中村壱太郎、貞子が出る『Jホラー歌
舞伎』と『歌舞伎特別公演』、新旧堪
能できる2ヶ月で若い世代にアプロー
チ「まずは劇場へ」

9月、10月の大阪松竹座は、歌舞伎公演が目白押しだ。9月は8日(木)より4日間『歌舞伎特別公演』を。10月は鈴木光司が生み出した『リング』シリーズに登場する怨霊、貞子が歌舞伎の舞台に初登場。10月3日(月)から『日本怪談歌舞伎(Jホラーかぶき) 貞子✕皿屋敷』を銘打ち、G2 脚本、構成による新作歌舞伎「時超輪廻古井処(ときをこえりんねのふるいど)」を上演する。SPICEでは両公演に出演する中村壱太郎にインタビュー。9月は古典、10月は新作と毛色の異なる演目に挑む壱太郎。歌舞伎への思いや若い世代へのアプローチなどをたっぷり語ってもらった。
中村壱太郎
――大阪松竹座での歌舞伎公演が続きますね。9月の『歌舞伎特別公演』はどんな舞台になりそうですか。
今の時代に古典をどう見せるかということが、この公演のひとつの眼目だと思います。古典はずっとそのまま上演していればいいということではなく、僕らはその時代、時代に合った形に作り変えていかないといけない。それはただ変えるというよりも、どうやって古典を観てもらうかということを考えなきゃいけないということ。古典の演目を大阪で上演することのひとつの意義だと思います。
――どうやって歌舞伎を観てもらうか。そのあたりでの手ごたえや、逆に葛藤を感じることはありますか。
今回、第一部は「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」と「男女道成寺(めおとどうじょうじ)」、第二部は「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」と「博奕十王(ばくちじゅうおう)」、第三部は「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」を上演します。このうち僕は第二部の「神霊矢口渡」で主演を務めさせていただきますけれど、「すごくわかりやすいですよ」というキャッチコピーというより、作品を通して純粋な一人の女の子の気持ち……今、逢って、一目惚れした人を命をかけて助けようと思う恋心と情熱を、お客様にどこまで伝えられるかというのがひとつ。そこにいろいろな筋が絡み合ってくるのですが、その気持ちさえ伝わったら、1時間20分のドラマが完結すると思っていて。命をかけてまで……と言われるとそこまでだけど、それを超えたものがなぜか歌舞伎ではアリになる。歌舞伎の中で生きる女性の強さとか、美しさ、熱さ、そういうものを伝えたいですね。
2019年6月国立劇場「神霊矢口渡」 (c)松竹
ーー「神霊矢口渡」のお舟は、2019年に国立劇場の『歌舞伎鑑賞教室』でも演じられていました。
東京で学生向けの公演で上演させていただいた時に手応えを感じて、いつか関西でやりたいと思っていました。その土地土地、その時々に合ったものをお見せしようと。東京で上演してから3年経ってみて、今、大阪で上演するにあたって、どう演じるかを考えているところです。
――若い世代には、どういうふうに伝えていこうと思いますか?
まずは導入ですよね。「神霊矢口渡」にしても、そこに至るまでのお話があります。これは古典でよくあることですが、そこをどう伝えるのか。今はいろんな伝え方がありますし、ネット上にもいろんな記事がありますから、そういうものを使って、うまく誘導するのもひとつです。まずは芝居を観る前に作品について知ってもらうことも大事だなと思います。それでいて芝居をどっぷりと楽しんでもらうため、まっすぐ、純粋に、何を伝えられるか。芝居にはいろいろな要素が詰まっているので、いわゆる情報過多になりがちです。それをどれだけ削ぎ落してシンプルに伝えられるかが、古典の見せ方として大切なことだと思います。
――壱太郎さんの舞台を拝見していまして、可憐な少女から、最近は貫禄があって、頼りがいのあるお姉さんになられたなぁとしみじみ思うのですが、女方を演じられるにあたって、何か気持ちの変化とかありますか?
単純に年を取っているということではないでしょうか。20代と30代では容姿も変わってくるし、女方と一言で言っても、役によって全然違います。今年の『七月大歌舞伎』​でも思いましたけど、その楽しさを段々、自分で体現できるようになってきたのではないかなと思いますね。7月は役のキャラがすべて違いましたけど、似た役になるほどおもしろく感じるようになってきたというのが、今、演じていての楽しさですかね。
――それは演じ分けの部分で?
演じ分けもそうですし、役になる気持ちというのかな。化粧もこの頃楽しいなと感じることがより一層、増えたような気がします。
中村壱太郎
――役になる時のスイッチはどこで入るのでしょう?
皆、それぞれですけどね。化粧をするとか、衣裳を着るとか、鬘をかけるとか……。もう、僕らはそれが日課なので。今回の『歌舞伎特別公演』は4日間ですけど、10月の『Jホラー歌舞伎』は1か月です。1ヶ月も上演していると、その時間になるとその役になるみたいなところがどこかにあるので、これはもう特殊な人間ですね。僕たちからすると朝ご飯を食べる、みたいなものですから……。そのくらいじゃないとできないでしょうね、多分。
――それは小さい頃からされているからですか?
いや、小さい頃からということじゃないと思います。9時に出社して17時に退勤するという仕事とやっていることは変わらないと僕は思っていて。仕事としてスイッチがオンになるというだけで、そんな難しいことじゃないと思います。
――なるほど。何歳くらいから仕事だと思われましたか?
仕事としてというのは、大学を卒業してからですかね。楽しいだけじゃないことも含めて。
――学生の頃はまたちょっと違っていた?
そうですね。学生のときはどこかでまだ学生だという意識がありました。芝居に打ち込む熱量は変わらないと思うのですが、プロとして出ているという意識はあったとしても、自分でどう生きていくかということを考えるかという点では、やっぱりどこか違いますね。
――プロとして舞台に立つという点で、周りの方々から極意とか教訓めいたことを教えてもらうのでしょうか?
それはあんまりないですね。ただ市川猿之助のお兄さんは、僕が大学1、2年の時に一緒にさせていただく機会がありまして。当時、1日十役は演じられていましたから、その中で全てを注いで舞台に出られていたのを見て、「どういう体で、どうやって生きているんだろう」と思っていました。そういう先輩の姿を間近で見て、自分の覚悟と、目指したいものが見えてくるというのはありましたね。
中村壱太郎
――猿之助さんとも『歌舞伎特別公演』でご一緒されますね。
そうですね、この頃なかなか教わる機会がないですし、これを機に猿之助のお兄さんに「神霊矢口渡」を習いたいという思いになりました。今回共演はしませんが、やっぱり演技を観ていただける環境にいる中で、少しでも猿之助のお兄さんに携わりたい。猿之助のお兄さんは、いろいろな道標を見せてくださいます。例えば勉強、学ぶということ。それはもう歌舞伎だけじゃなくて、何を知っていて、この舞台に立っているのかということですよね。また、お兄さんは祖父(四代目 坂田藤十郎)にもたくさん習っています。今、祖父がいない中で、祖父のものを演じたいとなったとき、もしかすると習うのは猿之助のお兄さんだなと思うところもあって。
――お祖父さまのことを猿之助さんから学ぶというのは、素敵ですね。歌舞伎のDNAが誰かに伝わっていて、残っているということですよね。
僕は歌舞伎の芸は血じゃないと思っています。血で継いでいくというよりは、それぞれの学んできたことで繋いでいくもの。だから猿之助のお兄さんにも習いたいものがたくさんあるし、他の先輩方もそうです。上方の女方の先輩でいうと、片岡秀太郎のおじさまと坂東竹三郎さんはお亡くなりになられましたが、一番近くで師匠を見ていた、生の空気を吸っているお弟子さんたちがいるわけですから。そこで一緒に上方の芸を守っていったり、芸を継いでいったりできるわけです。そこに目指すものがあるかなと思います。
――今、何か勉強していることはありますか? または、こういうことに興味があるなど。
『Jホラー歌舞伎』があるからではないですけど、いわゆる日本の怪談ものには興味がありますね。怪談説法とか、語り継がれているところが日本独自だと思っていておもしろいですね。今回、『Jホラー歌舞伎』というまた新しい造語ができましたが、これが生きるも死ぬも初演が大事なので、歌舞伎の怖さは何なんだろうと改めて考えさせられますね。日本の化け物や怪談はおどろおどろしさという部分でのおもしろさがすごくあるなと思うので。『Jホラー歌舞伎』はまだ台本もできていないのでどうなるかわかりませんが、人間の情念の恐ろしさとか、何かゾクッとする怖さを目指すんじゃないかなと思います。
『日本怪談歌舞伎(Jホラーかぶき) 貞子×皿屋敷』
――10月の大阪松竹座は『Jホラー歌舞伎』ということで、「播州皿屋敷」と『リング』がコラボします。どういう見せ方なのか気になりますが……。
どうなるんでしょうね……。「播州皿屋敷」は僕も演じたことがない演目で。「番町皿屋敷」のお菊は自分で罪の意識を感じて死ぬのですけれど、「播州皿屋敷」は何の罪もないのに殺されてしまう。だからこそお化けになって出てくる。そこがどうなるのかは本を読まなければわかりませんが、おどかす怖さではないんだろうなと思います。メインビジュアルからして、やっぱり歌舞伎の色悪のおもしろさがでるのではないでしょうか。色悪は悪い人をカッコ良く見せていく芝居です。それで4時間ぐらいの芝居をやっちゃうのが歌舞伎ですから。愛之助のお兄さんの悪のカッコ良さが存分に光る作品なんじゃないかと思います。
――『Jホラー歌舞伎』も若い世代にとっては、歌舞伎に入りやすいのでは。
そうだと思います。愛之助のお兄さんのようにホラーが好きで「観に行こうかな」と思う方もいるかもしれません。コラボは、やっぱり歌舞伎と相性が良くないとやらないと思うんですよね。歌舞伎にも情念とか、念によって生まれるキャラクターがたくさんいるので、そういう意味での繋がりがあると思いますし、時代を超えたおもしろさという共通点もありますね。
中村壱太郎
――今井翼さんも出演されますね。今井さんはどんな役者さんですか?
今井翼さんとは『GOEMON』からのご縁で、『システィーナ歌舞伎』も一緒に出演させていただきました。『GOEMON』も今井さんご自身が「歌舞伎が好きだから出たい」とおっしゃったところから始まって、ちゃんと体現されているところが素敵だなと思います。「じゃあ次は出てみよう」となって『GOEMON』でもどんどん出番が多くなって。そういう貪欲さは、僕らがちょっと忘れかけているところでもあるんですよね。だから稽古場でもすごく刺激を受けます。もちろん先輩でいらっしゃるのだけれど、忌憚なくいろいろ聞いてくれるし、一緒に作っていると実感できる方です。いつも同じチラシには載っているのですが、なかなか共演することがないので、今回は一緒にお芝居をさせていただけたらいいなと思っています。
――歌舞伎以外で何か刺激になることはありますか?
今井さんはずっとフラメンコをされていらっしゃったから、僕らも曲りなりにもやらなきゃいけないときは教えてくださいました。どこを切り取ってもカッコ良い。それはすごいですよね。ずっとやって来られたからこその魅せ方の極意でしょうね。
――では片岡愛之助さんは、壱太郎さんにとって、どういう存在ですか。愛之助さんは先日のインタビューで、「あうんの呼吸」とおっしゃっていました。
9月は「男女道成寺」を一緒に踊らせていただきますけれど、この「男女道成寺」は女方にとっても、歌舞伎の踊りとしても、最高峰のひとつと思うんです。「連獅子」も含めて、今までいろんな演目を踊らせてもらったなかでのひとつの達成感みたいなのがあって。「男女道成寺」も一緒に踊る振りがたくさんあるので、それこそお兄さんがおっしゃってくださった「阿吽」の二文字をお客さんにも感じてもらえるようにしたいなと思います。芝居中にセリフ以外のことをしゃべることはできないわけですよね。でも、そこで心の行き交いみたいなものを、一番強く感じさせてもらっているのが愛之助のお兄さんです。この頃はご一緒する機会が少なくなってしまったのですが、その間にお兄さんもテレビドラマや映画など、いろいろ経験されていて、いつもそれを発揮されていて。ご一緒する際は僕も何か力になりたいという思いとともに、少しでも成長した姿を見せたいという気持ちがあるので、9月、10月と一緒にお芝居できることはすごく嬉しいですね。
中村壱太郎
――では、最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。
今、記事を読んで興味を持ってもらったなら、まずは劇場に来てもらえたらと思います。そして、最初に何に興味を持ったのか、ぜひ覚えていてほしいです。たとえば「関西の役者さん」かもしれないし、「ホラー」かもしれない。「歌舞伎」「女方」などいろいろありますが、まずそれを感じにきてもらえれば。歌舞伎は難しいと思われがちですが、最初に引っかかったものと舞台を観て引っかかるものはリンクするところがあると思います。そして9月、10月は、この2ヶ月で歌舞伎の懐の深さを堪能できると思うので、ぜひ大阪松竹座で観ていただけたらと思います。
取材・文=Iwamoto.K 撮影=佐藤純子

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