトラブル。
『こわれもの』
そして最後が念願の「スターシップ・トゥルーパー」。これを聴きたかった。ジェイのスネアはサブのものと交換し絶好調。これもまた『サード・アルバム』のオリジナル演奏のビルの音のような甲高いスネアが鳴り響く。バックにはCGで宇宙の絵でSFの世界に。「b)ディシリュージョン」ではオール・スタンディングで手拍子。ジョン、スティーヴ、ビリーの三人のハーモニーで昇天しそうだ。ジェフのキーボードはオルガンに徹しトニー・ケイをリスペクト。ジェイのドラミングは段々と『イエスソングス』のアランになってくる。「c)ワーム」ではビリーのベース・ソロは控えめなのに対し、ギター・ソロは爆発。オリジナルでは2本の全く違ったソロをレコーディングし、それを交互に組み合わせたら絶妙になったという伝説のフレーズ。アドリブも冴えまくり、ファルセットによるハーモニーとビリーのベース・ペダルの低音で終了。昇天してしまった。聴きたいものが聴ける幸せを噛み締める。
結論――最高のライヴだった。演奏の出来、云々ではない。「危機」などの名曲を本人が世に残すためにライヴ活動をしていることに敬意を表する。70歳過ぎても元気な姿でステージに立つ現役のスティーヴとジェフには感服だ。そして “人間アーカイブ”である愛弟子ビリーがそれを継ぐ下地を作っていることに感謝している。
そういえば、以前観戦した2016年のセットリストを見てみた。アンコール曲に「スターシップ・トゥルーパー」? あれ、前、見てたっけ? 筆者もまた老いているのかもしれない。
人は変わる。時も変わる。そして老いる。だから忘れる。その代わり、何度見ても初めて見るかのような喜びを味わえるようになった。またイエスが来日をして「危機」を演奏してくれたらファースト・インプレッションのように感動するはずだ。老い、万歳。
文・高木大地(金属恵比須)

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