「どうぞ、良い旅を」~2022年秋公演
がスタート、ミュージカル『刀剣乱舞
』にっかり青江 単騎出陣 東京公演
レポート

ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズの1作「にっかり青江 単騎出陣」は、刀剣男士であるにっかり青江がただ一振りで日本全国を回る巡業公演だ。2021年の春・秋&2022年の春・秋と4回に渡っての長期スケジュールを組み、行く先々でその土地の人々とじっくり触れ合うこのステージもいよいよ最終行程へ。全国47都道府県制覇を目指した最後の“秋の陣”、そのスタートである東京公演の模様をレポートしたい。

2022年9月13日(火)昭和女子大学人見記念講堂にてミュージカル『刀剣乱舞』にっかり青江 単騎出陣 の幕が開いた。ここまでコツコツと公演数を重ね良い評判も舞い込んでいる中、いよいよ“地元”を訪ねてくれたというワクワクと共に席に着く。この広い会場の真ん中で一振りだけでの公演は素晴らしいチャレンジだ。やがて、開演のとき。舞台上の“あるモノ”がス〜ッと気配を消した。小さくドキッとする。
床に刺ささったままの刀の元に、にっかり青江が近づいていく。刀を手に取る。まずは自身についての紹介から。また、それぞれの地でしていたようにご当地ネタを交えたトークでちょっと場を和ませてもみせる。どんな物語が始まるのだろう。にっかり青江は言う。「そう、これは何度目かの始まり」だと──。
ひとりごとのようでもあり、大切な誰かに徒然に話しかけているようでもあり。にっかり青江はこれまでの戦いで体験した出来事を滑らかに語り出す。徳川家康をめぐるあれこれ、石切丸のこと、千子村正のこと、蜻蛉切のこと、物吉貞宗のこと、大倶利伽羅のこと……。にっかり青江の視線はいつも丁寧でやさしく的確。「旅に出たい」と思うようになったのは、どんな境遇にあろうとも笑顔で向き合おうとしてくれた物吉貞宗の“心の奥”に触れた一件から。折れることも覚悟して後回しにしていたすべてに向き合おうという覚悟を決めたからだ。
大切な仲間と挨拶を交わして本丸を出立、道中ではたまたま出会ったこどもたちと遊び歌を楽しんだり、思い出を反芻したり、ひたすらに刀を振ることもあった。

やがて「その日」はやってくる。これまで自身の内に深く深く封印してきた感情のマグマが、激しく噴出する瞬間が!

刀剣男士は人の形を得る際、刀剣として記憶してきた体験や持ち主の人生、それらをとりまく逸話や伝説をよすがにさまざまな姿で顕れる。おそらく「にっかりと笑った女とこどもの幽霊を斬った」とされるにっかり青江にとっては、その逸話は“お守り”というよりは“縛り”に近く、本当に強い刀剣男士としての自分を確立するためには乗り越えなければいけない“自分自身のストーリー”となっていたのだろう。そして……快適だが孤独な旅を続け、十分な時間を費やして自身の歴史の追体験と再発見ができたとき、また、自分の弱さを受け入れることができたときにこそ祈りは果たされ、次へ進むべき“新しい本当の自分”へと再生することができるのだ……と。

2017年からにっかり青江を演じ続けている荒木宏文は、その流麗な姿にしなやかな強さとにっかり青江特有の“つめたいあたたかさ”をまとい、若い俳優が多いシリーズにおいては頼れる先輩としてもしっかりと作品を支えてきた。本作ではさらに「刀剣男士とは?」という大きな命題へ一筋の光が強く差し込むほどに己のキャラクターへと深く潜り込み、芝居、歌、殺陣、講談を織り交ぜながらたったひとりで非常にシンプル且つ豊かな演劇を創り出すことに成功している。

講談での声の調子の使い分け、一言ずつの言葉のやり取りの連続で本丸の刀剣男士たちがそこに居るかのようにイメージさせる巧みさ、会場全体に丁寧に視線を投げかけながら手踊りで一体感を導いていく包容力、激情あふれるクライマックスシーンの熱量、美しい殺陣、多彩な表情を伝えてくれる歌声と、これまで培ったスキルと表現力を惜しみなく披露する“俳優力”は圧巻。作品全体を飽きのこない1本のエンタメとしてコントロールする手腕も素晴らしかった。
お別れを惜しむかのように流れ出す最後の歌は「誰かを笑顔にしたい。そして、もし許されるなら自分も笑いたい。心から」と願うにっかり青江が観客に贈る、神聖な寿ぎの調べ。以前のインタビューでは「コロナ禍を経験したことで改めて演劇の原点を見つめ直し、そこを全うしていきたいと思った」と語ってくれた荒木。その行動のおおきなひとつが、この単騎出陣なのだと思う。同じ時代を生きる同士、行動や出会いが制限されるのなら「会いに行ける人が会いにいけばいい」と、大げさな仕掛けには頼らず、ほぼ身ひとつでエンタメを引っさげ巡業を続ける者がいる。目の前にはそんな表現者の姿から勇気や愉しさを受け取る誰かがいる。私だってそのひとりだ。そんな幸せな演劇の連鎖の実現が確かにここにはあった。
秋の巡業、この先もまだまだたくさんの笑顔が待っていることだろう。どうぞ、良い旅を!
取材・文=横澤由香   撮影=SLY

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