ジュディ・ガーランド生誕100年記念
(Part 10)カムバック大作「スタア
誕生」を考察する~「ザ・ブロードウ
ェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 10)カムバック大作「スタア誕生」を考察する
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年2022年に生誕100年を迎えた、アメリカが誇る不世出の天才エンタテイナー、ジュディ・ガーランド(1922~69年)。この連載では、彼女が遺した数々のレコーディングを中心に紹介してきたが、Part 10では映画女優としての代表作「スタア誕生」(1954年)を特集しよう。ガーランドの鬼気迫る熱演、魂を揺さぶる絶唱に圧倒される、上映時間176分の大作だ。

日本公開時に発売された英和対訳シナリオ
■4回映画化されたハリウッドの古典
 「オズの魔法使」(1939年)で大ブレイク以降、「若草の頃」(1944年)や「イースター・パレード」(1948年)など数々のミュージカル映画で主演し、トップ・スターの座を確保したガーランド。だが一方では、過密スケジュールをこなすため、所属スタジオのMGMからは興奮剤と鎮静剤を交互に投与され、10代後半には薬物依存状態に陥る。結果、撮影に頻繁に穴を開けた事が原因で、1950年にMGMから解雇。当時は再起不能を噂されたが、その後コンサートに活路を見出した彼女が、4年振りにスクリーン復帰を果たした作品が「スタア誕生」だった。
「スタア誕生」予告編より Photo Courtesy of Scott Brogan
 本作は、レディー・ガガが2018年に主演した「アリー/スター誕生」でもおなじみだが、ガガ版は4度目の映画化だった。アル中の往年のスターに才能を認められた、無名の女性パフォーマーが、彼の尽力で成功を収め私生活でも結ばれるも、夫は人気凋落の果てに自死の道を選ぶ、という悲劇的なストーリーは、まず1937年に「スタア誕生」のタイトルで公開。ガーランド・バージョンは2度目の映画化だった(3回目は、バーブラ・ストライザンド主演で1976年に公開)。

■ガーランド起死回生の名演

 ガーランドが演じるヒロインのエスターが、歌手&ミュージカル女優の役なので、後述するような彼女のソング&ダンスがたっぷり盛り込まれてはいるが、本作は基本的にヘヴィーなドラマだ。ガーランドと、彼女の3番目の夫シド・ラフト(プロデューサー)は、復帰作にはシリアスな演技を披露出来る作品を模索し、「スタア誕生」に落ち着いた。エスターの歌唱力に惚れ込み、後に結婚する映画スターのノーマン・メイン役は、英国出身の名優ジェイムズ・メイスン(「砂漠の鬼将軍」)。妻の活躍とは裏腹に仕事が激減し、酒量が増える一方の屈折した元スターをリアルに演じてはいるものの、その演技は粘着質でひたすら重く、適役とは言い難いのは残念だった(当初はケイリー・グラントが候補に挙がっていた)。
ジェイムズ・メイスン扮するノーマン・メイン(左)。アカデミー賞授賞式に泥酔して現れる。 Photo Courtesy of Scott Brogan
 だが、流石にガーランドは素晴らしい。特に、楽屋を訪れた撮影所所長に、ノーマンの窮状を訴えるシーンが圧巻。断酒を誓いながらも、失敗しては療養所送りになる夫を、「愛情だけでは夫を救えないのね。嘘をついては、結局お酒に逃げる彼が憎い。そしてそれを受け入れてしまった非力な自分が憎い」と涙ながらに語るのだ。時折見せる、憎悪と怒りが入り混じった鋭い目付きには戦慄を覚えるほどで、「女性映画の名匠」と謳われたジョージ・キューカー監督の緻密な演出も相俟って、ガーランドの女優人生で屈指の名場面となった。

■大充実のミュージカル・ナンバー
 この映画で、ガーランドのために書き下ろされた新曲は6曲。作曲は、彼女生涯のテーマ曲となった〈虹の彼方に〉(「オズの魔法使」)を手掛けたハロルド・アーレン、作詞はアイラ・ガーシュウィン(作曲家ジョージ・ガーシュウィンの兄)が手掛けた。MGM解雇後は大劇場でのコンサートをこなしたガーランドは、豊かな声量と表現力に磨きがかかり正に絶好調。新曲の中では、閉店後のナイトクラブで朗々と歌い上げる〈行ってしまったあの人〉が白眉。以降、コンサートでは欠かせない十八番となった名曲だ。他には、新婚旅行の小さなモーテルで、ノーマンに優しく歌いかけるバラード〈新しい世界〉のしみじみとした情感も捨て難い。
〈行ってしまったあの人〉を熱唱するガーランド Photo Courtesy of Scott Brogan

〈メランコリー・ベイビー〉を歌うシーン Photo Courtesy of Scott Brogan
 そしてガーランドが、エンタテイナーの真価を発揮する〈トランクがゆりかご〉も特筆モノだ。これは、エスターの主演作での劇中曲という設定で、ヒロインのショウビズの世界での生い立ちを綴る、15分に亘って展開する大規模なナンバー。〈南京豆売り〉や〈メランコリー・ベイビー〉などスタンダードの名曲を、時にはダンサーを絡めながら展開する。抑えた色調のスタイリッシュなセットと衣裳も美しく、シネマスコープの横広画面をフルに生かした、振付師リチャード・バーストウのダイナミックなステージングも見応えあり。メドレーの最後を飾るのが、これもガーランドの大切な持ち歌となった〈スワニー〉。ダンサーを従えた彼女が、ステッキさばきも鮮やかに溌溂と歌い踊る名パフォーマンスは、観るたびに興奮を憶えるほどだ。
〈スワニー〉の撮影風景 Photo Courtesy of Scott Brogan
■カット場面を復元して、29年後に再公開
 「スタア誕生」は、これまでにアメリカでメイキング本が2冊出版されたほど、撮影中あるいは撮影後も紆余曲折の多い映画だった。まずはスクリーンのサイズだ。製作会社のワーナー・ブラザースは、1953年にスタンダード・サイズで撮影を開始するも、当時TVに観客を奪われる事を危惧した映画会社が開発した、大スクリーンでの公開に急遽方向転換。それが上記のシネマスコープで、左右が無駄にだだっ広いサイズのため、セット・デザインを含む全てをやり直しての再撮影となった。しかし映画は、予算超過を重ねながらも約10カ月の撮影期間を経て完成。ガーランドとキューカー監督も満足の行く仕上がりだったが、ひとつ問題があった。プレミア上映会の時点で、182分の長尺だったのだ。案の定、全国の映画館館主から「一日の上映回数が限られる」と苦情が殺到。ワーナーは、28分をカットした154分バージョンで一般公開した。
DVDは、ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメントよりリリース
 しかし世の中には奇特な方がいるものだ。1980年代初頭に、映画史研究家のロン・ヘイヴァーが、失われた28分を発掘するプロジェクトに取り組む。そしてワーナー・スタジオの倉庫などを丹念にリサーチし、遂に眠っていたフィルムを発見した。見つからなかったシーンはスチール写真で補い、28分のうち22分を復元した形で1983年に再公開(日本でも同年公開)。世界中のガーランド・ファンを驚嘆させた。現在発売されているDVDは、この再公開バージョンだ。

〈ルーズ・ザット・ロング・フェイス〉を歌い踊るガーランド Photo Courtesy of Scott Brogan
 復元されたシーンには、ミュージカル・ナンバーも2曲含まれており、その一曲が、ガーランドがアフリカ系アメリカ人の子供や、ダンサーたちと賑やかに歌い踊る〈ルーズ・ザット・ロング・フェイス〉。彼女がダンサーとしての天賦の才を見せる、〈スワニー〉にも匹敵する優れたナンバーで、初公開時に何故カットされたのか理解に苦しむほど。必見だ。
再公開版で使われた楽曲を、もれなく収めたサントラCD(輸入盤)

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