『ルートヴィヒ美術館展』を鑑賞 ド
イツ表現主義の名品、欧州屈指のピカ
ソのコレクション、そしてポップ・ア
ートの傑作を巡る近現代アートの旅へ

『ルートヴィヒ美術館展—20世紀美術の軌跡 市民が創った珠玉のコレクション』が2022年6月29日(水)に開幕した。国立新美術館(東京・六本木)で9月26日(月)まで、京都国立近代美術館で10月14日(金)から2023年1月22日(日)まで開催される本展では、ドイツ・ケルン市営のルートヴィヒ美術館から20世紀初頭から現代までの優れた美術作品152点が来日。ピカソ、カンディンスキー、クレー、ウォーホル、シャガール、モディリアーニ、マティス、ポロック、ジャスパー・ジョーンズなど近現代の巨匠による作品も多数展示されている。
20世紀以降の美術に特化した美術館から152点が来日
ドイツのケルンと聞くと何を思い浮かべるだろうか。きっと世界史や地理に詳しい人であれば、街の中心に立つ世界遺産のケルン大聖堂が浮かんでくることだろう。ドイツ西部、ライン川沿岸にある街の発祥は紀元前まで遡り、古代ローマ帝国の植民地となったことで大きく発展。商業・工業の中心地となり、中世まではドイツ最大の都市として繁栄した。一方で世界最古のアートフェアが毎年開催される芸術との関わりが強い都市でもあり、大聖堂のすぐ近くにあるルートヴィヒ美術館は20世紀以降の美術に特化した世界有数の美術館として知られている。
そのルートヴィヒ美術館所蔵の作品が多数来日している本展、東京会場の初めには、2人の人物の肖像画が展示されている。左にはオットー・ディクスによる《ヨーゼフ・ハウプリヒ博士の肖像》、右にはアンディ・ウォーホルによる《ペーター・ルートヴィヒの肖像》。同館設立に大きな意味をなした二人の顔である。単純に肖像画だけを見て推し量るそれぞれの個人的な印象は、ハウプリヒは知的で厳格、ルートヴィヒはスマートで柔和といったところか。
『ルートヴィヒ美術館展』東京会場 第1章の展示風景
1986年に開館したルートヴィヒ美術館は、19世紀前半からの歴史を持つヴァルラフ=リヒャルツ美術館の近代美術部門を源流としている。1970年代に美術コレクターのルートヴィヒ夫妻からケルン市へ大規模な寄贈が行われ、両者を中心に夫妻の名前を冠した美術館が作られた。一方で、弁護士であり政治家でもあったハウプリヒの貢献も大きい。1920年代の頃からドイツ表現主義の作品を中心に収集活動を行っていた彼は、戦後まもない1946年に自身の貴重なコレクションをケルン市に寄贈している。そこにはナチズムの台頭する時代に「退廃芸術」とされ世間から消えた近代芸術を再興したいという思いがあった。この戦後のハウプリヒ、そして70年代のルートヴィヒ夫妻による寄贈に続いて、数々の市民コレクターから寄贈された近現代の芸術作品が集まり、街の象徴である大聖堂のような巨大で重厚な“市民によるコレクション”が形成されたのである。
ハウプリヒらが集めたドイツ表現主義の名作
そうした歴史を踏まえて、本展は作品が造られた時代や作家に光を当てつつ、寄贈者の市民コレクターたちにも着目しているのが特徴だ。例えば、作品紹介にはその作品が誰から寄贈されたものかが一点ずつ記載されている。一方で、序章を含む全8章で構成される展示は近現代のアートをめぐる多岐にわたった内容になっており、一つひとつのパートの密度が非常に濃い。
第1章「ドイツ・モダニズム—新たな芸術表現を求めて」は、20世紀以降のドイツにおける近代芸術の入り口のようなパートだ。目に見えるものを描いた印象主義に対抗するかのように、描き手の内面にある主観的な感情や精神の表現を標榜して起こった芸術運動をドイツ表現主義という。ここには1905年のドレスデンでエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、エーリヒ・ヘッケルらが結成した「橋(ブリュッケ)」など、そのはしりとなったグループの作品が展示されている。
会場風景 手前:アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー《扇を持つお伽噺の王女》1912年
本章にはアウグスト・マッケの《公園で読む男》、ハインリヒ・ヘーレ《二人のヌードの女》など、ハウプリヒから寄贈された作品が多い。特に「ブリュッケ」の作品は、彼が美術の収集を始めた当初から買い集めていたものだという。描かれた題材はさまざまであるが、その中に共通して感じられるのは、既存のあり方を脱して時代を変えてやろうという息吹だ。印象主義、ポスト印象主義の時代を経てさまざまな芸術活動が起こる中、ドイツでもこうした進歩的な活動が起こっていたのだと、時代を横軸にして考えてみると一層面白いかもしれない。
会場風景 手前:フーゴー・エアフルト《ダンサー、マリー・ウィーグマンの肖像》 1920年頃
また、本章にはルートヴィヒ美術館の重要コレクションである20世紀前半の写真作品も展示されている。当時はカメラが高貴な人々に限られた趣味だった時代。丁寧な構図で撮影された写真は当時のヨーロッパを写した貴重な資料といえる。個人的に特に目を引かれたのは《ダンサー、マリー・ウィーグマンの肖像》という一枚だ。撮影されたのは第一次世界大戦後にあたる1920年頃のドイツ。眼光鋭く、どこか物憂げにも感じられる表情には、当時厳しい状況にあった同国の時代性が滲み出ているようにも見える。
強いメッセージが込められたピカソの傑作
第2章「ロシア・アヴァンギャルド—芸術における革命的革新」では、ドイツ表現主義とほぼ同じ時代に起こったロシアの革新的な芸術活動を追っている。「世界芸術」という思想を持ち、社会主義下にあった東側諸国の芸術にも興味を注いだルートヴィヒ夫妻の視野の広さを示す展示といえる。
会場風景 手前:アレクサンドル・ロトチェンコ《空間構成5番》 1918年(再制作1973年)
第3章「ピカソとその周辺—色と形の解放」には、世界で3本の指に入るという800点以上のピカソのコレクションからの出品作品を軸に、シャガール、モディリアーニ、マティス、そしてピカソとともにキュビスムを発明したジョルジュ・ブラックの作品が展示されている。本展の中でも特に華々しいパートである。ルートヴィヒ夫妻は世界有数のピカソ収集家で、なかでも当時はまだ評価が曖昧だった晩年の作品を数多く購入していたことで知られる。本展にも《眠る女》と《アトリエにて》という晩年作含めた8作品が来日している。
アメデオ・モディリアーニ《アルジェリアの女》 1917年
とりわけ注目は、図録の表紙にも使われている《アーティチョークを持つ女》だ。館外へ貸し出されることが珍しいという本作はピカソの代表作である《ゲルニカ》とほぼ同時期の1941年に描かれた作品で、《ゲルニカ》同様に反戦のメッセージが込められた作品である。そうした意味合いを持つことから、ルートヴィヒ美術館のイルマーズ・ズィヴィオー館長が「現在、ヨーロッパで戦争が起こっている中で、今回こうして展示させていただくことに意義がある」と語る一作だ。
ルートヴィヒ夫妻が愛したポップ・アートから現代へ
後半の第4章「シュルレアリスムから抽象へ—大戦後のヨーロッパとアメリカ」、第5章「ポップ・アートと日常のリアリティ」、第6章「前衛芸術の諸相—1960年代を中心に」、第7章「拡張する美術—1970年代から今日まで」では、戦後以降の現代芸術作品を時系列でテーマにしている。戦時中に多数のシュルレアリストがアメリカへ亡命し、アートの中心がヨーロッパからアメリカに移り変わっていく潮流を多数の作品とともに辿ることができる。
ジャクソン・ポロック《黒と白 No.15》 1951年
ピカソ作品と並び、ポップ・アートもルートヴィヒ夫妻の重要なコレクションのひとつだ。ここにもジャスパー・ジョーンズの《0-9》、リキテンスタインの《タッカ、タッカ》、ウォーホルの《二人のエルヴィス》など夫妻が所有していた作品が多く展示されている。一方で、第4章の冒頭に展示されている《喜劇の誕生》の作者、マックス・エルンストにも注目しておきたい。1891年にケルン近郊で生まれたエルンストは独学で絵を学んだ後、1919年にケルン・ダダを結成。その翌々年にパリへ渡り、シュルレアリスムの先駆的な役割を担った。本展だからこそ一層強い輝きを放つ地元ゆかりの巨匠である。
モーリス・ルイス《夜明けの柱》 1961年
なお、内覧会に併せて開催されたギャラリートークには、先に紹介したルートヴィヒ美術館のズィヴィオー館長のほか、本展を担当した国立新美術館の長屋光枝学芸課長、そして展覧会オフィシャルサポーターを務めるモデルのトラウデン直美が出席した。この日のためにドイツから来日したズィヴィオー館長は「私たちが所蔵する作品群の中でもハイライトと呼べる作品をお届けできるのが本当に嬉しい」と喜びを表現。一方で、父親がケルン出身という縁もあって今回の大役に選ばれたトラウデンも「アートにはあまり詳しくないけれど心打たれる作品が多い。美術館は自分を高められる場所だと思っているので素人ながら楽しんでいます」と本展への思いを語った。
カーチャ・ノヴィツコヴァ《近似(ハシビロコウ)》の前でギャラリートークを行った3名
20世紀初頭から現代までの100年の美術が総覧でき、知ろうとすればするほど密度の濃い展覧会。すべてを見終えたら“お腹いっぱい”の満足感を感じられるはず。数々の名作を通じて、これらの作品を寄贈した市民コレクターたちの美術への愛を感じてほしい。

文・撮影=Sho Suzuki

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