『静香』に注がれた
中島みゆきの力強さが
工藤静香のポテンシャルを
最大限に発揮

デビュー作『ミステリアス』の作風

その「禁断の~」がチャート初登場1位。続く2ndシングル「Again」、3rdシングル「抱いてくれたらいいのに」も3位。2ndと3rdの間のリリースした1stアルバム『ミステリアス』も3位と、工藤静香はソロシンガーとして順調過ぎるほど順調なスタートを切った。グループを離れたあとの作品がチャートリアクションにおいて右肩下がりになっていくことがほとんどだった元おニャン子勢にあって、唯一の例外とも言える。ただ、彼女の最初期の作品の歌詞を見てみると、その後のイメージとかけ離れているような印象を受けた。暗いだけ…というと語弊があるかもしれないが、救いがない感じなのである。

《サヨナラを感じてても/悲しみを感じてても/あなたを愛してるから/ちょっと待って 次の言葉/サヨナラを感じてても/悲しみを感じてても/今だけ気づかせないで/ちょっと 何も何も変わらないフリをして》(「禁断のテレパシー」)。

別れを切り出されないことを請うている内容だ。シャープなメロディーに相反するかように、歌詞で描かれているものはひたすら心の中で懇願している様子である。「Again」は、何が起こったのかがはっきりとしない歌詞ではあるが、唯一分かるのはそこにあるのは男女の別れだということ。

《あなたに似合う 女にはなれない/私だけなら 不幸もいいけど/それもできない》《I will love you once again/愛はハートの黒い十字架/今は責めないで/I will love you once again/2人 愛した時の重さが/罪ね きっと…》(「Again」)。

それではアルバムはどうかと思って、『ミステリアス』を聴いてみた。悲恋ばかりではないが、やはりそれが目立つ。1曲目「哀しみのエトランゼ」から、まさにそんな感じである。

《ねぇ急いで 哀しみにもうすぐ追い越されるわ/たちすくむ 涙の中/ねぇ急いで あふれる想い出に包まれたなら/あぁきっとふりむいてしまう》《Help me my love Where are you now?/Come back my love/助けて 一人じゃ歩き出せない》(「哀しみのエトランゼ」)。

「哀しみの~」はおニャン子勢の歌詞を多く手掛けてきた秋元康ではなく、田口 俊が手掛けているのだが、『ミステリアス』で同氏がもう1曲手掛けた「嵐の夜のセレナーデ」も同じような調子だ。

《don't say 愛の言葉は/今は言わないで/信じてしまう きっと》《don't say 他の誰かを/愛するみたいに/抱きしめないで 強く》(「嵐の夜のセレナーデ」)。

タイトルチューンは三浦徳子の作詞で、以下のように始まる。何かちょっと怖い。いや、かなり怖い。

《薔薇の花が 枯れてく音を/あなたの部屋に 届けたくって/彼女が今 部屋にいること/知ってたけど ドアを叩いた/ドアを開けて… 一瞬だけ/私を見て 霧のよう消えるわ》(「ミステリアス」)。

アルバム『ミステリアス』のラストは、シングル同様に秋元 康の作詞による「すべてはそれから」で締め括られる。ここでも描かれているのも悲恋だ。メロディーはさわやかでポップ。でも、歌詞は悲しい。その構造は「禁断の~」に近い。

《今日まで/愛した人がいま/突然 さよならを/言うなんて》《ちょっと 腕に抱いてよ/ウソでもいいから》《ねえ今すぐ ちょっと/腕に抱いてよ》(「すべてはそれから」)。

「パッセージ」(作詞:三浦徳子)では恋愛初期を描いているし、「ワインひとくちの嘘」(作詞:松井五郎)はアーバンな雰囲気を描いていて、すべてが悲恋で埋め尽くされているわけでないのだが、ここまで悲しい別れ歌が続くと、歌の世界とは知りつつ、どこか彼女自身のことを不憫に感じてしまうほどではないか。
かと思えば、松井五郎作詞の3rd「抱いてくれたら~」は、以下のような内容である。

《抱いてくれたらいいのに/そばにいたいから/胸のふるえを止めて/愛がわかりかけたら/きっときっとあなたのことしかみえない》《みみもとでささやいた/わたしから Kiss してもいい?/ごまかせる距離だから/嘘よただ言ってみただけ》(「抱いてくれたらいいのに」)。

母性と言えば言えるだろうが、見方によっては男に都合にいい女像にも思える。ロッカバラード風で、ブラスアレンジが素晴らしいナンバーであるだけに、今改めて聴いて、個人的には歌詞とのミスマッチ感が否めない気はした(あくまでも個人的な感想だが、現代との時代の違いもあったのだろう)。別にそれを責める気も否定するつもりはない。これはデビューしたばかりで方向性が定まっていなかったと見るのが正しいであろう。『ミステリアス』の内容も同様。「禁断の~」と「Again」がこの曲調であることはデビュー前から決まっていたらしく、『ミステリアス』もまたシングル2曲の延長線上にあったと見てよかろう。

OKMusic編集部

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