これは、私たちの知らなかった2振り
の“前日譚” ミュージカル『刀剣乱
舞』 鶴丸国永 大倶利伽羅 双騎出陣
~春風桃李巵~ 観劇レポート

ミュージカル『刀剣乱舞』の本公演から派生、少数の刀剣男士の出陣で多彩なスタイルの公演を展開するシリーズの最新作「鶴丸国永 大倶利伽羅 双騎出陣 ~春風桃李巵~」。今回は伊達家伝来で旧知の仲である鶴丸国永と大倶利伽羅の2振りの刀剣男士による物語が描かれた。ミュージカルパートとライブパートというお馴染みの2部構成で熱く盛り上がった“双騎出陣”。そのスペシャルな模様を2022年8月7日(日)、天王洲 銀河劇場にて行われた公開ゲネプロからプレイバックしよう。
「鶴丸国永 大倶利伽羅 双騎出陣」の情報が解禁されて以来、一体どんな内容の舞台になるのだろうと噂や予想で持ちきりだった今作。いざ1部の幕が開いてみれば、これぞまさにミュージカル。刀剣男士2振りの過去の出来事にフォーカスした、2時間に及ぶ骨太の歴史ドラマが用意されていた。
始まりは鶴丸国永への審神者の命。“大倶利伽羅を伴い、時間遡行軍に狙われている伊達政宗の様子をうかがってきてほしい。ただし、いつ現れるのかその時期までは絞れていない”のだという。——というわけで、最初に向かったのは幼少期、天然痘を患い右目の視力を失った梵天丸の元へ。育ての親がわりの僧侶・虎哉宗乙に手習いを見てもらい、「文をもらったことがなさそうな顔をしているから」という理由で大倶利伽羅に手紙をしたためる様子が愛らしい。2振りはここから宗乙の“へそ曲がり”の教えに導かれ、強く優しく賢くおおらか、そして風情を愛でる心を備えた人物として成長していく伊達政宗の人生の節目節目に立ち会い、その人間力に触れながら、付かず離れずの距離感で見守り続けることとなる。
今も多くの書簡が現存、ささいな日常の便りから「いざ」というときの一筆に歌や詩など、折に触れて様々な相手に様々な言葉を記してきた伊達政宗にふさわしく、今回の物語は書き残されたものを手がかりとし、“武器としての書状”をキーアイテムに綴られていく。「筆は刀に勝るとも劣らぬ」「紙切れ1枚で歴史に関わることもある」というわけだ。同時に、不立文字=体験によって伝えることを真髄とする、という教えに従い、鶴丸国永と大倶利伽羅が歴史上の人物に成り代わり寸劇で歴史的事象を再現するという場面も度々あり、観る者に伊達政宗を取り巻く大きな史実をイメージしてもらいつつ、少人数で物語を成立させる演劇的趣向も多彩。
 (c)NITRO PLUS・EXNOA LLC/ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
舞台前面を覆う達筆な文字が踊る紗幕はまるで言葉による時間の地層のようにも見え、どっしりとした侘び寂び加減に役者たちの存在が映える木造りの舞台セットの重厚さや、豊富に歌われるバラエティ豊かなミュージカルナンバー……と、目の前に広がる洒落モノな世界観もまた伊達政宗のスマートな佇まいにお似合い。全体を通し上質な小品と触れ合う気持ちの良さで作品を楽しむことができた。
序盤、顕現したばかりの雛鳥状態の大倶利伽羅に、挨拶もそこそこに刀を抜く鶴丸国永。防戦一方の相手を容赦なく追い込んでいくその姿は、これまで見てきた刀ミュの鶴丸国永とは少し様子が違い、刀剣男士としての成長の過程、そしてこの本丸の歴史を窺わせる気配が漂う。演じる岡宮来夢は、刀ミュシリーズで培ってきたキャラクターへの解像度を生かし、巧みに時間を巻き戻して“かつての鶴丸国永”を体現。「この一連を含めた数々の出来事を経て、あのどこか達観したように見える鶴丸国永が居るんだな」と思わせてくれる迫力と説得力に満ちていた。
一方の大倶利伽羅は顕現時期の差による圧倒的な戦闘力の違いに苛立ち、がむしゃらに強さを手に入れようとする。自身の成長と並行してたどる伊達政宗の人生は示唆に富み、常に近くにいる鶴丸国永の言動から感じられる“何か”とも相まって、アイデンティティーが徐々に確立していくその過程を、演じる牧島 輝は丁寧に表現。必要以上のなれ合いを嫌う大倶利伽羅の在り方を、抑制の効いたドラマ表現からしっかりと伝えてくれた。後半、戦いの中ギリギリのところで、一気に何段階も強さのレベルが上がったかのような無双ぶり、これまでの刀ミュで見てきた大倶利伽羅が解き放たれた瞬間も忘れられない。
物語の柱、伊達政宗を演じるのは岡 幸二郎。登場時の若者然とした瑞々しさ、そして次第に歳を重ね戦を重ねて武士としての重みと深みを増し、やがて海の向こうスペインへと夢と希望を馳せる熟年期までをはつらつと演じ分け、甘く上品に澄み渡る歌声で観客の心をふわりと掴んで決して放さない。華があるとはまさにこのことだ。
ストーリーテラーとして物語を牽引したのは唐橋 充。ストイックさと機知に富んだ振る舞いで虎哉宗乙として教えを説いていった前半と、伊達政宗の新たな夢を推し支える支倉常長としての陽気なラテン系ノリに徹した後半。タイプの異なる2役それぞれを愛すべき人物として演じ分け、端々に素敵な演劇スパイスを振りかけてくれた。
岡と唐橋、ふたりの声が重なり合う場面も非常に豊かで、 大人の魅力全開のドラマティックな感触。若き岡宮と牧島とのコントラスト、4人のバランスも絶妙だった。
逃れられない歴史の行き着く先はあれど、そこまでの道程はすべて自分自身のもの。空と海とで世界はひとつに繋がっている。いつだって船は出せるのだと胸を張れる美しさ、ゴスペルが鳴り渡る幸福感。フィナーレへ向かっての余韻は、ひときわ生きる喜びにあふれていた。
 (c)NITRO PLUS・EXNOA LLC/ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
過去作、島原の乱での壮絶な任務を描いた『静かの海のパライソ』では、言わずもがなの信頼感で背中を預け、時に手を取り合い戦いに飛び込んで行った鶴丸国永と大倶利伽羅。そんな2振りの姿を知っている観客にとって、本作はひとつの答え合せであり、新たな発見や意外な描写も多い贅沢な内容に。だからこその、鶴丸国永&大倶利伽羅の2振りで歌唱するメインテーマ曲『刀剣乱舞』も白眉! 2振りだけの絆、2振りだけの足跡がにじむ、ここにしかないアンセムである。
そしてお待ちかねの2部は、伊達政宗と支倉常長によるサプライズ、殺陣&ラップもありのボリューミーなパフォーマンスも会場を盛り上げつつ、鶴丸国永と大倶利伽羅がノンストップで疾走するライブ! スタイリッシュなナンバーからちょっとお茶目な意外なナンバーまで、ひたすらに歌い、踊る。それぞれにテイストの異なる低音ボイスが重なるボーカルはかなり心地よく、ハーモニーはもちろん、ユニゾンでの芳醇な響きは唯一無二。この双騎出陣にしかない感動、鶴丸国永と大倶利伽羅だからこそ生み出すことのできたグルーヴ、ふたりの全力のエンタメスピリッツを120%楽しめるステージとなった。
取材・文=横澤 由香

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