映画『夜明けの夫婦』山内ケンジ監督
にインタビュー~R-18指定の「純粋社
会派深刻喜劇」とは

CM・演劇・映画と、ジャンルの垣根を超えて活躍する山内ケンジ。彼が監督・脚本を務めた最新映画『夜明けの夫婦』が、2022年7月22日(金)より、新宿ピカデリー、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドほか全国各地で順次公開される。出演は、鄭亜美(ちょんあみ)、泉拓磨、石川彰子、岩谷健司、筒井のどか、金谷真由美、坂倉奈津子、李そじん、吹越満(特別出演)、宮内良ほか。
映画『夜明けの夫婦』
山内は元々、CMディレクター&プランナーとして、日清食品「UFO仮面ヤキソバン」、NOVA「NOVAの日の鈴木さん」「NOVA友」、TBC「ナオミに変わる日」、日光江戸村「ニャンまげに飛びつこう」、静岡のパチンコチェーン・コンコルド「コンコルゲン夫婦」など、数々の人気CMを生み出してきた(2021年「クラフトボス」のCMには自身も出演)。2004年以降は演劇界に進出し、自ら主宰するプロデュースユニット“城山羊の会”で全作品の作・演出を手掛ける。2015年に『トロワグロ』が第59回岸田國士戯曲賞を受賞し、劇作家としての評価を不動のものとした。また映画監督としては、『ミツコ感覚』(2011年)を皮切りに、『友だちのパパが好き』(2015年)、『At the terrace テラスにて』(2016年。舞台『トロワグロ』の完全映画化)と、着実に撮り続け、さらにオムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』(2018年)のうち「慎吾ちゃんと歌喰いの巻」を担当し、いずれもファンの熱烈な支持を得てきた。
このほど公開される『夜明けの夫婦』は、長編映画4本目、実に6年ぶりの新作だ。R-18指定でありながらも、「この国のホンネは、どこへ行ったんだろう」というキャッチコピーがつく「純粋社会派深刻喜劇」である。すなわち、今この時代に私たちの直面する問題が隅々まで周到に練り込まれた、成人向けの苦いコメディなのだ。果たして人はその苦味の先に希望を見出し得るのか。……そんな本作について、山内監督に話を聞いた。(2022年6月28日/オンライン取材)
山内ケンジ監督

■脚本はキャストが書かせてくれた
ー- 『夜明けの夫婦』は、「コロナ禍が一応の終焉を迎え、町行く人々の口元にもマスクが目立たなくなってきた」という設定で撮られていますね。2022年6月現在、海外ではマスク着用義務が解除され、日本でも外国人観光客の受け入れが緩和されるなど、少しづつ世の中が以前の状態に戻りつつあります。本作が7月に公開されるのも、このタイミングを狙ってのことだったのでしょうか。
いえ、もう少し早く公開されるものと思っていました。というのも、作品は約1年半前に完成していましたから。2021年に一度、「第22回 東京フィルメックス」という映画祭の「メイド・イン・ジャパン」部門に出品しましたが、その後は映画館がどこも埋まっていて、待機せざるをえませんでした。公開が今のタイミングまで延びていたのは、単にその理由だけです。
ー- そもそもこの作品は、コロナ禍以前から構想されていたのですか。
はい、「鄭亜美さんをメインに、うちの実家で撮る」ということはコロナ禍以前から決めてました。2019年から動き始め、2020年にシナリオを書き始めたところ、途中から「コロナのことを入れなきゃ変だぞ」という状況になったので、最初のページに戻って書き直しました。ただ、1年もすれば世の中ではマスクをしなくなるだろうと思っていた。ところが実際は2年経った今でもみんなマスクをしている(※インタビュー後の6月30日には、感染再拡大により東京都の警戒レベルも改めて引き上げとなった)。
ー- 『夜明けの夫婦』のストーリーやキャラクターは、2016年に山内監督が青年団(劇団)とタッグを組んだWけんじ企画の演劇作品『ザ・レジスタンス、抵抗』のエッセンスが感じられます。そこには鄭亜美さんも出演していました。
Wけんじ企画『ザ・レジスタンス、抵抗』のキャストは僕にとって大きいものでした。あの時「もう当分の間、オーディションはやらなくていいや」って思えるくらい、何日もかけて青年団の役者さんを見ました。それ以降、Wけんじ企画に出演した役者さんが、うちの城山羊の会に絶えず出ています。鄭亜美さんにも城山羊の会『相談者たち』(2017年)に出てもらい、彼女のキャラクターが固まってきたので、そのまま今回は年齢的に少し歳をとった役で演じてもらいました。同じく今回の映画に出てもらった石川彰子さん、坂倉奈津子さんもWけんじ企画の出演者、李そじんさんもWけんじ企画のオーディションに参加してくれた方です。鄭亜美さんをメイン、石川彰子さんを義理のお母さんとしたのも大きなポイントです。初めは石川さんを想定していませんでした。鄭亜美さんとそれほど年齢が変わらなかったので……。
ー- 石川さんは、白髪にすると年齢がわからなくなりますね。
そう、石川さんは年齢不詳なところがあるし、いけるんじゃないかな、と思って。石川さんを思いついたら、ホンが一気に進み始めました。
映画『夜明けの夫婦』
ー- 山内監督の脚本は、キャストの方が動かすのですね。
そうですね。演劇でも映画でも、メインどころが決まっていないと進められない。
ー- 主演の鄭亜美さんには独特な魅力があります。彼女は映画の中で韓国人として描かれています。
はい。厳密には在日朝鮮人みたいです。韓国にも留学していたり、親戚もいるとか言ってたかな。彼女は異常に丁寧なんです。たとえば2人でお茶を飲んで、ご馳走するでしょ? そうすると異常なまでに申し訳ながる。「そこまで言うか」っていうくらいに。もう、ちょっとね、笑っちゃうくらい、丁寧で礼儀正しいんです。もちろんプライベートになると、それがプツッとキレたりすることもあるらしいんですけど、普段はしっかり体裁を整えている。自分の中に殻を作って本心を隠しているイメージがあります。日韓バイリンガルですが、(現代口語演劇を得意とする)青年団というバックボーンがあるから日本語がきれいなんです。敬語も完璧に使っている。小津映画における原節子のような言葉遣いで、義理の両親を「おかあさま、おとうさま」と呼ぶお嫁さんを彷彿させる過剰な丁寧さが、とても面白いと以前から思っていました。
ー- 山内監督は敬語がお好きですよね。
そう。だから自然にそういう言葉遣いでやれるのがいいな、というのが先行していたので、最初は“昭和っぽい日本人のお嫁さん”として書き始めていたんです。でも、いろいろ考えていくうちに、鄭亜美さんの「おとうさま、おかあさま」という丁寧な喋り方を、初めて観る人にも説得力を持たすためには、在日という彼女のバックボーンを出すほうが、より伝わると思いました。韓国では、義母に対して「おかあさま」と言うのが普通だといいますしね。
ー- あちらでは伝統的に儒教の精神が浸透しているので、目上の方に対する敬語が徹底していますよね。ところで、鄭亜美さんの義父となる「おとうさま」役には岩谷健司さん。身体は老いても性欲は一切衰えず、といった印象を受けます。
それは岩谷さんだから、というのが大きい。僕が自然にそう書いちゃうからなのですが、(山内作品常連の)岩谷さんは、大体ああいう役をやっている(笑)。ただ、今回のイメージのベースには、川端康成の小説『山の音』があります。成瀬巳喜男監督で映画化もされているのですが、お嫁さんである原節子に義父の山村聰が惹かれる。息子はお嫁さんに冷たくて、たぶんセックスレスだと思うんです。『山の音』だと露骨なシーンは一切ありませんが、岩谷さんの場合は思いが、つい行動に出ちゃう。
映画『夜明けの夫婦』

■「純粋社会派深刻喜劇」とは
ー- 今回「18歳以上が楽しめる、純粋社会派深刻喜劇」というキャッチコピーがついています。ここにおける“社会派”とは?
「子どもを産む、産まない」という話ですね。今の日本はあらゆる問題がそこに行きつくわけで、そこが“社会派”です。
ー- これまでの山内監督の作品は、セックスを衝動的・扇情的に描いてきました。でも今回は、セックスという究極のプライバシーに義父母が干渉する。せっかく全裸の男女がいても、「子作り」という目的が課せられることによって、登場人物も観客もエロティックな気分など吹き飛んでしまい、気まずい空気に覆われます。そこがすごく面白かった。
そうです。今までこれほどはっきり「子どもを作る、作らない」というテーマはやったことがなかった。浮気はしょっちゅうやってるわけですけど(笑)。「子作りのためにセックスしよう」となると、男性は勃たなくなってしまう。それを目の当たりにした鄭亜美さんの行動を、まず描きたかった。
映画『夜明けの夫婦』
それに加えて今回、同時にやりたいことがいろいろありました。「実家で撮る」ということもそうですし、「二世帯で、老夫婦と若い息子夫婦が同居」という設定も使いたかった。そして「一階が日常的空間で、義理のお母さんから『子どもはどうなの』と聞かれ、幼い子どもを連れたお客さんが来て『可愛い』と言い合う。二階は子どもを作ろうとしたりできなかったり、ほとんど裸で、寝室しか出てこない」という、上下の対比構造を描きたいというのも強くありました。
さらに言うと、コロナ禍が始まる少し前の時期に、知っている役者さんたちが次々と出産し、ちょっとしたベビーブームが僕の周囲で巻き起こったのです。それが作品にも影響を及ぼしました。その役者さんたちと実際の子どもたちが、今回の映画にも出演しています。ああいう(子どもを出演させる)ことは、演劇ではなかなかできないけれど、映画ならばできる。
ー-山内作品でおなじみの役者さんがズラッと並んで、同窓会みたいな絵面が面白いです。
そう、ああいう絵は今しか撮れない。その要素もあって、こういう組み合わせの話になっていきました。
ー-興味深かったのは、深刻な社会的問題を単にリアリズムの手法だけではなく、幻想的あるいはサスペンス風の趣向なども駆使して描いていることです。
作品の後半からですよね。なんでですかね~。リアルに創っていても全然面白くならないから、夢なのか現実なのかわからないように事実が暴露されていく、という風にしたかったのでしょう。事実は事実として一本あり、そこにさまざまな要素を重ねて膨らませていきました。
映画『夜明けの夫婦』

■本当の意味での「自主映画」を撮りたかった
ー-この映画には、エグゼクティブ・プロデューサーとして河村光庸さんのお名前がクレジットされています。河村さんは製作者として、『新聞記者』など優れた“社会派”作品を次々と世に送り出されてこられた方ですが、『夜明けの夫婦』が“社会派”を標榜していることと関係はおありでしょうか。
いいえ、河村さんは企画にはノータッチです。ただ、河村さんとはずっと付き合いがあって、撮影の途中から宣伝・配給は(河村さんが代表取締役社長を務めていた)スターサンズがやるよ、という話になっていきました。
ー-その河村さんが6月に急逝されたことはとても残念です。山内監督が喫茶店に呼ばれて、河村さんから『友だちのパパが好き』の話をされた、等ということをツイートされてましたよね。
そう。城山羊の会も全部観に来てくれて。妹の山内雅子がプロデュースした『灼熱の巴里』(シャンソンとお芝居の公演)も来てくれました。
ー-『灼熱の巴里』のショーのようなシーンが、今回の映画にも出てきましたね。その山内雅子さんがキャスティングを、また、監督の奥様である野上信子さんがプロデューサー・照明・美術を担当しているのが今度の映画『夜明けの夫婦』です。そういえば、撮影協力のところに山内政勝さん、とありましたが……。
父親です。
ー-なるほど。山内家総出で、作品という名の子作りに励んでいるというか……“家内制手工業”的な映画といえそうですね。
予算の関係もありましたが、実は「本当の意味での自主映画」をやってみたい、というのが大きいです。だから撮影も実家でおこないました。
映画『夜明けの夫婦』撮影風景/右の眼鏡マスク男性が山内ケンジ監督
ー-山内監督と野上プロデューサーの提唱する「持続可能な映画作り」の一環ですね。ところで山内監督ご自身、『夜明けの夫婦』同様に、上の階に監督ご夫婦、下の階に監督の親御さんが居住していらっしゃるのですか。
そうです。玄関は違うんですけど。もともと内階段は二階までしかなくて、母親が身体を悪くしてから、中から行けるように改装したんです。今は一階が親、二階が妹夫婦、三階が僕ら夫婦の家です。映画で内階段に出てくるマオ(猫)も、妹が飼っています。
ー-映画の中で、過去に山内監督の手掛けたCMのキャラクターのぬいぐるみが登場したり、鄭亜美さんが“城山羊の会”Tシャツを着ていたりするのは、明らかにファンサービス……ですよね。喫茶店の窓際に、山羊の親子のオブジェが置かれていたのも“城山羊の会”を連想させたかった?
あはは、(オブジェは)全然知らなかった(笑)。喫茶店のシーンは、知人が営んでいる馬喰横山の「ともすけ食堂」というすごく美味しいレストランで、たまたまお店にあったものを、そのまま撮っているだけです。
映画『夜明けの夫婦』撮影風景

■明けない夜はない
ー-映画の中に「明けない夜はない」というセリフも出てきましたが、コロナ禍の終焉や、夫婦関係の行方、そしてシャンソン歌手の宮内良さんが歌う「夜明けのうた」が重なり合い、改めて『夜明けの夫婦』という象徴的なタイトルにグッと来ました。
初めは全然違うタイトルで書いていたんです。途中でコロナの要素を入れてから、危機を乗り越えて終わりたいな、と思うようになって、このタイトルが出てきた感じです。
ー-宮内さんの歌はその流れで追加されたのでしょうか?
そうです。今のタイトルが出てきてから、「夜明けのうた」を歌えたらいいな、と思いました。
映画『夜明けの夫婦』
ー-タイトルの英訳が『Dawning on Us』になっています。Dawn=夜が明ける、というのはもちろん、真実が明かされる良い兆し、という意味もあって、素敵な翻訳です。
(『At the terrace テラスにて』『友だちのパパが好き』の字幕翻訳も担当している)映画翻訳家ドン・ブラウンさんが考えてくれたんです。英語のタイトルの候補をいくつか出してくれて、それで話し合って決めました。
ー-今回はR-18指定ということで、観客を絞ることになります。
映倫の人の話によると、レイティング(評定)は、R-18か否か、ギリギリのラインだったらしいです。でもいずれにせよ、僕の映画はR-18だろうがR-15だろうが、そんなにお客さん来ないから、関係ないですよ。
ー-とはいえ、どんな層にこの映画を観てほしい、というのはありますよね。
それはもう、やっぱり、40代以上の女性がターゲットです!
ー-!(笑)
試写で実際に観ていただくと、その層の反応がいいんです。40代・50代の女性だけを集めて試写をして、その後、皆さんで語り合ってもらったら、ご自身の体験談とか、ものすごく盛り上がって(笑)。
ー-たとえば私は今47歳なのですが、友だちと誘い合って行くといい映画……なんですね(笑)。
はい、ぜひ誘い合って観に来てください(笑)。
山内ケンジ監督

映画『夜明けの夫婦』は、2022年7月22日(金)より新宿ピカデリー、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドほか全国順次公開。また、それを記念し、2022年7月9日(土)から18日(月・祝)まで、「山内ケンジ特集上映」と称し、過去作品が下北沢トリウッドにて上映される。スケジュール、舞台挨拶については下記上映情報に掲載した公式サイト参照。
【動画】映画『夜明けの夫婦』予告編
取材・文=ヨコウチ会長

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