「“想定外”の演劇が待ち受けている
だろう」~9/24開幕、作 谷碧仁・演
出 シライケイタによるPARCO PRODUC
E2022『ホームレッスン』
一見どこにでもありそうな幸せな家庭は、長女の妊娠・結婚を機に揺らぎ始める。
家族が内側に抱えるある問題にメスを入れるのは、外側から来た人間・長女の婚約者であった。
中学教諭の伊藤大夢は、結婚の挨拶のため恋人である三上花蓮の家を初めて訪れる。結婚よりも前に子どもができてしまったこともあり、緊張しながら三上家の食卓に座るも、この家族の会話はどうもおかしいのだ。大夢が発言をする度に「1点」「2点」と何やら「点数」を口にする母・奈津子を筆頭に、父・歳三も花蓮も何かに則って会話を進めている。それもそのはずだった。三上家には独自に作られた“100の家訓”があり、家族はみなそれを厳格に守って生活していたのである。余談だが、私の通っていた中学には「昼食を学校外の店で買う場合、惣菜パンと牛乳は可、菓子パン・おにぎり・ペットボトル飲料は不可とする」という“とんでも校則”があった。今となっては甚だ疑問の校則であるが、三上家にはそれに匹敵、または超越する“とんでも家訓”が多数存在するので、どうか聞き逃さないでほしい。その一例はこうだ。
8条 「正しい箸の持ち方以外をしてはならない」
35条 「食後の踊りを疎かにしてはならない」
54条 「相手の言葉をオウム返しにしてはならない」
「さすがにおかしい」。そう感じた大夢はある行動に出る。ここから三上家に定められた「家訓」という名の「ルール」を巡って、家族の歪みが徐々に詳らかになっていく。残念ながら、物語について触れられるのはここまでである。ここから先に起こる“想定外”の出来事については、是非客席で目撃してほしい。
台本は会話が大半を占め、ト書きは少ない。しかし、その会話の応酬には三上家に走る緊張と緩和が温度感を伴ってまざまざと表出されている。時折、挿入される登場人物の<独白>もまた特徴のひとつだろう。この<独白>の言葉がまた興味深い。物語上の重要なキーとして作用することは勿論、言葉のチョイスに谷碧仁という作家の持ち味でもある「当然に対する疑問」が忍び込んでいるように感じる。「当然」は、辞書によると「だれが考えてもそうであるはずだという意を表す時に使う語。あたりまえ」とある。しかし、この物語は、終始こう問うている気がするのである。
「だれが考えてもそうであるはず」のものなど、果たして存在するのか? と。
「ルール」や「規則」もそうである。特定のコミュニティに設定されるそれらは、その内側にいる人間にとっては「そうであるはず」のものであり、“当然”守るべきもの、とされている。
しかし、その「当然」に疑問を持たず、または疑問を打ち消す存在への畏怖によってそれらを遂行していく内にマインドコントロール状態になり、悲惨な結果になってしまった出来事もこの世の中にはある。
本作の演出を担う、温泉ドラゴンのメンバーであり劇作家のシライケイタが上演台本・演出を手がけた若松孝二生誕80年祭特別企画 舞台版『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』である。忘れえない、凄まじい劇体験だった。「山岳ベース事件」を題材にしたこの演劇でも、特定のコミュニティにおける「ルール」を破った人間が「自己批判」をする様、さらには、“自己”の“批判”だけでは済まない事態になっていく様相が生々しく描かれていた。ひとつふたつと消えていく命の火を前にこの手に握らされたのはやはり人間の潜在的な暴力性であった。
「家族」という最も身近なコミュニティと「家訓」という最も内なるルール。演劇を介してそれらを解体・縫合する本作には、多かれ少なかれ見覚えのある風景も出てくるのではないだろうか。人間の複雑さと脆弱さ、そしてその得体の知れなさ。台本の言葉を一部拝借するならば、昼とも夜ともつかない夕方や、大人とも子どもともつかない18歳、そして、幸せでなければ不幸で、不幸でなければ幸せなのかという問い。「境目があやふやなもの」が溢れる世の中で「当然」とされていることに「適合」することは、果たして幸か不幸か。
しかし、こんな風にチラシを横目にあれこれ想像しつつ台本を夢中で読んだところで、その物語がどんな風景として立ち上がるのか、どんな劇世界になるのかは全く未知数なのであった。言うまでもなく、その劇世界には俳優の存在がとても大きい。谷碧仁の言葉の魔法に加えて、田中俊介、武田玲奈、堀夏喜、宮地雅子、堀部圭亮という5名の個性溢れる俳優の魅力とシライケイタの演出の魔法が合わさる時、そこにはやはり“想定外”の演劇が待ち受けているだろうと待望する。上演を楽しみにしていたからこそ、それに先駆けて台本を読むことに「困ったな」と感じた私であるが、今はそんな待望の仕方もこれはこれで贅沢なのではないかと思っている。
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