そこはまるで、アリスの世界へと迷い
込んだようだった 『特別展アリス』
レポート

『特別展アリス―へんてこりん、へんてこりんな世界―』が、2022年7月16日(土)、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーにて開幕した。
ルイス・キャロル(本名:チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)が生み出したアリスの物語は、1865年に1作目『不思議の国のアリス』、1871年に2作目となる『鏡の国のアリス』が出版されて以来、多くのアーティストにインスピレーションを与え、今なおたくさんの人々を魅了している。その起源となったのは、ドジソンがリドゥル三姉妹に話したおとぎ話『地下の国のアリス』であること(のちに文章に書き起こし、挿絵を描き、手書き本としてプレゼントされた)、リドゥル姉妹に “アリス” という名の女の子がいたことは、広く知られている話だ。
本展では、『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を基盤に、アート、音楽、ファッション、舞台など、あらゆるジャンルで表現されたアリスに関する作品や資料を300点ほど展示。アリスの世界観に没入できる大規模展である。
会場風景
《アリス・リドゥル》チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 1858年 ナショナル・ポートレート・ギャラリー(ロンドン)
「アリスの誕生」を紐解く、膨大な数の資料
第1章「アリスの誕生」では、書籍の挿絵となった原画や校正刷りなどのほか、ドジソン自身が撮影した写真などを展示している。ドジソンは当時まだ珍しかった写真技術にも精通していたそうだが、彼がファインダーを覗いた先の景色には、すでにアリスの世界の片鱗が見えていたのかもしれない。
左:《チェスに興じるラトウィッジ家の女性たち》チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 1858年または1859年 個人蔵、 右:《夢》チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 1863年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
左:《ジョージ・ロレストン博士の解剖学講義》チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 1863年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、 右:《ロセッティ家の人々》チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 1863年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
書籍を製作するにあたり、挿絵も自分で手掛けるつもりだったというドジソン。しかしながら満足のいく仕上がりにはならなかったようで、一流の挿絵画家に依頼することを決意する。白羽の矢が立ったのが、ジョン・テニエルだった。
ドジソンにとって挿絵はきわめて重要で、挿絵の木版画とその彫版にかかった費用だけで制作費の約半分を占めたほどだという。ドジソンがまだ無名だった当時、すでに成功を収めていたテニエル。そんな彼らの交わりによって、いくつもの魅力的なシーンに仕上がった挿絵は、アリスの物語の世界観を “視覚的” に伝えることに成功した。
《融け始めた鏡を通り抜けるアリスの校正刷り》『鏡の国のアリス』より ジョン・テニエル(画)、ダルジール兄弟(彫刻)1871年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
左:《「わしと握手することもできるぞ」》(ハンプティ・ダンプティ)の校正刷り『鏡の国のアリス』より ジョン・テニエル(画)、ダルジール兄弟(彫刻)1871年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
映画、舞台、ファッション…… 多大な影響を与えたアリスの世界観
次のセクションへと向かう途中に、いくつものへんてこりんな場面を通過していく。それらは次から次へとやってきて、まるで落とし穴に落ちてから不思議な世界をさまようアリスを追体験しているようだ。
会場風景
会場風景
会場風景
第2章「映画になったアリス」では、広いスペースに大樹が1本。そして、それを囲むようにさまざまな資料の展示や没入型のコンテンツが用意されているのが興味深い。
会場風景
会場風景
会場風景
ここでは1903年に製作された白黒のサイレント映画を筆頭に、ディズニーのアニメーション映画『ふしぎの国のアリス』、ティム・バートン監督による『アリス・イン・ワンダーランド』に関する資料なども見ることができる。とても広いエリアだが、たくさんの資料が壁面に展示されているだけでなく、へんてこりんな世界を体現できる小物がいくつも点在していて、子供も飽きないつくり、没入できる空間が用意されている。
会場風景
会場風景
左から:チェシャー猫のセル画、せいうちのセル画、アリスとしゃべる花たちのセル画 映画『ふしぎの国のアリス』より 1951年 ブライアン・シブリー&デイヴィッド・ウィークス・コレクション
アリスの世界観は多くの人々を魅了してきたが、なかでもシュルレアリスムの活動家は「アリスに大いに影響を受けた」と語る。第3章「新たなアリス像」では、シュルレアリスト(超現実主義者)やポップアーティストが表現した作品を紹介するほか、本展の元となったロンドン展でも好評を博した、舞台デザイナーであるトム・パイパーによる「チェシャー猫」、「狂ったお茶会」のインスタレーションを展示。サイケデリックで不思議な空間は、アリスのストーリーに紛れ込んだかのようだ。
会場風景
会場風景
会場風景
第4章「舞台になったアリス」では、バレエ『不思議の国のアリス』、ミュージカル『ワンダー・ドット・ランド』などの衣装が鮮やかに並ぶ。これまで上演されてきた作品のポスターや衣装デザインの資料なども展示されており、さまざまなクリエイターがドジソンの作り出した世界観に影響され、それを解釈し、表現するさまを見ることができる。
会場風景
会場風景
会場風景
そしていよいよ最後のエリアは第5章「アリスになる」。ここではヴィヴィアン・ウエストウッドやヴィクター&ロルフなどが手がけた華麗なファッションに目を奪われる一方で、壁に掛けられた解説の一文にも心惹かれた。
会場風景
会場風景
「アリスのように好奇心、独立心、学ぶ心を持ちさえすれば、今日では誰もがアリスになれるのです」
ものおじしないアリスの精神は、政治運動を行う現代人にも大きな影響を与えている。「アリスにできたなら、わたしたちにもできる!」というプラカードを掲げるのは、政治活動家のヌールジャン・アリー。これは、2017年、南アフリカ共和国の大統領であったジェイコブ・ズマの汚職に対する抗議デモに参加したときの様子だ。
《政治活動家ヌールジャン・アリー 南アフリカ共和国大統領に対する抗議デモにて》2017年
「アリスになる」とは、アリスからインスピレーションを受けたファッションを身につけ、外見から見せるというのはもちろんのこと、アリスのように何事にも興味を持ち、困難に立ち向かい、成長していく精神を持つことでもあるのだろう。そしてそれは、ほかでもない “自分” でさえアリスになれる可能性を秘めているのだ。
展示のラストは『不思議の国のアリス』のエピソードと重なり、終わりを迎える。出口を過ぎたあとに心地良い程度の疲れを感じて、あぁそうか、あのときからアリスの世界に紛れ込んでいたのだな……と、妙に納得してしまった。
会場風景
多くのアーティストにインスピレーションを与えてきたアリスは、本展を鑑賞した人々へも大きな刺激を提供してくれるようだ。鑑賞後、なんだか自分が少し成長したような気がしたのは、気のせい? ……ではないはず。
『特別展アリス―へんてこりん、へんてこりんな世界―』は、2022年10月10日(月・祝)まで、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催。その後、2022年12月10日(土)から2023年3月5日(日)まで、大阪・あべのハルカス美術館へと巡回予定。さあ、不思議な冒険へと出かけよう。

文・撮影=SPICE編集部

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