中原めいこの
シンガーソングライターとしての
優秀さを示す『ロートスの果実』は
1980年代邦楽シーンを象徴する一枚

クリアーな歌声とセンスの良さ

その「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」は1984年4月5日にリリースされ、チャートトップ10入りのスマッシュヒット。中原めいこ最大のヒットとなった。彼女のデビューは1982年4月だから、ちょうど2年でブレイクを果たしたこととなる。アルバム『ロートスの果実』は同年7月21日の発売なので、そのヒットを受けてのリリース…というかたちではあるものの、3カ月ちょっとというインターバルを考えると、緊急リリース的なものではなかったようだ。その辺りの資料を探し切れなかったのではっきりとしたことは言えないけれども、『ロートスの果実』収録曲を見ると、むしろ「君たちキウイ~」が臨発だったように思える。その辺は実際のところはどうだったのだろうか。個人的はちょっと興味深い。アルバムタイトルからして、「君たちキウイ~」を連想せずにはいられないわけで、そこにどういう流れと想いがあったのか、天才シンガーソングライターの当時の発想術みたいなものを単純に訊いてみたいところだ。

まぁ、それはともかく、『ロートスの果実』も良く出来たポップアルバムである。オープニングM1「魔法のカーペット」から、彼女のポテンシャルがしっかりと発揮されているように思う。ソウルミュージックをベースにしながらも、アイドルポップスと呼んでもいいほどに明るくて可愛らしいメロディーを有しており、マナーをちゃん守りながら、大衆的に仕上げているのは巧みである。ブラスもギターもコーラスも過度じゃなく、いい塩梅で配されているところに好感が持てる。しかも、そうかと思えば、1番から2番へのブリッジ(というか、ここはほとんど間奏と言えるかも…)ではサックスのソロを鳴らしたり、コーラスワークを強調したり、単なる歌ものにしていないことも分かる。ちなみにサックスはアウトロでも気持ち良く響いている。このゴージャスさはオープニングナンバーとしては充分だろう。また、ここまで触れてこなかったし、のちほども述べるが、彼女の歌の上手さも当たり前に発揮されていることも忘れてはならない。

M2「ロートスの果実-夢楽樹」はタイトルチューン。置き場は適切と言えよう。サンバである。ガチャガチャとしたリズムの密集感に特有の高揚感がある。スティールパンも聴こえるし、ハーモニカ(だろう、たぶん)も鳴っている。躍動感が強いし、これもまたエモーショナルだ。歌はAメロは少しまったりとした感じで始まるものの、進行するうちにM5「君たちキウイ~」にも近い…と言うと語弊があるだろうが、若干和風の印象も含めて、ヒットシングルを入口にしたリスナーにとっては、中原めいこらしさを感じるところではないだろうか。こういう旋律、音階は彼女の特徴なのかもしれない。

《ah 禁断の果実/優しく盗まれて/アナタに落ちてゆく/夏の夜》《ah シルクのKissに危険な香り/ひと口食べたら 帰れなくなる/罪なんて 見えない/夏の夜はミステリー》(M2「ロートスの果実-夢楽樹」)。

歌詞はこんな感じで結構耽美なのだが、歌で聴くとあまりエロスを感じない。そこはメロディー、サウンドの影響も少なくないだろうが、彼女の歌声によるところも大きいと見る。とてもクリアーな声質。ハスキーさが微塵もない。その上で妙に凝った歌唱もしない。“ロートス(の木)”とは、[ギリシア神話の2つの話に登場する植物]のこと。[ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』では、心地良い眠りに誘う実をつける木で、ロートパゴス族と呼ばれる島民の唯一の食物として描かれて]いるそうで、[彼らがロートスの実を食べると、彼らは友人や家のことも忘れ、故郷の土地に戻って安逸な生活を送るという願望も失ってしま]うという([]はWikipediaからの引用)。アシッドなものの象徴と言うこともできよう。だが、不健康にも不健全にも感じないのは、これが中原めいこの歌だからだと思う。

ロック調のM3「エモーション」はのちにシングルカットされたナンバー。トーキングモジュレターかワウペダルか、ファニーな音色のギターと、スラップベースのアンサンブルがスリリングで面白い。楽曲タイトルがリフレインされるキャッチーなサビは流石にシングルといった感じである上、《無人島に流されたって》以降、もうひと盛り上がりする展開もお見事。この辺りにも彼女のセンスの良さがうかがえる。

M4「 I Miss My Valentine」は、ストリングス入りのスローバラード。M3までダンサブルなアップチューンが続くので、余計にまったりとした印象ではある。テンポが落ち着くことで、メランコリックさと言ったらいいか、やはりメロディーに彼女の特有さがあることも分かるだろう。歌にはブルージーなギターが寄り添い、さり気なくアレンジの多彩さを見せる。

M5「メランコリー Tea Time」は再びテンポアップ。Bebu Silvettiの「Spring Rain」にも似たキラキラとしたストリングスが楽曲を彩り、全体の世界観をさわやかで大らかなものにしている(「Spring Rain」を意識したとすると、その着想自体、電気グルーヴの「Shangri-La」より10数年も早い)。このアルバムは全体に夏の印象があるのだが、とりわけM3からM5は歌詞に海を連想するキーワードが多く、サウンドやテンポ感は異なるものの、連作のような、まとまりを持っているような気がする。

OKMusic編集部

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