ホフディランから先達への
迸る敬愛が感じられる
充実しきったデビューアルバム
『多摩川レコード』

『多摩川レコード』('96)/ホフディラン
時代を超えて愛される「スマイル」
なぜ「スマイル」は時代を超えて多くのリスナーに届いたのか。その要因は、歌のメロディーの良さに尽きると言ってよかろう。とにかく旋律が親しみやすい。子供でも一、二度聴けば口ずさめるくらいのキャッチーさがある。子供向け教育番組『けんたろうとミクのワイワイキッズ』において、速水けんたろうと羽生未来によって歌われたというのも十分にうなずける。唱歌や童謡に近い印象すらある。ホフディラン版、すなわち今回紹介する『多摩川レコード』収録バージョンは、派手さこそないものの、しっかりとしたバンドサウンドで彩られ、コーラスは趣味性と言ってもいいほどのこだわりを見せているし、ギターとエレピのアンサンブルにはホフディランというユニットが、ヴォーカル&ギターとヴォーカル&キーボードとで構成されていることを示している。サウンド面も決して無視できないものある。しかし、歌の旋律を越さないというか、そういうアレンジがなされているように思う。歌の個性を最大限に引き出しているという言い方でもいいかもしれない。件の『オロナミンC』にしても伴奏なしで森七菜がアカペラや鼻歌で歌っているものが多かったように思う(CMにはいくつかバージョンがあり、そのすべてに伴奏がないわけでもないが、伴奏があまり目立たないのは確かだろう)。
歌詞の乗せ方もいい。冒頭から《いつでもスマイルしようね》である。厳密に言えば、日本語として正しくないことは言うまでもない。文章を抜き出すとそれがはっきり分かる。“スマイル”はもはやほぼ日本語になっているので、その意味は誰もが知っているだろうが、動詞ではなく、名詞として用いられることが多いとは思う。その観点で言えば、上記フレーズは“いつでも〈微笑み〉をしようね”とか“いつでも〈にっこり〉をしようね”となる。笑ってほしい時は“笑って”と伝えるのが、2020年代の日本ではまだ普通であって、本来は“いつでも微笑んでいようね”、もしくは“いつでもにっこりしてようね”が正しい。スマイルを活かすのであれば、《しようね》は要らないし、何なら《always smile》にすればよい。はい、難癖はここまで──。この《いつでもスマイルしようね》や《いつでもスマイルしててね》での“スマイル”の使い方が素晴らしいのである。どんな屁理屈にも負けない、圧倒的な説得力がある。“スマイル”は意味が曖昧で(それ故に…かもしれないが)、それぞれが思い描く“スマイル”があると思う。その各々の“スマイル”を喚起させるには、やっぱり“微笑み”や“にっこり”ではなく、“スマイル”がベストであったのだろう。これは日本のポップス、ロックに新発見、新発明であったと言えるかもしれない。案外真面目にそう思う。