生と死が交錯して物語が生まれる~こ
まつ座『頭痛肩こり樋口一葉』が上演

今年、生誕百五十年。五千円紙幣のその人の顔は若くつるんとして、皺が少なく偽造防止のための版を起こすのに手間取った……との話を思い起こさずにはいられない。樋口一葉。『たけくらべ』『にごりえ』『大つごもり』といった傑作を世に送り出すも、わずか24歳で病に倒れて死した、明治期の小説家。19歳で筆で身を立てることを志してから、その死後数年までを描く、女性キャスト6人による井上ひさし作『頭痛肩こり樋口一葉』(1984年初演)がこまつ座により上演中だ(8月28日まで、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA)。演出を手がけるのは栗山民也。初日前夜のゲネプロを観た。
貫地谷しほり  撮影:宮川舞子
(左から)貫地谷しほり、瀬戸さおり  撮影:宮川舞子
19歳の夏子(一葉。演じるは貫地谷しほり)は有名歌人中島歌子の主宰する「萩の舎」に住み込みで働いているが、お盆の7月16日、母・多喜(増子倭文江)と妹・邦子(瀬戸さおり)が住む借家に帰ってくる。多喜が乳母として育てた元旗本の娘、稲葉鑛(香寿たつき)も訪ねてくる。――女たちは明るく笑って生きているが、貧しい。作り話で女たちを励ますも、嘘がばれ、この生活を何とかせよと母に戸主としての責任を厳しく問われ、夏子は激しい頭痛に悩まされる。その翌年の7月16日。鑛、そして多喜が昔面倒を見た中野八重(熊谷真実)が訪ねてくる中、夏子は、幽霊の花螢(若村麻由美)と言葉を交わすようになり――。
(左から)若村麻由美、貫地谷しほり  撮影:宮川舞子
一場面をのぞいてすべて同じ7月16日に展開されるこの物語。お盆――先祖の霊が戻って来る日。生と死がひときわ近づく日。貧しい暮らしの中、死を近くに感じて生きる夏子にだけ、花螢の姿が見える。夏子が生に命を燃やすとき、花螢は夏子を遠く感じる。夏子と花螢の関係性は、ミュージカル『エリザベート』における主人公エリザベートとトート=死の関係性をもどこか連想させるところがある。恨みを抱くべき人物を忘れていた花螢だが、夏子の調べにより憎いその相手がわかり、化けて出る。だが、その相手に憎むべき行為をさせた人物、その人物に憎むべき行為をさせた人物……と次々とたどっていくうち、花螢は世の中全体に“因縁の糸の網”が張りめぐらされていることを知る。この気づきは、井上ひさし最晩年の戯曲『ムサシ』(2009)に描かれた、“復讐、報復の連鎖”をいかに断ち切るか――とのテーマにも通じるところがある。そして、花螢を三度演じる若村麻由美がとてもいい。白装束姿ですっと現れ、ビラビラになった袂を振り回し、舞台左右の提灯をずいと下げて気持ちの落ち込みを表現したり。どこかとぼけた、この世に恨みを残して死んだ割にはとても人のよい幽霊である。その姿を観ていると、死とは決して恐れるべきものではないのだとどこか安心できるような気がしてくる。そして、そんな花螢の存在に励まされているからこそ、死を近くに感じる夏子もまた生きていけるのだと思い至る。成績優秀ながら女だからと小学校を中退せざるを得ず、家を守る戸主だということで長男である小説家・半井桃水との恋もあきらめざるを得ず、社会運動の夢を語っただけで母に叱責される。やりたいことをできず、生活を支えることにあえぐ夏子の魂は、ただ創作へと注がれていく。夏子を演じる貫地谷しほりは、若くして戸主を務めようと奮闘する様がまっすぐでいたいけである。
若村麻由美  撮影:宮川舞子
(左から)貫地谷しほり、若村麻由美  撮影:宮川舞子
夏子をさまざまな理不尽で縛る母・多喜役の増子倭文江は、彼女自身が女であるにもかかわらずなぜそのような理不尽を娘に強いなくてはならなかったのか、その哀しみがもっと見えてくると、後の心境変化のセリフがさらに効いてくると思う。劇中歌もにぎやかに盛り込まれた作品の中、稲葉鑛役の香寿たつきの優しい歌声が心に残る。中野八重を演じる熊谷真実は、若くしっとりとした娘の姿からあっと驚く変化を見せるのが楽しい。そして、どんなときも気丈にけなげに夏子を支える妹・邦子役の瀬戸しおりに、確かな存在感――夏子たちの生の苦しみを一身に引き受ける終幕の演出には胸を衝かれるものがある。その姿に、日本に女として生まれた運命を先の世代から引き継いで生きること、その運命を後の世代に引き継いでいくこと、その重みを考えずにはいられない。そして、この場面に象徴されるように、演出家にとって女という存在が決して他者ではないことに心安らぐ。女性6人のみの登場ながら、その実、彼女たちの背景にある広い社会、女に“内助の功”ばかりを求める明治期の男性たちをも描き出そうとの試みが感じられる作品である。
(左から)香寿たつき、瀬戸さおり、増子倭文江、貫地谷しほり、熊谷真実  撮影:宮川舞子
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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