井脇幸江&高橋竜太が語る、バレエ『
TOSCA』ができるまで~名作オペラを
今に訴える鮮烈な人間ドラマに!

元東京バレエ団プリンシパルの井脇幸江が率いるIwaki Ballet Company(IBC)が『TOSCA』全3幕を2022年10月1日(土)~2日(日)新宿文化センター大ホールで上演する。プッチーニによるイタリア・オペラの名作『トスカ』に基づく同作をIBCが初演したのは昨年(2021年)6月。井脇と同じ東京バレエ団でソリストとして活躍し、現在振付家として精力的に活動する高橋竜太が振付した全幕バレエは熱い注目を浴びた。今回はメインキャスト(井脇、安村圭太、高岸直樹、梅澤紘貴、江本拓)は前回同様だが改訂を加え、編曲の井田勝大が指揮するオーケストラ生演奏、ソプラノ&テノールの独唱が入る。バレエファンのみならずオペラ通にとっても興味深いに相違ない話題作について、井脇(IBC総監督・トスカ役)と高橋(脚本・振付)に創作プロセスやパワーアップを目指す舞台への意気込みを語ってもらった。

■オペラ『トスカ』が全幕バレエに! 未踏の挑戦を成し遂げた初演
(左より)井脇幸江 安村圭太 (c) Mayumi Mano
――オペラ『トスカ』は歌手のトスカと画家のカヴァドッシの恋物語です。舞台は1800年のローマ、恐怖政治の時代。カヴァラドッシは政治犯アンジェロッティを匿い逃亡させ、警視総監スカルピアに捕らえられます。トスカは恋人を助けようとしますがスカルピアを殺してしまい、やがてトスカもカヴァラドッシも死んでしまう悲劇です。井脇さんは『トスカ』の「音楽の素晴らしさとストーリーの悲劇性に胸をえぐられた」ことからバレエ化したいと考え、高橋竜太さんに『TOSCA』の振付を依頼したそうですね。初演を果たした時のお気持ちはいかがでしたか?
井脇幸江(以下、井脇):幕が降りた瞬間はとても満足でした。皆に感謝しつつ、グランド・バレエ『TOSCA』の誕生に興奮しました。
――高橋さんは依頼されてどのように思われましたか?
高橋竜太(以下、高橋):当初は『トスカ』のダイジェストをやるという話だったのですが、それだと悲劇の集合体になってしまうんですね。全幕でやらないと良さが伝わらないとすぐに分かりました。そこで自分のやり方で任せてもらうことになって台本を書きました。悲劇が伝わりまくる展開というか、バレエでここまでの悲劇って、あまりないですよね?
井脇:『ロミオとジュリエット』や『マノン』(振付:ケネス・マクミラン)もありますが。
高橋:殺人場面をここまで表現しなければいけないバレエは多分ないと思うので、そこを上手く包み込む演出が必要だと考えました。そこで現代の美術館のシーンから始めました。現代からタイムスリップする趣向は、「忠臣蔵」を扱った東京バレエ団の『ザ・カブキ』(振付:モーリス・ベジャール)でやられていますが、『TOSCA』では、時代をまたいで物語が語り継がれ、人間の愛憎も輪廻していくのではないかというふうに描きました。
(左より)井脇幸江 高橋竜太 (c) Mayumi Mano
――バレエにするには難しい題材だから、なかなか創られなかったのかもしれませんね。
高橋:音楽の力が大きいですよね、幸江さんがバレエにしようと考え、それに井田(勝大)くんが編曲してくれたことが凄い一歩なんです。僕はそこに乗っかった。原作を汚さず、バレエの魅力を出さないといけないのが挑戦でした。
井脇:バレエファンの方が観やすいようにということを考えて、まずは歌の入っていないCDが存在するのかどうかを井田くんに相談しました。
高橋:歌詞に振付が縛られてしまうので、有名なカヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」とかは別にして、それ以外は入れていません。それよりも音楽の流れで台詞を組んでいくというか、ダンスの振付の言葉を見つけていく方が絶対に上手くできる。歌なしの音楽を作ってもらうしかないと思いました。
井脇:CDが存在しないことが分かり、本格的に井田くんに『トスカ』のバレエ化をサポートしてもらうことが決まり、編曲・録音へと話が進んでいきました。とても心強かったです!
井田勝大

■ベストな配役、こだわりの人物造形~トスカと彼女をめぐる4人の男たち
――井脇さん、実際に舞台でトスカ役を踊り演じての印象はいかがでしたか?
井脇:竜太くんは最初『トスカ』を知らなくて。でも私はそれが良かったと思っています。竜太くんも『トスカ』をよく知っていると、二人のトスカ像が入れ違がったりしたでしょうけれど、今回は脚本を書いてきてくれた時に「全部任せよう!」と考えたんです。私の演じたトスカは、物語はオペラと一緒なのですが、イメージは別というかバレエ版ですね。
高橋:『トスカ』について何も知らなかった(笑)。だから「こういうものだよ」というのを全部吸収してからもう1回ちゃんと見直しました。なので幸江さんの思う『トスカ』をダイレクトに感じていました。
井脇:初演時は可愛そうというか悲しすぎちゃったんです。リハーサルの時、感情に流されボロボロ泣いてしまい、竜太くんに「ちょっと泣き過ぎです!」って言われたんです。
高橋:覚えています。
井脇:トスカの心情を共有すると、泣かずにはいられなくなってしまって。でも今回は少しアプローチを変えてみようと思っています。
高橋:自分が感情で感じていることと、伝わることは別になることがあります。舞台では「泣いています」という振付があった方がよかったりするんですね。「泣くのを我慢しておいて、ここで一気に泣く」とか決まりがあった方がいいかもしれない。
(左より)安村圭太 井脇幸江 (c) Mayumi Mano
――トスカをめぐる男たちも曲者です。「星は光りぬ」が流れる中、カヴァラドッシがアンジェロッティの亡霊と踊るデュオは特に印象的でした。それに堂守は副官(スポレッタ)を合わせたような癖のあるキャラクターです。男たちの描かれ方に厚みがありますね。
高橋:アンジェロッティの梅澤(紘貴)くんをもっと出してあげたい(笑)。それは幸江さんからも言われていました。アンジェロッティは『ザ・カブキ』の塩治判官と同じでメチャクチャいい役なんですが、どちらもあっという間に死んでしまう。塩治判官は自害してしまいますが、ベジャールさんは一番美味しい創り方をしています。「忠臣蔵」とは異なりますが、戦国時代を舞台に信長、秀吉、家康が出てくるテレビドラマをみると、一番美味しいのは信長役なんですね。なので、信長の魅せ方が上手いと、江戸時代に向かう話が絶対におもしろくなる(笑)。
カヴァラドッシは「星は光りぬ」でトスカへの愛を語るけれども、舞台上には亡霊が見えてしまったりとかする。錯乱していく彼の中で、アンジェロッティとの別れを感じるというか、そういう情報を一気に歌とダンスで見せようと思いました。それと、あの二人を踊らせたのは、音楽からはトスカへの愛を語るという力強さよりも、死への怖れとか、自分が犯してきたことの罪深さとかを感じたからでもあるんです。
堂守に関しては、これも『ザ・カブキ』の登場人物である伴内のような発想がありました。古典バレエには、話をひっかきまわしたり、ドラマ性のある方向に導いたりする存在が必要です。『白鳥の湖』だったらピエロ、『ラ・シルフィード』だったらガーンみたいな道化的存在ですね。そこで堂守とスカルピアの副官を1個にまとめたコミカルな人物を置いて、物語をこじらせていくんです。
井脇:キャスティングはひらめきですが、ビジュアルは重視しています。踊ることよりも先に、たたずまいで表現できる方を選んでいるように思います。
高橋:幸江さんは一番合う配役をしているんですね。バレエ界のエース高岸直樹さんをあえて悪役スカルピアにする。江本拓くんも王子役ではなく堂守のような役の方がおもしろい。カヴァラドッシの安村圭太くんの線の細さはスカルピアの直樹さんと対照的で、力関係がハッキリと見えます。
井脇:全員のキャスティングがハマり、リハーサル中から信頼関係が結べていました。
高岸直樹 (c) Mayumi Mano

■「集大成の舞台に」(井脇) 「『TOSCA』は古典の新作」(高橋)
――再演に際しての改訂ポイントを教えてください。
井脇:構成を基本的にオペラと同じにしたんだよね。初演は1・2幕と3幕に分けて2幕構成にしたので前半が長くて。
高橋:特に幸江さんはスカルピアの部屋に呼ばれて、めちゃくちゃいじめられてる時間が長い。
井脇:長かったね(笑)。
高橋:観ている方も気持ちがキツいかなと感じました。
IBC『TOSCA』今回の再演(2022年)のチラシ
――苦心している部分は何ですか?
高橋:前回も悩んだのですが、話の展開が複雑なので、マイムが多くなってしまうんです。それを削れるところは削る。あるいはまろやかにしています。
井脇:初演を超えるって、とても難しいことなのです。井田くんと竜太くんとの3人の共通見解は「引き算していこうね」ということでした。付け足すのではなくシンプルにしていこうねと。
――音楽はお話しに上りましたように井田勝大さんが監修しました。初演では録音音源を使いましたが、今回は井田さんの指揮による生オーケストラでソプラノ(沼生沙織)&テノール(馬場崇)が歌います。オペラの第2幕でトスカが歌う「歌に生き愛に生き」、第3幕でカヴァラドッシが歌う「星は光りぬ」を今回は生歌で聴けますね!
井脇:はい。オペラにはバレエシーンがよくありますが、バレエ作品の中でオペラ歌手が実際に歌う場面を私は観たことがありません。今回はトスカがもう1曲歌うことになりました。
井脇幸江 (c) Mayumi Mano
――9割方『トスカ』を使い、それ以外はプッチーニの別の音楽から持ってきているんですよね?
井脇:オペラの『トスカ』の中に存在していても、バレエとして踊るには違和感を感じる部分がありました。そこには、別の音楽を入れたりしています。
高橋:「本当にこのシーンは必要だったかな?」と相談して変えた曲もありました。それから今回オープニングを変えて曲を足したんですね。
井脇:井田くんが「序曲をバレエの作品っぽくしました」と笑顔で話してくれました。曲を聴いてみると『眠れる森の美女』や『白鳥の湖』のように、物語のテーマとなるメロディが入っていて「なるほど!」と感心しました。
初演のカーテンコール (c) Mayumi Mano
――本番に向けての意気込みをお聞かせください。
井脇:IBCは10周年を迎えました。私が4年間くらい温めてきた作品を、IBC主催公演としては初のオーケストラ生演奏で上演します。誰も創っていない新しい作品を皆で創っている。本当に集大成で、思い入れの深い舞台になると思います。
世の中が殺伐としてしまい、不安が煽られている世界になってしまいましたが、芸術を愛する気持ち、舞台を楽しんでもらう気落ちが奪われてはならないと思います。厳しい状況ですが、淡々と、いままでの10年間の気持ちと変わらずにやっていきたいです。
高橋:プロデューサーというか舵取りをしてくれる人がいる。それに賛同してキャストが集まり、振付をしたり、演出をしたり、音楽を創ったりする。この作業って、現代ではなかなかできない工程です。バレエ・リュスにディアギレフがいて、ピカソが絵を描いて、ジャン・コクトーが台本を書いたというのが羨ましかったんですね。でも、今それができている。
井脇:カヴァラドッシが描いたマリア像は、初演と同じく現代美術家のNao Morigoさんの作品です。『TOSCA』のために描いてくれました。
高橋:そういう過程が現代でも実現できることをご覧いただきたいですね。『TOSCA』は古典の新作といっていい。僕はバレエが好きなので、振付の様式や演出が現代的でも古典の良さを守らないといけないと思うんですね。そこを観てほしいです。
井脇:IBCのバレエ『TOSCA』は、トスカの身投げで幕は降りません。人と人が命を繋いで今がある。時を経て、さぁ二人はどうなるのか? 結末はお客様に委ねています。やはり交われないのか? ハッピーエンドなのか? 自由にこの物語を愉しんでいただければうれしいです!
【PV】Iwaki Ballet Company『TOSCA』全3幕
取材・文=高橋森彦

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