TETORA・上野羽有音に訊く 3rdアル
バム『こんな時にかぎって満月か』に
込めた意思

ライブバンドとして全国を駆け回るなか、3rdアルバム『こんな時にかぎって満月か』を完成させたTETORA。自分の書いた曲は“ライバル”だと語る上野羽有音(Vo/Gt)が、過去の自分を超えようという明確な意思とともに生み出した13曲を収録した今作は、バンドの進化を感じさせる内容であるとともに、上野の思考の変遷を感じさせる内容にもなっている。このアルバムを完成させた今、彼女は何を感じているのだろうか。
――TETORAにとって3枚目のフルアルバムですね。完成後の今、どんな気持ちですか?
マスタリングが終わったのが確か1月だったので、実は完成してから結構日にちが経っているんですよ。完成した直後は自信も満足感もすごくあって、「いいアルバムができた! 誰かに聴いてほしいな」と思ったから、今まであんまりしいひんかったけど、いろいろなバンドに音源を送ったりして。でも時間が空きすぎて、今は逆に不安になってきています(笑)。はよリリースしたいです(笑)。
――あははは。『こんな時にかぎって満月か』って素敵なタイトルですね。
このCDに入れへんかった曲の歌詞からの引用なんですけど、単純に私が月が好きで……というか、満月になりたいという気持ちがあって。
――満月になりたい、ですか。
他のバンドを見ていると「あ、この人は夕日だな」「この人は朝日」「この人は夜なんやろうな」と思うんですよ。太陽は、簡単に言うとヒーローに近い人。だけど私は「頑張れ!」って誰かの背中を押す感じの人間ではないし、応援歌も歌ってないし、ウルトラマンでもプリキュアでもないけど、寂しい時もつらい時も楽しい時も、ずっと寄り添えるバンドでありたいなと思っていて。満月というのは私の中でそういうイメージなんですよね。
――なるほど。
あと、子どもの頃から宇宙とかめっちゃ好きで、田舎生まれやから空や星をよく見ていたんですけど、満月ってちょっとドキドキするような怖さがあるじゃないですか。そういうのも含めて、自分の中で“満月になりたい”という感覚があるんですよね。と言っても、何言ってんねんと思われるかもしれないんですけど(笑)。
――いやいや。
ライブ終わりにパッと上を見て、「あ、今日満月か」と思うことがよくあるんですけど、感情によって月の見え方が変わったりするんですよ。いいライブをしたあとに満月やったら「あ、やっぱり満月か。今日満月やからいいことあったんかな」と思うし、嫌なことがあると「あ~、今日満月なのか~……」ってなるし。
――このタイトルもいろいろな読み方ができますよね。
そうですね。いろいろなふうに受け取ってほしいなと思います。
――TETORAってずっとライブをしているイメージがあるので、制作の時間をよく確保できたなあと思ったんですが、実際どういうスケジュールで曲を作っていたんですか?
今までは長く時間をとってその間に一気に曲を作ることが多かったんですけど、今回は、3曲くらい作って、ライブして、また3曲くらい作って、ライブして……という感じでしたね。TETORAでは私だけが免許を持っていないんですよ。なので、機材車での移動中に歌詞を考えて、ライブから帰ってきたらスタジオでみんなで合わせてみて、また機材車で考え直して、みたいな。
――今までと違う作り方をしてみていかがでしたか?
今までのやり方だと夢中になりすぎて迷子になっちゃうこともあったんですけど、今回はちょっとずつ間隔が空いていたので、一旦冷静になれる期間があって。それが新鮮で面白かったですし、楽しみながら作れましたね。
――例えば「ずるくない人」や「き」のように、TETORAが過去に発表した曲を連想させる曲があるのが今作の特徴ですよね。
あ、分かりやすいのは「ずるくない人」や「き」やけど、一応全曲に“この曲を超えたくて作った曲です”というのがあるんです。曲を書く人の中には、曲は自分の子どものようだって言う人もいるじゃないですか。私も曲を作る時は妊娠しているような感覚なんですけど、いざ出したら、子どもというよりかはライバルのように思えるというか。だから、過去の曲たちを超えられるような曲を作りたいという気持ちが常にあるんですけど、特に今回は、“これまでの曲たちを超えるために作った曲”というテーマがありました。
――ということは、過去に書いた曲に対して“いや、今はこういうふうに考えないな”と思うことも多かったんでしょうか?
そう思うこともありましたね。だからこそ、このアルバムでは“今の自分やったらこう考えます”という曲を作ったという感じです。例えば、「Loser for the future」で歌っていることは、コロナがなかったら思わなかったことだと思います。
――「Loser for the future」はMVもかなり印象的でしたね。あれはCGではなく、ライブハウスの中に実際に植物を持ち込んでいるんですか?
そうなんですよ。心斎橋BRONZEというTETORAのホームのライブハウスがあるんですけど、そこに本物の木とかを入れて。撮影の前日にスタッフさんが丸一日かけて作ってくれはって。ライブハウスなのに土とか木の匂いがするのが新鮮やったし、スモークじゃない湿気を感じたというか(笑)。
――天然の(笑)。
はい(笑)。すごかったです。
――これはライブハウスの歌なのかなと思いましたし、歌詞には上野さんの思う“カッコいいロックバンド像”が表れている気がしますね。
そうですね。最近、今が大事やなとめっちゃ思うんですよ。前までは「いつか○○がしたいな」と思うことが多かったけど、ライブハウスでライブをしたり、バンド活動をしているうちに「いつかって今よなあ」と思うようになって。そう思うようになったのは、コロナとかも関係しているのかもしれないですけど。
――いつライブができなくなるか分からないような状況ですからね。
はい。それで「“いつか”ってないよな」「今どうにかしないと」という曲を作りたいなと思って、歌詞はそこを軸にして考えていきました。
――因みに歌詞に出てくる<19の時>というのは?
BRONZEに出会った頃で、私が音楽を始めた頃でもあります。確かバンドメンバーはまだ見つかってへんかったんですけど、とりあえず「ロックバンドかっけー!」「私もやりたい!」という気持ちだけはあって。19の時は、めっちゃ素直な心やったし、めっちゃ貪欲やった。「何でもやります!」って感じやったし、負けず嫌いなのは今も変わらずですけど、特に19の時はそういう気持ちがめっちゃ強かったですね。
――この曲は構成も緩急豊かで面白いですね。最初は8分の6拍子でゆったりと始まるけど、イントロの途中で加速しつつ4分の4拍子になって、その後も8分の6拍子と4分の4拍子を行き来するという。
音楽理論的なことはホンマに分からないので、何分の何拍子とかも正直よく分かっていないんですよ。最初この曲を作った時に、アップテンポにするか、(8分の6拍子で)タタタ タタタってゆっくりさせるか、どっちにしよう?って迷っちゃって。それでスタジオでメンバーに聴かせてみたら「どっちもいいな」「どっちも合わせてみたら?」という話になったんですよ。で、実際にみんなで合わせてみたら「最高やんな!」「サビはアップテンポの方がドキドキすんなあ」ってことになって。で、一番ドキドキしたのが今の形だったので、こういうテンポになりました。
――曲の途中でテンポが変わる曲はこれまでにもありましたけど、今回だけではなく、今までの曲に関しても“こっちの方がドキドキすんなあ”という感覚で制作していったんですか?
そうですね。私、バンドを始める前にメンバー見つからんくて弾き語りをやっていたんですけど、弾き語りって一人やから自分の好きなタイミングで遅くしたり速くしたりできるじゃないですか。その時の感覚のまま今もやっているのかもしれないです。「そんなに枠にハマらなくていいんじゃね?」「自由にしよう」みたいな。
――メンバーにはどうやって伝えているんですか?
私だけじゃなくて3人とも感覚人間なんですよ。なので、例えば「歌詞の“い”のところから速くしたい」って言うと、「OK!」って返してくれるから、それでやってみて「ああ、それくらい。いい感じ!」みたいな。
――それでちゃんと伝わるのがすごいですね。でもレコーディングが難しそう。
レコーディングの時はクリックをつけないといけないから、難しかったですね。だけど、いつもついてくれているエンジニアさんがめっちゃ信頼している人で。メンバーに共有するときと同じような感じでその人に説明したら、思っていたところでクリックのテンポが変わるようにしてくれるんですよ。何でも分かってくれるし何でも対応してくれるので、影で魔法使いって呼んでます(笑)。
――ところでこの曲はどうして「Loser for the future」というタイトルにしたんですか?
音楽に勝ち負けはないですけど、自分の中では勝ち負けがあって、それを一番強く実感するのがライブなんですよ。バンドを始めて、これまでいろいろなバンドを対バンしてきましたけど、「負けた~!」と思って、終わってから悔し泣きすることもいっぱいあって。だけど、負けたらそこで終わりというわけではないというか。<未来は今日だ>って歌ってますけど、負けないと分からんこともあるし、負けが悪いことじゃないって気づけたんですよね。
――そういった経験が今の自分を作っていると。
はい。
――今回のアルバム、全体として、“全部が自分の糧になっている”と認められたからこそ書けた曲が多い気がしますね。例えば「ズレてる」は、学生時代に感じていた窮屈さを書いた曲ですよね。
女の子って“トイレ一緒に行こう”みたいなの、あるじゃないですか。そういうのが私には全然フィットしなかったので、この曲ではそういうことを書きました。
――でも自分がフィットする場所として後々見つけたのが、音楽であり、ライブハウスだったわけで。そう考えると、当時感じていた窮屈さも無意味ではなかった。
あー、確かに。それはあるかもしれないです。学生の頃、帰り電車やったんですけど、ため息をついているサラリーマンの横で、音漏れが聴こえるんじゃないかってくらい、めっちゃ音量を上げてマキシマム ザ ホルモンを聴いたりしていて。あれは自分の中では一つの反抗やったんですけど、そういう時代があったからこそライブハウスに出会えたし、バンドや音楽があるからこそ今の自分がある、という感じはありますね。
――あと、かつて「ずるい人」という曲を書いた自分が、今「ずるくない人」という曲を書いたことについて、上野さん自身はどのように思いますか?
それこそ、今までがあったからこそ今があるんだなと思うし……今の自分の方が過去の自分より強いぞって思いますね。「ずるい人」は1番しかないんですけど、別れた人に対してズルズル歌うのは悔しいなと思ったから、1番で書くのをやめたんですよ。
――はい。過去のインタビューでそうおっしゃっていましたね。
でも今はこの経験に対してマイナスなことを感じていないし、いろいろな経験が今の自分を作っているから、2番、書けるなあと思って。それで続きを作ってみました。
――今話していただいたことは<戻れない より 戻らない/もう 未来(前)を向いて、私たちは歩いてた>という歌詞からも伝わってきました。書いている最中はどんな気持ちでしたか?
悲しい気持ちは一切なくて。ちょっと強がっている自分もいるけど、“これが今の私だ”ってめっちゃ思いながら書いていましたね。そう考えると、今回のアルバムは自分としっかり向き合いながら書けたアルバムやった気がします。私、人生で初めて「歌詞が好きだな」と思えた時のきっかけって「ああ、こんなことを歌詞に書いてもいいんや」と思ったからやったんですけど。だから綺麗事は書きたくない、人間らしいことを書きたいと思いながらやってきたし、“今起こっているリアルなことを書く”という感覚で、悲しいことも楽しいことも悔しいこともそのまま書いてきたんです。だけどずっと書いているうちに気付き始めたこともあったし……やっぱり要らんもんはないんやな、全部大事な感情なんやなと、このアルバムを作って改めて思いました。“あの時がなかったらこういうことも思ってへんかったやろな”と思うことばかりだし、逆に、今この瞬間があるからこそ、将来が変わるんだろうし。
――確かに。4枚目以降のアルバムがどんな作品になるのかも楽しみですね。
そうですね。すごく楽しみです。
――19歳の頃や、ライブハウスやバンド音楽に出会う前の上野さんが、もしもこのアルバムを聴いたらどんなふうに思うんでしょうね。
どうなんでしょう? 大人になったなあって思うんですかね。「え、あの人のこと、もう好きじゃないの?」とか思ったりするかもしれない(笑)。さっき過去の曲はライバルって言いましたけど、“今やったらこんな曲書けへん”ってドキドキする瞬間もあったりして。向こうも同じように、今の私が書いた曲に対してドキドキしてくれていたら嬉しいですね。
――今回のアルバム、“これまでの曲を超える”というテーマも含め、バンドとしてある程度の年数を活動してきたからこそ作れた作品かと思いますが、結成当初と今のTETORAを比べた時に、変わったと感じるところや、逆に変わっていないと感じるところはありますか?
バンドに対する気持ちはそのまんまですね。変わったところは、メンバー3人の中での信頼感というか、前よりもお互いに理解し合えているような気がします。話し合いやケンカをしなくても自然と分かり合えるようになってきたし、それは曲にもライブにも出ていると思いますね。
――それは一緒にいるうちに「この人はこういうことが向いているんだ」「逆にこういうことはちょっと苦手そうだな」というのがより分かるようになってきたということですか?
そうですね。3人とも長所も短所も全然ちゃうんですけど、誰かができひんことは他2人が何とかしているし、補い合っている感じはします。例えば私は不安がりで心が頑丈ではないんですけど、ベースのいのりさんは3人の中で心が一番強い人だし、ずっと誰かと喋っていてくれるし。ドラムのミユキちゃんは一言で言うとめっちゃ天然で、だけどそこがまた一気にその場の空気が和んで良いんですけど。​
――例えばどんな時に補ってもらってるなあと感じますか?
私、喉が弱いので、打ち上げでお酒を飲めない日が多いんですけど、そういう時は2人が頑張ってくれるんですよ。いのりさんはだんだんおもろいことを言うようになってきたし、ミユキちゃんも、炭酸水を買って、家でイッキの練習をしてくれていたらしくて(笑)。分かりやすいことで言うと、そういうところですね。
――(笑)。リリース後には対バンツアーが始まりますが、最近のTETORAのライブに対して、上野さん自身はどんな手ごたえを感じていますか?
ツアーでワンマンをいっぱいさせてもらったし、対バンもいっぱいしたし、THE NINTH APPOLOの『平日興行行脚』もあったし……前よりも、自信を持ってライブができている気がします。前は、何も分からんまま、とりあえず自分たちの好きなことをやっている感じやったんですよ。だからこそ、小さなことで不安になったりすることも多くて。
――例えば?
私はリハーサルでギターの音を確認する時に歪みの音から出すんですけど、他のバンドはクリーンから確認し始めるから、「え、これって合ってるのかな?」って不安になったりしていました。だけど今は、相変わらずこれでいいのかは分からんけど、そんなこと考えんくていいやってくらい、夢中になってライブしている。楽しむことに集中できるようになったし、それが自分たちの自信にも繋がっていますね。

取材・文=蜂須賀ちなみ 撮影=菊池貴裕

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