タップダンサー熊谷和徳に聞く~新作
『表現者たち New Beatnik』でハナレ
グミと描く"詩と歌とタップのリズム
が織りなす音の景色”

日本とNYを拠点とし世界的に活躍するタップダンサー熊谷和徳が、 2022年9月22日(木)恵比寿ガーデンホールにて、ハナレグミをスペシャルゲストに迎え『表現者たちNew Beatnik』を開催する。タップの伝統とその本質に迫る熊谷の表現と、ハナレグミの優しいギターと温かい歌声を存分に堪能できる贅沢な時間になる。熊谷に公演に向けての想いを聞いた。
■一期一会の出会いから生まれる、素晴らしい時間
ーー『表現者たち』は2015年、熊谷さんがご自身のスタジオで始めた企画で、さまざまなアーティストを迎えてパフォーマンスをされています。始めた経緯とは?
自分の公演の方向性について少し行き詰まっていた時期ではあったような気がします。僕自身がタップで何を表現したいのか? ということにしっかり向き合わなければと思い、ショーの完成度を見せるところから離れました。イメージとしては自分のアトリエに来てもらい、制作の過程や失敗も全て含めてみんなに見てもらおうという気持ちで始めました。
実際、お客さんにはスタジオの中央に置いた小さい板の周りに座っていただいて、本当に触れられるような距離感でギューギューになってやっていました。今のコロナ禍では考えられないですが! 毎回自分が尊敬するアーティストを招き、すごくリラックスした雰囲気の中で会話するようなイメージで、あまり細かい決め事はせずにセッションをしていました。やはり素晴らしいアーティストとの会話というのは、行き先を決めなくても必ずどこかに到達するもので、そのどの瞬間も自分にとっては素晴らしい経験になってきました。
ーー『表現者たち』との出会いは、創作やご自身の人生にどのような影響をもたらしていますか?
僕にとって一緒に共演する相手とは「お仕事」という意識はほとんどなく、一生お付き合いをしていきたい気持ちで舞台に一緒に立っています。もちろん相手から嫌と言われたらそれまでなんですが(笑)。それぐらいの気持ちで表現に向き合い、心の内を共有する感覚です。NYでこれまで共演してきた方々のほとんどと今でも付き合いが続いています。表現を共にすることは、その方について深く知ることでもあるし、支えられたり支えたりするためには、それなりの信頼関係が必要だと思うのです。そのアーティストの方々が人生を賭けてやっている点をまずは理解し、共感し合うことが必要になります。一期一会の出会いや共有する時間は何物にも変えがたくて素晴らしいですし、自分を生かしてくれます。
■盟友であるハナレグミと創り出す、新たな『表現者たち』
ーー昨年(2021年)9月、横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールにて開催された『表現者たち―LiBERATiON』では、日替わりで4組のアーティストと共演しました。今回、そのうちの1組でもあるハナレグミ(永積崇)と創り上げるのが『表現者たち NewBeatnik』です。ハナレグミと一夜限りのステージに挑もうと考えた理由は?
崇​くんとは、おそらく最も付き合いが長く、友人としての時間の方が長いかもしれません。二人で一緒に舞台をやった回数はそれほど多くはないですが、要所要所で自分にとって大切なタイミングで現れてくるヒーローのような存在です(笑)。コロナ禍に入って、様々なことが激動的に変化していく中で、より深く、頻繁にコミュニケーションを取り合うようになっています。それは何気ない会話だったり、お互いの悩みだったりもするのですが、今自分の表現の中に、彼の持つポジティブで人をハッピーにするエネルギーをより必要としているとも感じます。
今まで崇​くんとは様々なシチュエーションで共演してきましたが、毎回奇跡のような出来事が起きる気がしています。「すごく盛り上がってよかった」というだけではない、何か見る人たちの心の中や、僕の心の中にもすっと静かに明かりが灯されるような体験です。おそらく時代の変化と共に、すごく繊細に自分の歌や表現に向き合い続けているからこそなのだと思います。
ーーサブタイトルにある「Beatnik」とは、1960年代のNY発のカルチャーのムーブメントで、アレン・ギンズバーグ、パティ・スミスや、ボブ・ディランといった、カフェに集まった詩人やシンガーソングライターを中心に生まれました。それを付けた思いとは?
NYに住んでいて僕がいつも憧れているのは、常に表現者が集まり、そこで自然発生的なムーブメントのようなことが起きていると感じることです。1990年代のNYでいうとHIP HOP全盛期で、ミュージシャンやラッパーがクラブに集まり夜な夜なセッションをしていて、何かクリエイティブな炎が目の前で起きている感じでした。その頃、セヴィアン・グローバーをはじめタップダンサーもクリエイティブな波を起こしていました。ジャンルを超えて表現者が集い、それぞれの想いを重ね合わせた時、予測不能で想像を超える体験が起こります。過ぎ去った過去にも体感としてそういうことが起きていましたが、実際は現在もどこかでそれは起きているでしょう。そして何かしら、僕自身も大きなムーブメントでなくても、表現の波の中にいることができたら幸せだなと思うのです。
ーーハナレグミとどのような協同作業になりそうですか?
今は僕の方でふと思いついた言葉や最近描き始めた絵のイメージを一方的に送っているところです(笑)。あとはたまに実際に会って、近況などをとりとめもなく話をしているという感じですが、いつも思うのは、ふとした日常にこそ二人が大事にしている表現はあるのだろうなということです。崇​くんも最近はフィルムカメラで日常の景色を撮影したりしていますが、一見見落としそうな日常の景色の中の喜びとか、切なさや色合いが伝わってきます。
今回、僕が想像しているのは、今の答えのない混沌とした時代の中で、何かはっきりとした答えを見出そうとすることではありません。その時代の日常の中で感じる、色合い、景色、匂いのようなことを、自分たちの等身大の感性で語り合うような感じになれれば良いなと思います。そこから何か今回にしか出せないオリジナルな作品や世界観を表現できれば幸いです。

ーー詩や絵を舞台に取り入れるそうですね。それは新しい表現を模索しているのがきっかけなのかですか、それともいつかやりたいと思っていたのですか?

自分のノートに覚え書きのように書き出したり、実際に今回はタップの練習の合間に絵を描いたりしながら何か自分の中にある感情を、いつもとは違う角度で表してみたいという衝動があります。それをどのように形にできるのかを今模索しています。
ーー「詩と歌とタップが降りなす音の景色」(リリース)というのはどういうイメージですか? 熊谷さんが日常で感じていることを舞台に上げるためにどのように昇華していくのですか?
実際にどのように形にしていくのか。そこが一番難しいです。僕がトライしているのは、英語ではサウンドスケープ、音から感じる景色をどう表現するかです。多分それが常に自分がタップを踊って表現しようとしていることなんだと思うんです。自分が踊っている時に見えている感情や景色を、タップを通してどのようにしたら同じようにお客さんに感じてもらえるのか。それは常にチャレンジングなことだと思います。
自分が尊敬するタップダンサーたちから僕自身が感じてきたことは、常に音とリズムの中にありました。グレゴリー・ハインズ、ジミー・スライド、バスター・ブラウンといったタップマスターたちは、音を通して自分たちの人生のストーリーを伝えてきたのだと思います。そこから感じたことを大事にしながら、僕自身の感情や表現を自分なりのタップの中で伝えていくこと。そしてこの『表現者たち』では、ハナレグミと共に、その音の景色を、彼の歌や音楽に乗せていくことで、タップのサウンドだけではなく、より幅広く普遍的な形でお客さんに届けることができるのではないかと考えています。
■「観客とも会話を深め、詩、歌、タップのリズムにのせて表現したい」
ーー『表現者たち』は、最初に触れましたようにアトリエ発の公演です。昨年(2021年)の『表現者たち― LiBERATiON』の会場は横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールでしたが、今回は恵比寿ガーデンホールです。今回の会場・空間から触発されることは?
実は思い出深い会場です。東日本大震災の直前だったと思いますが、あのホールで崇​くんと公演をしました。その時に一緒に共演していたのが、その後「仕立て屋のサーカス」として国内外で活躍する曽我大穂さんとガンジーさんというミュージシャンだったのですが、ガンジーさんが今年急逝されました。ホールのことを考えると、あの時のこと、そして彼のことを想います。
ーー公演に向けての意気込みをお聞かせください。
このコロナ禍で大変な時代を生きて、こんなにみんなが多かれ少なかれ、同じような気持ちを抱えている時代はないのではないかと思うんです。その時代性の中で、何か今自分たちが日々感じている表現と、見に来てくれるお客さんたちの日常の中での想いとが重なるところを見出したい、共鳴させたい。ただ単に自分の想いを一方的に伝えることが目的ではなく、こういう時代だからこそお客さんたちとのコミュニケーションが生まれたら良いなと思っています。
全ての人たちが日常的に笑ったり、泣いたり、怒ったりしていることの全部がとても大事な表現であると信じていますし、マスクをつけたり、人との距離を置かなければいけない時だからこそ、本来僕たちが自然に持っているエモーショナルな体験や経験が必要だと思っています。ぜひ会場で、一緒に心を解放するような時間を共有できれば幸いです!
取材・文=高橋森彦

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