千葉雄大と伊藤沙莉を直撃 昭和30年
代初頭の新宿の喜劇人たちを描く、K
ERA作品『世界は笑う』インタビュー

劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が手がける最新作『世界は笑う』は、昭和30年代初頭の新宿を舞台に、喜劇人と彼らを取り巻く人々の群像劇。『東京月光魔曲』『黴菌』『陥没』とシアターコクーンで“昭和三部作”を上演するなど、昭和へのこだわりを見せてきたKERAが、昭和の喜劇人を初めて題材とすることでも話題を呼んでいる。若手喜劇俳優を演じる千葉雄大と、踊り子を演じる伊藤沙莉に、作品への意気込みを聞いた。
Bunkamuraシアターコクーン『世界は笑う』スポット映像<東京公演>
ーーKERAさんの舞台への参加が決まってどんなお気持ちでしたか。
千葉:上京してきて初めて観た舞台がシアターコクーンで上演されていたKERAさんの『どん底』だったので、参加が決まって感慨深いものがあります。非常に複雑な舞台で、一言でこうと言えないような余韻のある作品だったことを覚えています。シアターコクーンの舞台に立つのは二度目なのですが、稽古段階から錚々たる皆さんの演技を間近で見ることができて、幸せな時間を過ごしています。
伊藤:KERAさんの舞台は何作か観ていますが、ステージングなど、観ていて圧倒されるものがありますし、会話劇のテンポのよさだったり、間の取り方だったり、笑いにシビアな方だろうなという印象がすごくありました。会話の流れの気まずい部分を笑いに変えたりするところがKERAさんらしさでもあるのかなと思っていて。何を観てからというよりは、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんという演出家がいるということは、役者をやっているとふっと入ってくる名前ではあったんです。そうなると、不思議な感覚なんですが、自然と目標になるというか、いつか出てみたいという思いがどこか自分の中にありましたね。本当は昨年、ナイロン100℃の公演に客演として出させていただく予定でしたが、こんなご時世なのでなくなってしまって、そんな中ですぐこのお話をいただけて。客演がなくなって悲しいなと思っていた中ですぐお話をくださったこともうれしかったですし、一緒にやりたいという気持ちがなくなっていなかったんだという喜びがすごくありました。
ーー稽古前にワークショップをされたそうですね。
千葉:昭和30年代が舞台なので、その時代背景について学んだり、血肉になるような時間の過ごし方をしました。脚本をいただく前だったので、その期間中に試されているのかなという緊張感もちょっとありましたが、いろいろなことをすごく試せた時間ではあったので、楽しかったですね。いろいろな役をみんなでかわりばんこにやったりしたので、同じ役を演じていてもアプローチの仕方がみんな違って、それを客観的に見ていてもおもしろいなと思いました。ワークショップの芝居を見て、それを台本にどう落とされてしまうのかなとか、自分がアウトプットしたものが反映されてしまうんだ……という緊張感がありましたね。
千葉雄大
ーー台本に反映されているのを感じたりしますか。
千葉:えっ、どうだろう。伊藤さん、どうですか。
伊藤:千葉さんがおもしろいということはワークショップでかなり明らかになったので(笑)。単純にファニーなおもしろさというより、すごく魅力的な、人間としてのおもしろみを出す方なので、そういうところは反映されているようにも感じますね。
千葉:ワークショップが終わった後、勝地涼さんから、「ばーちーは狂気性があるよね」って言われて(笑)。
伊藤:そうだね(笑)。
千葉:そこはもしかしたら反映されているのかもしれないです(笑)。
伊藤:ワークショップは3回あったんですけど、そのうち2回は座学で。その中で、KERAさんが昔やったアチャラカ芝居の映像を拝見して、おもしろすぎて。KERAさんが解説される度に一時停止するんですが、毎回、「あ~、止めないで~」と思うくらい。学びに行っているのに、おもしろいものって時間を忘れさせるすごい力があるんだと思いました。エノケン(榎本健一)さんや藤山寛美さんといった昭和の喜劇人たちの生き様を撮影したドキュメンタリー番組を観たり、作品を観たり。それと、『男はつらいよ』のメロンの名シーンも観たんです。帰ってきた寅さん(渥美清)が、みんながメロンを食べているのを見て、自分の分がないと言う。「わけを聞こうじゃねえか」という名ゼリフがあって、そのワンシーンだけを観たんですが、すごく意味のあるシーンだと思いました。みんな笑わせようとしていないのに、すごくおもしろかった。多分それは、寅さんの「わけを聞こうじゃねえか」と言うまでの間と、渥美さんが本気でメロンを食べたかった人を演じているからおもしろいという。笑わそうとしていない、必死に生きているからこそ生まれる滑稽さとそれから派生する笑いみたいなものが、今回の『世界は笑う』という作品にも必要なんだろうなということを、座学からすごく学びました。それと、KERAさんにもお伝えしたんですが、昭和の人のしゃべり方をしようとすると、どうしても、女性芸人さんのコントみたいな気持ちになってしまうんです。「○○だわ」みたいな言い回しがコントみたいになりそうで怖いというお話をしたら、やっぱり、現代の人がやるとどうしても所作から現代人になってしまうところがあるから、突き詰めて一つひとつ言っていくと大変だけど、嘘がないようにしたいというKERAさんの思いを聞くことのできた貴重な時間でした。
伊藤沙莉
千葉:伊藤さんは、役に本当に血を通わせる方なんですよね。まだ台本も全部はできていない段階ですが、稽古場でも、役の人物のさまざまな片鱗を見せてくれるというか。伊藤さんは今の段階だとシュッと突っ込むようなセリフが多いんですが、傍から見ていて、指揮者がこうクッと指揮棒を振り上げるような、その締まり具合がすごいなって。ナチュラルなのに、すごく締まる感じなんです。
ーー役どころについてお願いします。
千葉:僕が演じる有谷是也(あれやこれや)は、お芝居に対して貪欲ではあるんですが、一座の中では割とそれが反映されていないというか、そんなジレンマを抱えた人なのかなと思っています。向上心がゆえのちょっと怖い感じというか、だから、怖い人だなというのは何となく思ったりとか。だけど、台本を読む限りでは、何かしら自分の中で不安定なところがあるというか、均衡を保とうとしてやっているところがあるのかなというか、繊細な人なのかなと思っていますし、伊藤さん演じる秋野撫子との関わり方がどうなっていくのかも気になりますね。
伊藤:私が演じるのは踊り子の秋野撫子役です。千葉さん演じる有谷是也さんとの関係性がどう描かれていくのか、私も楽しみですね。彼女は笑いの一座の中にいる踊り子ですけれども、本人曰く、そこまで乗り切れていないんです。自分がやっていることが本当にやりたいことなのかどうかという。まわりが、笑いの一座の俳優としてひたむきに熱く頑張れば頑張るほど、撫子の中で、乗り切れていない感じが何かどうも気持ち悪いというのがあるんだろうなと感じていて。そんな中で撫子は一座の中で恋をします。わかりやすく言うと、現場に一人好きな人がいると頑張れるとかってよく言うじゃないですか。そういうところから派生しての恋愛なのか、それとも本当に心から通う何かがあったのか。あまり多くを語らない分、謎めいている人だなということは感じます。
ーーKERAさんの演出はいかがですか。
千葉:音、セリフのこのトーン、この間ということにすごくシビアで、語尾を上げるんじゃなく下げるとか、そういう、言葉だったり音程だったりに対するこだわりがすごいなと思って。指摘されてやってみるとやっぱり確かになと思うところが毎回あったりするので、そこを噛み砕いて演じるという感じなんですけれど。僕は楽しく稽古しているんですが、すごく心配してくださっていて、稽古が終わるたびに、「千葉、大丈夫?」みたいに声をかけてくださって、それを言われないだけの稽古を早く提示したいなと思っています。
伊藤:稽古はすごく楽しいですね。おもしろいことをしているから、人の芝居を見ているだけでも楽しくて。特徴的だなと思うのが、KERAさん、置き換えるのがすごく上手いなと思って。何かのセリフを、こう言って欲しいんだよねというときに、それと似た音になる言い方の置き換えをするんです。そういう言い方をされると、役者として、腑に落ちるのが速いんですよ。それはとても効率的かつ聞いていておもしろい演出だなと思います。
ーーお二人にとって「昭和」とは?
千葉:舞台に関する座談会の際、ラサール石井さんはじめ、昭和という時代を体験した方たちがすごく楽しそうにお話しされていて、それが純粋にうらやましかったですね。もちろん、僕たち平成生まれも楽しいことがなかったわけじゃないけど、何かこう語り草のように話せることってそうそうないなと思って。これから先、平成が昭和みたいに扱われる日も来るかもしれませんが、昭和の話って、聞いていてやっぱりぶっ飛んでる話も多いし。もちろんいいことばかりじゃない、今だと許されないこともあったりします。昔の人が、「あの時代はよかった」って言うのを聞くのってあんまり好きじゃなかったんですが(笑)、昭和の話を聞いていてやっぱりおもしろいなって思ったので、それは純粋にうらやましかったですね。
千葉雄大
伊藤:時代の話をすると、その時代を生きてきた人に、「そんな簡単なものじゃない」みたいなことを言われたりするので、難しいなと思いますが、知らなかったからこそ勝手に、自由さを感じるところがあって。何かに抗ったり、必死に生きている時代だからこそ、みんなはじけたりしたんだろうなということはもちろん理解しつつ。やっぱり、どんどん縛られていっているなというのは、28年しか生きていない私ですら、「昔はよかったな。もっと自由だったのに」みたいに思う瞬間があるんですよね。こんなにいろいろなところで監視下に置かれていなかったなというのはあるので。そういうことを思うと、昭和の人は生き様がかっこいい人が多かったんだろうなと思いますね。混沌とした中で生きるというのは、やっぱり必死に生きているということだから、生きているという実感をちゃんと持てた時代なのかなっていうのは、勝手に印象としてあります。
千葉:破天荒な人がいる一方で、そうじゃない、普通の生活をして苦しんでいる人がいるというのも事実で、そういうところもすごく泥臭くて、さまざまな映像を観て興味深く思ったところですね。それとやっぱり、戦争という大きなものもあったわけで、それを体験しているかいないかということは本当に大きなことで、そんな時代の先に今の僕たちがいるわけですから。そんな層を感じることがおもしろいなと思ったり。それと、新宿って、今でもちょっと怖い街ですが、やっぱり何かそういうものが渦巻いている街だよなという感じがしますね。業とか、性とか。
伊藤:私は新宿にまつわる作品に出演することが多くて、そうするとちょっとアングラなお話が多かったりもするんです。千葉さんがおっしゃるように、いろいろなものがごった返しているからこそ、そういうお話が生まれやすいのかなと思いますし、昔からあの街には何かが集まるということなんだろうなと。ただ、昭和30年代と今とでははるかにレベルの違うことが起きていたりとか、レベルの違う人がいたりとかしていたんだろうなっていうのは何となく感じますね。情報を得れば得るほど、おお、ちょっと怖いなと思うところがけっこうある印象です。
ーー喜劇、喜劇人を扱った作品です。
千葉:笑いって一番身近であって、かつ、提供する側としては一番難しいというか。芸人さんって本当にすごいなと思うし、だからこそ、ステージを降りた後の人たちがどういうメンタルになるかとか思いますし。寡黙な方も多かったりするじゃないですか。そういう生き様だったりとか、そういうところの裏表は、興味深いし、怖いし、そういう人を演じるというのはすごく緊張感がありますね。
伊藤:私たちがやっている普通のお芝居よりも、笑わせるという目的だけでやるというのはシンプルだからこそすごく深いし、すごく難しいというのはあると思います。私自身、芸人さんに対してずっとリスペクトしていますが、喜劇人、喜劇をやる人との違いがわからなかったりして、そこはずっと考えているところではあるんです。コント師の人たちってめちゃくちゃお芝居上手なんです。間とかもすごい。だけど、役者じゃないっていうところの違いが。笑いだけを追求してやるか、喜劇によって何か人の心を動かすというか、感動も追求してやるのか、すごく考えているんですけれど。兄が芸人(オズワルドの伊藤俊介)で、その姿を見ていると、喜劇にしろ、芸人さんにしろ、落差がすごくあるなっていうのは感じますね。おもしろいことが好きだし人を笑わせたいということを一番にやっているのでしょうが、会場が揺れるくらいの笑いを一回でも起こしちゃったら、中毒になると思うんですよ。それがまた起きるまではやめられなくなるとか。その中毒性にある種、侵されてどんどんのめり込んでいっちゃう部分もあって、笑い自体がちょっと麻薬だなと思いますね。兄はどちらかというとすごく根が明るいので、すごいなこの人と思いますけれど(笑)、やっぱり、ダメだったとき、滑り倒したときとかは、何かこんな調子でよくしゃべってるけどめっちゃ傷ついてるんだろうなというのは何となく思いますね。そうも言ってられないから前に進んでいっているという感じはします。
伊藤沙莉
ーーシアターコクーンについてはいかがですか。
伊藤:私はこれまで立ったことがなくて、一度は立ってみたい劇場でした。初めてコクーンで観たのが、松岡茉優が出ている『幽霊』で、そのとき、「すごい!」って思ったんですよ。こんなとこに立ってる! みたいな。コクーンって名前はよく聞いていたし、そうなるとやっぱり、自分もいつか立てたらなと思うようになって。その後、コクーンに舞台を観に行く機会もたくさんあったので、変な感じです。「わ、ったぜ」というのはまだないですね。どうか立たせてと思っています。決まってはいますが、こんなご時世でもあるからこそ、ここでちゃんと完走したいという気持ちはますます高まっています。
千葉:僕自身お客さんとして一番行っている劇場だと思うので、初めてコクーンの舞台に立ったとき、開演前に客席でストレッチとかしている自分がおかしくて。高尚な場として行っていたのが、そこでそういう日常を過ごしている自分がすごく不思議だったし。それと、劇場の方が皆さん優しいので、一回しか立っていないんですが、何だか安心するということがあります。
ーーどんな雰囲気の作品が期待できそうですか。
千葉:コミカルなところもありつつ、急にポンと突き放されるような、現実に戻るようなところもありつつ、後半にかけては、笑いというよりも人間味、笑わせようとしなくてもいいという段階に進んでいくのかなという気がしているので、そうなったときに我々がどうなっていくのかなというのが気になりますし、お客様にも楽しんでいただけるんじゃないかなと思っています。
伊藤:台本をいただく前から、喜劇人を描くことが必ずしも喜劇になるわけじゃないということをすごくKERAさんがおっしゃっていて。喜劇人って、葛藤であるとか、明るいだけじゃない何かを持っていると思うんです。そういうところがどんどん描かれていくのかなと。『世界は笑う』というタイトルと、喜劇人がテーマということで、お客さんもどんな笑いのある作品だろうと思っていらっしゃるかもしれませんが、いい意味でそこをどう裏切っていけるだろうって、私も今、とても楽しみです。笑えるシーンが続いていって、そういうところから変化しているグラデーションがすごく楽しみなので、観に来てくださるお客さんも引っ張り回されるんじゃないかなと思って。その感覚がおもしろいし、楽しみですね。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)   撮影=宮川舞子(千葉雄大)/iwa(伊藤沙莉)

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