ミュージカル『フィスト・オブ・ノー
ススター〜北斗の拳〜』再始動! 石
丸さち子インタビュー&稽古場潜入レ
ポート

ミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』が2022年9月25日(日)から東京・Bunkamuraオーチャードホール、10月7日(金)から福岡・キャナルシティ劇場で上演される。
本番までおよそ1ヶ月となった8月下旬。都内で行われている稽古場を見学したほか、演出の石丸さち子にオンラインインタビューを実施。あの話題を呼んだ初演からどのようにブラッシュアップしているのか、取材した。
初演をさらに進化させて……
ーー再演に際して、稽古の手応えはいかがでしょうか。
石丸さち子(以下、石丸):初演のときに気づかなかったことに気づいたり、そして初演で「この人物のここを伝えたい」と思ったところを(脚本の高橋)亜子さんに書き足していただいたりして、それぞれの人物が抱えている物語がもっとお客様に届くように頑張っているところです。
ーー初演から一番変わる人物といえば、レイなのでしょうか?
石丸:そうですね。レイが一番変わると思います。ひとつシーンを書き加えて頂いたこと、そして新しく招いた三浦涼介さんの個性も活かして、前回、伊礼(彼方)さんと(上原)理生さんが作ったレイの魅力とは、違うタイプの魅力になると思います。
レイは妹を失って、その仇を探すための旅をしている。一方、ケンシロウはユリアをシンに奪われ、ユリアを救い出すために、シンと戦うために、旅をしている。同じように愛する者を失った男2人が、全く違う人生を選んでいる。その2人が出会うことによって、レイの何が動き、ケンシロウの何が動き、2人の愛が変容していくのかーー。ご期待いただきたいですね。
ーー初演に引き続き、ケンシロウを大貫さんが演じられます。石丸さんの目にはどのように映っていますか?
石丸:ケンシロウって、本当に愛の深い男で。ユリアを探している旅であるのに、そこに傷ついた人がいるとおぶって、その村まで届けてあげようとする。そしてまたユリアに会いに行くために、リンとバットを村に預けて出て行こうとしたら、トキの話を聞いて、トキを助けに行く。
もう本当に目の前の愛にひた走る男。ユリアのもとに急がなければいけないのに、大いに回り道をするんですね。でも、その回り道によって、ケンシロウが救世主として育っていくわけです。その展開が、今回改めて稽古してみて、とても面白い。
今このリーダーのいない時代に、それがたとえ劇画の中の理想の救世主であったとしても、この時代に踏ん張って生きるためには、こういう人間の力が必要なんじゃないか、と思うんです。エネルギーと愛がこの物語にはあふれているなと思います。
おそらく大貫さんもそう思っていると思うのですが、自己模倣をしてしまうと、先には行けない。実際に稽古してみると、新しいリン、新しいミスミ、新しいマミヤ、新しいレイ、新しいトキ、新しいラオウ 、……と、出会っていく相手役が変わることで、やはり自分の中でも動くものが変わりますからね。もちろん初演で作ったものを大事にしながらも、再演に際して、いちからまた探っていくことをとても大切にしていると思います。
平原綾香(ユリア役)
May'n(ユリア役)
ーーぜひ新キャストの皆さんについて、期待を込めて、それぞれコメントいただきたいです。まず、トキ役の小西遼生さんはどうでしょう?
石丸:本当に情の深いトキになっていますね。やはり前任の2人(加藤和樹/小野田龍之介がWキャストだった)とは全く違う。同じことを要求してるんですよね、演出家としては。なのに、表出してくるものがまるで違う。そのことに驚きながらやっています。
小西さんは、とても存在が優しいですね。静かな水鏡のたたえる清明さを感じるトキとでもいいましょうか。水鏡って、写すからには光がないといけない。だから影の方に行きすぎないというか。それでいて、憂愁の深さもある。とても面白いトキになっていると思います。
小西遼生(トキ役)
ーージュウザはダブルキャストですね。
石丸:ジュウザは上川さんと伊礼さんのWキャストです。伊礼さんはとても自由で、「愛を失ったがゆえに放蕩の人生を選ぶ」というジュウザにピタッとはまるのですが、上川さんは役作りに苦労をしています。
今まで割と決まった型の中で、演じてきた方だから、「誰とも似てなくていい。もっと自由でいい」と言うと、その自由を見つけるのがはじめは難しかった。けれども、ものすごく誠実でまっすぐな方なので、「上川さんならでは」の苦悩の深さが際立つジュウザになりそうです。
そして初演でも非常に人気の高かった「ヴィーナスの森」をセクシーに歌って踊って、女たちを愛してくださっています。今までの彼を応援してきてくださった方々には、とても新しい上川さんを見てもらえるのではないかと。
伊礼彼方(ジュウザ役)
上川一哉(ジュウザ役)
ーーマミヤはどうでしょうか?
石丸:(清水)美依紗本人はね、すごくキュートで可愛らしくて、プリンセスのようで、普段もコロコロと笑っているような女性なのですが、マミヤは激しい痛みを乗り越えて、人々を大きな判断力と強さで導いていく役。マミヤになる道を今一生懸命探っています。
とにかく歌声が素晴らしいですね。ぜひ楽しみにしていただきたいです。女性であるから受ける暴力の後に、抱えた痛みを乗り越えて戦っていく姿が、はじめから強い超人的な女性ではなくて、どこにでもいる普通の女性に生まれた強さだと感じられる。彼女が演じることで、より身近な人物と感じられる。お客様にもそのように受け取っていただければいいなと思っています。

清水美依紗(マミヤ役)

ーーAKANE LIVさんはいかがでしょうか?
石丸:AKANEさんはもう本当に心を揺らしまくって、今格闘するようにトヨとトウを見つけようとしています。トヨの方は年をとっていても、その明るさと強さでどんどん村を引っ張っていく役目。それでいて昔の恋を語りだしたら可愛らしいところが出てくる。それはAKANEさんにぴったりです。
そして、トウの方を演じるときは、どれだけわぬ愛を胸にたたえ続けると、女はこれほど強くなれるのかと感じさせてくれ。自分の愛では支えられない、自分ではその愛が叶えられないのだと悟ったときに、選ぶ行為がとても胸に迫るものがあって。私はそのシーンで落涙を止められません。
ユリアと2人で歌うナンバーも素晴らしい。より2人の声が寄り添い合うように、初演の経験を持って先に進もうとしております。きっとまた新しいものを感じていただけると思います。
AKANE LIVE(トウ・トヨ役)
ーー宮川さんはいかがでしょうか? リュウケンを含め、いろいろな役どころを演じられます。
石丸:宮川さんは生きてきた時間が、(前回の)川口(竜也)さんとはまた違って、渋みとして表れていてね。すごく魅力的です。それでいてね、前回もそうだったんですけれども、そんなにたくさんの人数でやっているわけではないので、いろいろな村人として出ていいただいたり、人気シーンの「あべし!」のシーンもやっていただいたり。
さまざまな役をとても前向きに楽しみながらやってくださっています。先輩俳優がそうやって1個1個前向きに立ち向かってる姿がチームを元気にしてくれる。とてもありがたいなと思っています。
宮川浩(リュウケン役)
ーーレイ役の三浦涼介さんはいかがでしょうか?
石丸:彼に、今回稽古の最初で話したのは、人間らしさを捨て、復讐のために、鬼になって生きてきたレイ……少しでも柔らかなところを自分に認めてしまうと、その自分が生きていく根拠である怒りや恨み、復讐に向けた強い力が薄れてしまう。だから、あえて自分の中の人間らしさを捨ててきたという男の凄み、鬼気迫るものを表現したい。そうお願いしたんですね。
彼はそういうことを心で感じるのが、とても早いのでしょうね。別の舞台の本番で、稽古の入りが少し遅くなったんですが、その分、台本を読み込み、演出の意図を聞いた上で、最初から稽古場で裸になるという覚悟を決めてきてくれた。少しずつ役を探っていくのではなくて、一気にレイの世界観を稽古場に持ってきてくれたんです。
正直、私はちょっと驚きました。もう少し探りながらいくのかなと思っていたから。最初の稽古からグッと乗り出してきてくれて、そこにこの作品に三浦くんが懸ける思いをすごく感じて、私は嬉しくなりました。とても魅力的になると思います。
三浦涼介(レイ役)
ーーラオウ役の永井大さんはどうでしょう?
石丸:初演のときもそうだったのですが、俳優には空手のトレーニングを受けていただいていて、私はそのビデオを見ながら皆さんが戦う姿を妄想して過ごしてたんです。そのビデオに出てきたときの永井さんの立ち姿が最高に格好よかった。
彼自身、ミュージカルは初めてですけれども、お会いして、歌っていただいたときに、この人には「声」があると思った。きっと(Wキャストの)福井(晶一)さんの重厚なラオウ とは全く違う、野心に満ちたギラギラしたラオウができると思ったんです。
(初演に出演していた)宮尾(俊太郎)さんの場合は、ものすごく高貴な魂を持ったラオウだったんですけれども、今度は本当に雄々しく猛々しいラオウになると思います。暴力の世界で勝ち抜いてきた男という感じですね。
そして、映画やテレビの演技では今まで見たことなかったような、ものすごく迫力のある芝居を見せてくれています。これもどこまでいけるか。逆に私が楽しみにしていますね。
今は初めてのミュージカルということで、セリフを間尺に合わせて言うなど、いろいろ戸惑うことが多いみたいなんですけども、それらがスポンとはまったときに、全く新しいラオウ像ができるでしょう。ご期待いただきたいです。
永井大(ラオウ役)
ーー今、お話をうかがっただけでも、非常に期待が膨らみます。最後に、意気込みや見どころをお願いします。
石丸:初演をご覧いただいたお客様には、驚いたり、ワクワクしたり、原作を力業で演劇に置き換えた部分を笑いや拍手で応えていただいたり、さまざまにエンターテインメントとしてお楽しみいただけたと実感していました。
さらに、骨太に描かれた、救世主として立つ男の成長の物語。厳しい時代を生き抜く、原作にはあまり描かれなかった民衆たちの力。その民衆たちの悲しみを背負うケンシロウの姿。「強敵(とも)」と呼ばれる男たちの生き様。これらの物語性が、そのエンターテインメント性、ワイルドホーンの「これぞグランドミュージカル」という分厚い音楽と三つ巴になって、楽しんでいただけたと思います。
再演では、そのご期待はもちろん裏切らず、同じように「これこれ!」と思っていただけるようにします。一方、演じる人が変わったことで、少しずつ気づくことや自分の胸を打つところが違ったりすると思うんです。より深いドラマを、受け取っていただきたいですね。
最後の歌と立ち回りでグイグイと引っ張っていくラストシーン。こんな息の詰まる時代ですから、スカッとしたいし、戦う志を持った人たちがしっかりと地に足つけて立っている姿を見るだけでも、胸がすく思いを味わって頂けるのではないでしょうか。
原作を知らなくても十分楽しめるようになっています。エンターテインメント性の高いグランドミュージカル。『北斗の拳』という、超現実なんだけれども、生身の人間がとことんぶつかり合う物語。こんなミュージカルはそうそうないです。何よりも人間力を感じていただきたいと思います。
もっとよくするために。熱量がすごい稽古場
都内で行われている稽古場を見学した。感染症予防のため、手指消毒のほか、抗原検査の陰性を確認した上で取材にあたった。
この日は、アクションの指導が中心の稽古だった。初演である程度の「型」が出来ているとはいえ、より魅せるためにはどうしたらいいのか。演出の石丸さち子、アクション指導の渥美博の提案や指示はもちろんなのだが、ケンシロウ役の大貫勇輔をはじめ、俳優たちも積極的に意見を出し合う姿が見られた。
例えば、拳王が支配する監獄「カサンドラ」のシーン。アクションの手数が多く、とにかく迫力があるシーンだ。そのアクション一つ一つにも意味を持たせ、強調したいポイントを全員でしっかりと整理してからは、シーンを繰り返し練習し、身体に動きを刻み込む。一歩間違えば怪我につながってしまうので、緊張感を持ちながらの稽古だ。
植原卓也(シン役)
とはいえ、何回シーンを練習するかを、渥美と大貫がジャンケンで決めるなど、茶目っ気もある。勝った大貫は「3回」と答えた。60%、80%、100%と徐々にボルテージを上げる想定だったようだが、端で見ていると初回から全力で大迫力。1回終えるごとに、当人たち同士にしか分からない、数センチの動きのずれ、ちょっとした呼吸のずれを細かく修正していた。確かに、神は細部に宿るという。こうした一つひとつのシーンを深く追求ができるのは、再演の強みなのかもしれないと思った。
福井晶一(ラオウ役)
石丸の演出の熱量も健在だった。「初演をなぞればいい」などと生温い考えは、はなから頭にないのだろう。まるで彼女もひとりの出演俳優としてそこにいるように、そのシーンで俳優たちに表現して欲しいことを言葉で伝えていく。先述のカサンドラのシーンでは、「それぞれのキャラクターにドラマがほしい。奴隷と化した人たちが、死んだような瞳の奥の悲しみをケンシロウが見抜くことに衝撃を受けてほしい」などと、囚人のキャストたちを鼓舞していた。
感染症予防対策のために、稽古場であまり雑談はできない。そのためだろうか。黙っていても、暇さえあれば、俳優たちは筋トレをしている。シーンの合間に、誰かが筋トレをし始めれば、我も我もと同じように筋トレをし始める。確かに「戦い」がひとつのテーマで、身体作りがとても大切な作品ではあるが、それ以上に筋トレはコミュニケーションの手段なのだろう。ここまで呼吸するように筋トレをしている稽古場は他にはあまりない。
上田堪大(シン役)
製作発表では、再演からの新キャストが口を揃えて「熱量がすごい現場」と言っていた。確かにその熱量は、初演を経てこそ、さらに高まっているような気がする。そんな現場に、新キャストがどんな風を吹き込んでくれるのか。開幕を楽しみにしていよう。

取材・文=五月女菜穂   撮影=鈴木久美子、荒川 潤

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