原点回帰、8周年という特別なタイミ
ングで『ボカロ三昧2』をリリースの
和楽器バンドにその想いを訊く

8月17日(水)にデビューアルバム『ボカロ三昧』の続編として制作された、ニューアルバム『ボカロ三昧 2』をリリースする和楽器バンド。そんな和楽器バンドにとって特別な意味を持つ8周年の記念としてリリースされる本作について、いぶくろ聖志(箏)、町屋(Gt&Vo)、山葵(Dr)というメンバー3人に、何故このタイミングで原点とも言うべきテーマで制作されたのか、本作に収録された新旧バラエティに富んだ楽曲がどのように選ばれたのかなど、本作に込められた想いものせて存分に語っていただいた。
──ここ数作のインタビューではメンバーの皆さんから「『ボカロ三昧』をまたやりたいね」という声がたびたび上がっていましたが、このタイミングで『ボカロ三昧2』を制作することになったのは8周年という節目に合わせてなのか、それとも単にいろいろなタイミングが合ったということなのでしょうか?
町屋:機が熟したのもありますし、本当にいろんなタイミングといろんな人の思惑が重なって、たまたまこの時期に『ボカロ三昧2』をリリースすることにはなりました。結果として今まで積み重ねてきたものをすべて出すにはすごく良いタイミングだったと思います。
いぶくろ聖志:和楽器バンドの活動ってこれまで時間に追われているような感覚があったんですが、良くも悪くもコロナ禍で一旦世の中の動きが鈍くなって。その中で次の作品をどうするかといったときに、改めて自分たちの原点を見つめ直し、『ボカロ三昧2』というカバーアルバムを制作するところにまで発想が広がるゆとりができたのかなという気もしています。
山葵:『ボカロ三昧』の頃はこのバンドを結成してそんなに時間が経っていなくて、お互いに対する理解度も今と比べてそこまで高くなかったと思うんです。でも、そこからお互いの音をたくさんぶつけ合って、人としてもお互いの理解が深まった。その8年間を経てたどり着いた『ボカロ三昧2』は、8年前と比べたら遥かに洗練されたものになったんじゃないかなと思っています。
──ある意味では原点回帰かもしれませんが、サウンドアプローチ的には最新オリジナルアルバム『TOKYO SINGING』から地続きという印象も伝わってくる。ボカロ曲を使って『TOKYO SINGING』の先を見せていくような作品なのかなと感じました。
町屋:そうですね。『TOKYO SINGING』には原点回帰というテーマがあったので、今回の『ボカロ三昧2』は今のアンサンブルを持ってして2ndアルバム『八奏絵巻』あたりを狙って作ってみようと思っていました。結果、アップデートされた僕たちのアンサンブルによって2ndアルバムのときよりもさらに洗練され、よりモダンになったんじゃないかな。特にここ2年くらいで、ギターのスタンダードな弾き方がすごく革新的に変わってきていて。どんな若い子でもみんな、音を歪ませないでタッピングでピアノみたいなフレーズを弾くのが当たり前みたいになってきているので、このアルバムでもそれぞれのパートをよりアップデートさせています。それこそ今作はダンスミュージックのリズムトラックみたいなものが多いですし、そこに合わせたチューニングでリズム隊を録っていたりするので、今までで一番新しい我々の姿にはなっていますね。
山葵:『TOKYO SINGING』から踏襲した制作方法なので、町屋さんが先頭に立って音作りの指示を出しつつ、僕もドラムテックさんと3人で「こういう音で作っていこう」「今回はこういった楽器を使ってみよう」と、楽器全体のバランスを気にしながら音作りを進めました。
聖志:基本的には町屋さんが原曲からパートの割り振りをいろいろ決めていて、原曲に入っているフレーズを箏で再現しているところは原曲にある“らしさ”を崩さないように心がけました。一方で、原曲にないようなフレーズの場合は原曲にあったかと錯覚させるように入れようと、まずはレコーディングのときにアイデアを町屋さんに提出して。そこで違和感がないか判断してもらい、ほかの楽器との兼ね合いも考慮しつつ、余計なことをするアプローチと余計なことをしないアプローチを共存させたり、音色を機械的にするアプローチと生っぽくするアプローチをいろんな配分でやっている感じですね。
町屋:「いーあるふぁんくらぶ」とかは、原曲にないフレーズがいい具合にハマったよね(笑)。
聖志:それこそカバーした我々のバージョンから聴いたら、全然違和感がないと思いますし、原曲を知っている人にも違和感はないんじゃないかな。でも、ちゃんと聴き比べると「こんな音なかったよね?」と気づくという。そういうのが結構多いですね。
町屋
──今回の収録曲はどのように決めたんでしょうか?
町屋:基本的には誰もが知っているような曲を中心に選曲しているんですが、過去2、3年分のボカロ曲を1000曲くらい聴いて、それを投稿日時、作家さん、BPM、権利、誰がカバーしていてどれくらい数字が伸びているか、うちのバンドがカバーしたときに相性はどうかというのを全部エクセルに書き出し、その中から30曲くらいに絞ったんです(笑)。
──全体的にここ数年のボカロ曲が多い印象ですが、それらを和楽器バンド流にアレンジしていく手法も1作目の頃と比べてだいぶ変化しているわけですよね。
町屋:そうですね。初期の頃はリズム隊から録って、みんなが好きなようにパートを重ねていく手法だったんですが、3rdアルバム3rdアルバム『四季彩-shikisai-』あたりから僕がアレンジとディレクションをちょいちょいするようになっていって。今は完全に僕がそのへんをハンドリングしているので、最初に全部の楽器のチューニングとかフレーズ含め、こうなるであろうという完成形が僕だけ見えている状態でレコーディングに臨んでいて、その中で僕はそれぞれのメンバーの自由度を持たせています。1曲まるまる指定の譜面だと、アーティキュレーションでしかその人のアイデンティティって出しづらいと思うんですよ。僕はフレーズからにじみ出るその人の個性というのはとても重要だと思っているので、自由に演奏する部分を必ずそれぞれのパートに用意していて、あとからギターで全部整合性が取れるように、自由に動かせるブラックボックスを1ヶ所だけ作るという設計図を基本的に用意している。そのへんが今回は、過去作の中では一番うまくハマった作品ですね。
山葵:でも、僕はわりと自由にやらせてもらっているほうですよね。「たぶんこういうことを求めているんだろうな」というのをイメージしながら叩いているけど、大幅にズレることはないですし。その方向性さえ間違っていなければ、好きに個性を出させてもらっています。特に今回、「ベノム」に関しては僕のわがまま全開ですから(笑)。
町屋:ほとんどの曲が4つ打ちなので、レコーディング後半だった「ベノム」ではもう4つ打ちも叩きたくなかっただろうし(笑)。
山葵:『ボカロ三昧』のときもレコーディング後半は深夜テンションで好き勝手やっちゃおうぜって感じてやった曲もあったし、それはそれで面白かったので、今回もそういう曲があってもいいんじゃないかなと。
山葵
──収録曲の多くがBPM速めで、かつダンサブルなアレンジが多いので、パターンもある程度固定されてしまいますものね。
山葵:速いとそのぶん余白も少ないですし、しかも最近のボカロ曲の主流が3分弱、中には3分に満たない曲も結構あるので、駆け抜けてあっという間に終わりみたいな。そこは『ボカロ三昧』との大きな違いでしたね。
町屋:「天ノ弱」「紅一葉」「いーあるふぁんくらぶ」「Fire◎Flower」は少し古い曲なので、レコーディング中は尺を長く感じましたし。
──おっしゃるように、最近のボカロ曲って本当に短いですよね。
町屋:TikTokやYouTubeショートとかどんどん増えていて主流になりつつあり、特にZ世代以下は長尺が観れないし、聴けなくなっている。短く凝縮された情報をたくさん取り入れる時代に変わったってことなんでしょうね。昔の価値観はそれとして、時代の変化に合わせて今の価値観をちゃんと理解したうえで取り入れていかないと、長く続けていくのは難しくなっていますし。
──なるほど。先ほど「いーあるふぁんくらぶ」での原曲にないフレーズの話題がありましたが、ほかにも町屋さんからの指示を踏まえつつ、自分らしさをどう見せるかこだわったポイントはありますか?
聖志:例えば、「フォニイ」なら冒頭のボーカルが終わったあとのイントロも本当は箏がなくてもよかったんですけど、あえて箏のフレーズを足していて。いろんな曲でそういうアプローチを採っています。箏は基本的には単旋律楽器で、和声を全音符で弾くと音の特徴が強すぎるので、なんとなくフワッと馴染ませたいときは弱い音を16分で弾くようにしているんです。そのほうが和声感が出る楽器だと思っているので、逆にそうじゃないときはずっと対旋律みたいなものを弾いているほうが楽器としての特性が活きる。なので、「エゴロック」でもサビの後ろではコードを補完するだけじゃなくて、対旋律のようなものをずっと入れています。あと、「紅一葉」では歌詞の移り変わりとともに伴奏も変わっていくようなイメージで、物語の進行性をどう強くしていくかみたいなところを意識しています。
町屋:我々は特に、歌詞でフレーズを作ることが左右されるよね。ギターに関しても基本的には最後に録るので、全員のパートを引き立てながら歌詞合わせで弾くことが多いです。
山葵:「フォニイ」もそうですけど、歌詞のネガティブさや混沌としているところに合わせて、ギターも不協和音を入れていて、あそこがいいスパイスになってますよね。
町屋:そうそう。それこそ「天ノ弱」は本当に歌詞合わせで弾いていて。もともとすごくスタンダードなディストーションのギターリフからスタートしているんですけど、僕の解釈だと〈僕がずっと前から思ってる事を話そうか〉っていう切り出しに対して、それを切り裂くかのようにギターリフを弾くのは僕のアプローチではないなと思ったので、歌詞に寄り添うようなコードトーン中心にフレーズを構築しています。あとは、〈別に君のことなんて考えてなんかいないさ いやでもちょっと本当は考えてたかもなんて〉というパートでは迷っているように不協和音をわざと入れたり、〈ぶら下がった感情が 綺麗なのか汚いのか〉では〈綺麗〉のところは綺麗に響く和声、〈汚い〉のところは濁っている和声を当てていたり。この8人の中ではギターが一番自由が効く楽器なので、ほかのパートを全部録ったあとに足りていないものを補填しつつ、かつ楽曲の世界観をより深めるものとしてギターパートを作っています。
──その影響もあるんでしょうか、初期衝動の塊のようだった『ボカロ三昧』と比較すると良い意味で隙間が多いような気がしていて。
町屋:確かに、隙間はすごく大切にしています。それこそ1stアルバムでは隙間を埋めようと、ギターが5本とか7本とか入っている曲がザラなんですけど、そういうときにどうやって和楽器を聴かせるかというと、ミキサーのフェーダーを上げるんですよ(笑)。そういう足し算の方式になっていくので、どんどんガチャガチャしたうるさい音楽になるんですね。でも、近年のメインストリームであるダンスミュージックってすごく音の隙間が多いんです。それを我々に落とし込んだときに、実は結構理にっていて。隙間があるということはそれだけ和楽器の人たちのパートが目立ってくるので、そこは非常に心がけて作っていますね。
──それによって音が鮮明に聴こえるというか、“見える”感じがするんですよね。
山葵・聖志:うんうん。
町屋:今回は特に可視化しやすいと思います。すごく景色が見えるような音作り、パートの移り変わり、フレージング、アレンジングを意識したので、上手にできたということなんでしょうね。
いぶくろ聖志
──ボーカルのレコーディングに関して、今回新たにトライしたことはありましたか?
町屋:専門的なところでいうと、今回はマイクを変えています。今までは基本的にTELEFUNKENのELA M 251というマイクを使っていて。下手な人は下手に聴こえるし上手な人は上手に聴こえるっていう、すごく正直な高級ビンテージマイクを使っていたんですが、今作に関してはBRAUNER VM1を使用したので高いところのハイがスパンと抜けるサウンドになっているんです。今までうちは生っぽさや彼女(鈴華ゆう子)の歌のいいところを、なるべくそのままアウトプットするためにELA M 251 を使っていたんですけど、今作に関してはサウンド自体をモダンにするところにフォーカスしたので、モダンなトーンになるマイクを選びました。
──今回は歌うのが難しそうな曲が本当に多いですよね。ボカロ曲の歌メロに関しても、ここ10年くらいで感じる変化って何かありますか?
町屋:ボーカロイド楽曲って「速い」「高い」「跳躍が多い」というのは昔から変わらない特徴ではあるんですけど、さっきも触れましたけど最近の楽曲って特に短いじゃないですか。2分40秒平均なんですけど、そこにストーリーを詰め込むにはBPMを速くしなければならないんですよ。だからどの曲もめちゃくちゃ速くて、だいたいBPM200前後。「エゴロック」に関しては215くらいあるし、「アイデンティティ」は190だけど実際にはその倍で取っているので、我々は380くらいで演奏しているんですよ(笑)。
山葵:ドラムは本当にヤバいです(笑)。
町屋:ドラム、和太鼓、ギターは地獄だよね。でも、これにフィジカルが追いついて、流れるようにすべての曲の演奏ができるようになったら、我々の演奏技術って飛躍的に向上すると思っていて。ツアーを経験する事でもっと仕上がっていくんじゃないかな。
──その全国ツアー『和楽器バンド ボカロ三昧2 大演奏会』も8月27日からスタートします。
山葵:うちらのツアーやライブのリハーサル1回目って毎回大学生のサークルかってくらいのレベルから始まるので(笑)。
町屋:でもさ、初音合わせもちょっとずつ上手になってる気がしない? 今回はあまりにも難しい曲が多いから、みんな練習してきてると思うし。
山葵:今回に関しては、本気で練習しないとできない曲ばかりですし(笑)。本番までにどんどんブラッシュアップしていけたらなと思います。
聖志:僕は今回のツアーでは箏を4面使う想定で。ほとんどの曲が1、2回転調するので、曲を覚えるだけじゃなくて自分がどういう動線で、どの楽器をどう準備するのかという情報の整理をしているところです。テクニック的な部分ではだいぶ手に馴染んできたので、あとはライブだからこその表現力を突き詰めていきたいなと思っています。

取材・文=西廣 智一
『Behind The Scenes of ボカロ三昧2 ~Recording Documentary~』ダイジェスト
New Album「ボカロ三昧2」全曲クロスフェード

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