矢野顕子、KIRINJI、大橋トリオの共
演ーー音楽はおくりものと想わせてく
れた『BABY Q』大阪公演

『BABY Q』2022.9.3(SAT)大阪・大阪市中央公会堂
9月3日(土)に、大阪市中央公会堂にてライブイベント『BABY Q』大阪公演が開催された。前月の8月12日(金)には横浜公演として、神奈川県民ホールでも開催。『Q』は、2019年に、神戸・ワールド記念ホール、東京・両国国技館で、「CUE=素晴らしい音楽に触れる「キッカケ」に」、「休=最高の休日に」という想いを込めて立ち上げられたインドアフェスである。そして去年、東京と大阪、広島で弾き語りメインのライブイベントとしてスタートした『BABY Q』が、今年1月の北海道に続き、今年の夏は横浜と大阪で実施された。
KIRINJI
大正時代のネオ・ルネッサンス様式の歴史的建築物として、国の重要文化財にも指定されている大阪市中央公会堂。この趣ある建築物での弾き語りライブにトップバッターとして登場したのは、堀込高樹のソロプロジェクトとして活動しているKIRINJI。
「始めてもいいんですけど、めちゃくちゃ緊張するんですよね」
この場に馴染むためにおもむろに喋り始める堀込。主催者に「今日、9割5分はKIRINJIのファンです」と、すぐバレる嘘をつかれたことなどを冗談交じりに話しながら、気付くと自然に演奏をしていく。約21年前にリリースされた「ムラサキ☆サンセット」が歌われるが、そんなに時が経っているとは全く思えないほどの色褪せない美しいメロディー。歌い終わると、こちらはまだ余韻に浸っているのに、「本来は6分の楽曲ですけど、弾き語りにすると3分もないから短くて困りますよね」など、すぐに喋り出す。この照れ隠しというか、喋っている時と歌っている時のギャップが良いなと思ったし、改めて独特の緊張感がある由緒正しき舞台なんだなとも再認識した。
KIRINJI
これまた気付くと猫の話になっており、糞尿の片づけが嫌だけど猫が家にいると和むなどと話していて、まるで小噺や枕を聞いている気分にもなって楽しめる。そして、「ネンネコ」が歌われて、「猫が寝てるという歌ですね」とまるでオチの様に話されるので、本当に落語を聞いているみたいな奥深さがあった。
基本このように全ての楽曲の頭に紹介が付くわけだが、猫の歌だけでも、どんなことでも歌になるなと感心していたのに、もっと変わった題材からの歌としては「fugitive」も印象に残った。何年かに1回、犯罪を起こして整形して逃げる人を歌にしているわけだが、その独創性に驚いてしまう。そんな後に9年前にバンド形式として生まれ変わりスタートした時の「進水式」を歌ったりするものだから、その振れ幅にも驚いてしまう。逆にいうと、変わった題材にしても自身を題材にしても、とにかく良い歌という変わらなさが凄い。
KIRINJI
突然、歌詞にフランス語が出てくるも、それは共作だからだと予防線を張って歌われた「薄明」や、コロナ禍と梅雨の時期のタイミングを考えて作ったら、微妙にタイミングがズレたと話して歌われた「Rainy Runway」。その後も色々とネタは尽きないし、二度ほど間違えて歌い直すアクシデントも笑いに変えたりと常に見せ場がある。もちろん本人が狙っての見せ場ではないが、こちらは惹きこまれる。そして、相変わらず良い歌……。
何故か「最後にすみませんね」と謝られて歌われた「絶交」。何も謝る必要は無いのだが、最後まで、そういうお茶目なボヤキに魅力を感じてしまった。そして、ただただ聴き惚れる。
矢野顕子
ステージにはグランドピアノ。片手を置いて、一礼したのは矢野顕子。何でもない動作なのに、必死に目で追いかけてしまうし、素敵な上品さを感じる。軽快に「わたしのバス」が歌われて、そのまま弾きながら歌い出したのは「ラーメン食べたい」。ピアノを弾きながら、観客席を観るために横を向いて笑顔で歌いかける。つぶやきながら歌ったり、本当に自由に伸びやかで、曲終わりに自然に拍手が起きた。
「驚きましたね、このいい感じの空間に! この組み合わせ、誰が考えたんでしょうね? それぞれ全く違う音楽を作っています。色んな音楽を選べていいね! ビュッフェスタイル!」
このたった3行くらいの短い言葉で、このイベントの趣旨というか良さが的確に伝えられたことに驚いた。ビュッフェスタイルとは、なんて的確な例えだと感心してると、いつのまにやら食べ物の話題に。それも魚肉ソーセージ! 調理したものを何十年も食べていたら、ある日、突然、そのまま生でムシャムシャと奥田民生が食べていたという微笑ましいエピソードが話される。
「生で食べていたことに驚いて! その時に思ったんです。自分が思ってた価値観が全てではない……かは、わかりませんが、お聴き下さい!」
彼女が言った様に、それぞれ違う音楽を作る3人が集まっている。まだ2人目ではあるが、この3人に共通するのは、お茶目さ、可愛らしさ、つまりチャーミングさではないかと思った。
矢野顕子
「音楽はおくりもの」を歌う前には、「音楽の」ではなく、「音楽は」という点を強調した。みんなコロナ禍で苦しむ中、「音楽は本当に良いものです」とも強調する。心の中にヒョイっと入ってきて、心を持ち上げてくれると話していたが、確かにそうである。それは決して大層なことでは無く、自然に起きることなのだが、音楽は私たちに与えられたおくりものである。今日も音楽はおくりものであることを感じながら過ごしているわけだが、よりそう感じる出来事が最後に起きた。
「今までつくった全部の曲を覚えてるなんてことはありません。でも、いつやっても私も嬉しいし、聴いてるみんなも嬉しい曲が数少ないけどあります。その曲を」
矢野顕子
そう言って歌われたのは「ひとつだけ」。元々は提供楽曲であったが、本人もセルフカバーして、今や彼女の代表曲であり名曲である。約43年前に発表されたが、いつ聴いても響きまくる大衆性に震えてしまう。わけもなく、ただ聴いてるだけで、涙腺にくる……そんな方は絶対に多かったはずだ。
<忘れないでいてほしいの ねぇ おねがい>
わたしとあなたについてシンプルにストレートに歌われる。これこそ、心から音楽はおくりものだと思える歌だなと感じながら、涙ぐむしかなかった素晴らしい歌で〆られた。まさに音楽はおくりもの……。
大橋トリオ
3人目。つまりは大トリを待つ中、場内では鳥笛のようなもので鳥の鳴き声に似た音を鳴らす人々が見受けられた。そんな中、大橋トリオが登場。笑顔で一礼して、グランドピアノに座り、「僕の時だけやって下さいね!」と笑いながら鳥の鳴き声に似た音を鳴らす。どうやら彼のグッズなんだなと、ようやく理解していると、すーっと歌い出す。まっすぐ丁寧にピアノを弾きながら、「はじまりの唄」が歌われる。
曲終わり、まるでジングルかブリッジの様に鳥の声が場内から聴こえてくる。和やかな雰囲気の中、3週間前の横浜公演にも触れて、「何でなの!?」と自分が大トリなことについて話す。世紀の大緊張と言い、その場で手に人という字を書いて笑いながら飲む。大橋トリオだから大トリなのかとも笑うが、横浜公演で共演したハナレグミがそう言っていたという風の噂を思い出し、こちらも笑えてくる。考えてみたら、大先輩の矢野顕子の後に歌うことが、いかに凄いことかがわかるし、それでも楽しく笑って歌を届けようとしてくれるのも嬉しい。吹く楽器には心臓の音が入るなんていう話をしながらピアニカを弾いたりと、気丈に振る舞っていたが、とてつもない緊張だったのだろうと今になっても思う。
大橋トリオ
「半ば安請け合いのノリみたいな感じで引き受けてしまって……、よりによって出番が最後で!」
こういう冗談を入れつつも、しっかりと自分の空気を作っていく、やはり、この人も最初の2人と同じくチャーミングな人である。この会場も昔から大阪に来る度に、移動の車で近くを通っており、担当イベンターからライブができることを聞いていたという。大正時代の建物であることにも触れて、和洋折衷という様式についてから、デビュー時の自分のスタイリングやアメリカの文化など、まるで緊張を解きほぐすかの様に色々と話し込んでいく。そして、ますます緊張してきたとボヤキながらギターを持つと思わず弾いてしまうというThe Beatlesの「Blackbird」をアコースティックギターで弾き語る。
そもそも自分の曲は弾き語り用に作ってないと、またボヤキながら「数少ない弾き語りができる曲」として「そんなことがすてきです」を披露。最後は小学生時代に親の目を盗んでピアノで弾き語りにチャレンジしていた話を明かして、「生まれた日」へ。
大橋トリオ
アンコールでは今年15周年であり、そのキャリアの中で良いことがあったことについて語り出す。
「僕の中で最大の夢がったことがありまして。10年前にコラボアルバムを出す時に、この方とコラボができたら辞めてもいいくらいに思っていました……。音楽人生の心の師と勝手に思っていますが、10年ぶり2度目に一緒に歌ってもらえる」
そう言って矢野顕子を呼び込む。矢野が歌詞を書き、大橋が曲を書いた「窓」。静かに矢野がピアノを弾いて、大橋も歌っていく。矢野は、3人を全く違う音楽と、ビュッフェスタイルと例えていたが、実際に2人は一緒に歌っているし、3人とも素敵な音楽を演奏する意味では、全く同じだったのではないかと、ふと思ったりもした。曲終わり、2人が手を取り合ってお辞儀をする。
音楽は私たちに与えられたおくりもの……やはり、この言葉が最後に残る素晴らしい夜であった。
矢野顕子、大橋トリオ

矢野顕子、大橋トリオ

取材・文=鈴木淳史 写真=オフィシャル提供(撮影:ハヤシマコ)

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