人種や性別、障害の有無を超えた創作
が日常化していくための「第一歩」を
踏み出したDANCE DRAMA『Breakthrou
gh Journey』東京で再演

大阪府堺市に、国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)はある。2001年のオープン以来、さまざまな障害のある人が舞台芸術に触れるチャンスを用意し、またプロのアーティストにも障害ある人とのワークショップや創作の機会を提供してきた。試行錯誤の20年は、東京2020パラリンピック競技大会の開閉会式で花を咲かせた。ここに参加した障害のあるパフォーマーたちの多くがビッグ・アイと何かしらの縁があるのだ。演出で関わったプロのアーティストも同様。その半年前、2022年1月に、もう一つの成果が身を結ぶ。日本6地域とアジア4地域から選ばれたプロのダンサー、障害のあるダンサー、そして人気ダンスカンパニーDAZZLEのメンバーが、DANCE DRAMA『Breakthrough Journey』をつくり上げた。スタッフも含めれば100人を超える座組み。新型コロナウイルス感染症に翻弄され、積極的なPRはできなかったが、完全バリアフリーのビッグ・アイのホールで上演され、舞台上と客席には温かく、幸せな空気が満ちあふれた。障害者の文化芸術創造拠点形成プロジェクト、日本博(テーマ「共生社会・多文化共生」)の一環として制作された本作が東京に場所を移して、2022年10月j1・2日に東京芸術劇場でバージョンアップして再演されることになった。
主人公の一人、聾の少女を演じた梶本瑞希
 『Breakthrough Journey』は、総合演出・長谷川達也(DAZZLE)のもと、日本6地域とアジア4地域で活躍するプロの振付家と、オーディションで選ばれた年齢や性別、障害の有無を問わないダンサーたちが、それぞれの地域の伝統芸能の魅力をダンスに落とし込み、大阪に集合して、それらを軸となる物語とパズルのように組み合わせて一つの作品に仕上げるという異色のプロジェクトだった。企画・制作のビッグ・アイは障害のある人の舞台活動を実践する活動においては日本ではダントツの実績を誇るが、どこにも前例がなかったためにスタート時から試行錯誤の連続だった。その原点は、大阪府と協同による障害のある人と文化芸術をつなぐ事業、演劇やダンス、音楽を体験できる『大阪府障がい者舞台芸術・文化オープンカレッジ』だ。副館長で本作のアーツ エグゼクティブ プロデューサー・鈴木京子はこう語る。
 「私もそれまで障害のある人に出会っていなかったこともあり、何かを一人でやるのは難しい、手助けが必要な方々だと思い込んでいました。でも『カレッジ』を見ていて、すぐにその考え方は崩れたんです。表現の世界は、参加者それぞれの内面から湧き出るものが大事だからこそ、逆に手助けすべきではないことがわかった。私たちの仕事はその人が自立する環境をしっかりつくっておくこと。安心できる環境さえあれば誰もが自分の表現を出せる、それが文化芸術の凄さでもあるんです」
 『Breakthrough Journey』は、その経験の蓄積と、それらを通して築いた国内外のネットワークがあったからこそ実現したと言える。

■ただ純粋に舞台として優れた、感動のある作品をつくることを目指して
 総合演出の長谷川達也は、鈴木と出会い、2018年の「TRUE COLOURSアジア太平洋障害者芸術祭」で初めての障害あるアーティストとの創作を体験する。その縁と経験が『Breakthrough Journey』へとつながった。
 「すべてのカテゴリーに属し、属さない曖昧な眩さ」を掲げるDAZZLEはストリートダンスとコンテンポラリーダンスを融合させたステージで人気だ。ダンスが苦手な人にも間口を広げるため、映像によるテキスト、ナレーションを駆使し、物語をつづっていくのもDAZZLE作品の特徴だ。『Breakthrough Journey』の物語はこうだ。
DANCE DRAMA『Breakthrough Journey』
 貧しい生活を余儀なくされたアジアの少年。彼を支えたのは、カメラマンになりたいという夢と、スマートフォンの画面の向こうに広がるインターネットの世界。だが、かすかな希望も、日々の現実に押し流されてしまう。ある日、少年は青森に暮らしながらダンサーを目指す少女の映像と出会う。それは夢を抱きつつ何も行動できない自分とは違い、夢に向かって一歩ずつ進んでいる姿だった。だが少女も耳が聞こえないという自らの障害に悩みつつ、居場所を求めてもがきながら、その想いをダンスにぶつけていたのだ。海を越えて少女の魂に触れた少年は、旅立ちを決意する。変わらない現実と、変われない自分を乗り越えるために――。
 少女が香港でのダンス・フェスティバルに参加すると知った少年は、黄色のバンダナを目印に少女と合う約束をする。少年はなけなしのお金で買った古いカメラを手に、シンガポール、マレーシアとヒッチハイクをしながら香港にたどり着く。しかしカメラを構える青年の前に現れた少女は、フェスティバルのステージに立ったものの、音楽が始まったのがわからず踊れぬまま会場を去っていく。立ち寄った場所の映像をオンラインにアップしていく少女、その映像を頼りに少女を探す少年。その旅は台湾から沖縄、島根、高知、大阪とニアミスを繰り返しながら、東京へと続いていく。

DANCE DRAMA『Breakthrough Journey』
DANCE DRAMA『Breakthrough Journey』

 この企画に手を挙げたのは、国内から青森、東京、大阪、島根、高知、沖縄、海外からはシンガポール、マレーシア、香港、台湾のグループ。長谷川と各地のリーダーとなるダンサーがその地でのワークショップ形式のオーディションでダンサーを選び、それぞれの拠点の地域で割り当てられたシーンのダンスをつくり、リハーサルを積んだ。海外組はコロナのために来日がわず、日本人ダンサーが代わりにその作品を踊った。
 オープニングはDAZZLEを象徴する和傘を使ったダンス。華やかで幻想的な空気が立ち込める中を、さまよう少年と少女。手が届きそうで届かない、出会いそうで出会えない様は二人の前途多難な未来が予感される。
 青森はねぶた、大阪は笑い、島根は花嫁行列、高知はよさこい、沖縄は南国の開放された雰囲気や人柄の温かさ、懐かしさなど各地域の伝統芸能や風土などが独自のアレンジで表現された。海外のダンスもチームそれぞれの個性が発揮されていた。長谷川は語る。
笑いをテーマにした大阪のシーン
南国ならではの明るさを表現した沖縄チーム
 「総勢100名を超えるこのBJカンパニーは、障害、国籍、年齢、性別の異なるさまざまな人たちが共存する社会集団です。多様性に富んだこのカンパニーでそれぞれが交流できたことは、互いへの理解を深め、また、自分自身を見つめる機会にもなりました。それは、私自身も含め、多くの参加者の意識に変化をもたらす大変有意義な経験となり、また、人と人とを繋ぐダンスの力、その魅力を改めて実感しました。私が目指したのは“健常者も障害者も年齢も人種も性別も一切関係がない、ただ純粋に舞台として優れた作品をつくること”でした。これは出演者たちによる発表の場ではなく、あくまでもプロフェッショナルとして上演することを意味しています。では、優れた作品とは何でしょうか。その中には、高い技術力を披露することも含まれますが、何よりも大切なことは“感動を生むこと”です。そしてこの感動を生むかどうかにおいて、先にも述べた人種や性別、障害の有無といったカテゴリーは全く関係がありません。それを出演する本人たちが自覚し、さらに、自身の表現の可能性を感じてもらうことがもう一つの目的であり、また、ご覧いただく方々がこうしたカテゴリーを意識することなく作品に没頭できることが最大の理想です」
 『Breakthrough Journey』の大阪での初演は、舞台や客席に公演をやり遂げた充実感と感動に満ちあふれ、客席では両手を掲げて手首を回しながらヒラヒラさせる拍手を表す手話が咲いた。ある種の祝祭性が漂っていた。単に障害ある人と健常の人が一緒に創作したことにとどまらない、これが日常になっていく世界への扉が開かれた瞬間への期待だったように思う。
 そして再演は、日本から広島チームが新たに参加し、平和への願いをダンスに込める。初演では来日できなかったシンガポール、マレーシアのダンサーも来日するなど、さらに多様性が際立つものへとパワーアップする。そして何より、初演を経てダンスという共通言語を通して交流を深め、また目に見えない壁を乗り越え成長したメンバーたちが、次の扉をこじ開けるための公演に挑戦するーー。

シンガポールチーム
マレーシアチーム
 「2021年1月に初演のDANCE DRAMA『Breakthrough Journey』が再び、上演できることを大変うれしく思います。初演時は、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、日本国内でも、日々感染者数が過去最高を更新する中での上演でした。初演から1年半、新型コロナウイルス感染症の予防や対策は日常化し、“withコロナ”として、新たな日常が生まれています。今回の再演にあたっても、前回、出演が叶わなかったシンガポール、マレーシアの方々が舞台に立つことが実現できました。
 世界は人種、文化、言語、身体などさまざまな異なる背景を持つ人たちで形成されています。この大きなテーマを実現する社会を創造するために、私たちは多様性を受容し、尊重し、一人ひとりの尊厳が守られなくてはなりません。
 私たちは作品を創作するあたり、言語、文化、身体特性、コミュニケーション方法などの“違い”を理解し、工夫し、話し合い、助け合い進めてまいりました。そうした創作過程によって完成した作品が“共生社会・多文化共生”のひとつのモデルとして、観客のみなさまに伝われば幸いです」(鈴木)

取材・文:いまいこういち

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