GLIM SPANKYが時代に呼応し踏み込ん
だネクストステージ──最新作『Int
o The Time Hole』をとことん語る

GLIM SPANKYと聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろうか?

60’ sから受け継がれるオーセンティックなロックの魅力を現代に伝える存在として、耳の肥えたリスナーをも唸らせるロック界の旗手。そういう認識の人も少なくないだろうし、それはある程度正しい。が、いまやGLIM SPANKYは明らかに、従来のイメージだけでは語れない領域へと足を踏み入れたところである。最新アルバム『Into The Time Hole』で。
ロックの解釈やアレンジの幅を拡張すること自体は、ここ数年の作品において既に試みられてはいたが、「ロックの云々」という意識すら脇に置くことで自由な発想とアプローチのもと作られたであろう今作の楽曲たちは、触れた時点でもう新鮮だがしかし、どう聴いてもちゃんとGLIM SPANKYである。同時に、従来持ち合わせていた魅力の更新を意図的に図って、しっかり成功した曲たちもある。これぞネクストステージ。快作を作り終えた2人と、久々にじっくり語り合った。
──僕がインタビューするのは前々作の『LOOKING FOR THE MAGIC』以来なんですが、当然もうタームがまったく異なっているんだろうなと。
松尾レミ:そうですね。感覚も違うし世間も変わって、音楽の聴き方も。
──間には『Walking On Fire』というアルバムも出ました。
亀本寛貴:『Walking On Fire』は、コロナ禍があったというのが始まりなんですけど、最初は「(収束まで)1~2ヶ月の話だろう」っていう新鮮なテンション感でやれて。ツアーに出るわけにもいかず、配信ライブだけやったけど、それもその時だけのスペシャルなものだろうと思っていたし。
松尾:うんうん。
亀本:その後、短期的な話じゃなく音楽業界全体が変わっていくんだなっていうのが確信に変わってきている中での今回のアルバムで。
松尾:『Walking On Fire』の「こんな夜更けは」という曲で、初めて自分の声と亀のギター以外をほぼ全部打ち込みで作ったのがきっかけとなって、“家の中だけで完結できる音楽”に希望を見出せたので、今回けっこう打ち込みが多くなってるんですけど。そうすることで、表現の仕方としてよりメロディアスにすれば届くよねとか、言葉をどういうふうに選べば面白いかとか、そういう考えも変わってきたので、今はいろいろ実験しながら音楽を作っているところですね。だからいろんなテイストの曲……ハードな曲もあればポップでキャッチーな曲を作ってみたりとか、良い意味であんまり表現に違いが無くなって選択肢が広がったのは、このアルバムを作って思いました。
──これはロックだろうか?とか、これはグリムの音楽だろうか?みたいなテーゼから解き放たれている印象すらあって。明らかに引き出しは増えましたよね。しかも無理なくいろんな面が混在している。
亀本:海外の音楽を聴いてても生楽器のバンドとかが増えてきてるけど、全部生のバンドなんて、“あえて”じゃなかったら有り得ないわけで。今はドラムの打ち込みだったりシンセだったり、かなりのクオリティのものが簡単に使える選択肢があるわけですよ。楽曲を作るときにそれをフラットにみて、必要な音を使えばいいわけだから、僕としては「ロックをやってるからまずは生で……でも新しいものも入れようか」というよりは、純粋に、やりたい音楽に対しての必要な手段をチョイスしてるだけというか。それを今は当たり前に感じているので。……コロナ禍以前はいっぱいフェスやツアーがあって、日本は特にロックバンドやロックフェスが盛んだったじゃないですか。
──はい。
亀本:だからやっぱり生のバンドでバーンと録音してバーンとやったほうがよくない?ってなりやすかったんですよね。僕は今回みたいな作風や音作りもやりたいと思っていたんですけど、松尾さんやスタッフに「ドラムを録らなくてもこれでいけちゃいます」っていうふうに説得できる技量もなかったと思いますし、状況でもなかったので、なかなか挑戦できなかった。コロナ禍以降、「全部打ち込みでやりたいです」っていうのが通る環境になったのはポジティブな面ですね。
松尾:うんうん。
亀本:たとえば7曲目(「ドレスを切り裂いて」)って自分のギター以外は全部打ち込みですけど、プレイヤーにお願いしてスタジオを押さえてやるレコーディングに比べたら予算も全然違うし、なんなら自分のギターのレコーディングも家とかでよかったりするから。その機動力があるかどうかって、これからの時代すごく大事になってくる気がしてるんですよね。
松尾:本当、引き出しが増えた感じが楽しくて。亀から送られてくるトラックに、自分が思いつかないリズムや弾いたことのないコードも入ってくるわけですよ。ってなると、作るメロディも思いがけないものが生まれたり、それを楽しみながら躊躇なく入れ込むこともできて。
──亀ちゃんは以前から洋楽邦楽問わず聴く人で、それらからいろんな要素を取り込むことに積極的ではありましたけど、そのあたりがより顕著に反映されてきたというか。
亀本:作ってきた作品の量とか、自分の技術、経験値が上がったことによって、より自分たちのことを客観視できるようになったんだと思います。たとえば、自分としてはめっちゃ今っぽいことをやっているつもりが、「ツェッペリンの◯◯みたいだね」とか言われて、「マジで? これは全然関係ないんだけどな」とか──
松尾:ははは。
亀本:そういうこともあったんですよ。だから、これはよっぽどやらないと分からないんだなって。よっぽどやらないと、僕らは全部ツェッペリンが好きでやってると思われるんだなと。そういう節はちょっとあったじゃん?
松尾:まあ好きではあるけどね(笑)、わかるわかる。
亀本:そういう、「人にはこう見えてるんだ」っていうのも客観的にわかるようになったのはある。
松尾:自分の作るメロディのクセも、自分では分からないんですよね。でも人に楽曲提供することも増えて、この間、野宮真貴さんに曲を書いたときに、自分的にはすっごいシンプルな歌だと思ってたのに「ここの節回しがめちゃめちゃ難しい」「これってレミちゃんぽいよね」みたいに言われたことがあって。人が歌わないと気づかないことに気づくことができたからこそ、そこをうまく使いたいなと思うようにもなりました。もっとキャッチーに届けるために、たとえば一つの音符に二つの音を乗っけてみることで言葉のリズムの乗り方を変えてみようとか、そういう実験をしたのは節々にあります。
──“らしさ”を客観的に自覚できたことは、自分たちの作品内で今までやってこなかったタイプのアプローチをするときにも活きてくるだろうし。
松尾:そうなんですよ。それをどういうふうに使うべきかっていうのもわかるし、自分の特徴をわかることで、自分がやってこなかったメロディの特徴も学べたような気がしていて。たとえば「HEY MY GIRL FRIEND!!」っていう曲はもともと、野宮さんに楽曲提供するときにピチカート・ファイヴっぽいポップでキュートでキャッチーな曲を作ろうと思って、亀本から送ってもらったものなんですよ。なので、ちょっと今までとは違う感じになっていて。
──わかります。僕も「ちょっとレトロな渋谷系」ってメモってますから(笑)。
松尾:あ、じゃあ伝わってるな(笑)。
──そういう新しさも随所に感じさせつつの11曲ですが、アルバムとしての出発点はいつ頃なんですか。
亀本:明確に「何曲入りのアルバム制作をしよう」っていうのは早い段階からあったわけではないんですけど、まずはリードっぽいもの、3曲目(「シグナルはいらない」)と9曲目(「形ないもの」)から形にしはじめてましたね。
松尾:もともと「風は呼んでいる」と「未完成なドラマ」があったので、そこにどういう曲を足していくかを話し合ってからちょっとずつ曲を出していって。それがちゃんと形になって全体が見えたのは結構最近になってですね。
亀本:録りは6月の前半にやってますし、それまではずっとデモの状態だったんですよ。
──となると、わりと直近のモードが色濃く反映されたと思うんですけど、その中で具体的に「こういうタイプを作るぞ」みたい意識はあまりなく?
亀本:そういうのって、僕はリアルタイムで常に更新されているというか。常に自分が楽曲制作することを前提に音楽を聴いてるから、「こういうのを作ったほうがいいな」「こういうのを反映できるかもな」っていうのは常に脳内にストックしていってる感じです。
松尾:「こういうアルバムにしよう」「こういうテーマにしよう」というのは、今回はまるでなかったです。だからタイトルを思いつくのもなかなか難しかったです。最初に「曲の箱があって、そこに開いた穴を覗いていく」っていうイメージが浮かんで、プラス、曲のイメージがちょっと非現実的な空気のものが多かったので、短編映画集みたいにまとまればいいなと思ったときに……「やっぱり曲っていつ聴くかとか年齢とかにもよっていろんな捉え方ができるけど、その曲自体に流れてる空気って変わらない。それをどんな角度から聴くかによって変わるのは私たちの心で、箱の中の時間は止まっているんだな」と思ったところから、タイムホールという言葉を見つけて。前作を「Circle Of Time」っていう曲で締めてるんですけど、あれは『火の鳥』や宇宙のことをイメージして作っていて、それが今回のアルバムにもうまいこと繋がっていくから、“タイム”って入れたかったところにタイムホールっていう単語を偶然見つけたんです。
──なるほど。
松尾:それと箱の中を覗いていくイメージと、あとは聴く人が曲の中に入り込んだあとに「あ、もうこんなに時間が経ってたんだ」って思ってもらえたなら、それはもしかしたらタイムホールの中に入っているのかもしれないっていう、ちょっとファンタジーな気持ち。全部が組み合わさってこの『Into The Time Hole』っていうタイトルにしました。
──全体としてのテーマを設けず、個々に独立したもので良しとしたわけですよね。それが結果的に今作のカラーとなっているような気もします。
亀本:そうですね。でもまあ、今までもそんなにテーマを決めてからアルバムを作ることはしてなかったので。
松尾:基本的にバラエティに富んだアルバムを作りたいっていうのは変わらないんですけど、そのときのモードとして「サイケデリックなアルバムにしたいな」くらいはあったりしたんです。でも今回は見た目的なイメージとかよりは単曲ごとのクオリティにこだわろうって思った。
亀本:ただ、レトロ感みたいな部分は共通して持たせている気がしますね。ハイファイな感じや未来的なものよりレトロなもの、といってもガチなものじゃなくデフォルメしたレトロさっていうのは、今考えると自分の中にあったかも。……たとえば『ストレンジャー・シングス』って中身はゴリゴリに80年代だけど今っぽいじゃないですか。そういう、レトロなものを「ちゃんと今っぽい」世界観にすることは常に意識してたと思います。
松尾:それってNetflixとかにも多い気がしていて。レトロだけど今の若者がみてもキャッチーで可愛く感じたり、オシャレに感じる──
──アイコニックなレトロ?
松尾:そうですそうです。
亀本:ガチでレトロにしちゃうと、コスプレなんだよね。
松尾:わかる。それを良い塩梅で、ちゃんとバックボーンも交えつつデフォルメするのを意識しました。
亀本:それをできるのが僕らの武器だと思うし、あとはやっぱり松尾さんの声。ハイファイなものやシャープなものより、温かみや懐かしさを感じる歌声だと思うので。
──今までもやっていたことをより意図的に。
亀本:意図的だし、できることのツールの広さもあった上でそれをやってる気はしますね。今までだったらバンドサウンドとファズのギターで全部やる感じだったのが、前作今作と少しずつこうなってきてるというか。
松尾:そうだね。多分、もともとカルチャーも含めてそういうビンテージなものが好きだし、今まで楽器を使ってがっつりレコーディングしてきたからこそできたのかなとも思います。付け焼き刃だったらそういうふうにできない自負はあって、バックボーンがあるからこそ挑戦できる表現じゃないかなって気づいてもらえたら嬉しいな。
──先ほども少し話に出ましたけど、実際に形にしていく作業、レコーディングなんかは2人で完結できちゃう割合も多かったわけですよね?
亀本:そうですね。自分のギターと松尾さんの歌以外の録音は、たとえば「レイトショー」だとベースだけ(生で)弾いてるとか、「HEY MY GIRL FRIEND!!」は鍵盤だけ弾いてるとか、そういう入れ方が多かったです。やっぱり今回すごく大変だったのはドラムで、生ドラムって音像が後ろに行ってしまうんですよね。それぞれのマイクが拾う空間の音があるし、さらに楽器が色々並んでくると、リズムが遠くなって今風の音楽じゃなく聴こえてしまうというか。
──うんうん。
亀本:ドラムを生にするのか打ち込みにするのかっていうのは、ちゃんと悩むというか考える部分でした。ドラムを生にするけど近くで聴かせたいっていう曲だったら、打ち込みを混ぜたり、他のオケを薄くしてあげることによって少し前に出てくるとか。
松尾:でもあえて5曲目の「It’ s A Sunny Day」とかは全員でジャンとやっていたり。曲ごとに使い分けてる感じです。
──バンド然とした曲でいうと「シグナルはいらない」もそうですけど、これはまたちょっと感触は違っていて。
亀本:バンドっぽくやってる風の、いろいろやってるやつ、みたいな(笑)。
松尾:あれは工夫してる楽曲だなぁ。
亀本:サビとかも、ギターを大きくしたいけど、大きくしすぎるとゴツゴツした音像になるから、大きい音量のシンセとギターが混ざるようにしていて。印象としてはギターロックに聴こえるけど、ギターだけとは違う広がりが出てる。今までの60’ sとか70’ sのロックとは違う価値観も今回はやっていいんじゃないか、もっといろんな人にロックサウンドとかギターサウンドを味わってもらうためには、必要なんじゃないかと思って取り入れていった部分ですね。
──アレンジは今回、クレジットの表記された楽曲は全て亀本くんですけど、初でしたっけ?
亀本:前作も何曲かはプロデューサーがいるんで、実質初です。
松尾:セルフプロデュースで2人で手作りで作ったという感じですね。
亀本:予算が無限にあったら「これは誰と」「これは誰と」ってできるんですけど(笑)。いつかはそういう、ちゃんとプロデューサーを迎えたものもやってみたい気持ちはありますけど、それはそれで難しいですよね。
松尾:難しい。曲にもよるので。
亀本:星野源さんとかを見てるとすごく人をたくさん使ってるのよ。だけどトータルプロデュースは「星野源」で、いろんな楽器のアレンジにも関わりつつ、専門の人のすごい技術もちゃんと借りてきてる。もうちょっと自分もレベルアップして、人と絡んでもっとすごいものが作れるビジョンを持てるようになったら、いずれはそういう風にやりたいなって。海外とかはそのレベルが本当に高いから、レベルの高い曲が生まれてると思うので。
松尾:だから、まずは自分でできるんだったら自分でやって。
亀本:うん、まずは自分でできるっていうのが大事だと思う。
──あと、歌詞から受ける印象としては、これまでよりもピンポイントに焦点が合っているものが多いように感じて。普遍性よりも狭いところに刺さるものが増えたというか。
松尾:やっぱり歌詞ってかなり世の中を反映するものだと思うので、コロナ禍以降に起こっている色々な──自分の身の回りのこともそうだし、世の中の全てのことも反映させたくて書いてます、まずは。で、たとえば歌詞ですごく難しかったのが「シグナルはいらない」と「ドレスを切り裂いて」で。
──わりと攻撃性のある2曲。
松尾:はい。たとえば「シグナルはいらない」だったら、とてもハードな楽曲なので攻撃性のある言葉も使いたいんだけど、あまりにどストレートに書いてしまうと説教くさくなるというか、うるさい感じになっちゃうので、そこを濁しつつもちゃんと世間のことも反映させて、さらに音に乗った母音とか子音がちゃんとしていてとか、全部盛りにして整える作業がすごく難しくて。わたしは別に世間に説教したいわけじゃないし、今思ってる自分のことを書きたい、でもみんながそれに対していろいろ予想できる歌詞にしたかったんですよね。
──余地を残しておく。
松尾:そうですそうです。“シグナル”っていう何とは言えない言葉にしたけど、<争うことはない>とか限定的な言葉も入れ込んだりしてバランスを取りながら、かなり挑戦的に現代のことを歌えた楽曲だと思います。「ドレスを切り裂いて」の方は、このリズムに日本語を乗せるのが最初はうまくいかなかったんですけど。……今の時代って「飾った自分を見せる」という、インスタとかTikTokもそうですけど、そういう時代になっていってるなっていうことが、おもしろいかもしれないけどある種怖いなと思ってて。
──はい。
松尾:たとえば写真ひとつとっても、ノーマルなカメラは使いたくない子が増えていたりとか、本当の生活は質素なのにインスタだけ豪華にみせるようにお金使って生きてるとか、身の回りにもけっこう多くて、それって怖いことでもあるなと思うんです。自分で自分にまやかしの魔法をかけてるみたいなもので、誰かからかけられてるなら振り払おうとすれば振り払えると思うんですけど、自分で自分にかけてるものって気づかないから、取り払うのもすごく難しい。着飾ることに関しては、わたしも服が好きだったりメイクが好きだったりするので何も否定はしないけど、そのフィルタのかかった本当じゃないものが本当になっていくのが今のSNSで、それがマズいと思って。自分の心の中のナイフでフィルタを切り裂かないと逃れられない恐怖と、それに気づいて!っていうことを歌いたくて書きました。今まで書いた曲とはまた違ったアプローチにもなりましたけど、そういう言葉も自然に出てきたので、昔の普遍的で大きな言葉とは違った尖った言葉が出てくるのは、時代なのかなとも思いますね。
亀本:的が小さくなってるのは良いことなんじゃない?
松尾:あ、そうそう。的が小さくなって、伝えたいことがはっきりしているっていう。そこはテーマを決めるときにすごく意識しました。
──同時に、昔から物語のワンシーンを描写するようなタイプの作詞もしてきたじゃないですか。そういうタイプの曲は今作もありますけど、幻想的要素や退廃的要素がちょっと薄くなった印象もあって。
松尾:そうですね。今回はやっぱり的を絞るのと、現実と非現実のバランスを取ることを意識したので。過去のアルバムだったら曲の中が全部幻想世界で、幻想小説の曲です、みたいなのもたくさん書いてきて、それはもちろん今後も作っていきたいですし、そういうモードになったらそうなると思うんですけど、それよりもコロナ禍になってから自分対自分で向き合う時間が長すぎて(笑)、そこが大きかったのかなという気はします。たとえば「レイトショーへと」っていう曲も、一見物語のような景色を書いているんだけど、これも現実世界の表現というか、誰もが主人公になれる幻想的な部分と、自分のことだと思えるリアルな部分もちゃんと残しているというか。
──まったくの異国の感じとか、現実に見たことのないような情景とは違いますもんね。
松尾:そうなんですよね。<不完全で安全な地下室>っていう言葉だったり、<陽気な主人公は何故か悲しい/張りぼての虹を渡る>とかは、現代のわたしたちの生活にもとても当てはまるなと思って書いたんですけど。
亀本:すごい言葉が出てくるねえ……。
松尾:(笑)。やっぱり戦争とかも始まって、世界では言えないことも増えたわけじゃないですか。そういう情景を見ていた中で、自分の言えない言葉を映画や音楽を通して伝えるっていう行為を、けっこう目の当たりにした気がして。ウクライナの戦争が始まったときに、『ひまわり』っていう昔の映画の台詞を軍の人に伝えていたりとか。直接的な言葉じゃなくて何かのものを使うことで、直接的な言葉よりももっときっといろんな感情を表現できるんだと思うんですよね。
──あと僕、「形ないもの」がすごく好きなんですよ。
松尾:ありがとうございます!
──超名曲じゃないですか?
松尾:めちゃめちゃうれしい、本当に。
亀本:ちゃんと「超名曲になれ」って作りましたね、これは。
松尾:「大人になったら」のようなテーマで自然に書いていったらできました。「大人になったら」は、過去の曲にも過去の想いにもなっていなくて、まだ同じことを思っているわけですよ、自分は。<好きな場所がまた一つ 壊されてくけど>っていうのは、新木場STUDIO COASTだったり下北沢GARAGEだったりとか、自分にとっての居場所がコロナ禍になってどんどん無くなっていったのも事実だし、ファンの子達からもいろんなメッセージが届くわけですよ。「楽しみにしていた最後の体育祭が無くなっちゃいました」とか、「高校二年生で修学旅行が無くなりました」とか。学生のときの1年って、大人になってからの1年よりももう、めちゃくちゃ重要じゃないですか。
──それはもう。
松尾:高校3年間なんて1年ごとに全部違うストーリーがあって、全部覚えてるじゃないですか。だからみんなにとっての行事だったり場所っていう、本当にかけがえのないものが無くなっていってしまうことはすごく悲しいと思うんです。それが無くなってしまった今、ずっと「悲しい」という気持ちで生きていくのは意味がないけど、そのとき感じた気持ちって、形がないけど一番大事なものであって、自分を動かす原動力でもあるなと思ったのが一つ。
あとひとつは、ライブハウスのスポットライトについて思ったことなんですけど……以前カバーした浅川マキさんの「それはスポットライトではない」という曲が、スポットライトとは何なのか?ということを歌う歌詞で、たしかに、常にライブハウスのあのスポットライトじゃなくても、いろんな光がわたしたちの生活の中のスポットライトなのかもしれないって思ったんですよね。<平凡な特別を抱きしめていたいよ>って書いたのは、ただ街を歩いていて街灯に照らされたその一瞬も、それは特別な瞬間かもしれなくて、その人にとってのスポットライトかもしれない。月明かりがそうなのかもしれない。そうやって考えることによって、いろいろ悲しいことはあるけれど、平凡だと思っていた毎日も素敵だなって思えたら、幸せな気持ちになれるし、明日も良い日になればいいって思えたらっていう。希望を描きたいと思ったんです。
──曲自体やサウンドも良いですよね。たとえばサビで入ってくるドラムのパターン一つとっても、いままであまりやってこなかったタイプで。
松尾:そうですね。そこは亀のアイディアなんですけど、やっぱりグリムにはロックバラードがたくさんあるので、同じ曲は作りたくなかったのと、ブリティッシュでクラシカルな、ビートルズの「Penny Lane」とかの要素もありつつ、そういうロックを知らない人にとっても壮大な風に聴かせたいなっていうことで、ナイスアイディアを出してくれて。
──あラスサビの裏で派手にロックギターが入るかと思いきやそうでもなくて、歌が終わったところで入れ替わりに入ってくるのもたまらない。
松尾:あれ、エモい。
亀本:この曲に課せられた使命は、とにかく「大人になったら」をアップデートしなきゃいけない。で、なんでみんな「大人になったら」が良いっていうのかを考えたら、歌が終わったあとの最後にソロが入ってるから、ライブでもお客さんがワーッてなるじゃないですか。そこ狙いというか……アウトロで盛り上がるのはなんというか……エモい。
松尾:エモいな。
亀本:これ、良い入りしてるよね。
松尾:わたしもそこ好きなんですよ、ギターソロ。
亀本:とにかく「大人になったら」からサウンド感やスケールが明らかに上がっているのを見せようっていう感覚で作っていきましたね。
──最後に、ツアーも控えている今年後半に向けて考えていることがあれば。
松尾:けっこう難しい曲を作ったと思うんですよ(笑)。打ち込みを再現する難しさとか、メロディの上がり下がりがけっこうあったりとか。それをちゃんとライブで「生の方がすごい」って思わせるために、どういうふうに考えていこうかっていうところと、あとはフェスでもちょいちょい新曲もやりながらパワーアップしていけたらと思ってるんですけど。
亀本:もちろんツアーやフェスでパワーアップした姿を見せるのは当然目指していきたいし、それができれば十分なんですけど……最近、ミュージシャンがやらなきゃいけないことってさらに増えてる気がして。
松尾:たしかに。
亀本:若いアーティストとか見てると、今日はTikTokライブでライブします、今日はインスタライブでライブしますとか、毎日のようにやっててすげえな!みたいな人もいっぱいいるじゃん。そういう活動も必要になってくるとめっちゃ大変だなって感じてるけど、今年はツアーやフェスをやった上で、もうちょっとYouTubeとかも頑張りたいなぁと。MVとかライブ映像だけじゃない音楽のコンテンツを考えて、ね。
松尾:ミュージシャンとしてちゃんとカッコいい配信を。
──急に亀ちゃんが世の中に物申す、みたいなチャンネルが始まってもアレですからね(笑)。
松尾:やだやだやだ!(笑)
亀本:はははは! まあ、たとえばカバー動画だったりとか。インターネットでたまたまそれを発見した人が「こんな人いたんだ」って一人でも入ってくれたら、それってけっこう大きいからさ。フェスやライブだけやってたら増えない一人なわけだから。
松尾:そうそう。YouTubeがあることで、逆にけっこうマニアックな曲とかもカバーできるのもあるし。
亀本:いろいろな形を模索したいよね。
松尾:いま、「ロックとは?」みたいになってる時代で。自分たちはどうしても好きだけど、ちゃんと説得力のある音楽を作っていて、その人自身にも説得力のあるバックボーンがあるロックバンドって、自分が思うにまだなかなかいないので。そういうところをちゃんと確立しつつ、曲げたくないところは曲げずに、いろんな引き出しを作れるところは作りながら、今までより進化できたらと思います。

取材・文=風間大洋 撮影=高田梓

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