神奈川音楽堂『シッラ』がコロナ禍中
止を経てついに上演へ~歌舞伎の手法
を用いたハイブリッド・バロック・オ
ペラ【会見レポート】

2022年10月29日(土)・30(日) 、コロナ禍により上演中止の涙をのんバロック・オペラ『シッラ』が、神奈川県立音楽堂でいよいよ上演される。2020年2月、上演の真偽も不明な「謎の作品」と言われるヘンデルのオペラ『シッラ』を、神奈川県立音楽堂では開館65周年記念作品として日本初演しようと2017年から準備を開始。古楽界のリーダー、ファビオ・ビオンディや、演出の彌勒忠史らをはじめ、音楽家や舞台製作スタッフらが意気込み取り組みながら、公演の中止が告げられたのは上演の3日前のことだった。「またいつか必ず、この場で会おう」と固い誓いを交わして別れた日から2年半、いよいよその約束が果たされる日がやってくるのだ。この「幻の名作」の日本初演を目にしようと待ち望みつつともに中止の報に涙した音楽ファンもまた、「再集結の日」に胸を躍らせている。今回は先日行われた音楽監督のファビオ・ビオンディと演出の彌勒忠史の会見コメントを交えながら、いよいよ「果たされる約束」となる公演の見どころを、改めてご紹介しよう。(文章中敬称略)
ソニア・プリナ(シッラ)による第1幕のアリア

■実在の人物を連想させた? 幻の作品『シッラ』
今回上演されるヘンデルのオペラ『シッラ』が作曲されたのは1713年。ドイツ生まれのヘンデルは1710年に英国に渡り、1711年にバロック・オペラ『リナルド』を発表して名声を博し、以後英国を拠点に『メサイア』に代表されるオラトリオや『水上の音楽』などを発表する。「『シッラ』はヘンデルのロンドン時代の、いわゆる彼の成功の時期に作られたもののひとつ」とビオンディは話す。
台本は当時人気のイタリア・オペラの台本作家、ジャコモ・ロッシによるものだが、作曲の経緯は不明。初演はロンドン・ヘイマーケットの女王劇場のプライベートコンサートと伝わりはすれど、その真偽は定かではない。結局確たる上演の記録がないままオペラそのものは埋もれつつも、しかし『シッラ』の音楽自体がその後のヘンデルの他の作品で使われていたことなどから、静かにその存在は伝えられてきたという「謎の作品」でもあるのだ。
ではなぜ「謎の作品」となったのか。物語の舞台は古代ローマ。主人公シッラは紀元前1世紀の古代ローマで120年振りに独裁官に就任し、暴君として伝えられたルキウス・コルネリウス・スッラとされる(実在したスッラについては塩野七生『勝者の混迷──ローマ人の物語 III/新潮社』に記述がある)。オペラはこの人物の傍若無人っぷりを揶揄しつつ、最後は改心させるという筋書きで、「この人物像に当時実在した貴族を連想させる何かがあり、公に上演されることがなかったのではないか」とビオンディは推測する。
ファビオ・ビオンディからのメッセージ

■時を越えても変わらぬ人の感情の普遍性。音楽堂で体感する18世紀バロック・オペラの味わい
今回の公演はこうした「忘れ去られた作品」が再び世に出る機会だ。ビオンディはこの『シッラ』について、「ヘンデルのオペラの中でも非常に美しい音楽の作品。オーケストラも素晴らしく、バロック・オペラの性格が全て詰まっていると言ってもいい」と語る。
またこのバロック・オペラには、今なお現代人に通じる人間の感情の普遍性も描かれており、「それこそが古楽と現代人を繋ぐものである」とビオンディ。
「音楽は常に、普遍的な人間の感情をあらわすうえでぴったりな表現方法の一つだ。この『シッラ』にはたくさんのアリアがあり、そこでは怒りや愛、絶望、喜びといった人間の感情が描かれている。これはその当時の人たちが思い抱いていた感情でもあり、このオペラを通して彼等と現在の私達が同じものを感じているということがお分かりいただけるだろう」
またビオンディはこの音楽堂の規模も、「バロック・オペラの上演には非常に合っている。ヘンデルの時代の音楽は、小さな劇場の規模に合わせて上演されていた。またバロック・オペラは指揮者がおらず、第一ヴァイオリンが指揮を執りながら演奏をしている。そうした様々な古楽の魅力が、今回の公演を通して感じていただければ」とも。
18世紀の小さな劇場で上演されたバロック・オペラの味わいを、文化財指定を受けている神奈川県立音楽堂で体感できるとは、考えただけでも心が踊る。
ファビオ・ビオンディ率いる古楽グループアンサンブル「エウローパ・ガランテ」

■演出には歌舞伎の手法を。古楽と歌舞伎のハイブリッドで現代に伝える生きたオペラ
古楽を上演し伝えるにあたり、ビオンディは「ヘンデルの時代のレパートリーをヘンデルの時代の楽器などを使って表現するというのも大事だが、そのまま再現というのではなく、今の時代に生きる私達に対して、どうアプローチしていくかということも非常に重要だ」とも話す。
そのアプローチの手段として、演出を任されているのが自身もカウンターテナーとして活躍している彌勒忠史だ。2015年にビオンディと組み音楽堂で上演された『メッセニアの神託』では能の要素を取り入れ高い評価を得た彌勒は、今回の『シッラ』では歌舞伎の要素を用いるという。
その理由として彌勒が挙げたのはバロック芸術と歌舞伎の共通点だ。「バロックの絵画や音楽はデフォルメの仕方というのか、光と影のコントラストが非常に強く、それはドラマにも言える。それと同じような要素を持っている日本の歌舞伎から、表現手法を用いようと思った」
またこの『シッラ』という物語にも、彌勒は歌舞伎との共通点を見出した。先にもふれたようにこの物語は主人公の暴君っぷりが現実の人物を連想させるために上演がはばかられたのではないかという推測があり、彌勒も「このシッラという人物、こんな人が友達や上司など、近くにいたら本当に嫌だなと思うくらい悪いことをする。しかし彼は最後には改心する。実は歌舞伎にも悪役が主役となっていたり、悪役に見える人物が実は心の中ではある人物を何とかして助けたいと思っていたり、最後に改心をしてドラマが終わったりするといったドラマがたくさんある」と語る。
さらに演出には歌舞伎のスペクタクル性も取り入れようと考える。「例えばバロックオペラには神様が登場するシーンがよくある。一方、歌舞伎も宙乗りのように観客が驚くようなところから役者が登場し、観客の目を惹き付けながら大団円へと結びつけていくという手法がある。そこで今回は宙乗りではないが、シルク・ド・ソレイユなどでよく使われているエアリアルを使って、スペクタクルな表現をしてみようと思っている。どこから空中で踊る人が出てくるかというのは、見てのお楽しみ。あっと驚いてほしい」と彌勒。
さらに歌舞伎でお馴染みの「殺陣」のシーンも取り入れ、その振付を行う「立師」として市川新十郎が参加。市川海老蔵らの特別公演にも参加した彌勒ならではの人脈を生かした登用が、演出にさらに厚みを加えることになりそうだ。
ただ音楽堂の規模はビオンディのいうバロック・オペラの規模にはちょうどいいが、ホール自体は音響を重視した構造で、照明を吊るすバトンなど、ステージや舞台袖にふんだんにスペースや大規模な舞台機構があるわけではない。実質かなり制約があるが「制約があるほど燃える」と彌勒は意気込みを見せる。
彌勒忠史
歌舞伎は現代の要素を取り入れながら常に進化し続けるエンタテインメント。『シッラ』はその個性とバロック・オペラが融合する、いわば洋の東西を代表する文化のハイブリッドともいえる作品となるかもしれない。シッラをはじめとする男性役を今回は女性のコントルラト(アルト)が演じるのも、歌舞伎の女形との対比を思うとなかなか興味深い。
「このオペラが音楽堂のレパートリーになることを願う」とビオンディ。リベンジとなる舞台の開幕に、大いに期待したい。
シッラ役のソニア・プリナ
取材・文=西原朋未

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